39話 柊 蒼輝
柊 蒼輝。その名前に私は覚えがあった。
まだギルドを卒業してない頃、眠れずに水を飲みに行って、部屋に帰ろうとしてたとき。その時、親方様がある人物の日記を貸してくれた。
日記は人間の文字で書かれていて、書いた人物は元人間のポケモン。
人間の頃の記憶はない、記憶消失のその元人間は、ある女の子に出会って救助隊を結成し、色んな仲間に出会って、色んなことに巻き込まれて、星の衝突を防いだ。
旅をする。それで日記は終了し、私はそれ以降のことは知らない。
その元人間の名前が、柊 蒼輝。
そう、親方様が直々に呼んだという、ミズゴロウだ。
(このポケモンが、私と同じ、元人間……)
経緯は違えど、元人間という共通点を持ったミズゴロウ――蒼輝をスウィートはじっと見つめる。
ロードが「英雄」と言ったために弟子達が騒ぎ始めたのだが、蒼輝が「それほど大したことはしていないしそう呼ばれる筋合いもない」と言ったためにそれについては収拾した。
「ではどういう者なのか」。その疑問が殺到したため、今は蒼輝から順に自己紹介していた。
「俺は柊 蒼輝。種族は見ての通りミズゴロウ。救助隊『ベテルギウス』のリーダー。で、こっちの色違いのカラカラがカイア」
「私はチコリータのリフィネ・カミューズ! 救助隊『ベテルギウス』のメンバーだよ!!」
「同じく『ベテルギウス』のメンバー、フライゴンの翡翠と申します」
「そして最後のメンバー、ボクはトゲチックのシィーナ・ハピュトだよー。あっ、一応ボク♀だからヨロシク」
順に自己紹介をしていく、蒼輝たち。
蒼輝はついでとばかりにカラカラのカイアの分まで、チコリータのリフィネはとびっきり明るく、フライゴンの翡翠は丁寧に、トゲチックのシィーナは木の実を食べながらだった。
個性がでている自己紹介をしてもらった後、ロードが5匹に話しかけた。
「いやぁ、でも本当によく来てくれたね♪」
「お前が呼び出したせいだろうが。本当は素通りするつもりだったんだよ」
「そんな怒んないでよ♪ あ、セカイイチでも食べる?」
「食べ「食べない」ちょっと蒼輝ー」
きっぱりとロードの誘いを断った蒼輝に、シィーナが不満の声をあげる。
スウィートはロードと蒼輝の会話を聞きながら、「日記の通りの性格だ」などと思っていた。日記を書いていた張本人なのだから、当たり前だろう。
するとシアオがひそっと話しかけてきた。
「ね、あのポケモン達って凄いポケモンなんだよね……?」
「俺は救助隊『ベテルギウス』の名は知らない。……でもまあ、親方様の知り合いらしいし、凄いポケモンなんじゃないのか?」
「ていうかロードが英雄とか何とか言ってたけど何なわけ?」
シアオ、アル、フォルテの疑問の声を聞いてスウィートは苦笑した。
そういえば、3匹には日記のこと、つまり蒼輝や『ベテルギウス』の話はしていない。
それに、あの日記は人間の文字で書かれていたため人間にしか読めない。つまり、蒼輝の日記を読んだのはスウィートだけ。彼らの功績をこの場で知っているのは本人たちとロードとスウィートだけだろう。
弟子達が疑問に思うのも仕方のないことだ。
「その、私は親方様からあのポケモンたちのこと教えてもらった事があるから、知ってるけど……」
「「「え」」」
そう言うと、3匹の視線が一気にスウィートに集まった。それにスウィートはびくりと体を揺らす。
シアオはそれに気付いていないのか、「どういうこと?」とスウィートに尋ねた。
「え、っと……あの、ちょっと眠れなかった日に、親方様に彼らのことを教えてもらったっていうか……。
簡単に彼らのことについていうと……彼らは立派な英雄だと、私は思うよ」
じっと『ベテルギウス』の面子を見ながらそう言ったスウィートに、シアオたちは首を傾げた。
(……まだ、諦めていないのかな)
日記に書いてあった最後の言葉。
『俺はきっと、会いにいく。あの子に』
スウィートは日記について、思い出す。
柊 蒼輝が人間だった頃、彼には大切な人が2人いた。
ただ1人は翡翠を庇って亡くなってしまったらしい。綺麗な長い黒髪をした、優しい女の人。その人は、自らの身を犠牲にし、翡翠の命を救った。
翡翠本人が、蒼輝にそう語った。
そしてもう1人。それが、蒼輝が日記に最後に書いた「もう1人」だ。
ただその人については全く分かっていないらしい。夢の中で昔の記憶を見る蒼輝さんだが、その人だけは靄がかかって全く見えないのだとか。
しかし蒼輝は、会うことを諦めないという趣旨のことを日記に書いていた。
その人がいるのは蒼輝がいた世界、つまりはこの世界とは違う世界だ。会えるかどうかでは定かではない。
