38話 招かれた客
「…………ふざけてんのか」
ぐしゃり。
そう音をたてて、紙は真新しい皺を何個も作った。
「…………?」
トレジャータウンを歩いている最中、急にスウィートが足を止めた。
小首を傾げ、目の前を見ているというのに、どこか別のところを見ているかのような目をしている。
先頭にはくだらない口喧嘩をしているシアオとフォルテ。その後ろにスウィートとアルが続いていたので、すぐさま気付いたのはアルだった。
「スウィート? どうかしたか?」
アルがそう声をかけると、スウィートがはっと体を揺らし、どこかおぼろげな目は光を取り戻した。
先々と進んでいたシアオとフォルテは、アルの声により止まったようだ。
3匹が自分をじーっと見ていることにようやく気付いたスウィートは、右手を軽く振って「なんでもない」と示す。
「え、あ、いや、ううん。……何か聞こえたような、聞こえなかったような……?」
「ちょっとスウィート、大丈夫? 熱でもあるんじゃないの?」
スウィートに近づき、フォルテが前足をスウィートの額にあてる。
しかし熱はないようで、「大丈夫そうね」とフォルテは足を下げた。スウィートはそれに苦笑して、「ん、ごめんね」と返す。
だが今度はシアオが顔を覗き込んできた。
「ホントに? 何かあったとか? あっ、フォルテの寝言が煩かったとか!?」
「あんたは相当あたしに殴られたいわけね。いいわ。そこに直りなさい」
「目立ってるからとっとと進め」
アルがそう言うと、フォルテは隠しもせずに「チッ」と舌打ちをし、シアオはほっと息をついた。すぐさまフォルテに睨まれ、バッと視線をそらして冷や汗をダラダラとかくはめになったが。
先ほどのアルの言葉が気になったスウィートは、ちらりと辺りを見た。そしてついでとばかりに耳も澄ませ、周囲の音を感知しようとする。
すると「あぁまたやってるよ」「毎日元気だなぁ」という声が聞こえてきた。『シリウス』を見る目は温かく、まるで自分たちの子どもを見るような目。
しかしスウィートはそんなことより、見られていることが堪えたようだった。
「はははは早くいこう……!」
「……スウィート。落ち着け」
「やっぱフォルテの寝言のせいだよ……」
「あんたの寝言のせいよ。ていうかあたしが寝言を言ってるわけないでしょヘタレ」
「いい加減そのヘタレっていうのやめない!?」
またしても賑やかになる『シリウス』を見るポケモンは増えるばかり。
思わずスウィートは懸命に前にいる2匹の背をぐいぐいと押し、ギルドまで急ぐのだった。
トレジャータウンを抜け、ギルドの前の階段を上り、ようやくギルドについた『シリウス』は掲示板の前に立っていた。
ギルドの弟子達には変わった様子はなく、いつもと同じ日々を過ごしているようだ。
「……んー、いいものがないなぁ…………」
「……これ絶対にセフィンだよ」
シアオが指さした依頼を見ると、「落し物を拾って欲しい」というごく普通の依頼。しかし普通じゃない箇所が、ひときわ目を引いた。
お礼が、10.0000ポケ。明らかに桁がおかしい依頼である。
その依頼を見て思わずスウィートが苦笑いを浮かべた。確かにこれはセフィンの依頼で間違いないだろう。
「もう騙されないわよ。絶対に行かないんだから……!」
「もう面倒くさいしコレでいいんじゃないか」
「嫌よ! 絶対に碌なことがないもの!!」
今にも依頼を燃やさんばかりの勢いのフォルテに、アルは小さくため息をつく。
これはどうあっても了承をとれそうにもない。元から了承をとる気もなかったのだが、ふとそんなことを思ってしまったアルは、頭を抱えた。
するといつも聞こえる元気なハダルと、とても煩いラドンが、少し戸惑ったような声をあげた。
「えっ、え……!?」
「親方様が直々に呼んだ客ぅぅぅぅぅぅ!?」
ラドンの声に、『シリウス』がいるフロアのポケモンたちもざわつき始める。それはギルドの弟子達もだ。
あのロードが呼んだ客。興味が湧かないわけがない。
すると近くにいたイトロが話しかけてきた。
「親方様の客だってよ! 見に行こうぜ! どうせ下の階に招待されるんだしよ、ヘイヘイ!!」
「う、うん!!」
シアオが返事をし、『シリウス』はイトロの後を追うように梯子をおりた。
ロードの客。考えられるのはとてもすごい探検家か探検隊の客。ただのロードの友達……という可能性もある。
下にいくと、弟子達はすでに集まっていた。どうやらかなり気になっているようだ。
きょろ、とスウィートが辺りを見渡そうとすると「あーっ!!」という元気な声がスウィートたちの耳に響いた。
「先輩たち! おはようございます! やっぱり先輩たちも気になるんですね!!」
「お、おはようメフィちゃん。朝から元気いっぱいだね」
メフィの気迫におされてたどたどしくスウィートがそう返すと、メフィはにっこり笑って「それだけがとり得ですから!」と胸をはって言った。
