56話 悪夢と悪運
もともと『シリウス』が使っていた部屋へ行けば、ギルドの弟子たちが全員集まっていた。中には警察のコイルが1匹いる。
中央には眠っているサフィア。傍には心配そうにサフィアを見つめるアイオがいた。
見てもサフィアに外傷はない。何が「大変」なのか、『シリウス』には分からなかった。
「あの、サフィアちゃんに何が……?」
「……ずっと寝たままで、目を、覚ましてくれないんです」
スウィートの問いかけに答えたのは、アイオだった。声音は少し震えていて、心配と不安が入り混じっているのがすぐに分かった。
それでも、現状を『シリウス』に説明しようとアイオは口を動かした。
「何度も起こそうとしたんですが……ぜんぜん、起きてくれなくて。それに、悪い夢でも見てるのか、ずっとうなされている様で……。数日たっても起きないし、心配になって、ギルドにつれてきたんです」
「ずっと、起きない……」
そこで、ふとこの前のセフィンの言葉を思い出した。
〈正気を失うポケモンもやけど、目ぇ覚まさへんポケモンもでてきよるらしい〉
――これのことか。
スウィートは瞬時に理解した。「時の影響」が原因ではない、最近おきている異常現象。正気を失う、あるいは、目を覚まさない。
その異常がサフィアにおこってしまったというのか。
おそらくセフィンの話を聞いているであろうギルドの弟子たちも、同じことを考えているだろう。
スウィートは焦りを落ち着けるように、深呼吸をした。
「……ディラさん、サフィアちゃんを起こす方法って、ご存じないんですか?」
「いや……私も悪夢にうなされながら何市も眠り続けるなんて聞いたことがないからな。こればかりはお手上げだ」
その返答に、スウィートはがっくり肩をおとす。1番に頼れるのは情報通のディラであったのだが、それでも分からないという。
そもそも情報屋の刃でさえ、原因がわからないと言っていたのだ。一般のポケモンが分かるわけがない。
「カゴの実とかは?」
「それもダメだったんです。寝ているからまず実を食べてくれない。搾り汁にしたら何とか飲んでくれるかなって思ったんですが……それもダメでした」
シアオが思いついた案も、アメトリィに即座に切り捨てられてしまった。
成すすべなし。さすがに原因がわからない異常現象には、ギルドでも対応のしようがなかった。
意見が全てダメだったため、全員が黙り込む。
そんなとき、「あのぅ……」と控えめにレニウムが手をあげた。
「悪夢を見てるなら、どんな悪夢を見ているのかわかれば、サフィアちゃんが起きない原因も突き止められるんじゃないでゲスかねぇ……」
発言に、その発想はなかったという顔をするものと、呆れた顔をするものと、完璧に割れた。
「なるほど! サフィアの夢の中を見ればいいのか――ってどうやって見るんだよ!?」
「ひぇぇぇ! ごめんでゲスぅ!」
見事なノリツッコミをしてくれたラドンに、委縮したレニウムは土下座せんばかりの勢いで謝った。
これでまた振り出しか。そう思った時だった。
「……いや、もしかしたらできるかもしれん」
レニウムの意見を1番にあほらしいと一蹴しそうなディラがそう言ったので、弟子たちは唖然とした。
それに構わず、ディラは少し考えるような素振りをみせる。
「……スリープ。スリープという種族のポケモンならできるかもしれない」
「スリープ、って…………」
スウィートとアルが思わず顔をしかめた。苦虫をかみつぶしたような、そんな顔。
しかしシアオとフォルテはそうではない。ただ、聞き覚えはあったので、懸命に記憶を巻き戻しさせていた。
それでは埒があかないので、嫌々アルはその名を口にした。
「……俺らが最初に解決した、お尋ね者……ウェーズ・テビィグ。アイツも確か、スリープだった」
「……あっ、あぁぁぁぁぁぁ!?」
「うっさいわね黙りなさい!!」
「いやお前も十分うるさ、ごめんなさい」
フォルテの睨みによって、ラドンは黙る。
それより、スウィートはそのウェーズ・テビィグ≠思い出していた。
かなり前、自分たちが探検隊になって間もないころ。
お宝を取りにいかせるためという、なんとも自分勝手な考えでサフィアを連れ去ったお尋ね者だ。結局はムーンに協力してもらって、ボコボコにした覚えがある。
最後はジバコイルたちに連れていかれていた。あれからどうなったかのは知らない。
しかし、どうしていきなりスリープという種族がでてきたのか。
目線で訴えると、ディラは丁寧に説明し始めた。
「私も噂で聞いただけなんだがな。スリープは夢の中に入れる種族らしい。もしその噂であれば、そのウェーズにサフィアの夢を見てもらえる。……あくまでも噂だから、これは賭けだ」
