33話 VS冷酷の雪姫
『シリウス』が進んでいると、ダンジョンを出た。そのまま歩みを止めずに行くと、大きな間に出る。
「あっ、あれ……!」
そしてスウィートが声をあげて、指をさした。それを見て、3匹が絶句する。
探検家忍冬 暁=\―そうであろうと思われるハッサムが、氷漬けにされているのだ。そのため、ぴくりとも動かない。
「は、早く助けないと!」
シアオがいの一番に駆け出そうとする。
しかし、その前にヒュォー……と冷たい雪風が吹いたことで、『シリウス』は足を止めた。
『ウフフ……久々のお客様』
綺麗な声がどこからか響くと、もう1度、先程より強い冷たい風が吹く。
スウィートたちが目をつぶり、そして開くと、先ほどまでいなかった人物が忍冬 暁≠フ前にいた。
「なっ……」
「いらっしゃいませ。私はユキメノコのユノア・ディフェレ。この辺境の地にいたらしたお客様をもてなしております」
驚く『シリウス』を気にせず、ユキメノコ――ユノアがにこりと微笑んで挨拶をする。
普段なら隠れるスウィートだが、ユノアが発する冷気は善良でないと感じ、ユノアを睨むように見つめる。シアオも、アルも。
「吹雪の中、此処まで来るのはさぞ大変だったでしょう。さあどうぞ、こちらへ……。その冷え切った体を――」
そう言った瞬間、とても強い雪風が吹雪いた。
「もっと凍えさせてあげる!!」
ユノアが氷の
礫をした瞬間、4匹は素早い動きで避けた。アルはフォルテの尻尾を掴んででんこうせっかで。
そしてシアオが声をあげた。
「ちょっ、フォルテの顔が死んでるんだけど!? 大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫なわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その声に反応したのは、心配されているフォルテ。顔は青白く、目には涙が浮かんでいる。大声をあげることはできるらしい。
流石にユノアも変だと思ったのか、攻撃を止めた。しかしフォルテは気にせず続ける。
「何なの、いなかったじゃない! ダンジョンにゴーストタイプなんていなかったじゃない!! 何で此処に出てくるわけェ!?
あたしは帰る! ムリ、死ぬ!!」
「誰が帰すか。戦え」
アルが少し苛立ったようにフォルテの頭を叩く。そして逃げないようにと首根っこを掴んだ。
するとユノアが不敵に笑った。
「折角きてくださったのだから……もっとゆっくりしてくださいな」
言いながらユノアが冷凍ビームを繰り出す。それは誰かを狙ったわけではない。
スウィートがその行動の真意を考えていると、すぐに分かった。ユノアの狙いは、
「あ、あ゛あぁぁぁぁぁぁ!! 出入り口がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
出入り口を塞いで、逃げ道をなくすこと。
フォルテは絶望したような声で絶叫をあげる。シアオは「あーあ……」と呑気に呟き、アルは煩いとフォルテの頭を再び叩いた。
スウィートはどうしようかと悩んだが、ユノアを手早く倒すのが先決だと考える。その瞬間、何故か体の自由が効かなくなった。「ん?」と首を傾げようとも、それさえ出来ない。
すると愉快そうに自分≠ェ笑った。
「《手早くやんなら俺様が1番だな! ちょいと体借りるぜ、スウィート! 火炎放射ァ!!》」
「あやしい風!」
(ちょっ、フレア!? また勝手に……!)
