59話 空間の支配者
スウィートとシアオが朝日を見ながら、「諦めない」と決意した朝。『シリウス』はサメハダ岩で、テーブルを挟んで朝食を食べながら、今後について話し合っていった。
さまざまな意見が飛び交う中、シアオが切り出した。
「あっ! ねぇねぇ、ラウルに聞いてみたらどうかな」
「ラウルさんに?」
ラウル・ティルス。星の停止℃膜盾フとき、かなり世話になった人物だ。
いきなり出てきたラウルの名前に、フォルテは首を傾げた。
「何でよ?」
「ほら、ラウルは時の影響も、かなりの情報を持ってたし」
「なるほどな……。時と空間は密接な関係をもっている。そう考えればラウルさんは空間の歪み≠ノついて何か知っててもおかしくない」
「……シアオがひらめいたことが腹立つわ」
「何で!?」
「まあまあ。とりあえず、ラウルさんに聞くのは決まりだね。……でも、ラウルさんどこにいるんだろう?」
ここ最近はラウルには会っていない。用がなければ会わないのも仕方ないだろう。加えて相手は海にすんでいるポケモンである。
暫し悩んだあと、アルは仕方ないといったように言った。
「親方様に頼むか。空間の歪み≠ノついて調べたいっていったら、会わせてくれるだろ」
「ロードに、かぁ……。……何か、僕らが隠してること、ぜんぶバレそう」
シアオの言葉に、全員が頷きかけた。
ロードは能天気なようでバカではない。仮にも有名ギルドの親方だ。普段はあんなにニコニコして何も考えていないように見えて、おそらく頭の中でかなりのことを考えている。少しでも隙があろうものなら、嘘など全て見通すだろう。
そして、おそらくその嘘を見逃す。気づいても、気づいていないかのように振る舞う。それがロード・シャーレルである。
嘘をついたままは心苦しいが、こればかりは仕方ない。割り切るしかないのだ。
「……何か手がかりを見つけなくちゃ、結局は変わらないよ。
私たちが消えなきゃ世界は救われない≠アとが本当なら、いつかこの嘘≠ヘみんなにバレる。それが私たちにとってのタイムリミット。
それまでに私たちはルーナさんがいった解決策≠否定する手がかりを探さなきゃいけない」
スウィートが言うことは、もっともだった。3匹はこくりと力強く頷いた。
タイムリミットはおそらく長くない。『シリウス』に与えられた猶予はかなり短い。それを理解し、4匹は改めて決意した。
絶対に解決策≠見つけてやる、と。
『シリウス』がギルドにいき、ロードに「ラウルに会いたい」と頼めば案外すんなりと承諾された。挙句「夕方にはきてもらえるようにするね」と言われて。ただでさえ急で悪いというのに、どうなのだろうと思ったのだが、ロードは話を聞かなかった。
そんなこんなで夕方。
海岸に『シリウス』とラウルはいた。
「ご、ごめんなさい、ラウルさん。急に来てもらっちゃって……」
「いいえ、構いませんよ」
にこりと温和な笑顔で言われ、スウィートはほっとした。心優しいポケモンでよかった、と。
するとアルが前にでて、すぐに切り出した。
「単刀直入で悪いんですけど……俺たち、今空間の歪み≠ノついて調べてるんです」
「空間の歪み=c…ですか」
「はい。それで、ラウルさんが何か情報を持っているのなら、教えてほしいんです。お願いします」
真剣に、そう言った。ラウルも笑みをひっこめ、真摯な態度で答えた。
「……すみませんが、空間の歪み≠ノついてはボクも知りません」
その言葉を聞いて、「そっか」と4匹が落胆の色を示した。これで振り出しに戻るのか、と。
しかしラウルの次の言葉でそれは思考から吹き飛ぶことになる。
「ですが、同じ空間≠フことなら、少しだけ」
「空間……?」
「はい。時≠ヘディアルガが支配しているのは、皆さんご存知ですよね。時≠ニ空間≠ヘ対になるもの。ですから、ディアルガが時を支配していたように、空間を支配する者がいるのです」
空間を支配する者=Bその者についてはスウィートも興味をもった。同じ空間≠ナつながっているのなら、その者が空間の歪み≠ノついて何か知っているかもしれないと思ったからだ。
ラウルはそのまま続けた。
「それがパルキア……。空間を自在に操る能力をもち、“空の裂け目”に住むといわれています」
「パルキア……」
ようやく見えてきた解決の糸口。
それに縋るように、シアオは矢継ぎ早に尋ねた。
「その“空の裂け目”っていう所にはどう行ったらいいの? “幻の大地”のようにラウルも行けたりするの?」
「残念ですが……ボクは“空の裂け目”には行けません。何せ場所も知らない所なので……」
パルキア、“空の裂け目”、情報が入ったのは有難いが、場所がわからないのでは会えもしない。また振り出しか、誰かがそう思った。
