46話 まるで嵐
「はー……危なかったね」
「とりあえずフォルテとアルはけっこうダメージ食らっちゃったから早くオレンの実……」
シアオはほっと息をつき、スウィートは慌てた様子で鞄を漁る。フォルテとアルは先ほど岩に埋まっていたからか、体の土を払っていた。
少しレジロックから離れた場所、そこで『シリウス』はごそごそと動いていた。
すると手持無沙汰なシアオが「にしてもさ」と声をあげた。
「これは……レジアイスの時と違うのかなぁ? 倒しても何もおこんないし」
「とりあえず回復してから探った方がいいだろ……。次に何があるのか分からないし。この状態でまた戦うってなったら終わりだな」
「……フォルテは大丈夫だと思うけど」
「は?」
「スミマセンデシタ」
相変わらずのやりとりで、アルもツッコむ気はないらしい。スウィートでさえ無視だ。しかし気にすることなく言い合いは続く。
スウィートが鞄の中からオレンの実を取り出し、アルとフォルテに渡す。
その時、小さな音が耳に入った。
「…………?」
コツン、という石の音。
無意識にスウィートがそちらに目を移した。目を丸くした。
「っ……!」
小さく漏れた悲鳴に、3匹も気づいてそちらを見て、絶句した。
体となっている岩はぼろぼろとなり、歪な体となっている。最初と今ではとても見ていられないようなボロボロ加減。
しかし腕と足が完璧に復元されている。それが更に不気味さを演出していた。
「チャ……ジ…………」
両腕から光があふれだす。
咄嗟にスウィートは目を閉じた。そして開いた瞬間、瞳が紫色となった瞬間、
「ハイドロポンプ」
後ろから多量の水が勢いよく上を通り過ぎて行った。それは真っ直ぐレジロックに向かい、その水の勢いにおされてレジロックは倒れた。
身構えていた4匹は暫く固まり、おそるおそる後ろを見た。
「あそこまで原型が酷いと気持ち悪いにもほどがあるな」
「さすが蒼輝さんです。凄まじい威力でした」
「だだだ大丈夫!? 怪我とかない!?」
「いやぁ、リフィネ。まだ番人の許しを得てない『シリウス』に近づくのはよくないんじゃないかなー」
「…………。」
(何でここに蒼輝さんたちが!?)
いきなりの『ベテルギウス』の姿に、スウィートは半ばパニックになった。当の彼らはいつも通りの賑やかさである。
すると倒れていたレジロックの体が、ふわりと光り、丸い光となった。そしてレジアイスの時と同じように、それは『シリウス』に近づき、やがて分散して4匹の体へ飛び込んだ。
瞬時に、レジロックが発した無機質な音。
《番人ノ許シ得タ。力在リシ者タチヨ、先ニ進メ》
『ベテルギウス』がいる方向とは逆の壁が開く。
それにほっと『シリウス』が嘆息をもらすと、慌てた様子でリフィネが駆け寄ってきた。
「大丈夫!? ごめんね、レジロックのあれで驚いた上に蒼輝のあれでさらにビックリしたでしょ!?」
「俺のせいじゃねぇだろ。そもそも俺がやらなきゃコイツらはやられてた」
「蒼輝さんもリフィネさんも落ち着いてください。スウィートさん達もとりあえずオレンの実を早く食べてしまった方がよろしいのでは」
「いらないならボクにくれてもいいよー」
「シィーナ! 怪我してるんだってば!!」
やはり口を挟む暇を与えてはくれないらしい。
とりあえず翡翠に言われた通り、フォルテとアルはオレンの実を食べ始めた。
他にすることがなく手持無沙汰なスウィートとシアオだったが、『ベテルギウス』が話しかけてきた。
「いやぁ、凄かったね! ボッコボコじゃん!! 私も強くなりたいなー」
「リフィネじゃ一生ムリだ」
「何おう!?」
「あ、あのさ、何で『ベテルギウス』が此処にいるの?」
シアオが一番気になっていることを聞いた。
すると彼らは顔を見合わせてから、代表のようにシィーナが話し出した。
「ロードから行ってこればって言われて来てねー。順調にレジロックを倒して進んで次にいこーってトコに凄い音が聞こえてから気になっちゃってさ、のぞき見してたー」
