3話 いかなる状況でも落ち着くべし
「確かにちょっと暗いね……」
「森だからな」
「ゴーストタイプでそ、あだ!!」
「シアオ、今なら特別に選ばせてあげるわ。火炎放射とシャドーボール、どっちがいい?」
うふふと笑いながらシアオに近づくフォルテの目は笑っていない。更に笑顔が黒くて怖さを増すばかりである。
スウィートは森を見渡しながら“神秘の森”のダンジョンを進む。言ったとおり少し薄暗く、霧がかかっている場所が何箇所かあった。
敵は強いか弱いかで言うと、弱い。全部が全部そうなわけではないのだが、ほとんどのポケモンがレベルが低いのか、一撃で倒れるものがほとんどで、楽々と『シリウス』は進んでいた。
だからこそ、アルのお咎めが少しだけだが少ないのだ。だからといって
「お前らまたこの前みたいにはぐれたりしたら分かってるよな?」
「「イ、イエッサー……」」
お咎めがないわけではないが。
すると前からドダイトスとフライゴンがでてきた。いち早く気付いたスウィートが先陣をきって攻撃する。
「しんくうぎり!」
「火炎放射!」
「はどうだん!」
全体攻撃で少しダメージをうけさせ、その後に遠距離からフォルテとシアオが攻撃する。ドダイトスは倒れたが、フライゴンは倒れない。
しかし3匹に気を取られている間にアルはこうそくいどうで早く移動し、フライゴンを叩きつけるで倒した。コンビネーションは抜群らしく、息ぴったり……な時もある。
相手に見向きもせずに『シリウス』は奥へ進んでいく。
「にしてもさー、大魔王ってホントに何なんだろう。伝説のポケモンだったりするのかな……グラードンとかディアルガ並にデカイ奴」
「伝説っていってもヒュユンやミュエムはあたし達と同じくらいだったじゃない。……ていうかゴーストタイプじゃなきゃこの際どうでもいいわ」
「ていうかホントに出るのか? その大魔王とかいう奴」
「でなければいいけどね!」
安定の弱気なシアオである。フォルテは鼻で笑い、アルは溜息をついた。
「あれ、何で!?」とシアオが抗議するが2匹はスルーである。しかしまたシアオが余計なことをいってフォルテの火炎放射を喰らいかけていたが。
スウィートがそれを見ながら苦笑し、森を再び見る。
ギルドの弟子達が怯えていた悪の大魔王の存在。嘘、だとは思いたくないが、どうも引っかかるものがある。
カフェやトレジャータウン、ギルドにいた探検隊たちに聞いたが、その存在は「知らない」と言って確認できなかった。よく此処に遊びに来るといったシェントやグラディさえ「知らない」と言ったのだ。
(どっちかの情報が間違っているのか、それとも稀に現れるものなのか……だよね)
考えにくいが、そう思うしかない。
ただ稀に現れるものだとしても、ギルドの者しか知らないというのもおかしい。やはり引っかかるものがあるのだ。
考えふけっていると、カチッと嫌な音がした。スウィートは疑問符をうかべながら、後ろを見ると同時に
「きゃあ!?」
いきなり爆発した。
目を白黒させながら煙が薄れていくのを確認する。その煙の先に見えたのは、3匹。
「けほっ……おい、シアオ。いい加減にしろ」
「あんたの不運であたしを巻き込んでんじゃないわよ、この馬鹿!」
「うわぁ!? 僕がたまたま踏んだだけでこの扱い!?」
ちょっと黒くなって傷ができた3匹が見えた。おそらくシアオが爆破スイッチでも踏んだのだろう。フォルテはシアオに火炎放射をかまそうとしたが、上手いことシアオが避けた。
スウィートは何も言わず、黙ってバッグをあさり、そっと3匹にオレンの実を差し出すのだった。
―――神秘の森 奥地―――
「……だいぶ奥に進んだけど、何もないよね?」
シアオとフォルテが先頭で、その後ろからスウィートとアルが離れない程度のスピードでついていっていたが、2匹が止まってあたりを見渡した。
スウィートも見るが、確かに何もない。悪の大魔王など、どこにもいない。
首を傾げていると、後方から呼ぶ声が聞こえた。
「『シリウス』さん!!」
「あ、シェントさんにグラディさん。そういえば遊びにいくって……」
来たのはシェントとグラディ。確かにトレジャータウンで会ったときに“神秘の森”に遊びに行くといっていた。少し遅れてやってきたようだ。
グラディは少しあたりを見てから『シリウス』に聞く。
「それで、悪の大魔王とやらは見つかったのか?」
「いや。それがどこにもいない」
「だろ? やっぱりシアオの悪い冗談だ」
