19話 遭難者
“空の頂”の4合目に、明るい声が響いた。
「やった! 今回はあたし達の勝ちね!!」
「そ、そだね」
4合目についたスウィートとフォルテ。
フォルテの言葉で分かるが、4合目にはシアオとアルがいない。代わりに『フロンティア』はおり、4合目にも基地を作っていた。
フォルテが喜びを露わにしていると、スウィートが元来た道を見て「あ」と小さく声をあげた。そしてスウィートにしては大きめな声をだす。
「メフィちゃん! 凛音ちゃん! スティアちゃん!」
「あ、せんぱーいッ!!」
スウィートが呼ぶと、少し遠くからだがメフィが大きな声で返事をした。フォルテも気付いたようでそちらを見る。
『アズリー』とスティアがスウィート達のもとまで着くと、まずメフィが3合目のときと同じように抗議の声をあげ、スウィートとフォルテに同意を求めた。
「またです! また凛音はあたしを置いていこうとするんです! 酷いですよね!?」
「えっと、その、頑張って……?」
何ともいえずにスウィートは否定も肯定もせずに曖昧な返事を返す。メフィは返事をあまり気にしていないようで、まだブツブツと何かを言っているが。
フォルテはまたしても屍のようになっているスティアを見た。目は虚ろである。
「凛音、これ生きてんの?」
「生きていると思います。さっきまで叫んでましたから」
「じゃあ大丈夫ね」
「大丈夫じゃないのですよ!!」
あまりの言い草にスティアが勢いよく起き上がり抗議の声をあげた。それを聞いてフォルテと凛音は「ほら、ぜんぜん大丈夫だ」みたいな顔をする。
スティアは若干 涙目になりながら、主に凛音に文句を言う。
「何度死にかけたと思ってます!?」
「ここまでの道のりで計19回です」
「数えてた!? 分かってるのなら帰らせほしいのですよ!!」
「死ぬ寸前まで、です。クラウアさんの依頼はまだ遂行されていません」
スティアの抗議は虚しく、全て凛音によってバッサリと切り捨てられていく。
フォルテはそれを見ながら呑気に「シアオとアルのようだ」と思っていた。まさにその通りだ。
するとやんわりとメフィを宥めていたスウィートが会話に入ってきた。
「そういえばシアオとアル見た?」
「いいえ。見ていません。まだ来ていらっしゃらないのですか?」
「どうせシアオがヘマしてアルがとばっちりでも喰らってるんじゃない?」
「遭難してなきゃいいですけどねー」
「じ、自分が今から救出にっ、」
「足手まといにしかならないでしょうから止めたほうがいいですよ」
まだ近くにはいないのかな、とスウィートが頭の片隅で考える。
すると「大変ですわっ!」という声が4合目の基地に響いた。それに4合目にいた全員が反応する。
声の主はオクタンで、走ってきたようで息をきらしていた。しかし息を整えながらも何とか何かを伝えようとする。
そんなオクタンにリイエが話しかけた。
「どうしたの?」
「ご、5合目付近で……5合目付近で、ニューラのラニダが、変な輩に絡まれていたんですの! 私だけじゃ無理だから、誰か助けにいってあげて頂戴〜ッ!!」
どうしよう、とスウィートが動こうとする、とスティアが小さく「5合目?」と呟いた。
そちらにスウィートが気をとられている間に、『フロンティア』の3匹が「出動!」と言って先に行ってしまった。
「5合目って……あれ?」
スティアが再び呟き、ブツブツと何かを呟きだす。そしてバッと勢いよく顔をあげると、何でか真っ青な顔をしていた。
「た、大変ですよ! 急いで5合目に行かないと……」
「スティアが今回は行く気満々のようで安心しました。行きますよ、メフィ」
「あ、うん!」
スティアが駆け出したのを追うように『アズリー』も5合目に続く道のりへと駆けていった。
フォルテはスウィートを見る。スウィートは4合目までの道のりを振り返ったが、ぶんぶんと首を横に振ってからフォルテを見た。
「シアオとアルもきっと分かってくれると思うし……私たちも行こう!」
「そうね。じゃ、行きましょ」
そして2匹も5合目への道のりへと駆け出していった。
その頃、崖から落ちたシアオとアルはというと、
「ったぁ……」
「……最悪だ。何やってくれてんだ、シアオ」
「ご、ごめん……」
何とか無事だった。
アルは原因であるシアオを睨む。シアオも流石に悪いと分かっているのか、素直に謝った。
そしてアルはため息をついてから自分の下を見る。何故か葉が敷き詰められていた。どうやら葉が落ちたときの衝撃を緩和してくれたらしい。
しかし何故こんなところに、とアルが疑問に思っていると、不意に声がした。
「大丈夫か?」
「うわぁっ!?」
いきなり声がしたことで、シアオが大げさに体を揺らす。
声は中性的で、アルがそれが聞こえてきた方を見ると見た事のあるポケモンがいた。
「……シェイミ?」