スウィートが放った、というよりフレアが放ったといった方がいいだろう。その火炎放射をユノアは風で凌ぐ。スウィートの瞳は赤に変色していた。
因みに「また勝手に」というスウィートの言葉だが、時折勝手にフレアはでてきて勝手に戦闘することがある。その度にムーンやらレンスやらリアロに叱られるのだが、懲りないらしい。
その間に、とアルがフォルテに話しかけた。
「おい、逃げ道もないんだ。真面目にやれ。やったらとっとと帰れる」
「できるわけないでしょう!? ゴーストタイプよ、ゴーストタイプ! あたしはあの氷の壁を溶かしてブチ破ってでも此処から出てみせるわ……!」
「フォルテが言ったらシャレになんないからやめてくんないかなぁ!?」
シアオが距離があるにも関わらず大声でツッコむ。しかしフォルテの目は血走っていて聞こえていない。
するとガシッとアルがフォルテの尻尾を掴んだ。フォルテは早く出たい一心でが、いつもの数倍鋭くアルを睨みつける。
「あ゛ぁ!? 何、アンタから燃やした方がいいのかしら!?」
「ちょっと根性――」
アルは掴んでいる手に力をこめ、思いきり勢いをつけて
「叩きなおしてこい!!」
ユノアとスウィート(フレア)の方向に、投げつけた。
「ひっ――ぎゃぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!」
抗うことも出来ず、そのままフォルテの体は2匹に向かって突っ込んでいく。フレアは炎タイプの技しか使っていないので、フォルテに害を与えることは無い。
問題はフォルテがユノアを攻撃できるかどうかである。
「《あ?》」
「……何かしら」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ絶対に死ぬぅぅぅぅぅうう!!」
異変に気付いたフレアとユノアが戦闘の手を止める。そちらを見ると、涙を流しながら凄い勢いで自分たちの方に向かっているフォルテ。
それを見た後、フレアはにやりと笑った。
「《楽しそうなことしてんじゃねぇか! 手伝ってやるよ――炎の渦!!》」
「止めるのを手伝えぇぇええぇぇぇぇぇぇッ!!」
フォルテに向かって容赦のない炎の渦。何かフォルテが叫ぶが、フレアには全く耳に入っていない。
するとユノアが目を細めて攻撃に入った。
「真正面からくるなんて、命知らずだわ。冷凍ビーム!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!? 火炎放射ぁぁああぁぁぁぁぁぁッ!」
向かってくる冷凍ビームを威力のあがった火炎放射で全て溶かす。
フォルテはようやく勢いが止まり、地面に着地した。すると真正面にいるのは――ユノア。
「○×□◎△※〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「フォルテぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇッ!?」
するとばたりとフォルテが倒れた。ユノアを見た瞬間に白目になって。それを見てシアオが大声をあげる。
「ちょ、アルどうすんの!? 倒れましたけど!?」
「……まあ、自業自得だな」
「いや、アルのせいだよね!? これはどう見てもアルのせいだよね!?」
珍しく気まずそうに目を逸らしているアルに、シアオが正論でツッコむ。
それを「やれやれ」といったようにフレアが見た。
「《情けねーなァ……。まっ、俺様には関係な――》」
「関係ない」と言おうとするのは続かず、スウィートが素早く動いた。
「アイアンテール!」
「っ、」
真空瞬移で動き、ユノアの真上から尻尾を振りかざす。すぐにそれに気付き、ユノアは後ろに素早く下がった。
そしてスウィートがフォルテの体に触れや否や、フォルテが消えた。そしてフロアの隅の安全な場所へと移動させられる。
「シアオ! アル! フォルテなしでやって!!」
「……まあ、気絶したら何もできないもんね…………」
「了解」
スウィートの言葉にシアオがうんざりしたように返し、アルは短く返す。スウィートの瞳はまだ赤いままだ。
そしてユノアが片手で口を隠すようにして笑った。
「フフ……勝てるとお思いで? もう十分体もお冷えになっているでしょうから、早めに凍らせて差し上げるわ!!」
「《ぜんぜん冷えてねェよ! 俺様の火力ナメてんじゃねぇぞ!!》」
氷の礫と火炎放射がぶつかる。先ほどはスウィートが出てきていたのだが、どうやらまたフレアと入れ変わったらしい。スウィートが承諾したかどうかは知らないが。
ユノアがフレアに気をとられているうちに、シアオはでんこうせっかでユノアの背後に回った。
「はどうだん!」
中距離からシアオがユノアにはどうだんを放つ。
はどうだんに気付いてないのか、ユノアはそちらに視線を向けない。これだったら当たる、そう思ったシアオだが、それはすぐに無残に散った。
「私が気付いていないとでも? ――凍える風」
次の瞬間、ユノアの周りに雪風が吹く。それはまるでユノアを守るように。
フレアはそれを見て、「ハッ」と鼻で笑う。そして今までどおりの余裕の笑みを全く崩さず、嘲るように笑った。
「《その程度で俺様の炎を防げる気かよ!? 随分とナメられたもんだなァ! 炎の渦!!》」
ゴォッ、と音をたててユノアの周りを炎が包む。炎の渦にも関わらず、威力は火炎放射と変わらない。
シアオとアルがそれに驚いている最中にも、フレアは手を休める気配が全くなかった。
「《おいおい、これぐらいでヘバんなよ! 折角でてきたのにこれで終わっちまったらでてきた意味がねェだろうが!!》」
(フォルテより容赦ない……。さらにスウィートの体でその口調だから……すごい、怖い……!)