するとゆっくりとした足取りで残りのメンバーが来た。
「おはようございます」
「お、おはようございますなのです……」
「相変わらずスティアはびっくびくしてんのね。いい加減慣れれば?」
「フォルテの目が怖……何も言ってません」
「お前ら漫才も大概にしろよ」
いつもと変わらず淡々としている凛音と、凛音の後ろに隠れ、少しだけ顔をだして様子を伺っているスティア。その目の前には変わらないマイペースな『シリウス』。
スウィートはそれぞれの様子に苦笑してから、凛音に話しかけた。
「凛音ちゃん、こういうの気にしたと思ってたけど……やっぱ気になるとか?」
「いえ、これっぽっちも気になっていません。寧ろ今すぐにでもメフィとスティアを引きずって依頼に行きたいところですが……先輩がたが邪魔ですし」
凛音がじとーっ、と少し睨むような目を向けた先には、梯子の前に群がる弟子達。確かにこれは通れそうに無い。
凛音の答えを聞いて、スウィートは納得すると同時に関心した。
声も潜めず、堂々と凛音は「先輩が邪魔」だと言ってのけた。誰も聞いていなかったらよかったものの……否、聞こえていても誰も反論できないだろう。それが凛音である。
思わずスウィートは「うー、ん」と頭をひねった。それはそれでいいのだろうか。
とりあえずそのことはおいておき、スウィートは凛音の不満となっている原因となっている場所を見た。
梯子の真正面にはロード。そして控えるようにディラがいるが、どこか落ち着きが無い。そしてそれを囲むかのように弟子達が立っている。ひそひそと話し、客について話しているようだ。
すると、梯子の上から話し声が聞こえてきた。
「とっとと行け。後がつっかえる」
「うっさいなー! 久々だったら何か緊張するじゃん!」
「ボクとしてはどうでもいいけどねー。ていうかお腹へったー」
「……あの、僕から行きましょうか?」
どうやら客というのは複数らしい。男女様々な声が聞こえる。
その事実にまた弟子たちがひそひそと話し始めるとほぼ同時のことだった。
「きゃっ!?」
どすん、そう音をたてて上からチコリータがふってきた。
何があった、そう見つめるギャラリーに気付いていないのか、チコリータは上を睨みつけた。
「あほーーッ!! 怪我したらどうしてくれるのよーーッ!!」
「黙れ味覚音痴」
「それ今関係なくない!? ていうか味覚音痴じゃないし!!」
すると梯子をゆっくりとミズゴロウが下りて来た。右足につけているビーズのブレスレットがきらりと光る。
ミズゴロウが梯子を下り終わると、続けざまにトゲチック、緑色の体をした色違いの小さなカラカラ、そしてフライゴンが下りてくる。
その間にチコリータはミズゴロウに詰め寄っていた。
「てか押して落とすって酷くない!? それが男のやること!?」
「安心しろ。お前を女と思ったことはねぇから。つーかとっとと下りないお前が悪いんだろうが」
チコリータに淡々と返すミズゴロウは、可愛いミズゴロウに似合わず辛辣な言葉を並べる。
するとそれを変わらないニコニコとした笑顔で見ていたロードが話しかけた。
「やぁ、久しぶりだね〜♪ 見ない顔も増えたみたいだけど……蒼輝とリフィネの子ども〜?」
「こどっ……!? ないないないないない!! 何で蒼輝なんかと! いだだだだ!」
「種族的にありえねぇし気持ち悪いこと言うな。……つーかお前は一体何なんだよ、ロード」
全力で否定しているチコリータに、蒼輝とよばれたミズゴロウ。
ロードの笑顔に対し、蒼輝は鋭くロードを睨みつけている。後ろのチコリータは未だ文句を言っており、トゲチックは何やら木の実を取り出して食べている。フライゴンは困った顔をしており、カラカラは無表情だ。
そんな様々なメンバーに対し、にこりとロードは笑いかけた。
「いやー、まさか「この辺の荒野にいると思うから、ミズゴロウに届けて♪」って手紙をペリッパーに預けて本当に届くとは思ってなかったんだよ♪」
(((((((((親方様エスパー!?)))))))))
「……来なきゃよかった」
ロードの言葉に驚く弟子達と、呆れる蒼輝。
するとロードの隣にいたディラが恐る恐るといった様子で、ロードに話しかけた。
「あの、親方様。この方たちは……?」
「えー、だからボクのお客さんだよ?」
「いえ、それは知っています。その……どういうご関係で?」
「んー、昔の知り合い?」
あぁなるほど、と弟子達は納得した。まあそりゃそうだな、とも。
そして納得したと同時に、拍子抜けもしていた。心の中で弟子達はもっと凄い答えを期待していたのだ。本人たちは無自覚であるが、少し残念とも思っていた。
それを見透かしてか、ただタイミングが良かっただけか、説明に付け足した。
「うーん、蒼輝たちのことを簡単に説明すれば…………英雄、かな?」
「「「「「「「「「「…………はい?」」」」」」」」」」
弟子達が声を揃えたと同時、「面倒くさい言い方をしやがった」と蒼輝が頭を抱えた。