36話 『アズリー』の日常
朝は、ラドンの声で起きる。
「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! 朝だぞぉぉぉぉぉ!!」
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
「ふにゃぁぁぁぁぁッ!!」
ラドンの大声でメフィとスティアが声をあげる。
声のせでガンガン響く頭を押さえ、メフィが起きる。スティアも耳を押さえながら起き上がった。顔を顰めながら。
部屋を見ると、いるはずのリーダーの姿はない。別段メフィとスティアはおかしいとは思わない。
「おはよ……スティア……」
「お、おはようなのです……」
2匹が元気なく朝の挨拶をかわす。これも、『アズリー』にとっては日常のうち。
寝ぼけ目のメフィとは対照的に、スティアははっとしたような表情をした。そしてメフィの肩を掴んで揺さぶる。
「メフィ! 朝礼なのですよ!」
「あー……んんー……」
頭は完全に眠っているようで、メフィは半分閉じた目でそう返す。
それを見てスティアはため息をついて、すうっと息を大きく吸い込んだ。
「凛音が人様に迷惑かけているのですよ!!」
「ちょいっ!? ……って、あれ?」
「嘘なのです。早く行かなければまた怒られるのですよ……」
ぐいぐいとメフィを引っ張って朝礼の場所へ向かうスティア。メフィはようやく覚醒したようで「あーごめん」と謝る。凛音をネタにした言葉で起きないときもあるのだが、今日は起きた。
そして朝礼の場まで行くと、既に揃っている弟子達。
急いで並ぶとディラに「またお前らか」という目で見られる。メフィが恨めしげに凛音を見るが、凛音は完璧に無視した。
朝礼が始まり、ロードの言葉(寝言)、そして朝の誓いを元気よく唱える。
「さあ、皆! 仕事にかかるよ♪」
「「「「「「「「おぉーーーー!!」」」」」」」」
それから、それぞれが持ち場につき始める。
『アズリー』はすぐには動かず、まずメフィが凛音に話しかけた。
「凛音ーっ! 起こしてっていってるじゃん!」
「「先に行きます」と私は言いました。それが不満というのであれば蔓のムチでもやって起こしますが?」
「ごめんなさいやっぱりいいです」
凛音の蔓のムチが恐ろしいのを分かっているのか、メフィが少々だが顔を青ざめさせながら言う。
スティアはそれにビビりながら、2匹に話しかける。
「きょ、今日は何をするのですか?」
「可能な限り依頼を受けます」
「はは、だと思ってたのですよ……」
いつも通りの返答にスティアが乾いた笑い声をあげる。最初こそ抗議していたのだが、最近はムダだと分かっているのでやらない。
するとメフィが「うーん」と声をあげた。
「何ていうかー……依頼こなして毎日同じことしてるだけでつまんないよね。“空の頂”に行って以来、特別なこととか全くしてないし」
「それが辛抱できなければ辞めることですね」
「辞めっ!?」
そう言ってスタスタと凛音は上に上がってしまう。メフィは「何でそういうこと言うのもー!」と怒って、スティアはそんなメフィを宥めているのか宥めていないのか分からない言葉をかけて凛音を追いかける。
これが日常茶飯事なのだから、違和感は3匹とも抱かない。
掲示板の前に立ち、凛音が同じダンジョンの依頼をいくつも選ぶ。そしてついでにその場所に近いダンジョンの依頼も。
「……今日もそんごい数になりそうだね」
「依頼を出している方々は有難いと思うのだから、問題はないと思うのですよ」
メフィは少々うんざりしながら、スティアは諦めきったような目をして依頼を見る。
凛音がとっていく依頼はすでに十を超えていた。1日にこなす量ではないが、凛音は完璧にこれをやってのける。
「このギルドって……修行とかあるんじゃなかったのですか?」
「これが修行」
「…………。」
習うより慣れろということか。とにかく依頼で功績を積めということなのか。
すると「あれ、」という声が聞こえた。
「凛音ちゃん、メフィちゃん、スティアちゃん。おはよう」
「おはようございます」
