52話 淡き過去との重なり
幸せな夢が、一気に不幸な夢になるの。
お母さんとお父さんとね、笑いあってる夢を見るとね、最後には絶対にどん底に突き落とされる。最後には「あぁこんな夢みなきゃよかった」って思っちゃう。
でもね、2人に会いたいから、また「見たい」って思っちゃうの。
……酷い悪夢≠ナしょ?
そう話していたのは、私だったっけ……?
「きょ、今日もいっぱい依頼うけるんだね……」
「……そうですか?」
掲示板に張ってある紙を(本人は選んでいるのだろうが)無作為のようにベリベリ捲っていく凛音に思わずスウィートは声をかけた。スウィートは2,3枚しかとっていないのに、凛音は既に10枚はとっているのではないだろうか。
後ろではシアオとフォルテが喧嘩しており、何故かスティアが巻き込まれている。
アルは何やらメフィと話し込んでいるようである。
「早く卒業して5割……といわず全部もらえるようにしたいところですけどね」
「あ、あはは……」
凛音ちゃんがギルド卒業するとき大変だろうなぁ。スウィートはそう思った。
するとアルと話していたメフィがこちらに寄ってきて、凛音がとった依頼の紙を見てげんなりとした表情をした。
「……ねぇ凛音、少し減らそう? この前スティアが死にかけてたよ?」
「それで死んだらそこまでです」
「死んだらダメなんだってば!」
「り、凛音ちゃん……」
何といったらいいのか。とにかく滅茶苦茶である。
凛音が「こんなものでしょう」といった数は、スウィート達にとっては異常である。メフィは早速抗議しているが、どうせ凛音が言い負かすのだろう。
スウィートもめぼしい依頼を選んで、くるりと振り返った。
「……まだやってる」
思わず苦笑が漏れた。
シアオとフォルテは絶えず言い合いをしている。アルの目があるので技は放たないが、口喧嘩でもかなりのものである。完全な板挟み状態なスティアは涙目で何かを訴えている。
すると遠くから傍観していたアルが2匹の頭を叩いた。
「いい加減にしろ。お前らは本当に学ばないな」
「あたしは悪くない」
「お前のソレは聞き飽きた」
「フォルテが喧嘩売ってくるから!」
「ソレも聞き飽きた。お前らは同じことしか言えないのか」
アルが入ったことにより、スティアが板挟み状態から解放され出てくる。「一安心」と顔に書いてある。
そして「アルさん神様」といって何でか合掌している様子を見て、スウィートは思わず「か、神様……?」と戸惑うのだった。
それからギルドを出て十字路にさしかかると、セフィンと刃が見えた。フォルテが逃げようとしたのをアルが掴むのはもう恒例みたいなものだ。
2匹は気づいてないようだったが、シアオが「おーい!」と声をかけたためこちらを見た。
「おー、元気そうやなぁ」
「セフィンも刃もねー。っていうか……今からギルドに行くの? えっ、また多額の依頼をだしに……?」
「ちゃうちゃう。今回は別件や」
今回は、って……。と誰もがツッコミたくなった。セフィンはけらけら笑っている。
すると刃がある紙を『シリウス』に差し出した。それをスウィートが受け取る。シアオとアルは横から覗き込んだ。フォルテは相変わらずである。
刃は真剣な声音で話し始めた。
「最近、情報屋の中で気になる情報がチラついているのでござる。拙者も詳しく調べた結果、無視できないものだったため、そこらのギルドに報告しているのでござる」
「無視できないもの……」
紙を見ると、スウィートにとって目の離せない文字が目に入った。
『理性を失っているポケモンの増加について』
思い出したのは、まだ『シリウス』を結成して日が経っていなかった頃。
「時が狂い始めたせいで、悪いポケモンが増えた」「時が狂ったせいで正気を失うポケモンがでてきた」。あの暗い未来へ加速を続けていた過去の話。
スウィートにとっては、放っておけない、放っておいてはいけない情報だった。
「じ、刃さん。こ、これって、どういう、」
「スウィート殿、とりあえず落ち着くでござる」
完全に取り乱しているスウィートを刃がなだめる。
冷や汗が流れるのを感じながら、スウィートは深く深く息を吸い、吐いた。それでも胸がバクバクといって、嫌な予感がよぎり始める。
するとセフィンが紙を見ながら話し出した。
「原因はまだ何も分かっとらん。ただ正気を失うポケモンが増えたっていう情報がちらほら上がってきてんねん。
……似てるやろ、あの時の状況に」
そう、似ている。あの、ほんの少し昔の状況に。
「ただ違う点もあるんや。正気を失うポケモンもやけど、目ぇ覚まさへんポケモンもでてきよるらしい」
「……目を覚まさない?」
アルが怪訝な表情をして、言葉を反復した。それにセフィンは「ん」と頷く。
そんな例は、シアオもアルも聞いたことが一度もなかった。スウィートが記憶喪失だから知らないのではなく、そんな例はなかったのだ。
フォルテもようやく暴れるのをやめ、セフィンと距離を保ちつつ会話に加わってきた。
「原因は分かってないわけ?」
「……まず最初に時の影響を疑ったでござる。けれど違う。時は正常に機能している。これは探検隊に依頼して湖の番人たちに確認をとってもらった――番人たちのお墨付きな情報でござる」
「じゃあ原因は時が狂ってるんじゃなくて……他にあるってこと?」
シアオの言葉に刃が頷いた。
疑問がぐるぐるとスウィートの頭を渦巻いた。だとしたら一体なんなのか。――この世界は大丈夫なのだろうか。
するといきなりセフィンが「あっはっは!」と大声で笑った。
「まあ今そんな話してもしゃーない。時が経てば原因分かって、英雄『シリウス』様が何とかしてくれるやろ」
「ねえその英雄もうやめよう。スウィートが大変なんだよ。大変だったんだよ僕ら」
「取材うけたんはシアオやろが」
うっ、とシアオがうめいた。ごもっともな指摘である。
刃も「そうでござるな」と頷いた。何に頷いたのかは、よくわからないが。
「これはギルドに「だから探検には気を付けろ」というメッセージでござる。今はそこまで深く考えなくても、ただ今だけの現象かもしれないのでござるから、気にする必要もなし。とにかく『シリウス』殿もお気をつけて」
「……あぁ。教えてくれてありがとう」
そう言って、セフィンと刃は階段をのぼって(浮いているので上るもないのだが)去って行った。最後にセフィンと目があってフォルテがさっと隠れたのは見ないことにする。
スウィートはぽつりと呟いた。
「またあんなことに、ならないといいんだけど……」
不安ばかりが募っていく。
最近はずっと平和だったため、こんな不穏な知らせを聞くのは久々だ。ギルドの皆だって、これを聞けばおそらく身構えるだろう。
いや、ギルドだけでない。トレジャータウン周辺のポケモンたちは、1番身構えるだろう。星の停止≠1番に感じたのは、この場所なのだから。
暗い雰囲気になりつつある場に、シアオは元気な声をだした。
「刃もセフィンも今は気にしないでいいって言ってたし、今は依頼に集中しようよ! 刃の言う通り、もしかしたら気のせいかもしれないんだからさ!!」
「……うん、そうだね!」
シアオの調子につられるように、スウィートも明るい声をだす。フォルテも「シアオのくせにうざい」と言っている割には、元気を与えられたようだ。アルも静かに笑っていた。
それでも、胸の片隅には不安≠ェ住み着いたのだった。