「でも……何もしないよりいいよね」
そう呟くと、シアオはくるりとコイルの方へ体の向きを変えた。
「ね、ウェーズってどこにいるの?」
「ウェーズハアノ後ジバコイル保安官ニミッチリ絞ラレ、反省シタタメ釈放シマシタ。今ハ自ラヲ戒メルタメ、“修行の山”ニコモルト言ッテマシタ」
反省したのか、フォルテは半信半疑だったがそこはあえて口に出さなかった。
とりあえずウェーズの居場所は“修行の山”。スウィートが地図を思い出してみれば、確か、山岳地帯にある山のことだったはず。
またかなりキツそうだなぁ、とスウィートはぼんやり思った。
それでも、今目の前で苦しんでいるポケモンがいるのだ。そんなことは言ってられない。
すると今まで黙って様子を窺っていたロードが前へ出た。
「じゃあ決まりだね。とりあえず『シリウス』はウェーズのことよろしくね。皆はもしもの場合を考えて、他の方法を探しておいてくれるかな?」
「「「「「「はい!!」」」」」」」
全員が元気よく返事をする。そうして、急いで行動しだす。
目を覚まさない妹を心配するアイオのために。苦しそうにうなされているサフィアのために。
――――修行の山――――
名前の通り、何だか険しそうな山。岩はそこらじゅう突き出ているし、枯れ木はいつ倒れてきてもいいような状態だ。そして罠が多く仕掛けられていた。
できるだけとがった岩や折れている枝を踏まないよう、『シリウス』は進んでいた。
しかしどうしようもないこともある。
ブシュッという音とともに紫色の何かが飛び出た。それは酷い腐臭を漂わせており、思わずスウィートは顔をしかめた。
後ろを見れば、酷い有様なシアオとフォルテが見えた。
2匹の少し後ろを歩いていたアルは無傷なようだ。シアオは顔色を悪くしながらそっぽを向いていたが、フォルテにがしりと肩を掴まれてそれもできなくなった。
「……ねぇ、アンタわざとじゃないの? これで8回目よ?」
「いや、わざとなわけないじゃん。……ちょっと運が悪いだけで」
「なぁにがちょっとだこのヘタレェェェェェ!!」
「フォ、フォルテ! とりあえずヘドロ落とそう! ね?」
今にも殴りかかろう(火炎放射を放とう)としているフォルテを、何とかスウィートがやんわりと制止する。
さすがにフォルテもヘドロがついたままというのは嫌らしく、大人しく従った。シアオは「助かった」と言わんばかりの安堵の表情を浮かべているが、それも一時のものだろう。
洗濯玉をとりだし、2匹に使う。用途が違うが、もうこの際気にしていられない。
「ヘドロ8回、ネバネバ13回、技の封印5回……。ここまでくると、何かが憑いているとしか思えないな」
「そんなことないから!!」
そんなことあるだろ。しかしくだらない会話をしない主義のアルなので、それはあえて言わなかった。
アルの言う通り、これまでに20コ以上の罠にひっかかっていた。主にシアオが。
しかし隣にいたり、喧嘩をしたりで何かとシアオの近くにいるフォルテは同じように被害を被っている。つまりは2匹にしかほぼ罠の害がないということだ。
因みにいえばスウィートは一度も引っかかっていないし、アルもさして引っかかっていない。
やはり運が悪いのだろう。
スウィートが強運なら、シアオは悪運。まるで正反対な2匹にもう何といっていいのやら、という状況だった。
それにフォルテも巻き込まれるのが嫌ならいちいちシアオの近くに行かなければいいのだが、何かと近くにいた。主に喧嘩をするために。阿呆である。
そんなこんなで進んでいると、前に敵が近づいて生きているのが見えた。エビワラーとオオタチだ。
「えっと……いける?」
「丁度いいわ。焼く」
「焼く!?」
「よかったな、お前の代わりに焼かれてくれて」
「何か複雑なんだけど……」
それぞれの反応に、スウィートは苦笑する。
スウィートはすぐさま真空瞬移で移動し、オオタチの上へ移動した。
「アイアンテール!」
何とか避けようと身をひねったオオタチだが、避けきれていない。しかしダメージは少なからず減らしたようだった。
エビワラーはそのまますスウィートに攻撃をくららせようと近づいてくる。
今度はでんこうせっかでその攻撃を避け、移動している間に真空瞬移でエビワラーの口に目つぶしの種を放り込んだ。
訳が分からなくなっているエビワラーに、大ダメージを受けたオオタチ。
これは俺が手を出すまでもないな。電気技を準備していたアルが手を引っ込めたと同時、元気よく2匹が飛び出していった。
「アイアンテール&火炎放射ぁ!!」
「かわらわり!!」
あ……、とスウィートとアルがもう思ったときには既に遅い。
敵を倒した2匹が緑色の液体でネバネバになるのは、すぐのことだった。