37話 変わらない
「てっめ、待ちやがれアホがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「煩いですわ! 後からネチネチと……もう少し男らしくなりなさい!」
こんな感じが、日常。
わーわー騒いでいる2匹は、きっと後から怒られる。きっとじゃなくて、絶対なんだけれど。
すると2匹以上の音量で声が響いた。
「うっるせぇぇぇぇぇぇッ! 何でお前ら事あるごとに喧嘩すんの!? もっと大人しく出来ないの!?」
「俺様は悪くねぇ!」
「わたしくしは悪くないですわ!!」
息ピッタリでフレアちゃんとリアロちゃんがそう言うと、今度は「同じタイミングで喋るな」と喧嘩になる。そして、またレンスちゃんが怒鳴る。
それをのんびりと見ていると、隣に誰か座った。いつものことだから誰か分かるけれど。
「元気じゃのぅ……。しかし年寄りの耳には煩くてかなわん」
「あら、ミングちゃん十分若いのにいったい何を言ってるのかしら〜」
私たちヴァーミリオン義兄弟の長女、ミングちゃん。
長女でありながら喧嘩を止める気はやっぱりないみたい。本当のお姉ちゃんじゃないし、止める必要もないけれど。
ふと喧嘩している現場を見れば、何でかムーンちゃんが加わっている。
「……煩い。少しは主を見習って行動しろ」
「お前はスウィートスウィートうっせぇんだよ! つーか俺様があんな風になったら今度はきもちわりぃとか言うんだろうが!」
「気味が悪いどころか吐き気がする。……あと主を侮辱するな」
「ご主人の真似事なんてしてごらんなさい! そのときはギッタギタにして差し上げますわ!」
「お前ら会話のキャッチボールって知ってる!? お前らがやってるのは会話のドッジボールだよ!?」
収拾がつかなくなってきた会話にレンスちゃんが入る。毎日あんなに怒鳴って喉は辛くならないのかしら。
すると少し離れた場所でため息が聞こえた。
「シクルちゃん、少しはレンスちゃんに加勢してあげたら〜?」
「嫌。面倒くさい」
そう言いつつ、レンスちゃんが本当に困ったときはすぐさま駆け寄っていくのだから可愛い妹だ。
そんな会話をしている間も、レンスちゃんの怒鳴り声やフレアちゃんとリアロちゃんの喧嘩の声は止まらない。時折聞こえてくる静かなムーンちゃんの声は、周りが煩いからかよく聞こえてくる。
……こんなに喧嘩ができるのも、こんなに怒鳴れるのも、こんなにのんびりしているのも、サファイアの中だからこそなのだけれど。
年をとらなくなってしまった私たちの体は、ずっとあの時のまま。
私たちはサファイアの中に随分長いこといるから慣れてしまったけれど、普通のポケモンから見ると、これは異常だ。
異常でも何でも、この道を選んだのは私たち。後悔はしていない。
けれど、やっぱりちょっと外の世界で暮らしたかったな、なんて気持ちは芽生えてしまうもので。
この真っ白な空間は、何色に染まることもなく、私たちの色を鮮明に映し出す。
昔、ここに慣れていないときに私はこれについて探りまわった。けれどやはり何も出てこなくて。
時折考える。このサファイアのことを。
普通のサファイアはこんな力はない。このサファイアは、特殊。
私たちがスウィートちゃんを助けるときに、私たちに話しかけたポケモンと思われる者は、いなかった。
声からして男性だったのだろう。彼も、この空間にいたはずだ。
しかし、彼はいなかった。一体、彼は何処に行ってしまったのだろうか。
まず、このサファイアの力は一体何なのか。彼は「我々ポケモンが勝手に作り出した力」と言っていた。つまり、元々サファイアにはこんな力はなかったのだろう。私たちポケモンが、この力をサファイアに加えた。
それに……代々伝えてきたということは、彼も私たちのような場面に出くわしたということ。そのときに私たちと同じ選択をし、サファイアの中に入り、そして私たちに同じ選択をさせた。
……きっと大切な人を助けたいという気持ちの共感から、私たちに話しかけてくれたんだと思う。
しかし、やはりこのサファイアについては全く分からない。
彼については私たちと同じ境遇の人物だと分かる。しかし、私たちがこのサファイアに入ってから彼がどうなったのかは全く分からない。
「――アトラ?」
「ん、どうかした? ミングちゃん」
いけない、ぼーっとしてた。
すぐさま切り替えてミングちゃんに笑いかける。ミングちゃんには全く効かない様で「考えすぎるのは若くしてよくない」と言われた。……私、ミングちゃんとそこまで年は離れてないのにねぇ。
元々探究心が強い私は、色々と考え込む癖がある。
皆サファイアについて考えたことはあるだろうけれど、ここまで考えてるのは多分私だけだと思う。
何分不思議なものは調べつくしたい性格だからなぁ。サファイアから見える、スウィートが見ているものについても、調べたいと思うことは多々ある。けれどスウィートちゃんい迷惑はかけてられないから、そんなことはしないけれど。
……フレアちゃんは全く気にせず出て行くため、怒られまくっているけれど。
「つーかお前この前もスウィートの体を勝手に使って大暴れしたろうが! 金輪際出るの禁止にするぞ!」
「というかわたくし的には禁止ですけれど! こんな野蛮人がご主人の体を毎回のごとく使っていてはご主人が穢れますわ!」
「……それは同意する」
「リアロ、ムーンてめぇ……! お前らにも俺様の必殺技を食らわせてやろうかあ゛ぁ!?」
「…………事実を言って何で怒るんだか」
「小さく言っても聞こえてんだからなァシクル!!」
……何だか、また実力行使になりそうな予感ねぇ。
言葉の喧嘩だったらいいのだけれど、技を使っての喧嘩は危険。まあ怪我することなんてこの空間の中ではないのだけれど。
それにしても、毎日朝から晩までよくやるなぁって関心しちゃう。
「……あやつらは毎日懲りんのぅ」
「あら、ミングちゃん奇遇ね〜。私も同じこと思ってたの」
やっぱりそこは気になっちゃうとこよね。
しかし本人たちは全く気にしていないようで、未だギャーギャーと騒いでいる。
サファイアに入ってから、変わらないことが多い。
あの時のままの体。そして……あの時のままの、関係、やりとり。あの時のまま、ずっとずっと、変わらない。
変化っていうのは怖いもので、いつ起こるか分からない。
変わっていくのは悪いことだけじゃなくて、いいこともある。それでも、やっぱりその変化っていうのはどう起こるかもわからないから、私たちは怯えてその変化を拒む。変わるっていうことを、拒んでしまう。
けどこの空間も変わらなければならない、ってことは分かる。
だけど、もう少しこのままで。
「こんにちは……って、また喧嘩してるの……?」
「あら、スウィートちゃん。こんにちは〜。今日も今日とて元気よ〜」
「飽きんアホどもだからのぅ」
もう少し、この空間に、時間に、甘えさせてほしいの。