21話 やらない事情
「ミーの親は早くに亡くなってしまってな、この歳で早くも長をすることになった。まあミーとしては長をするくらいどうってことないがな!!」
「案内役なのに“空の頂”でずっと迷ってた奴に言われてもな」
「それはまぐれだ! 忘れろ!!」
「いや、マスキッパ達も同じようなこと言ってたし。もう肯定した方がいいんじゃないの?」
長、という地位に自慢げなリアテをアルとシアオがばっさり切っていく。どれも事実なので仕方ないことだが。
一同はとりあえずリアテから、そして戦闘途中のスティアの奇妙ともいえる行動の理由も聞くために6合目まで一緒に登っていた。『フロンティア』は「ラニダを追う」といって先に行ってしまった。
するとスティアが恐る恐るといったように、リアテに話しかけた。
「あ、あのリアテ様。“シェイミの里”に帰らないと、皆さま心配しておられますが……。姉さまだって心配を……」
「あぁ、ユーはクラウアの妹か。どうせクラウアは心配などしておらんだろう。するならば「職務が」とかどうたらこうたらだ」
「……その通りなのですよ」
リアテがスラスラと言うと、スティアは顔をひきつらせたが肯定した。
その会話にシアオが首を傾げて問う。
「職務って? 案内役のこと?」
「クラウアは一応だがミーの付き人みたいなものだ」
「え、じゃあクラウアさん今 困ってるんじゃ……」
「クラウアが少しでもそんな素振りを見せたか?」
リアテの言葉にメフィが不安そうに問うと、リアテは呆れたような口ぶりで逆に問い返した。
そして全員がクラウアの様子を思い浮かべる。別に困った様子もなく、心配する様子もなく、ただ淡々と案内役としての役目をこなしていたクラウアの姿を。
「……困ってないな」
「ていうかリアテの存在を忘れてるんじゃないかって位の態度だったわね」
アルとフォルテが素直に感想を述べる。
するとリアテが「その通ーりッ!!」といきなり大声を出したため、一部が体を揺らした。しかしリアテは気にしてないようでそのまま続ける。
「ミーは長だというのに全く気にしておらん!! あやつら少しくらいミーを尊敬する気はないのか!?」
「方向音痴の案内役もできない長をどうやって尊敬しろと?」
「クラウアと全く同じことを言うな!」
凛音の失礼きわまりない言葉にリアテが反応する。リアテの言い分から、クラウアも同じことを言ったらしい。
そして「長としての威厳」やら「長の尊厳」やら何かリアテがブツブツと言い出したが、それを無視して凛音がスティアに問うた。
「そういえばスティア。貴方は先ほどの戦闘中にパニックをおこしましたが、あれは何故ですか?」
それにビクリとスティアが体を揺らす。目線を避けるように、どんどん俯く。
そんなスティアに話しかけたのは『シリウス』でも『アズリー』でもなく、リアテだった。
「ユーの話はクラウアから聞いていた。スティア・カラヴィン」
「……そうですか」
自分のことなのに、どこか自分が関係ないとでもいっているような口ぶり。そして顔はやはりあげない。
リアテは気にせずに続ける。
「山登りの経験をするために父とクラウアとともに小さな山に登りに行き、山頂についた途端に天気が急転。しまいには山頂の天気は大荒れになり、雷が落ちるまでにもなった」
「…………そう、でしたね」
「そしてユーの真横に落ちた。それに害はなかったが、雷が木に落ちて燃え、大火災になったのだったな」
「…………………そう、でしたね」
「そしてその火事で父親が死去した。ユーも大火傷を負った」
「………………………。」
リアテの言葉に、スティアが反応しなくなった。リアテが横目でスティアを見る。
『シリウス』とメフィは目を見開いて見ていた。凛音は相変わらずの無表情である。ただ興味がないわけではなく、話には耳を傾けていた。
「それから何度も小さな山を登ろうという挑戦を繰り返した。しかし山頂に近づくと、山頂につく前にどこかでパニック症状をおこす」
「………………。」
「そしてついに山登りをやめたか。この山の8合目までしか登らなくなった。8合目まではパニック症状をおこさないと分かっているから、そこまででいつも引き返す。それを繰り返している。
……こんなものだったか? 確か」
「………………。」
相変わらずだんまりのスティア。
重い沈黙のなか、「あの」といってメフィが恐る恐るといった風に発言した。
「それじゃあ、スティアはこのまま頂上に登って大丈夫なんですか……?」
「それは大丈夫だ。何せ8合目には優秀な医者がいるからな。健康状態もろもろ判断し、危険とみなせば引き返させられる」
へぇ、と感嘆の声をスウィートがあげる。そんな雰囲気ではないが、無意識に出てしまったらしい。
すると凛音がスティアの方を見た。
「……まさか勝手に偽った理由を言い訳にして、山頂まで登らなかったのですか?」
その言葉に、ビクリとスティアが反応した。顔をあげない辺り、正解らしい。
リアテはそれを見てから「どうせ」と口を開いた。
