41話 『チャームズ』
“パッチールのカフェ”で『ベテルギウス』と話してから数日。
『ベテルギウス』とは会ったら少しだけ話すか挨拶をするかしていた。あれから蒼輝がスウィートに何か問いかけることはない。
スウィートは「出過ぎたことをして何か言われるんじゃないか」と思っていたのだが、何もないようだ。それにスウィートはほっとしながら、反面「どう思っただろうか」とモヤモヤを抱えていた。
そして『シリウス』がいつも通り依頼を選ぶためにギルドに訪れた朝、怪奇なことが起こった。
「……何この静けさ」
「朝礼中なのかな……?」
そう、異常なまでに静かなのだ。おまけに地下1階には誰もいない。
今までこんなことがなかったので、『シリウス』は首を傾げる他ない。朝礼が長引いているのだろうのか。それとも何かあったとか。
「全員寝坊じゃない?」
「ありえない」
フォルテの言葉をばっさりと切り捨てるアル。
するといつの間にか階段のそばに寄っていたシアオが「あのさ、」と声をあげた。
「下からなんか賑やかな声が聞こえる。朝礼って感じもしない感じの……行ってみようよ!」
「返事を聞く気ないだろ」
言うだけ言って梯子を下りていくシアオ。
フォルテは「待ちなさいよ!」とすぐさまその後を追い、スウィートは苦笑しながら、アルは呆れた顔をしながらその後を追った。
地下1階にいくと、確かにシアオの言う通り、賑やかな声が聞こえてきた。
「きゃーっ、信じられませんわ!」
「本物でゲスー!!」
「うおー! サインください!!」
興奮冷めやらぬといった弟子たちの声が耳につく。
視界に入った光景は、なんとも予想していなかった光景。弟子たちはある3匹のポケモンを囲み、必死に話しかけたり声をあげたりしている。
スウィートたちが首を傾げていると、シアオが近くにいたディラに話しかけた。
「ねぇ、ディラ。あのポケモンたちって誰?」
「はぁっ!? お前はなんって失礼なことを……! あの方々は超有名なトレジャーハンター『チャームズ』の皆さんだぞ!!」
「「「「……『チャームズ』?」」」」
『シリウス』全員が首を傾げると、ディラはがっくりと肩を落とした。
そんな様子を見て4匹はさらに疑問の色を濃くする。フォルテはいささか苛立っているような様子だ。
ディラは囲まれているポケモンたちを見た。
「特別なチームにしか与えられないというマスターランクのトレジャーハンターで、今まで数えきれないほどのお宝を発見しておられるのだ」
「へー」
「しかもただお宝を発見するだけではない!!」
勢いよくディラが振り返る。その目はキラキラと輝いている。
スウィートとアルは大人しく、シアオは興味深そうに、フォルテはすでに関心を失って面白くなさそうに聞いている。
しかしディラは興奮状態で続けた。
「強く賢く美しく、華麗にお宝をゲットするその姿は皆の憧れなのだ!!」
「……ただ宝を発見するだけじゃないの」
「フォルテ、今それいうと怖そうだからやめとけ」
噛みつく勢いのフォルテをアルが制す。
そんな2匹に気づいていないのか、ディラは『チャームズ』に視線を移した。
「ほら、あの真ん中にいるあの耳の長いゴージャスな方がミミロップのラミナ・キュレア様。その隣にいるおしとやかな方がサーナイトのウァーサ・リラファス様。あぁ、お美しい……」
(アンタの感想は聞いてないわよ)
思わず心の中でフォルテはつっこんだ。口に出さなかったのはアルにまたしてもツッコまれるのが癪だったからだ。
「そして最後にチャーレムのチダ・レデッハ様。踊るような身のこなしが超カッコいいのだ!!」
「……最近、来客多いね」
「シアオ、今それは関係ないんじゃないかな……?」
興味があったシアオもあまり惹きつけられない話題だったらしい。もう関心が違うことに移っている。
スウィートも興味があるかないかと聞かれると、さほどないと答えただろう。弟子たちが騒いでいる理由は気になったが、別に彼女たち『チャームズ』について知りたいとは思っていなかったのだから。
しかし、とディラは『シリウス』の反応を気にせず疑問符を浮かべた。
「あの有名な『チャームズ』の皆さんがどうしてこんな所に……?」
「聞いてないの?」
「あぁ。用事があると聞いただけで、他は知らん」
そこは聞いとけよ。フォルテがそう言おうとすると、アルに目で「やめろ」と合図されたために渋々言わなかった。
