34話 氷壁の終わり
「動いたらこの子の命は……ないわよ?」
鋭い氷の剣のようなものを、フォルテに突きつけるユノア。
しまった、という顔をするシアオとアルとは違い、フレアは「はっ」と嘲るように鼻で笑った。
「《負け犬がやることじゃねェか。まあそんなモンってこと――》」
「黙りなさい!!」
凍える風がフレアを包むが、すぐさまフレアは自分の周りの気温をあげて風を熱くした。
しかしマズイな、とフレアが考える。
(……俺様としちゃそのまま切り込みてぇとこだけど、万一あのうるせェロコンに何かあったときのスウィートが怖ぇ)
となると、フレアは下手に手を出せない。どうするか、とフレアは頭の中で考える。
するとユノアが口を開いた。
「……技を出したら、この子を串刺しにするわよ」
「《無抵抗に殺されろってか?》」
「えぇ。……自分の行動で大切な仲間が死ぬのは、嫌でしょう?」
ユノアがそう言う同時に、フレアがにやりと笑った。
「ゆーれいやしき?」
舌ったらずな声で、首を傾げる小さなロコン。
場所は不気味な森の中。そして目の前には大きな、廃墟と化している立派であったであろう屋敷がある。
すると隣にいたヘルガーがにっこりと笑った。
「そう。楽しそうだろ、フォルテ」
「うんっ!!」
キラキラとした目でロコン――フォルテが頷く。小さいためか、恐怖より好奇心の方が勝ってしまったようだ。
これは小さい頃のフォルテだ。つまり隣にいるヘルガーはアリア。
「いやいやいや! ちょっと落ち着きましょう!?」
「落ち着くのはお前だよ、フェロ」
「ううん、私は絶対に間違ってない! アリアが紹介してくる場所よ!? 絶対に碌なことがあだだだだだ!!」
会話に加わってきたのは当然ながらフェロ。喋っている最中に頬を引っ張られて、結局最後まで言うことはなかった。
そしてそのまま笑顔で、黒い笑顔でアリアは呟く。
「まあ下手なことしたら呪われるらしいけどね……」
「すっごい危ないんですけど!?」
「あはは。……それよりフェロ、いいのか?」
はい? とフェロが首を傾げる。
アリアはそれに不気味なくらい綺麗に微笑んで、どでかい屋敷を指さした。
「フォルテ入っていったよ?」
「フォルテェェェェ! 今すぐ戻ってきなさぁぁぁぁぁぁいッ!!」
忽然と姿を消したフォルテの名をフェロが呼ぶが、反応はなし。
機械のようにぎこちなくフェロがアリアを見ると、とてもいい笑顔(とても黒い笑顔)で微笑まれた。
「さぁて、レッツゴー」
「呪われるってばーーーーーッ!!」
フェロがアリアに引きずられている頃。フォルテは勝手に屋敷に入り、ウロウロしていた。
屋敷はボロボロで、蜘蛛の巣がはってあったり、家具が倒れていたりなど悲惨な状態だ。誰かが住んでいるとは思えない、それほどボロい屋敷。ボロボロになる前は立派だったのは、高級そうな家具から伺える。
最初は好奇心に動かされて探検していたフォルテだが、徐々に屋敷の雰囲気にのまれてきたらしく
「おにーちゃん……? おねーちゃん……?」
恐る恐る、さきほどまで一緒にいた兄姉を呼んでいた。
「ひっ……!」
カタッ、と小さく音がたつとフォルテは大げさなほどに体を揺らす。ゆっくりと振り返ると、ただ写真たてが倒れただけのようだ。
しかしフォルテに恐怖を与えるのは十分な材料だった。
「お、おにーちゃん! おねーちゃん……!」
少し足を早めて兄姉を必死に呼ぶ。
幼いフォルテは、出口と真逆の方向に進んでいることに全く気付かない。幼くても、気付くかどうかは微妙なところだが。
そしてフォルテが涙目になりながら、進むためのドアを開けると――
「あ? ど〜かしたのかい、お嬢さんよォ」
「ヒヒッ、迷い込んじまったのかい?」
複数の、ゴースト。
幼いフォルテにとっては、暗い中に見えるゴーストタイプは不気味なモノにしか見えず、
「ぎゃあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「なっ、うあ゛あぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「はっ……!?」
思いきり、火炎放射を放った。
そして耳に入った悲鳴に、パチパチと瞬かせる。火炎放射があたって苦しんでいるのは、ユキメノコ。
すると今度は愉快そうに笑う声が聞こえてきた。
「《ハハハッ! こっちに気ィとられすぎたなァ、年増ババァ!! いつまでも気ィ失ってるわけがねェだろうが!!》」
自分の仲間である、イーブイ。そう、スウィート。しかしスウィートらしからぬ乱暴な言葉遣い。
その後ろには少し引いているような顔をしたシアオとアルがいた。
「……スウィートがスウィートじゃなくなってる…………」
「元々スウィートじゃないしな」
少ししてから、フォルテはでんこうせっかでシアオの後ろに避難した。
それから恐る恐るといったように、フォルテが自分が撃った火炎放射にあったったユキメノコ――ユノアを見る。
「何、何がおこってんの?」
「お前が気絶してる間にお前が人質にされてたんだけど、いきなり目を覚まして火炎放射とか撃つからこうなった」
「ビックリだよねー……」
しかしそんな言葉はフォルテの耳には入っていない。夢の中の恐怖が、ユノアを見て増してくるだけである。
するとユキメノコを雪風が包んだ。
(まだ、何かする気……!?)