「お、おはようございますなのです」
「あっ、スウィート先輩おはようございます! あれ、シアオ先輩たちは一緒じゃないんですか?」
自分たちの先輩で、ギルドを卒業したスウィート。しかし珍しくいつも一緒にいるチームメイトの3匹がいない。
それを疑問に思ってメフィが聞くと、スウィートは苦笑した。
「ちょっと色々あって。……今頃シアオとフォルテはアルにこってりしぼられてると思うよ」
((何があったんだろう……))
スウィートの言葉を聞いてメフィとスティアの2匹が口に言わず、思うだけに止めた。おそらく聞くべきではないのだろう。話が長くなりそうだからだ。
すると依頼を選び終わったのか、凛音がスウィートに向き直った。
「スウィート先輩は依頼を選びに?」
「うん。中々終わりそうにないから。……凛音ちゃんはまた凄い量をこなすんだね……」
「私たちそんなにこなしたことないよ」とスウィートが言う。
そんなのあってたまるかとメフィとスティアは言いそうになった。全ての探検隊がいつもこんなにやっているというのなら、凛音は更にいけると言い出す可能性がある。今はこれが限界だと思ってくれているのだが、そう思わなくなったら自分たちがいよいよ付いていけなくなる。
それにメフィは嘆息をつくと、スウィートは首を傾げる。スティアはメフィと同じ気持ちではあるが、何も言わなかった。
「メフィちゃん、どうかした?」
「い、いえ! 何でもないです! 先輩はどんな依頼を選ぶんですか?」
「んー……、シアオとフォルテが文句を言わない依頼、かな?」
それはどんな依頼なんだとツッコミそうになったが、ぐっと耐える。スウィートが冗談を言うような性格ではないことは分かっているので、ツッコむだけムダと分かっている。
スウィートは掲示板の方を向いて、うーんと唸り始めた。
「いっつも一緒にいるけど依頼を選ぶのだけはどうしても時間がかかっちゃうんだよね。もっと早く私が決められればいいんだけど」
「……先輩ほんと尊敬します」
「え?」
いきなりどうしたのだろう、という顔でスウィートが見てくる。
メフィ的には「我侭に付き合っているのに尊敬します」という意味合い。自分のリーダーをちらりと見ながら。
するとスティアが恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……そろそろ行かなきゃまた依頼で急いで死にかけるのですよ……」
「あ」
「別に私は死にかけませんけどね。貴女方はどうか知りませんが」
その言葉にメフィがさっと顔を青ざめさせ、凛音はさらっと思っていることを口に出す。
スウィートはそれを聞いて、少しだけ顔を青ざめさせ、慌てた。
「ご、ごめんね! 私が引き止めちゃったから……! が、頑張ってね!」
「先輩のせいではないと思いますが」
しかし尚も涙目になりながら謝ってくるので(そのせいで他から凄い目で見られた)、『アズリー』はギルドを出た。
そしてメフィが息をつく。
「スウィート先輩が涙目になると心臓に悪い……。おかげで凄い目で見られた」
「スウィート先輩がどうのこうのではなく、涙目になってあそこまで謝っているのに何事かと思ったのでしょう。……まあ、スウィート先輩は誰からも好かれますから、泣かせたらおそらく凄まじいお怒りを受けますよ」
「き、気をつけなければならないのですよ……」
各々まったく違う意見を言う。
これも日常の1つ。のんびりと階段を下りる。ガールズトークを交えながら、といっても主に喋っているのはメフィだけだが。
それから凛音の「今日のノルマはこれです」と渡された依頼リストの数を見て、メフィとスティアは思わず頬をひきつらせた。
「う、嘘だよね? いつもより多い気がしますけど!?」
「……ついに20に突入…………」
「嘘なわけがないでしょう。たまたま今日は同じ場所の依頼がよく被っていただけです。そしてスティア、放心している時間が惜しいのでやめてください」
淡々と言い放つ凛音に、メフィは文句を言いスティアは遠い目をする。
これが、“シェイミの里”から帰ってきて、スティアが加入した『アズリー』の日常。