「だから何で僕!?」
「酷くない!?」とシアオがグラディに文句を言う。しかしグラディは全く気にしていないようだ。慣れているのか、それともナメているのか。
それを見てシェントは苦笑しながらスウィート達に問いかけた。
「で、貴方達は何で此処に?」
「私たちは“光の泉”に行きたくて……」
スウィートがそう言うと、シェントが少し驚いた表情をしてから小さく笑った。
「それならこの先よ。一緒に来る?」
「お、お願いします」
「ついてきな」
グラディがそう言うと、2匹は『シリウス』を避けて、両端を歩いて進んでいった。
それに続こうとしてシアオとフォルテが進み、その後にスウィートとアルが続く。その次の瞬間だった。
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
シアオとフォルテの体がいきなり視界から消えかかる。しかし問題はその次であった。
「なっ!?」
シアオがアルの腕を咄嗟に掴んで巻き込み、スウィートの視界から完全に3匹が消えた。
「お、落とし穴……? というかどうしよう……」
どうやって救出するか。このまま進むことは出来ない。
「うーん」と悩んでいるスウィートは、自身の後ろに静かに誰かが回っていることに気付かなかった。
「えっ!? え、きゃあぁぁぁぁあ!!」
とん、と少し強い力で押され、いきなりのことで踏ん張れなかったスウィートの足はそのまま進み、地面につくことはなく、下に落下した。
下に行けばいくほどどんどん暗くなる。下がもしもとがった岩だったら……危ない。上を見ると穴が閉じられた。もう戻れないかもしれない。
そんなことが頭に過ぎったスウィートは顔を青くする。どうしようか、と落ちながら考えていると、いきなり浮遊感が消えた。
《大丈夫ですか? ご主人》
「う、うん。大丈夫。リアロ、このまま下まで下ろせるかな?」
《問題ありませんわ》
リアロのおかげでゆっくりとスウィートは下に下りていく。
すると少し明るくなっている部分が見えた。おそらくアルが体内に電気を溜めて少しでも明るくしようとしているのだろう。
その近くにスウィートはおろされ、綺麗に着地した。
「えーと……皆、いる?」
「あ、スウィート!? 落ちてきちゃったの!?」
「あーあ……。どうやって上るのよ、これ。ていうかアル、もうちょっと明るく出来ないわけ?」
「お前が思ってる以上に疲れんだよ」
どこまでも呑気な『シリウス』はいつもの調子でどうするかを相談する。落とし穴があったことはどうでもいいらしく、どうやって戻るかどうかしか考えていなかった。
4匹の顔が確認できるくらいの明るさの中で話し合っていると、だんだん声が聞こえてきた。
「クックックックッ……」
「「!?」」
「何か聞こえるね……」
「シアオとフォルテの顔が凄いことになってるな」
声が聞こえたときにシアオとフォルテは大げさに体を揺らし、それとは対照的にスウィートとアルは落ち着いている。落ち着きすぎている。
しかし緊張の場面は、すぐに崩れ去った。
「だ、誰!?」
「フフフ……ボクは悪の大ま」
「キャアァァァアアァァァァァァッ!!」
「危なっ!!」
まだ言いかけだというのに、フォルテがいきなり火炎放射をうった。因みに最後の言葉はシアオである。
あちらこちらで「熱っ!」と先ほどの声とは違う声が聞こえる。複数いることに気付いたスウィートは辺りを見渡す。しかし暗くて何も見えない。アルは盛大に顔を顰めていた。
「ゴゴゴゴゴゴーストタイプよ! こんな暗いとこなんてゴーストタイプしかいなっ……ギャアアァァァアアァァァァァァァ!!」
「ちょっ、フォルテ! さり気なく僕を狙ってない!?」
「熱っ! 火か!? ちょっ、誰か水!!」
「ヘイ! ちょっと待ってろ!!」
色々とカオスな状態である。フォルテは適当に火炎放射を放ち、シアオは何でか当たりそうなので避ける。おそらくいるであろう者たちも少しパニックになっているようだった。
スウィートはとりあえずフォルテを抑えて落ち着かせ、シアオはフォルテを恐ろしいモノを見るような目で見ている。フォルテはというと目が血走っていた。
そんな状態を冷めた目で見てから、アルは静かに言った。
「……えー、どうぞ」
そう言われても言いづらいだけなのだが、最初の声の主はコホン、と咳払いしてからいい始めた。
「クックックックッ……」
((そこから?))