心の中でシアオが思っているのも露知らず、フレアは炎の渦にむかってシャドーボールを撃つ。
シャドーボールが炎の渦に入る前に、少し苦痛で顔を歪めたユノアが炎の渦から出てきた。そしてすぐさま技を放つ。
「熱いのは最悪よ、冷凍ビーム!!」
フレアは火炎放射で打ち消し、シアオとアルは軽く避ける。
そしてアルはでんこうせっかで動いて攻撃をしかけた。
「10万ボルト!」
電気が真っ直ぐユノアに向かう。それに続くように、シアオも動いた。
「まねっこ――冷凍ビーム!」
逃げ場を与えない、とシアオが冷凍ビームでユノアの周りに壁を作る。
それを見て「ほぉ〜」とフレアが関心するように呟く。ユノアは小さく舌打ちしてから技を放った。
「冷凍ビーム」
一部分だけ開けていた、10万ボルトが入るようにと囲んでいなかった部分をユノアが塞ぐ。そのためユノアに向かっていた電気は氷で弾かれた。
しかし、それはその場しのぎにしかならない。
「《つくづく、》」
その声に、ユノアがはっとする。声は――真上。
上を見ると、ユノアが10万ボルトに気をとられているうちに真空瞬移で移動しているフレアがいた。
「《頭のワリィ年増ゴーストだなァ! 火炎放射!!》」
「としっ……!?」
フレアの発言に、涼しげな顔をしていたユノアが青筋をうかべた。しかし火炎放射は止まらず、輪になっている氷の壁の中に広がる。
炎が勢いよく燃え上がっているせいで、氷はどんどん溶けていく。フレアはまたしても真空瞬移で移動し、シアオとアルの前方に綺麗に着地した。
「《ハッ、この程度とはな。興醒め――》」
「――誰が年増ですって?」
炎の中から冷凍ビームがフレアに向かう。咄嗟のことで回避が遅れ、腕が凍った。
そして燃え上がっていた炎が全て氷に包まれる。最初こそ氷の中で燃えていた炎は、どんどん勢いがなくなり、最後には消えていった。それだけの、氷の威力。
その氷の中心部には、ユノア。
「……もういいわ。貴方は氷漬けにしてから粉々にしてあげる。何があったのか分からなくなるぐらい、粉々にしてあげるわ!!」
ユノアの周りに強い冷気が流れる。
先ほどまでの余裕な顔とは一変、鬼のような形相をして、フレアを睨んでいた。どうやらフレアがいった「年増」というのが逆鱗に触れたらしい。
それを見てフレアが楽しそうに笑った。そして凍った腕を自身の炎で溶かす。
「《いいね、それぐらい殺る気じゃなきゃ楽しくねェ! おい、そこのため息ピカチュウにヘタレリオル。邪魔すんじゃねェぞ》」
「ヘタレ!?」
「……俺、そんな風に呼ばれてんのか」
フレアの言葉に、シアオが過敏に反応し、アルは遠い目をする。
しかし全くといっていいほどフレアは気にせず、殺気を放っているユノアに向き合った。
「《お怒りなこって。あれだな、リアロに似てる》」
(そんな感想はいいから……何で怒らせるかな……)
「《じゃねェと楽しくねェだろうが。俺様はつまらないバトルはご免だ!!》」
(うん。今はそんなポリシーは聞いてないかな)
そんなスウィートのツッコミも虚しく、フレアやただただ楽しそうに笑うだけである。
相手は殺気を放ちまくり、射殺さんばかりの目をしている。そして周りにはとても冷たい冷気。完全に本気であることが伺える。
そんなユノアを前に、フレアは余裕の笑みを浮かべていた。
「《第一、よく考えてみろスウィート》」
(……何を?)
「独り言とは随分と余裕ね、氷の礫!」
氷の礫を軽い動きで避け、にやりと笑った見せる。
因みにユノアの「独り言」とは勿論、フレアが1人会話しているからである。頭に響くスウィートの声は、ユノアには当然ながら聞こえていない。
しかしフレアはそんな言葉を全く気にせず続ける。
「《怒ってる奴ってのはまあ頭は使えねェが、怒りをぶちまけるために技の1つ1つの威力は上がってる》」
(……うん、そうだね?)