「《いいや。見てみろ、スウィート》」
フレアにそう言われて見ていると、風がフッと止む。そこにはユノアの姿はなかった。
「《逃げたんだろ。俺様の力を思い知ってな!!》」
誇らしげにフレアがそういい、高笑いをする。ナルシストにも程がある。
《ふざけないでくださいまし!!》
するとキーーーーーン! と、高いソプラノの声が頭の中に響いた。この声と言葉遣いは、リアロだ。
フレアはそれに顔を顰めるが、だからといってどうにかなるワケでもなく。
《ご主人の体を勝手に使うとは何事ですの!? 信じられませんわ!!》
「《あァ!? 結局勝ったんだからいーだろうがアホリアロ!!》」
《勝手に使ったことが問題なのですわ! それに愛らしいご主人の体でその言葉遣いはやめてくださいます!? ご主人に馬鹿が移ったらどうしてくれますの!?》
《移るかバーカ!!》
どうやらフレアは戻っていったらしく、スウィートは自分の意思で体を動くか確かめる。
そして3匹の方を振り返った。
「えっと……皆、大丈夫?」
「スウィート? スウィートに戻った? 普通のスウィート?」
「雰囲気からして普通だ」
「…………。」
シアオには幾度もなく確認され、アルも心なしかほっとした表情を見せている。それを見て少しスウィートは複雑になった。
それはさておき、フォルテを見る。
「フォルテ、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ……。危機は去ったわ……」
「大層げに言ってるけどしょうもないからな」
フォルテが汗を拭いながら格好よく言うが、すぐにアルにツッコまれた。
すると何も言わなかったシアオが「ねぇねぇ」と話しかけた。
「あれ……溶けてない?」
「「は?」」
スウィートは何も言わず、フォルテとアルは一音だけだしてシアオが指さした方を見る。
「あれ」といってシアオが指をさしたのは、忍冬 暁=B氷はシアオの言うとおり溶けてきており、パキッという音をたてながら罅が入っている。
「……フレアの炎の影響かな」
「なあ、ちょっと思ったんだが……大丈夫なのか、此処」
アルがそう言うと、全員が壁を見る。
氷の壁は、忍冬 暁≠フ氷と同じように溶けてきており、罅が入っている。周りを見ると、どこも氷。
「「「「………………。」」」」
4匹は黙って、素早く動いた。
フォルテが少し弱めの火炎放射をして、忍冬 暁≠フ氷を溶かす。するとゴゴゴ……という音がフロア内に響いた。
「や、やばっ……!」
「ちょ、フォルテ急いでよ! このままじゃ生き埋めだよ!?」
「コイツも一緒に燃やしていいっていうなら最大火力で氷を溶かすけど!?」
「ハッサムは炎タイプが効果抜群なんだから、んなことやったら死ぬに決まってんだろうが! 救助しにきたんだよ、救助!!」
スウィートはバッチを翳す準備をする。
暫くしてバリンッと音をたてて忍冬 暁≠フ氷が溶けた。それを見て、スウィートは素早くバッチを翳す。
5匹が去った氷の洞窟は、呆気なく崩れていった。