54話 大切な人
ふと目が覚めた。そんな感覚をスウィートは味わいながら、ベッドから起き上がる。
ぼんやりしたいた頭が覚醒してくると、自分が汗ばんでいることに気づく。そして変に気分が悪いのを自覚した。
(……何か、見たんだけど…………)
夢を、何かの夢を見たのは憶えている。
しかし誰かが出てきたのか、どこの場所だったか、夢の詳細は全く分からない。ぼんやりとした輪郭は分かっているのに、重要な形は出てこない。
無理に思い出そうとすれば、何故か頭痛がした。
(何だったっけ……)
嫌な、それでも懐かしい夢だった。
きっと記憶をなくす前の、シルドたちと一緒にいたときの夢だったんだろう。
「……まあ考えたって仕方ないよね」
思い出せないものは思い出せない。スウィートはそれをよく知っている。
きっと嵐の音のせいで、そういう雰囲気にのまれてそういう類の夢を見たのだろう。スウィートはそう結論付けた。
ベッドに寝転がり、目を閉じる。いい夢が見れますように、そう願いながら。
次に目を覚まして外を見れば、昨日の嵐は嘘だったみたいに、快晴となっていた。
夜中に起きてしまったせいか日の出が見れなかったことを悔やんでいると、頭の中に声が響いた。
《スウィート、昨日の話なんだけどさ》
「昨日って…………セフィンさんと刃さんから聞いた話?」
そう、と言ったのはレンス。
賑やかな声が後ろで聞こえるような聞こえないような。そんな感覚を味わいながら、スウィートは外を見ながら響く声に返事をする。
「やっぱり気になるよね、レンスたちも」
《……ぜんぶ解決したって思ってたからさ、あのとき珍しく一気に静かになったよ。多分あんなに静かになること二度とない》
「……酷い言われ様だね」
《そんなもんだよ》
レンスのその一言にスウィートは妙に納得して笑ってしまった。
しかしそんな軽口を叩くためにレンスが話しかけてきたわけではない。スウィートはそれを理解しているが、寝ている3匹を見ると「起こしてしまうかもしれない」という念にたたれ、サメハダ岩を見た。
そして手頃な岩に座り、広大な海を見ながら話す。
「……私は、時が正常になっても、まだうまくいかないところがあるのかなって思ったけど。でも……あの情報が本当だったとしたら、やっぱり何とかしなくちゃいけないよね」
また同じようなことにならないように。二度とあんなことにならないように。
レンスも肯定すると思っていた。しかし、彼は違う反応を見せた。
《俺は、さ。確かに本当だったら、この状況は何とかしなきゃいけないと思うんだ。
けど……またスウィートが危険な目に遭わなきゃいけないとか、そういうのだったら……あんまりスウィートには関わってほしくないかな。というか俺たちとしてはこの時間の奴らに少しは任せてもいいって思ってるけど》
「それは……無理かなぁ……」
《だろうね。そういう性格だって分かってるからスウィートの選択に俺は何も言わないよ》
心配してくれるのは有難いが、他に任せて自分は何もしないのはスウィート自身が許さない。レンスは苦笑交じりで承諾したが、本音は先ほど言った通りなのだろう。
するとレンスが「俺たちで話し合った結果なんだけどさ、」と真剣な声音で言った。
《多分、時の影響は全くの無関係だと思う。もしソレだったらディアルガがどうにかしてるはずだから。ディアルガがまた闇のディアルガ≠ノなることはないと思う。
たぶんあの未来で俺たちがずっと調べてた事とはほぼ無関係な影響だと思う》
「……関係があればレンスたちが気づくはずだもんね」
《ミングやムーンですら分からないらしい。こればっかりは俺たちも何とも。とりあえずスウィート、しばらくは気を付けて。何が起こるか分からないから》
「うん。ありがとう」
《ご主人! くれぐれも無理はなさらないでくださいませ!!》
《うるせぇクソリアロ!》
《アンタも煩い》
《もうどうでもいいから撤収してくれ!!》
最後、レンスの怒鳴り声とともに頭に響いていた声は消えた。ミングやアトラののんびりとした声も、きっと気のせいではないのだろう。
相変わらず賑やかだなぁ。まあシアオやフォルテも負けず劣らずだけれども。
そんなことを頭の片隅で考えながらスウィートはサメハダ岩の中へと入る。
すると既に起きていたシアオとアルが朝食を作っていた。そういえば今日は2匹が担当だったっけ、と考えながら「おはよう」と声をかける。
「スウィート、そろそろ寝てるバカ起こしてくれ。もう朝飯できる」
「あたしが火炎放射で起こ、」