ユノアの攻撃を打ち消したり、軽く避けたりしながらフレアが話しかけるので、スウィートは適当に頷いた。意味は大して分かってない。
そのままフレアは続けた。
「《まあでも頭は使えなくても技さえ強けりゃ何でもいいんだよ。俺だって頭つかうのは苦手だしな》」
(…………うん。何ていうか、そうだね)
確かにフレアは頭がいいとはいえないので、スウィートはそう返しておいた。プライドが高いフレアに変なことを言ったらキレかねないので、やんわりと。
まあスウィートにキレたりしたら他の(一部を除く)義兄弟たちが黙っていないが。
「《つまり!!》」
何かいきなり結論にはしった。そんなことを思いながら、スウィートは聞いた。
「《俺様が楽しけりゃ何でもいい!!》」
(え!? さっき話してた会話の意味は!?)
スウィートがツッコむが、フレアは聞いていない。そのまま火炎放射をユノアにして、ユノアはあやしい風で防いだ。
シアオとアルもフレアの独り言を聞いて微妙な顔をしている。さらにそれが自分たちの控えめな性格をした大人しいリーダーの口から零れるのだから、違和感が半端ではない。
「《そろそろ終わりにしようじゃねェか、年増!! 俺様が楽しいうちに!!》」
「……あれが真の自己中だな。シアオ、今度フォルテに謝っとけ」
「うん。そうだね。フォルテの方が何十倍もマシだって分かっちゃった」
アルとシアオが呑気に会話をする。
ユノアはまた「年増」といわれたことに対し、青筋を浮かべていた。どうやらフレアは怒らせる天才らしい。
「もういいわ……。氷漬けにしたときに貴方の間抜け面でも拝んであげようと思っていたけれど…………もういい。死体も残らないような殺し方をしてあげる!!」
すっごい物騒な言葉がでてるのだが、ユノアは怒っていて気になどしていない。
フレアは楽しそうで、笑みを浮かべていた。
「《特別に見せてやるよ》」
「凍える風――冷凍ビーム!!」
ユノアが先に攻撃を放つ。凍える風は竜巻のようになり、そして冷凍ビームを中に入れて一直線にフレアに向かっていく。
それを見て、フレアがまたしても、いや、この戦闘中で1番楽しそうに、笑った。
「《俺の必殺技――
究極火焔海!!》」
――的確に狙っているユノアとは反対の技。
それは、原型などない。全てを飲み込む炎の海。巨大で、避けられるようなモノでは決してない。
一度だけ、フレアが使ったことのある“究極火焔”。しかし前のものと比べ物にならないくらいの炎だ。
シアオとアルはフレアの後ろにいたため、被害はない。フォルテも安全な場所にいるので心配する必要はない。ただシアオとアルは巨大な炎に目を丸くしていた。
「ひっ……!」
流石のユノアも、自分より何十倍もある炎に恐怖の色を示し、悲鳴をあげた。
その小さな悲鳴がフレアに届いたかどうかは分からないが、フレアはにやりと笑ってみせた。
「《戦闘する場合、まず相手の力量を測って敵うかどうか判断する。――俺に敵うとでも思ったか?》」
「ひぃっ……! きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
氷と雪があわさった風もあっさりと飲み込まれ、ユノアも炎に飲み込まれた。
先ほどまで寒かった場所は、嘘のように暑くなっていく。そして周りにある氷もどんどん溶けていた。
「《……ちょっとやりすぎたか》」
(ちょっとじゃないよ!? とってもだよ!?)
フレアにスウィートが抗議する。
床は炎によって抉られているし、壁はどんどん水に変化しそうになっている。氷でできていた部屋だ。溶けられてしまっては、自分たちが死んでしまう可能性がある。
そんなことを思っていると、声が聞こえた。
「サイ、アク……だわっ……!」
「《! ……チッ、しぶてぇな》」
声の方を見ると、ボロボロになっているユノア。フレアは冷たい目で彼女を見て、そして舌打ちする。
シアオもアルも、そしてフレアも。もう攻撃態勢になど入っていなかった。ここまでボロボロになったのだ。何かやれるとは思わない。
最後こそ、気を抜いてはいけない。それを、忘れていた。
「えっ!?」
フッと、ユノアが消える。シアオはそれに目を丸くした。
その行為に苛立ったようにフレアが言う。
「《悪あがきにしちゃ楽しくねェ、》」
「――動かないで」
ユノアが、姿を現す。場所は、先ほどとは違う場所。
それにフレアも、フレアを通して見ているスウィートも、シアオも、アルも、全員が目を瞠った。
ユノアの手には、氷で作られた鋭い剣のようなもの。
「動いたら、この子の命は……ないわよ?」
その傍には、気絶して安全な場所に運ばれた――フォルテがいた。