スウィートとアルが心の中でツッコんだが、口には出さなかった。
次にシアオが誰だ、と聞いた。それはやらなければならないのだろうか。やらなくてもいいのだろうか。まずやり直す必要こそなかったが。
シアオを見ると完全にフォルテを見張っている。どれだけ火炎放射に怯えているのか。先ほどの流れはできなさそうだ。
しかし心配は杞憂で済んだ。
「ようこそ、闇の世界へ。ボクは悪の大魔王。……ついでにゴーストタイプじゃないから、言葉の途中で攻撃するのやめてね」
「そ、それならいいわ」
「いや、全然よくない」
アルが落ち着いたフォルテにすかさずツッコむ。しかしフォルテは気にしていないようだった。
シアオは悪の大魔王と聞いて「どうしようどうしよう……」とうわ言のように呟いている。スウィートはどうしたものかと考えたが、どうしようもないので諦めた。
「フンッ! 大魔王だけじゃないぞ♪」
「ワシたち子分……ゴーストタイプじゃない子分も沢山きてるんだぜ!」
「真っ暗で分からないでしょうが……貴方達は完全に包囲されているのですわ!」
フォルテのことを気遣ってか、それとも自分の身を守るためか。2つめの声に罪悪感をおぼえたスウィートだった。
しかし今ピンチなのは自分たちだ。子分たちが言うには自分たちは囲まれているらしい。今のところ声は5つ確認できた。しかし恐らくもっといるだろう。
どうしようかなぁ、なんてスウィートが呑気に考えていると、大魔王が突然 笑い出した。
「クックックックッ! クーックックックックックッ! ここに来たら最後……生きては帰さないよ。覚悟し……」
その瞬間、あたりが一気に明るくなった。
「きゃ−−−−−ッ!!」
そしてその声とともに、『シリウス』の近くに何かが落ちた。全員がそれを見ると、見覚えがありすぎるポケモン。
「メ……メフィちゃん!?」
メフィーレだった。落ちたときに見事に顔面を地面にぶつけ、今は返事をせずに倒れていた。
スウィートが辺りを見ると、明るくなったことで大魔王とその子分の姿が見える。どれもこれも見覚えのあるポケモンだった。
しかし違和感が1つ。全員が変なマスクを顔につけているのである。変装しているつもりなのか。バレバレである。
「……あの、メフィちゃん? 大丈夫?」
スウィートが声をかけるも、うんともすんとも言わない。
すると急に我に返ったように、最初に声をあげたであろう子分、ディラが慌て始めた。
「こ、こら!! お前ら何やって……」
しかし言葉の途中に何かが上からふってきて、それはメフィを蔓で回収した。そして素早く悪の大魔王たちと同じマスクをつけさせた。
その者も、見覚えのある者だった。
「り、凛音ちゃん!?」
メフィの頭を軽く叩き、ふうと凛音は息をついた。そして上を見上げた。
スウィートとしては色々な言いたい事があるのだが、先に凛音が口を開いた。
「……誰でしょう、凛音とは。私は……」
そして上から落ちてきたマスクをキャッチし、それを、つけた。
「……あ……悪の大魔王の子分の1匹です」
あ、一度だけ鉄壁のポーカーフェイスが崩れた。
そんなことを思ったのも束の間、悪の大魔王でさえ何か言い出した。
「…………そ、そう。ロードってだあれ? ボ、ボクは悪の大魔王だよ」
「えぇ……!?」
しらばっくれた。あとロードなんて一言も言っていない。自分で自分の正体をバラしているようなものである。
スウィートが自分の仲間を見ると、1匹は呆然とし、1匹は子分たちを確認し、1匹は冷めた目で大魔王やその子分を見ていた。
すると次々としらばくれ始めた。
「そ……その通り! ワタシたちもその子分!」
「その通り! わたくしも知りませんわ! ルチルなんて!」
「ヘイヘイ! イトロなんて名前のヘイガニ知らないぜ!」
(正体ばらしてるんですけど……)
悪の大魔王の正体。それはギルドが作った存在。ギルドのメンバーだった。
おそらく卒業試験とはあの暗闇の中で、ギルドのメンバーを倒すことで合格となるはずだったのだろう。しかしメフィがおそらくドジって落ちてきたため、穴がまた開いてしまった。
スウィート達へのハンデになるが、そんなことを言ってられないみたいだ。
スウィートが苦笑いしかできない状況、しかしもっと苦笑いをする状況が作られた。
「皆! 卒業試験のために倒そう! 悪の大魔王!」
「そうよ! ゴーストタイプがいないのなら楽勝よ!」
「あ、あはは……」
「はぁ……」
おそらく、気付いていない。
マスクをつけてるだけのギルドのメンバーということに、シアオとフォルテは気付いていない。本気で悪の大魔王とその子分だと思っている。
スウィートはもうひきつった笑みしかできなくなり、アルは盛大な溜息を吐いた。
するとシアオとフォルテが気付いていないことで気を取り直したのか、またノリノリでロードが悪の大魔王を演じだした。
「クックックックッ……此処に来たら生きては返さないよ。大魔王の恐怖……とくと味わうがいいよーーー! たあーーーーーーーー!!」
こうして、卒業試験が開始された。
「……凛音とメフィは大丈夫ゲスかねぇ…………」
上で凛音に「ここにいてください」と言われて待機しているレニウムを残して。