40話 元人間同士
「……凄かったね」
「凄かったな」
「もうやりたくない」
「ふざけてる」
苦笑いのスウィート、淡々と口に木の実を運ぶアル、げんなりしているシアオ、激怒の色を露骨に表すフォルテが口々に言う。
4匹は朝食中で、皆が昨日のことを思い出していたところだった。
昨日、とは救助隊『ベテルギウス』が来た日。
あれから蒼輝の命令でギルドの片付けを徹底的にした。『シリウス』は巻き込まれる形で。
しっかりとやった後に「これでいいですか」と蒼輝に聞きに行けば、「ふざけるな」とキレられる。とにかく蒼輝は隅々までしっかりと見ており、オーケーが思うのは苦労した。
本当に苦労した、元弟子達はそう語った。
「それにしても……本当に『ベテルギウス』っていうのは凄い救助隊だったんだな。無名で全く知らなかったが……」
「凄いよね! 格好いいなぁ」
アルがしみじみと言うと、シアオが元気よく声をあげた。
掃除が終わったのは夕方になった頃だった。それから依頼に行く気力など『シリウス』にはなく、そのままサメハダ岩に帰ってきたのだ。『アズリー』(というか凛音)はそうでもなかったらしく、依頼に行ったらしい。
それからスウィートの知っている『ベテルギウス』について、3匹は聞いた。
救助隊『ベテルギウス』はかつて大きな星がこの世界に衝突するのを、間接的に防いだ英雄。
ただ『シリウス』のように小説にならなかったり、「こんなことが起きないように」と広めた訳でもないから無名なのだという。『シリウス』も別に名を広めたかったわけではないが。
スウィートは切り分けられた木の実を1つ口の中に放り入れる。
するとふとスウィートはある事を思い出した。
「そういえばこの前パッチールのカフェのセルルさんに、トレジャータウンで偶然会ったんだけれど」
いきなり話し始めたスウィートに注目が集まる。そのまま気にせずスウィートは続けた。
「空の贈り物¢翌チたでしょう? それのお礼がカフェに届いてるんだって。最近カフェに行ってなかったから、溜まって困ってるって」
「あぁ……。……え、お礼とか着てんの?」
「うん。だからカフェに来て欲しいって。凛音ちゃんとメフィちゃんはきちんと受け取ってるらしいから、私たちだけだって」
朝食が全て減ったのを見て、スウィートは「ごちそうさまでした」と手をあわせる。それに倣って3匹もそれぞれのペースで同じようにする。
それから食事の片付けを簡単にやり、アルが「とりあえず」と言った。
「カフェに行って荷物とって……ついでにリサイクルしとくか。いらないヤツが結構あっただろ」
「そうだね。あ、シアオそこの箱に入ってる使用済みの技マシンとって」
「これ? ってうわ、めっちゃあるじゃん……」
「あっ、ちょっ、馬鹿! それはまだ使ってないのよ!! きちんと見なさいよヘタレ!!」
「そのヘタレはいい加減やめない!?」
何とか揉めながらも支度を済ませ、4匹はパッチールのカフェに向かうのだった。
「「え、」」
カフェに入った瞬間、スウィートとシアオが声をあげた。フォルテは隠しもせず嫌そう顔をし、アルはきょとんとした。
そんな『シリウス』が驚いた原因もこちらに気付いたらしい。
「…………あっ、ギルドの子たちだ! あれ、でも朝礼にはいなかったよね?」
「お前ロードの話聞いてたか? ギルド卒業した奴がトレジャータウン付近に住んでるって言ってただろうが」
気付いたのはリフィネで、リフィネにキツい言葉を浴びせたのが蒼輝だ。
テーブルを囲んでそれぞれが液体の入ったコップを持っている。カフェでゆっくりくつろいでいるところのようだ。
スウィートは少し固まった後に凄まじい速さで1番近かったフォルテの後ろに隠れた。それに3匹が「またか」と小さくぼやくと、スウィートも同じように「ごめんなさい……」と言った。
そんなスウィートの様子にリフィネが首を傾げた。
「え、えっ、どしたの? 何かあった?」
「リフィネの馬鹿さに引いたんじゃないのか」
「蒼輝じゃあるまいしそんなワケないでしょー。あれじゃない、人見知り的なー」
「あ、ほら頷いてる。バッカじゃないの蒼輝」
「馬鹿に馬鹿と言われる筋合いはない」
「えっと、ちょっと落ち着きましょう、蒼輝さん、リフィネさん」
各々好きなように口を開くので、『シリウス』が口を開く暇がない。