((何でみんな戦闘を見たがるんだろう……))
『チャームズ』といい『ベテルギウス』といい今回はこっそり戦闘を覗かれるな、と2匹は思った。
視線をうろつかせていると、ちょうど翡翠と目があった。
「フォルテさんとアルナイルさんが回復したら進みましょう。まだ石碑もきちんと読めてませんし、『チャームズ』さん達は先に進んでいるみたいですしね」
「あっ、そっちも『チャームズ』に会ったの?」
「何か知らないけど「負けないわよ」って言われた……喧嘩腰で。私たち何かしたっけ……?」
(全員に勝負挑んでるんだ……)
気合が違うな、というか凄いな。スウィートはそう思った。
ようやくフォルテとアルがオレンの実を食べ終わり、『シリウス』と『ベテルギウス』は先に進んだ。進んだ先にはまたしても石碑。
誰よりも早く、蒼輝が石碑に目を落とした。
「「S」「T」「E」」「E」「L」……。「STEEL」……つまり鋼、か」
「鋼……つまり次は鋼タイプの番人でしょうか」
「そうじゃないー? レジアイスは「氷」、レジロックは「岩」。蒼輝の推測がこうも当たると気味が悪いっていうか腹立つねぇ」
翡翠とシィーナの言葉から、どうやらくぼみの形は蒼輝の世界でいう「英語」での読み方をすれば単語になり、その単語は番人のタイプを表しているようだ。
しかしなぜ蒼輝の世界の言葉があるのか。謎は深まるばかりだ。
蒼輝もスウィートと全く同じことを考えていたようで、石碑のくぼみを訝しげに見ていた。
「この世界に「英語」がないってんなら何でここにそれがある? ……まず洞窟が古いようだし、昔は使われていてどんどん忘れられていったってことか……?」
呟きながら考えを整理しているようだった。難しい顔をして悩んでいる。
しかし周りはそんなことを一切気にしない。まず疑問にも謎にもなっていないのだ。
「さぁて残りの石を頑張って探しますかー!!」
「おー!!」
「さながら姉弟みたいだねー……」
「ていうか協力するわけじゃないんだからもう別行動だぞ」
するとノリノリだったリフィネとシアオは「え」みたいな表情をした。
何故このまま一緒に進もうと思っていたのだろうか。どう考えってこの大人数で進むのは効率が悪いだろうに。何故そう思いつかないのか。
アルとシィーナは「馬鹿だからか」と結論づけた。
翡翠は苦笑いをし、それから考え込んでいる蒼輝をちらりと見た。
「蒼輝さん、まだ考えますか?」
「……いや、埒が明かねぇからいい。それに俺には関係ないしな」
(諦め早い……!!)
スウィートが言えず心の中でそうツッコむと、蒼輝がこちらを見た。心の声を読まれたかと思って全力で逸らした。
「ごちゃごちゃ考えてても仕方ないでしょ。それより先に進まないと『チャームズ』に手柄ぜんぶ持ってかれるわよ」
「そうだ! 勝負中だったんだ!!」
「馬鹿だからそんなこともすぐに忘れるのね。……はっ」
「鼻で笑わないでよ! あと馬鹿じゃない!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ出した2匹を見て、シィーナがぽつりと呟いた。
「この光景はまるで蒼輝とリフィネみたいだねー」
「俺はあそこまで騒がない。……とりあえずもう行くぞ」
「あ、はい。『シリウス』さん、それでは」
「まったねー」
「進んだところでまた会おうねー!」
蒼輝を先頭に、『ベテルギウス』はダンジョンへと続く道へ行ってしまった。
まるで嵐が去ったようだった。相変わらずシアオとフォルテは煩いが、それでも多少なりとも静かになったような、スウィートはそんな気分だった。
アルも少し疲れた顔で、「嵐が去ったな……」と呟いた。
「何ていうか……インパクトが強い、っていうのかな……?」
「煩いだけだろ。アイツらと同じで」
アイツら、とアルがさしたのは言い合いをしているシアオとフォルテ。
確かに煩いが『ベテルギウス』とは少し違う煩さだなぁ、とスウィートはのんびりと考えたのだった。失礼など微塵にも感じずに。