スウィートは日記を読んで、その後に色々と思うところがあった。
「会うことを諦めてほしくない」と。「その人と出会ってほしいんだ」。
スウィートがそうこう考えている間に話は進んでいるようだった。しかし相変わらずロードは楽しそうに、蒼輝は若干不機嫌そうだ。
そしてにこりとロードが問いかけた。
「まあまあ。トレジャータウンにいる間はギルドを宿にしてもらっていいよ。部屋もあるしね。僕は色々と話したいし♪」
「俺は全くねぇけどな」
「なんで蒼輝はそういうこと言うかな! 折角久々に会ったんだからいーじゃん!! ね、ロード!」
「ねー」
ともにニコニコしているリフィネとロードを見て、蒼輝がぼそりと何か呟く。しかし、それは1匹を除いて、誰も気付かなかった。
ただ唯一気付いた(読唇術をつかった)スウィートは、首を傾げた。
「「リフィネ族が……」って……リフィネさんと何か関係あるのかな……?」
「スウィート何言ってんの?」
素晴らしい勢いでシアオにツッコまれた。
すると蒼輝が辺りをと見渡し、顔を顰めた。それにロードが首をかしげ、尋ねた。
「どうかした? 蒼輝」
「…………なってねぇ」
ロードと『ベテルギウス』のメンバー以外が、「は?」と声を漏らした。
しかし蒼輝は全く気にせず、スタスタと歩き、ギルドの片隅を見て立ち止まる。そして思いきりロードを睨みつけた。
「全くなってねぇ!! 汚ねぇんだよ!!」
「あーあ。始まった……」
堂々と言い放った蒼輝に弟子達はぽかーんとし、ロードは「相変わらずだねぇ♪」と笑った。因みに最後の言葉はリフィネである。
『ベテルギウス』のメンバーは慣れているのか、表情の変化がない。
そしてスウィートは思いだした。日記で呼んだ、柊 蒼輝の性格を。
(そ、そうだ……。蒼輝、さんはすっごい几帳面だった……!!)
極度の几帳面。メンバーからは「重度の潔癖症」と呼ばれるほどの、綺麗好き。
このギルドは掃除しないわけではないが、毎日きっちりみっちり掃除するわけではない。恐らく掃除をしない日の方が多いだろう。
そんなギルドを、「重度の潔癖症」である蒼輝が許すはずもない。
「どんだけ埃が溜まってんだよ! ありえねぇわ! よくこんな汚い場所で生活できるなロード!?」
「あはは、蒼輝は抜かりないね♪ もしかしてずっと不機嫌だった理由はそれ?」
「急に呼びつけたお前と、そしてこのギルドの汚さに苛ついてんだよ。ありえない。このギルド本気でありえない」
そこまで言われるほど酷いのか……。弟子達は思わず自分たちのギルドを見渡してしまった。
確かにお世辞とも綺麗といえない。ただギルドの名誉のために言うならば、普通のポケモンならばこれを「汚い」「ありえない」と言うほどの汚さではない。寧ろまだ綺麗な方だ。これは決して贔屓目で見たわけでなく、実際そうなのだ。
しかし蒼輝にはそんな風には全く見えないようだ。
「掃除、するに決まってんだろ。ギルドのポケモン全員参加だ」
「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇッ!?」」」」」」」
非難の声をあげた弟子達が、すぐさま蒼輝に睨みつけられ黙った。この点の関しての蒼輝の眼力は凄いのである。
そして蒼輝は自身の仲間に目を移した。
「勿論お前らもな。……翡翠とカイアは手伝ってくれ」
「はい。喜んで」
「…………。」
「ちょ、何で!? 私たちの扱いおかしい! 普通そこは私にも「手伝ってくれ」じゃないの!?」
「そうだよー! まあ頼まれたとしてもやってあげないけどねー!!」
「黙れリフィネにシィーナ。お前らはそんなんだから強制参加だ」
ばっさりと言い切った蒼輝だが、リフィネとシィーナは黙らない。未だ抗議の声をあげている2匹を、何とか翡翠が宥めようとしている。カイアは無言だ。
ロードは呑気に「あはは」と笑い、不満そうにしている弟子達に話しかけた。
「まあまあ、たまには大掃除もいいんじゃないかな? だから今日は全員参加ね♪」
「えっ、ちょ、僕たちは違うよね!?」
慌ててシアオが挙手をして確認する。
しかしロードはにっこりと笑った。
「よろしくね、卒業生さん達♪」
「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」
「……野次馬になったのが間違いだったな」
「ま、まあ私たちのギルドでもあるし、いいんじゃないかな……?」
シアオとフォルテは思いきり不覚そうに、アルは片手を頭においてため息をつき、スウィートは恐る恐ると発言した。
そして、ギルドに蒼輝の大きな声が響き渡った。
「この汚ねぇギルド、全力で掃除しろ!!」