「いかにも。ミーはシェイミ。そしてユー達はミーに感謝せよ! ミーのお陰で大怪我せずにすんだのだから」
そういわれ、アルは再び下に目を落とした。どうやらこのシェイミが葉を技か何かで用意してくれたらしい。
シアオとアルはとりあえずシェイミに「ありがとう」とお礼を言っておいた。
「僕はシアオ・フェデス」
「俺はアルナイル・ムーリフ。アル、でいい」
「ミーの名前はリアテ・ウィラナーゼ。して、ユー達はなぜ上から?」
それを聞いて、アルはもう一度シアオを睨んだ。シアオは目線を逸らしながらもリアテに先ほどあったことを説明した。
それを聞き終わったところでリアテはニッコリと笑った。
「ただの馬鹿だな!!」
「返す言葉もないな、シアオは」
「うぅっ……み、味方がいない!」
リアテはケラケラと笑い、アルははぁとため息をつき、シアオは少し涙目になっていた。
そしてアルは上を見上げ、自分たちが落ちてきた場所を見た。
「リアテ。ここは“空の頂”の何合目くらいだ?」
「そういえば客が来るのは珍しかったな。ルートからはかなりはずれた“空の頂”の1合目付近……と思われる」
「思われる!? 思われるなの!?」
リアテの言葉にシアオが盛大にツッコむ。
するとリアテがふっと明後日の方向を向いて、悟りひらいた目をした。
「ミーは……約一ヶ月間、“空の頂”の中で迷い続けている遭難者だ」
「一ヶ月!?」
「あぁ、お前もシアオと同じ馬鹿の部類か」
「シアオと一緒にするな。そこまで酷くない」
「ねぇ、いい加減に僕を貶すのをやめようよ」
流石に自分を貶されるのに耐えられなくなったのか、シアオが口を挟んだ。
アルはそんなシアオの言葉を無視し、再び上を見る。元々いた場所は高くてほとんど見えないくらいだ。
「戻れるといいんだが……おい、リアテ。一応聞いておくが“シェイミの里”までの帰り道は知ってるか?」
「知っていたら一ヶ月“空の頂”で野宿などしておらん」
それもそうか、とアルは納得してしまった。まず色々とツッコむべき場所はあったが、もう諦めたらしい。
するとリアテがすぅっと息を吸い、シアオとアルに向かって自信満々と言った様子で言った。
「安心せよ! ミーが責任もってユー達を“シェイミの里”まで連れて行ってやろう! こっちだ!!」
「……池で溺れて死ねと?」
「いや、絶対に僕より酷いよね。絶対僕より酷いって」
リアテが自信満々に行こうとした先にあるのは、池。
アルは冷めた目でリアテを見ている。そしてシアオでさえも若干引いていた。恐らく『シリウス』が会った中でここまで馬鹿なポケモンは稀であろう。
それくらい、リアテは衝撃的なポケモンだったのである。
「ていうかシェイミって案内役なんだよね? リアテできるの?」
「何をいう。ミーは完璧だ。因みにユー達の仲間はあっちだ」
「スウィートとフォルテは今頃 岩の中……んな訳あるか」
リアテが適当に指さした方向はかなり酷い。これはシアオより酷いといっても過言ではないだろう。
するとリアテはシアオが持っていた物に注目した。
「シアオ。それはもしかしなくても空の贈り物≠ゥ?」
「もしかしなくても……? うん。拾ったんだ」
シアオがリアテに空の贈り物≠見せる。やはりスティアも説明できていた辺り、シェイミという種族は“空の頂”には詳しいようだ。
リアテはそれを見てから、「よし」と呟いた。
「シアオ、ミーに助けてもらったという感謝の気持ちを込めて渡せ」
「えぇ!?」
「おい、これって感謝の気持ちをきちんと表してこそ贈り物になるんだろう? そんなので大丈夫なのか?」
あまり渡したくないという風なシアオに、無駄遣いするのではないかという懸念を抱くアル。
しかしリアテはそんな2匹に何故かやれやれといった様子で告げた。
「中身によってはユー達を仲間の元まで連れて行けるぞ?」
「えっ、本当に!?」
「うむ。ミーもそろそろ山を抜けたい。ユーたちの仲間に合流さえすればミーだって山の中から出れるはず……」
「下っていけば山の中は抜けられるだろ」
アルの言葉に場が静まり返った。そしてリアテが、俯いた顔を勢いよくあげた。
「なん、だと……!?」
「悪かった、シアオ。コイツの方が断然お前より馬鹿だ」
「…………うん」
複雑な気分になったシアオだったが、静かに頷いておいた。
そして未だブツブツと何かを言っているリアテに、シアオはゆっくり近づいた。
「はい、リアテ。助けてくれてありがと」
「…………うぅむ。今は何か複雑な気分だが……どういたしまして」
そういってリアテがシアオから“空の贈り物”を受け取る。
アルは近づいていき、リアテが“空の贈り物”をあける瞬間をみようとする。シアオも覗き込む形で見る。
そして、リアテが“空の贈り物”をあけた。
「これって……?」
「……?」
そして、シアオとアルが中身を首を傾げているのに対し
「でかした!!」
リアテだけが、ニカッと笑ってみせた。