60話 “空の裂け目”
落ちている間、ずっと浮遊感に襲われる。しかしそれは突如、体がふわりと浮いたことでなくなった。
「うわぁぁぁ――……あれ?」
ずっと悲鳴を上げ続けていたシアオも、首を傾げる。
『シリウス』の体はふわりふわりと、まるで風に乗るかのように、ゆっくりとした速度で下に降りていた。
何かに気づいたアルがスウィートの顔を覗き込む。目は、紫色だった。
「……リアロ、ありがとう」
《いいえ。それにしても、一体何だったのでしょう。まったく、不埒な輩ですわ! ご主人にいきなり刃を向けるだなんて!!》
《あー……ちょっとリアロ黙ってな》
レンスの声が聞こえたと同時、リアロの声が聞こえなくなった。ただ体は浮いているので、力だけは未だ貸されている状態なのだろう。
ゆっくり降下している間に、スウィートは3匹を見た。
「とりあえず……皆、大丈夫だった? シアオ、いきなりごめんね」
「ううん、まあ、そこで下りてなきゃ間違いなく死んでたし……ちょっと怖かったけど」
「アンタよくあたしを勢いよく引っ張ってくれたわね!?」
「お前もな」
シアオにむかって勢いよく怒鳴ったフォルテだったが、アルの低い声に黙った。
そんなこんなで言い合いをしていると、いつの間にか足が地面につく。見渡してみても、辺りは先ほどと同じような空間しか広がっていない。
先ほどから黙っていたスウィートがそれを見ながら発言した。
「……パルキアさん、私たちを空間を元凶って言ってた」
先ほどまでぎゃあぎゃあ騒いでいた2匹も、それを呆れながら止めていたアルも、それを聞いて黙った。
スウィートは難しい顔をしながら続ける。
「だから私たちに消えてもらうって……。……どういうことなんだろう」
「……そのままの意味じゃないの」
ため息交じりに、少し投げやりにフォルテがそう言った。スウィートはそれを聞いて顔をしかめる。
ただフォルテは苦い顔をしながら暗く続く空間を眺めながら続けた。
「襲ってきた理由はそのまんまの意味でしかないわよ。あれは一応 空間を支配するポケモンなんでしょ? だったら元凶ってのも嘘じゃないんじゃないの」
「……あ、あのさ、や、やめようよ、その話」
嫌な空気になっているのを察したのか、シアオが口を挟む。しかしそんなシアオをフォルテはじろりと睨んだ。
そんな2匹を見てアルがため息をついた。
「とにかく動くぞ。このままいても意味がないだろ」
「それも……そうだね」
せっかく逃げてきたのに、このままずっといたら意味がない。
「パルキアさんに会えたんだもの。話を聞いてもらえるかどうかは分からないけど、何か解決策があるかどうか聞かなきゃ」
まだ、諦めてはいけない。希望はある。スウィートは心の中でそう唱え、自分にそう言い聞かせる。
今の4匹は、ぐらぐらと揺れる不安定な場所に立たされている状態。何か1つのきっかけで崩れそうな、そんな状態なのだ。何か大丈夫だと、そう思えるものがないと怖いのだ。
「……アイツ、まともに話を聞くかしら。話をするにしても一発殴らせてほしいところだわ」
フォルテが忌々しそうに吐き捨てる。いつもの毒舌も、何だか虚勢を張っているようにしか聞こえない。
不安定な4匹は進む。暗い暗い、広がる闇の向こうへと。
“空の裂け目”は同じような風景しか広がっておらず、ずっと同じ場所を歩いているのではないかという錯覚に陥る。
そして、こんなことも起こるのだ。
「う、わっ!?」
「だ、大丈夫!?」
ずるり、シアオの体が傾く。隣にいたアルがすぐさまシアオの腕を掴み引っ張った。おかげでシアオの体はぴたりと動きを止めた。スウィートはそれを見てほっと安堵の息をついた。
恐る恐るといった感じで、シアオが足元を見る。右足の地面がなく、アルに腕を掴んでもらいながら、何とか左足で立っている状態だった。
「お前……もっと気を付けろよ」
「だって暗いしよく見えないんだよ……」
「アンタ馬鹿じゃないの」
「何でそんな辛辣なの!?」
もっと優しくしてくれたっていいじゃん! ねぇちょっと聞いてる!?