テンションが見るからにさがった『シリウス』を見て、ラウルが眉をさげた。
「ボクが分かるのはこれだけです。……あまりお役に立てず申し訳ありません」
「えっ、う、ううん! そんなことないよ。パルキアのことが分かっただけでもかなりの収穫になったし」
「わざわざ来てくださってありがとうございました。後は自分たちで調べてみます」
スウィートが深くお辞儀をすると、「いえ、頑張ってください」とラウルの優しい声が返ってきた。
時を司るディアルガと同等の存在の、空間を司ると言われているパルキア=Bそしてそのパルキア≠ェ住む“空の裂け目”。
解決策が近くなっているような、遠のいていっているような。
途方の知れないものを感じながら、『シリウス』は海岸を後にした。
その後『シリウス』はギルドの本を漁ったり、ヘクトル長老に話を聞きに行ったりあらゆる手立てをつくしてパルキア≠ニ“空の裂け目”について調べた。
ときには難しい単語に頭を抱えたり寝たり、収穫がなくて落胆したり苛々したり。
あっという間に夜になり、4匹はサメハダ岩の自分のベッドに座っていた。
「ぜんっぜん情報が得られなかったんだけど……」
「“時限の塔”は偶然の重なり合わせだったしね。もうこれは地道に調べていくしかないよ」
がっくりと肩を落とすシアオに、スウィートが苦笑しながら励ました。
きっと時間はそんなにない。だからこそ情報が得られず落ち込むシアオの姿はもっともだが、焦っても仕方ないのだ。時間はないけれど、地道に進めなければ何も得られない。自分たちは0からのスタートなのだから。
「ふぁ……」
ふと、フォルテから欠伸がもれた。彼女を見ると、微妙な顔をして眠気を殺しているような気配。
「えっと……もう、寝る?」
「んー……寝るのも気味が悪いのよ……。ルーナが出てきそうで」
「……まぁ、分からなくないな」
フォルテの発言にアルが曖昧に頷いた。それはスウィートもシアオも。
夢の中で干渉できるルーナはなかなか厄介である。夢の中では味方はおらず、ルーナと対峙するのは自身だけ。立ち直ったとはいえ、少々弱っている心に少しでも付け込まれればお終いな感じが『シリウス』の中にあった。
休息のための睡眠も安心してできないとは。さすがにスウィートからもため息が零れる。
「でも寝なきゃ。明日に備え――」
言いかけて、止めた。正確には、言葉が口から出てこなかった。
空気が重い。息がしづらく、口がカラカラになっている緊張状態。まるで何か圧倒的存在が近くにいるような、そんな雰囲気。何かに押さえつけられているかのように、体が硬直して動かない。
スウィートは冷汗をかいた。やばい、そう頭が警告している。
これまでの記憶の中で、2回ほど感じたものと、似た威圧感。
ポケモンの中で限りなく神≠ノ近い、圧倒的な力をもつ――伝説の存在。
「――っ!?」
それに気づいた瞬間、スウィートは動かない体を無理やりにでも動かそうとした。
けれど、それは出来なかった。同時に大きな爆音をたてて、サメハダ岩を夜にはありえないほどの光が包みこむ。『シリウス』は何が起こったか分からず、目を瞑り、硬直している体をさらに固くして身構えるしかない。
ようやく元の夜の明るさに戻り、スウィートは恐る恐る目を開けた。
そして目を真ん丸にして、それを見上げた。
「あ、……え……」
白い巨体に、桃色の線が入ったポケモン。どこか、ディアルガに似た風貌。
スウィート達の何倍もの大きさを持つ、ディアルガに匹敵するほどの大きさを持つポケモン。それは鋭くスウィートたちを睨みつけていた。
「ついに、ついに見つけたぞ! ――空間を歪める元凶を!!」
空間を歪める元凶=B
それに思い当たる節がある『シリウス』は目を丸くする。しかしまだ誰にも、ルーナ以外には知られていないはずのことを言ったそのポケモンに、警戒心をあらわにするしかない。
「き、君は一体……」
シアオが震える声で聞くと、そのポケモンは怒声まじりで答えた。
「俺はパルキア! 空間を司るものだ!!」
〈はい。時≠ヘディアルガが支配しているのは、皆さんご存知ですよね。時≠ニ空間≠ヘ対になるもの。ですから、ディアルガが時を支配していたように、空間を支配する者がいるのです〉
〈それがパルキア……。空間を自在に操る能力をもち、“空の裂け目”に住むといわれています〉
今から探そうとしていた、そんな存在。
ただそのパルキアからは空間について、自分たちが生み出している空間の歪みが世界を滅ぼすことに関連しているかどうかを聞くつもりだった。どうにか自分たちが生きる道を照らそうと、希望にも似た存在。
でもそのパルキアの様子は、今どうだ?