少しぽかんと4匹がしていると、ようやく会話に収拾がついたらしい。そして何故か『シリウス』に関心がいったのか、質問が投げかけられた。
「ね、探検隊名って何なの? あっ、立ちっぱなし辛いよね。座ってお話しようよ!!」
「おい、リフィネ、そいつら用事が」
「まあまあいいじゃないかい、蒼輝くんよー。他のポケモンと話すことも大切なことさー、多分」
「食べながら話すな。つーか俺に話しかけるな。ていうか他の奴と話すなつってんじゃなくてそいつ等は用があって来てんのに邪魔してやるなっつってんだよ」
蒼輝の言うとおりだが、リフィネは爛々と目を輝かせている。そんなに話が聞きたいのか。『シリウス』はそう思ってしまった。
確かに目的のリサイクルをするための技マシンはとっととリサイクルしてしまいたいのが本音だ。
しかし『ベテルギウス』のメンバーの方が目上だろうと予測をつけているスウィートとアルは断るに断れない。フォルテはどうでもよさそうにして、シアオはリフィネと同じ気持ちのようで話す気満々だが。
すると蒼輝がリフィネの頭を容赦なく殴った。
「いった!? 何すんの!?」
「だから用を終わらせてからにしてやれっつってんだよ。気遣えよ、味覚音痴。だからお前は馬鹿なんだ」
「最後の一言めっちゃ余計! 蒼輝はオブラートに包むことを覚えようよ!?」
「何でお前なんかに」
「よっし、殴る」
「蒼輝さん、リフィネさん、お店の中ですし控えましょうよ……」
また始まった言い合いに困っていると、木の実を口に含みながらシィーナが「あ、用済ませてきていーよ」と言われたので、とりあえず4匹はリサイクルのカウンターの方に行った。
そしてリサイクルする物を出しながら小声で話す。
「え、っと……これ終わったら、『ベテルギウス』さんとお話するの?」
「しないの!? 折角すごいポケモンがいるんだから話そうよ!!」
「あたしはどっちでもいいけど……なーんか嫌な予感して堪らないのよね」
「……断るに断れないしな。まあ、ちょっと話すだけならいいんじゃないか?」
とりあえず「少しだけ話す」ということで『シリウス』の意見はまとまった。
それからリサイクルする物をリサイクルして、カフェに届いているという荷物を貰ってから、4匹は椅子に座った。目の前には『ベテルギウス』5匹。といっても、カイアは椅子があわないせいか、少しテーブルに隠れて見える。
するとリフィネがテーブルに身を乗り出す勢いで質問してきた。
「で、探検隊名は何なの? あと……できれば自己紹介お願いシマス」
「探検隊名は『シリウス』です。俺はアルナイル・ムーリフ。愛称はアルです」
「シアオ・フェデスだよ!」
「フォルテ・アウストラ」
次々に自己紹介をしていくと、やはり最後に残るのは『シリウス』のリーダー。
(カイアを除く)全員にスウィートに目を向けると、スウィートはテーブルに視線をやって、か細い声をだした。
「ス、スウィート・レクリダ、です……」
「え」
「え?」
「えっ」
「シアオ余計なことすんな」
アルにすぱんと頭を叩かれたシアオが「いったー!」と声をあげる。
しかしスウィートはそれどころではなかった。素っ頓狂な声が聞こえたため顔をあげると、カイア以外の『ベテルギウス』のメンバーがこちらを見て意外そうな顔をしていた。
何かやってしまったのだろうか。昨日。昨日なにかヘマしったっけ。ぐるぐるとスウィートの頭の中で回る自問。
それが表情に出ていたのか、慌ててリフィネが「え、えっとね」と切り出した。
「ロードからさ、ちょこーっと話を聞いてんだよね。蒼輝と同じの元人間のポケモンの話」
「「元人間!?」」
シアオとフォルテが大きな声をあげると、シィーナに「しーっ」と静かにしろという合図を出される。周りを見ると少しばかり客がこちらを見ていた。
アルは声に出さず、ただ目を丸くして驚いていた。
3匹と同じようにスウィートも驚いていたが、驚いた理由は違った。
シアオたちが驚いた理由は、「蒼輝が元人間」だという事実。スウィートが驚いた理由は、「ロードが『ベテルギウス』に自分の正体を明かした」ということだ。
すると今度は翡翠が口を開いた。
「事情は違うそうですが、蒼輝さんと同じ元人間の方がいるのには驚きました。でも、スウィートさんはこちらの世界の人間だったんですよね」