わーわー騒ぐシアオを無視して、前へ前へと進む。どこに向かっているのかなんて分かるはずもなく、ただある道を『シリウス』は進んでいた。
そこでふとスウィートが口を開いた。
「それにしても、この“空の裂け目”……ディアルガさんがいた“時限の塔”と同じようなところなのかな」
「……こんなとこだったのか?」
行ったことがないアルが辺りを見渡しながら尋ねる。
何だか凄く怪訝そうで嫌そうな声だなぁ、と顔を見れば「嘘だろ」みたいな顔をしていた。そこで勘違いされていることに気づき、スウィートは急いで弁解した。
「い、いや、こんな穴だらけではなかったよ。あそこは本当に塔だったし……」
そう言うとアルは「だよな」と呟いた。勘違いは解けたらしい。
すると“時限の塔”のことを思い出したのか、しみじみとシアオが呟いた。
「けっこう登らされたよねー……」
「アンタ階段で転んでスウィートに迷惑かけなかったでしょうね?」
「してないけど!? フォルテの中の僕はどうなってるの!?」
「不運な迷惑ヘタレ」
「弁明できないな」
「できるししてよ!!」
相変わらずシアオが遊ばれている。
だからといってスウィートが何を言っても無駄なことはよく分かっており、また苦笑いをうかべることしかできないのだった。
ずっと歩き続けて、そしてようやく見えてきた終わり。
「……うそ、」
スウィートが呆然と呟き、さっと顔を青ざめさせた。
進んできた道は、そこで終わりだった。でてきたのは大きなフロア。そこには壁しかなく、これ以上進めそうな場所はどこにも見当たらない。
「ど、どうしよう……行き止まり……」
シアオもまた絶望といった面もちで呟く。フォルテも同じような顔をしている。
スウィートが後ろを見たとき、同時にアルも後ろを見た。
道は1つ、元来た道を戻るしかない。けれどパルキアに追われている状態で戻るのは、鉢合わせになりはしないかと気が気でないのが2匹の本音だった。
しかしこうやって悩んでいるのが時間の無駄だ、そう判断したのかアルが3匹の方を向いた。
「とりあえず戻ろう。ここにいても何も――っ!?」
「な、なに……じ、地震……!?」
かなり大きな揺れが『シリウス』を襲う。4匹は倒れないよう足を踏ん張る。
だがそれより、地震がおきたことより、スウィートは「地震がおきた原因」によって冷や汗をかいた。その原因として思い浮かんだのが、最悪のものだったからだ。
(どうしよう、きっと、パルキアさんだ)
この地震の原因は、高確率でパルキアが近くまで来ている証拠だ。
(逃げる? でも逃げてどうなるの。逃げたってどうにもならない。だからって話を聞いてもらえる? パルキアさんは私たちを殺そうとしているのに。でも、でも――)
ただぐるぐるとスウィートの頭の中で次に取る行動がまわる。
しかし考える時間をくれる訳もない。
サメハダ岩の時のように、大きな爆音をたてて、まばゆい光が包みこんだ。
それがどういうことを、『シリウス』は経験済みだ。だからといってどうすることもなく、前と同じように、目の前に、いる存在。
「パ、ルキア……」
追いつかれてしまった。逃げようにも撒けるような距離ではないし、先ほどに逃げた方法は使えない。
激怒している様子は、全く変わっていなかった。
「足掻いても無駄だ! ここからは絶対に逃げられない!」
完全に攻撃態勢。――この世から葬ることしか考えていない。
(……あぁ、やっぱり戦うしかないんだ。話なんて、聞いてもらえる状態じゃない)
「なぜならお前らはこの俺の手によって……消される運命だからだ!!」
ここでパルキアを倒したことでどうなるのだろう。
そんな疑問を頭の片隅においやって、『シリウス』はパルキアの攻撃に備える。
誰かが後ろで、にやりと笑っているのも知らずに。