まだ弟子たちは興奮が冷めていないようで、『チャームズ』に話しかけている。
そのため、気づかなかったのだ。我らが親方が部屋から出てきていることに。
「やぁっ!!」
ロードが陽気な声をあげると、賑やかだった場が静かになった。
ミミロップのラミナを筆頭に、『チャームズ』はそちらを見る。そしてロードを見て表情を明るくさせた。
「あっ、ロード! 久しぶり〜!!」
はっ? 騒いでいた弟子たちがそう声をあげるのに構わず、ロードは『チャームズ』のほうに歩み寄った。
そしてラミナは嬉しそうにロードに話しかける。
「やだロード! ぜんっぜん変わってないわね! 元気だった?」
「ギルドの親方になってるなんて凄いじゃん!」
「お久しぶりね。ロード」
ラミナだけでなく、チダもウァーサも声をかける。
ロードもにっこりと笑って、『チャームズ』に話しかけた。
「うん、久しぶり♪ みんな元気だった?」
「もちろんよ!」
そう言って、ロードと『チャームズ』は仲良く話し出した。
すると周りにいる弟子たちがひそひそと話し出す。「久しぶり?」「親方様『チャームズ』と知り合い!?」など。全て疑問形なのだが、聞く勇気は弟子たちにない。
しかしその疑問は4匹の会話によって解消されることになった。
「ロードってさぁ、昔は随分ブイブイ言わせてたよねー! 今はどうなのさ?」
「あの頃のロードは向かうところ敵なし! って感じでほんっとカッコよかった〜」
「ハハハッ♪」
やっぱり知り合い!? 弟子たちが驚愕の面持で見ていると、代表してディラが「あの〜、親方様」と声をあげた。そのとき弟子たちが「ナイスディラ!」と胸の中でガッツポーズした。
そんなことも露知らず、ディラは恐る恐るといった感じで質問を投げかけた。
「親方様と『チャームズ』の皆さんはそのー……どういうご関係で?」
「えーとね、友達だよ。昔の友達♪」
「そう。私たちとロードは昔、一緒に冒険していた仲なの」
「「「「「「「「「「え、えぇぇぇぇぇえぇぇッ!?」」」」」」」」」」
弟子たちが驚きの声をあげる。そしてひそひそと「え、なんで!?」「本当に!?」などと話し出す。
ロードはそれを一切気にせず、『チャームズ』を見た。
「で、みんな今日は何しに来たの?」
「そうです。今日は大事な用があって……。ロード。昔、一緒に探検をしたときに使い道のわからない鍵を見つけたのを覚えていませんか? その鍵の使い道が最近ようやくわかったのです」
「この前あたいたちが発見した“番人の洞窟”ってとこの入り口の鍵穴にぴったりなんだよ! しかもその洞窟には莫大な財宝が眠っているっていう言い伝えでね」
「ば、莫大な財宝!?」
弟子たちが驚きの声を上げる。
ラミナは真剣な表情で、ロードに問いかけた。
「ねえロード。あのとき見つけた鍵、貴方が預かっていたわよね?」
「……鍵? うーん、どんな鍵だっけ? 覚えてないや、あははー♪」
あっけらかんと笑って見せたロードに、弟子たちは「親方様……」と呆れた目をむけた。
自分たちの親方はいつもこうであると知っている弟子たちだが、そういう反応をせずにいられなかったのだ。自分たちにならまだしも、今の相手は『チャームズ』であるというのに。
するとチダが怒鳴る形で反論した。
「ちょっと!! 皆であんなに苦労して見つけた鍵なのに忘れたっていうのかい!?」
「…………さすがロード。昔と全然変わっていないようですね……」
ウァーサは頬に片手を添えながら、困ったような表情をしてため息をついた。そのしぐさに何匹かが頬を染めたが、周りは気にしていない。
それからウァーサはラミナに目を向けた。
「ラミナ。例の物を」
「わかってるわ、ウァーサ。はい、ロード。貴方にプレゼント。大好物のセカイイチよ」
そう言ってラミナは鞄の中からでかいリンゴ、もといセカイイチを取り出した。そしてロードに手渡す。
するとロードはあからさまに表情を明るくした。
「わぁっ、セカイイチ! ボクにくれるの? わーい、ありがとう!!」
受け取ったセカイイチを、ロードは頭の上でくるくると回し始める。夕食のときによくロードがやっていたことだ。
しばらくそれを見てから、ウァーサが尋ねた。
「で……例の鍵なのですが、」
「あぁっ、思い出したよ! あの鍵だよね、アンノーンの形をしたやつ。ちょっと待っててね♪」