「シアオ起きて。今すぐ起きて」
慌ててスウィートがシアオの体を揺らす。
予想に反してシアオはすんなりと目を開け上体を起き上がらせた。眠たそうではあるが、目は覚めているようだ。
「んー…………あさ……?」
「うん、朝。おはよう」
「おはよー……」
目をこすりながら「よく寝たー」と伸びをするシアオに、「とっとと起きろってのよこのヘタレ!」とフォルテの怒号がとんだ。寝起きだというのに「ヘタレ!?」と反応するシアオ。これはもう反射なのだろうか。
そんな2匹を見ぬふりをしてアルは料理をテーブルに並べる。スウィートも気づいてそれを手伝う。
「いい、スウィート。当番じゃないだろ」
「いやぁ……さすがに何もしないのも。とりあえず早く並べよう」
せっせと並べるスウィートに何を言っても無駄だと悟ったのか、アルはそれ以上は何も言わなかった。ただ一言「ありがとう」とだけは言われた。
それから全て並び終え、喧嘩している2匹を止めて朝食を食べ始める。
「あの、昨日、セフィンさんと刃さんから聞いた話なんだけど……あれってやっぱり調べた方がいいのかな……」
スウィートがそう話題をもちかけると、まずアルが反応した。
「どうだろうな。俺は今はまだいいと思うけど。今は刃さんみたいな情報屋や探検隊連盟が動いてると確認とってるだろうしな」
「まず僕らで調べられることに多寡が知れてる気がするよ……」
「でもあれ聞いといて何もしないってのは何か嫌よね。また何か変なことが起きてるかもしれないってのに」
「それもそうだよねー……」
こういう事態を黙っておくことができないのが『シリウス』のメンバーである。
しかしアルの言う通り、今はまだその事態が本当かどうかも分かっていないのだ。もし本当であれば今すぐにでも『シリウス』は対策をたてていただろう。
3匹の会話を聞きながら、スウィートはぼんやりとレンスの言葉を思い出した。
〈けど……またスウィートが危険な目に遭わなきゃいけないとか、そういうのだったら……あんまりスウィートには関わってほしくないかな〉
(……あぁ、そっか)
私も、そうなんだ。
スウィートはそう思った。
自分がその危険に飛び込むというのなら、きっと3匹もついてくる。必然的に、危険な目に3匹だってあうことになる。
星の停止≠食い止めるときだってそうだった。シアオも、フォルテも、アルも、みんな怪我をして。もし自分がまた同じことをすれば、きっと同じことが繰り返される。
誰だって、大切な人が傷つくのは見たくない。誰だって、大切な人を失うのは耐えられない。
それは、自分も当然含まれている。
「スウィート?」
「えっ、あ、何?」
ぼんやりしていて、手が止まったスウィートを見て怪訝に思ったのか、シアオが不思議そうに声をかけてきた。その声に反応してスウィートは応える。
シアオは心配そうな顔をして、「大丈夫?」と尋ねた。
「眉間にしわ、すごいよってたよ」
「えっ、嘘」
「ホントー。そんな顔してるとアルに似ちゃうよ!」
「……シアオ、それはどういう意味だ。あとその顔をさせてるのは大抵お前らのせいだからな」
アルがシアオを軽くにらみつけると、体をびくりと揺らしてから「あ、あはは……」とシアオはぎこちなく笑った。自覚はあるのかないのか。
その原因のもう1匹は気づきもせずのんびりと朝食を頬張っている。
スウィートは「そんなに考え込んでたかな、」などと考えながら、目の前にあるモモンの実を口に放り込んだ。
暫し沈黙がおりると、口の中のものをごくりと飲み込んだフォルテがあっけらかんと言い放った。
「ま、今騒いだって仕方ないでしょ。どーしてもって状況になったら何があってもあたしたちに連絡がくるんじゃない? ……星の停止≠止めた探検隊に」
「珍しくフォルテがまともなこと言った……!」
「消し炭にするわよ」
「消し炭!?」
シアオが過敏に反応するのを無視し、アルはいつも通り冷静に喋った。
「……だな。どう足掻いても、どうせ俺たちは関わることになる。何せ星の停止≠フ事件については、俺たちが1番よく知ってるからな。もし今回のことが只事じゃなきゃ、前の事件が関連していると誰もが考える」
「必然的に私たちに協力要請が出る、ってこと……?」
「あぁ。遅いか早いかの問題だ。……大事だったらの話だけどな」
それもそうか。スウィートはそう思った。
だとしたら今は何もしない方がいいだろう。そんなことを考えながら、目の前の喧騒を聞きながらアルとともに朝食に手を伸ばすのだった。