「は、はい」
慌ててスウィートが返事をする。
「事情は違うそう」。つまりロードは全て話していない。そして、あの刃の小説も読んでない。
ただ「元人間の女の子がいる」「名前はスウィート・レクリダ」。それだけ聞かされたのだろう。事情を説明しなかったのはロードが面倒だったからか、はたまた『ベテルギウス』に聞く気がなかっただけか、それとも両方か。
それからシィーナが口にあった木の実を飲み込んで、蒼輝を指さした。
「蒼輝はね、違う世界にいた元人間なんだよー。まあ色々と事情があってこっち着てポケモンになってこうやって生活してるわけだー。性格をどうにかしてほしいよー」
「俺の説明の最後に何でお前の願望が入んだよ」
「性格どうにかしてほしいわー。あ、スウィート、でいいよね。スウィート謙虚っていうか健気そうだからそれ分けてもらえばいいんじゃないのー?」
「そしたら次は気持悪いとか言い出すんだろうが」
「あの、『シリウス』さんを置いて会話をするのはやめましょう。困っています」
またしても翡翠に救われた。翡翠の言葉を聞くと2匹はぴたりと言い合いをやめる。
それからリフィネの他愛ない質問に答え、そろそろカフェも出るかという所だった。蒼輝が最後の一口の口にしてから、スウィートを真っ直ぐに見た。
「……お前は、」
「え、っと、私ですか……?」
「あぁ、お前だ」
どうやら質問はスウィートにらしい。
珍しい、そう思ってか『ベテルギウス』のメンバーは蒼輝を見ている。シアオ達もどんな質問をするかと気になっているのか、2匹に視線が集まった。
それを気にもせず、蒼輝は続けた。
「記憶喪失だって聞いた。俺とは違ってほぼ思い出しかけている状態らしいが……」
「……いえ。思い出しかけてるんじゃないです。記憶喪失前の私を知っているポケモン達から、記憶喪失前の私のことを聞いただけです。……きっと、思い出しているのはほんの一部です」
この前、“空の頂”のときも考えた人間だった頃の自分。思い出したのは、ほんの一部。他はシルドや、ヴァーミリオンの義兄弟に聞いただけだ。
それを蒼輝は黙って聞いてから、再び真剣な面持ちで話しかけた。
「……お前は、思い出せない奴のことをどう思う?」
「え……」
「自分が忘れてしまった奴をどう思う」
そう聞かれて、スウィートは「そうか」と納得してしまった。
日記を読んでいて分かった、柊 蒼輝≠ニいう人物。潔癖症で素直じゃなくてぶっきらぼうで不器用な優しさを持った、強い人。
けど、そうじゃない。
実際は弱い人だ。自分を追い込んで追い込んで、いつか自分で自分を壊しそうなほど、内面は脆くて弱い人だった。それは、日記に綴ってあった心情で分かってしまった。
そして、今聞いてきている「思い出せない、忘れてしまった奴」というのは彼が「会いにいく」と日記の最後に書いたあの子≠フことを気にしてだろう。
旅をしている途中で何かあったのか、それとも旅をしている最中で考え出して止まらなくなったのか。
とにかく、同じ境遇である自分に意見を求めたのだろう。
スウィートはそう考えてから、返答について当たり障りのない、自分の本音を考えてから、蒼輝を見た。
「私は……覚えてないけれど、その人たちのことが大切です。それは、今でも変わらないし、変わりたくない。
……もし出会えるなら、もう1度、笑いあえたら、」
きっと全部全部、思い出せると思うんです。
そう言うと、蒼輝は小さく「……そうか」と返事をした。
納得がいく返事ができたのだろうか。いや、自分の本音を言わなければ納得以前の問題だっただろう。
スウィートはそう思いながら、少し思いつめた表情をした蒼輝を見て、口を開いた。
「私、は」
言っていいのだろうか。日記を読んだこと、言ってもないのに。
しかし、口は勝手に動いた。
「蒼輝さんに、諦めてほしくないです。貴方の世界にいる方と、きちんと会って、しっかりと話をして……また同じように、同じように、過ごして、笑いあって、欲しい、です」
無理だとは分かっているけれど。願わずにはいられないの。
スウィートは心の中でそう呟いてから、「失礼します」と深くお辞儀をしてから、早足でカフェを出た。
その行動に驚いたシアオたちも、一言『ベテルギウス』に挨拶してから、スウィートを追いかけた。