頭の上のセカイイチを手に移動させ、ロードは上機嫌で自室へ入っていく。
セカイイチを献上しただけで思い出す親方様って。弟子たちは自分の親方に少し呆れたが、それが親方だと無理やり納得した。
そして黙って待っていると、
「たぁーーーーーーーッ!!」
ドォンッ、ロードの声とともに凄い轟音が響いた。同時にギルドも揺れる。
何があった、全員がそう思ってると、ロードは笑顔で出てきた。そしてラミナに近づき、「はい、これ♪」と鍵を手渡した。
「そう、まさしくこの鍵よ! これで“番人の洞窟”の入り口が開くわ!! ありがとう、ロード!」
ラミナが嬉しそうにお礼を言うと、ロードはにっこり笑ってセカイイチを先ほどと同じように回しだす。
手元にある鍵に一度目を落としてから、ラミナは再びロードを見た。
「どう? 久しぶりに貴方も一緒に来る?」
「わーい、セカイイチだー♪ ありがとー!!」
どこまでもマイペース。さすが我らが親方。
弟子たちも『チャームズ』も、その自由奔放さに小さくため息をついた。
「…………相変わらずね……」
「ま、まあそれがロードだしね……。とりあえず、私たちはそろそろ行くわ。またね、ロード!」
そうしてチダを先頭に、『チャームズ』は梯子へと向かっていく。
弟子たちがぽけーっと見送っていると、ある者が声をあげた。
「あっ、あの!」
スウィートは驚いた。その声をあげたのが、隣にいるシアオだったからだ。
言わずもがな全員の視線はシアオに向く。ラミナは振り返り、シアオを見て首を傾げた。
「なぁに?」
「ええっと……僕たちも探検に加わってもいいですか?」
その言葉に『チャームズ』はきょとんとした顔をする。
シアオを除く『シリウス』も、弟子たちもシアオの言葉に驚いていた。しかし弟子たちはすぐに我に返り、「わ、ワシも!」「私も!」と声をあげる。
「お、お願いします! 僕たちにも探検させてください!!」
「「「「「お願いしますっ!!」」」」」
シアオの声を復唱するように、弟子たちも声をあげる。
少し黙ってから、ラミナは「うふふっ」と笑った。それに何匹か見惚れているが、知ったことではない。それから笑みを交えてラミナは返事をした。
「みんな一生懸命で可愛いわね。勿論よろしくてよ!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
ラミナの返事に、シアオが嬉しそうに返事をする。
未知の場所へ行くということで、わくわくしているのだろう。他の弟子たちがどうかは知らないが、シアオはそんな感じだ。
盛り上がる弟子たちに向かい、ラミナは声をかけた。
「私たちは先に行って入り口を開けとくから、後から来るといいわ。場所はここから南東に行ったところの洞窟よ」
そう言ってから、『チャームズ』は梯子を上って行った。
彼女たちが去ってから数秒、弟子たちから歓喜の声があがる。それはシアオも同じで、3匹に嬉しそうに話しかけた。
「やった! お宝いっぱいかもしれない“番人の洞窟”同行許可ゲット! どんなお宝があるのかなぁ……!!」
「アンタよく話しかけようと思ったわね」
「まあシアオはスウィートみたいな人見知りじゃないからやれないことはないだろうが」
「……あう」
返す言葉もございません、スウィートは少しうなだれた。
しかしシアオはそんなスウィートの反応を気にしていないのか、はたまた見ていないのか。テンションが高いまま、梯子を指さした。
「ねっ、準備して早く行こうよ!!」
「あー、めんどくさー」
シアオの上機嫌に対し、フォルテはどうでもよさそうだ。
すると未だセカイイチを頭の上で回していたロードが「あぁ、おはよう♪」と言ったので一部の視線がそちらを見た。
「……朝から何やってんだお前」
「蒼輝たちも行ってこれば〜? “番人の洞窟”」
「はぁ?」
いきなり何のことだ。そういう蒼輝はもっともである。
スウィートはちらりとそちらの様子を伺う。ロードのマイペースさに振り回されることなく、蒼輝は淡々と返している。
会話からして“番人の洞窟”に同行するようだ。暇つぶし程度に。
「……まあ、頑張ろう」
『チャームズ』に『ベテルギウス』。これは中々に大変な冒険になりそうだ。
スウィートは頭の中でそんなことを考えながら、「よしっ」と意気込むのだった。