(怒って、る……!?)
その原因はおそらくパルキアが口にした「空間を歪める元凶」が自分たちだから、だ。
どうしてか聞く前に、激怒しているパルキアは腕に光を集めはじめた。
「もう逃がしはせん! 覚悟しろ!!」
「なっ――」
何かを問う前に、パルキアが放った光がサメハダ岩全体を覆う。『シリウス』はなすすべもなく、ぎゅっと目を瞑った。
(何、なんなの!? どうしてパルキアさんは――)
スウィートがパニックに陥っている間に、突如 浮遊感と、そして光がおさまるのを感じた。
恐る恐る目を開くと、やはり目の前にいるのはパルキア。しかし辺りの空気が、先ほど感じていたものとは全く違っていた。
「ここ、は……」
ボコボコとした、凹凸のある岩の壁。そして地面の色は濃い緑で、壁と同じく凹凸がある、先ほどいたサメハダ岩とは全く別の場所。
いつの間に移動したのか、スウィートには検討がつかなかった。
「ここは“空の裂け目”! お前らには消えてもらうぞ!!」
パルキアの言葉に『シリウス』が目を丸くする。
「えっ、そ、“空の裂け目”!?」
「まっ、消えてもらう、って――」
「空間を勝手にゆがめるものは許さん!」
「きゃっ!?」
「ちょっ、ちょっとー!!」
突如パルキアが腕をふりあげてきたので、慌てて4匹は避ける。
とりあえず距離をおこうと後ろに下がるが、パルキアも近づいてくる。そんな攻防戦を広げていると、不意に足場がなくなった。
「足場が、ない……」
後ろを見れば、底が見えない暗いくらい闇。前を見れば、話を聞いてくれそうにもない激怒したパルキア。
どうしよう、スウィートが考えていると頭に声が響いた。
《ご主人! 飛び降りてください! 私が下まで安全に下してみせます!!》
リアロの声。酷く焦った、必死な声だ。
その声をうけて、スウィートは後ろを見る。足がすくむほどの闇が広がっていた。
「で、でも――」
《そこの輩はいま話を聞く体ではありません! このままではご主人の身も、ご主人の仲間の身も危険です!!》
《スウィート早く!》
頭の中でガンガン響く声。
ふと隣を見れば、シアオは恐怖で固まり、フォルテは訳がわからないといった顔をし、アルは焦りながら必死に考えているようだった。
そして前をみて、パルキアが先ほどとは違う、明らかに攻撃の光を集めているのに気づき、スウィートは覚悟をきめた。
「皆! 下 り て!!」
そう叫んでから、スウィートはすぐ隣にいたシアオの手を掴み、足場から勢いをつけて飛び降りる。
「え゛っ、ちょ、ちょ――!!」
「ひぃっ、ちょ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ、おい――!!」
ビビったシアオがフォルテの手を掴み、フォルテは咄嗟にアルの足を掴んで、『シリウス』は引きずられるかのように下へ落ちていった。
そんなことをすると思っていなかったパルキアは目を丸くする。しかしすぐに悔しそうに顔を歪める。
「チッ、下に逃げたか。だが逃がすものか!!」
すぐさま光の球となり、パルキアは『シリウス』が落ちていった下へと下降していった。