「クラウアは見抜いていただろう。あやつは賢い」
「ねえ、僕ちょっと疑問に思ったんだけど」
シアオが律儀に挙手をして疑問を口にしようとする。
くだらない質問じゃないか、とフォルテが勝手に考えて、冷めた目でシアオを見ているとシアオは意外にもくだらなくもない質問をした。
「それだったら、クラウアがスティアを連れて山登りすればよかったんじゃないの?」
「……確かに。わざわざ凛音ちゃん達に頼まなくても……」
シアオの言葉にスウィートが同意のする。メフィは「確かに!」と大きな声をあげる。
その質問にリアテは真顔で答えた。
「ミーがいない間、誰があの里を仕切るのだ。ミーがいない間はクラウアは里にいなければならない! だから一緒に登ることなど不可能なのだ!!」
「お前が帰ればすむ話だろうが」
バコッと容赦なくアルがリアテの頭を叩いた。アルの言うことは間違っていない。寧ろ正しすぎるくらいである。
するとリアテは叩かれた頭をさすり、そしてアルを睨んだ。
「何をするか、アルナイル!! これでもミーは里の長だぞ!?」
「これっぽっちもそうに見えない」
「何おう!? それにミーだって帰ろうとしている! 否、元からしていた!!」
そのリアテの言葉に全員が首を傾げる。リアテは言い訳のように何かブツブツと呟いている。
そして代表してフォルテがリアテに問いかけた。
「元からしてたって?」
「ミーの帰ろうとしていたら、何故か“空の頂”に迷い込んでいたのだ」
「「「「「馬鹿だ(ですね)」」」」」
「何故みな口をそろえて言う!?」
「み、みんな……」
リアテの発言に、スウィートとスティア以外の全員がリアテを「馬鹿」呼ばわりした。されたリアテは不覚そうである。
そして数言ちいさくだが文句を言った後、リアテは顔をあげつつあるスティアを見た。
「して、スティア・カラヴィン。1つ聞こう。山頂まで登る気はあるのか?」
そう聞くと、スティアがあげつつあった顔をまた俯かせた。そして聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言った。
「無理、です」
はっきりと、問いに答えた。無理、と意思表示をした。
しかしリアテはさっきのおちゃらけたような雰囲気はどこにいったのか、目を少し鋭くしてスティアにもう一度問いかけた。
「そう答える理由は?」
「…………。」
「答えよ」
威厳のある声に、『シリウス』と『アズリー』は思わずリアテを見た。さきとは本当にうってかわって、真剣な声音だ。
リアテは更に続ける。
「ミーは、登れるか&キいたのではない。登る気があるか≠ニ聞いた。しかし、ユーは無理だと言った。それは、登る気がないということととっていいのだな?」
「………別に、登る気がないわけでは、」
「パニック症状をおこすので登れないだけです。などと言ってくれるなよ」
「っ……」
スティアは言い当てられてか、口を噤んだ。そしてそのまま黙ってしまう。
そんなスティアの様子を気になどしていない、とでもいうようにリアテは続ける。
「健康状態に異常があって登らないのであれば文句は言わない。別にパニック症状をおこすから、念をとって登らないというのにも文句は言わない。
ただユーは、主はパニック症状を治そうともしない。克服する気もない。挑戦する気もない。努力をしようともしない。「どうせできない」と諦めるだけ。
……これで登る気がないなどとほざくなよ、若造が」
「お前いったい何歳だよ」とツッコミたい衝動に駆られたシアオとフォルテとメフィだが、雰囲気的につっこまなかった。
スウィートは心配そうにスティアを見る。アルと凛音はただ見ているだけ。
そしてリアテは冷めた目で、スティアに言った。
「元から諦めている者が、何かをすることなどできるものか。お主はきっと、これからも、ずっと変われない」
そう言った瞬間だった。
「スティアちゃん!?」
「スティア!?」
スティアが駆け出してしまった。スウィートとメフィが驚きつつも名前を呼ぶ。しかしスティアは振り向きもせず、走り去っていってしまった。
そこで、1番に動いたのは凛音だった。凛音はすぐさまスティアを追いかけた。つられるように、追いかけようとしたメフィは『シリウス』とリアテに
「あ、あたしも追ってきます! 先輩たちはお気になさらず山登りを続けてくださいッ!」
そう言って、凛音とスティアの後を追った。
残された『シリウス』とリアテはその場を動かない。そして、唐突にリアテが息を吐いた。
「……正論を言いすぎたか。まあ、ミーが素晴らしいから仕方ない」
「「黙れナルシスト」」
「やっぱリアテって僕より馬鹿だよね」
アルとフォルテが調子に乗っているであろうリアテの頭を同時に叩いた。叩かれたリアテは頭をおさえる。シアオはそれを見てぼやく。
そしてスウィートはスティアが去っていった方を見つめて呟いた。
「スティアちゃん、大丈夫かな……」
その呟きに、答える者は誰もいなかった。