95話 募る想い
「スー……スー……」
夜中になり、あたりはすっかり暗くなってしまっている。
ラウルは休まず海を泳いでおり、シアオはその背中でぐっすりと寝ていた。シルドもだ。
しかしスウィートは先ほどから目を閉じたり開いたりを繰り返している。
(寝れない……。体が強張ってるのかな? でも今までそんなことなかったし……)
思わず「うぅ……」と声をあげる。
すると予期せぬ人物から言葉が発せられた。
「寝れないのか?」
「うわぁ!!」
驚いてスウィートが声の方を見ると、そこには先ほどまで寝ていたはずのシルド。
バクバクいっている心臓を何とか落ち着かせながらスウィートは話しかける。
「お、起きてたの?」
「いや、さっき丁度 目が覚めた」
そんなことあるのか、とスウィートがシルドを訝しげに見ると「本当だ」といわれた。とりあえずスウィートは謝っておいた。
そしてスウィートはふぅ、と息をついた。
「寝れないのは確かだよ……。やっぱり未知の場所に行くからかなぁ」
「それは探検隊としてどうなんだ」
「…………。」
シルドの言い分が尤もすぎてスウィートは黙った。
するとシルドがはぁ、と溜息をついた。それにスウィートは頬を膨らませる。
「拗ねるな」
「拗ねてない」
「……じゃあそういうことでいい。スウィート、今までドタバタして聞けなかったがアイツらは元気か」
言葉のあと、スウィートはシルドを見る。そして目を瞑った。
そして次に開くと瞳の色がかわる。
「《久しぶりじゃの、シルド。相変わらず無愛想な面をしおって》」
「何でよりによってお前がでてくんだよ、ミング……」
シルドは手を額にあてる。
スウィートの瞳の色は緑。つまりシルドが言ったとおり、ミングがでてきたのだ。
するとミングはほっほっ、と笑った。
「《長女の務めじゃ。まぁ、嘘じゃが》」
「嘘かよ」
「《あやつらは出来るだけ外と同じ世界で暮らそうとするため、この時間は寝ているからのぅ。ワシは起きているが》」
「……年寄りだからか」
「《失敬な。もともとサファイアの中では睡眠もいらんのじゃ。貴様も知っているだろう》」
少しだけ、ほんの少しだけだがミングは悲しそうな顔をした。
それを横目で見た後、シルドは海に目線をうつす。
「あぁ。ただ、お前らが外部の時間を気にしてるとは思わなかったが」
「《ワシは気にしておらん。もう慣れてしまったからの。ムーンもだが。この生活に慣れてしまった。どうせ戻ることもないのじゃ。別に生活リズムが狂おうが関係なかろう》」
「…………スウィートとの約束は、」
「《因みにこの会話はスウィートには聞こえておらんからの。もう寝ておる。……スウィートは何も覚えていないんじゃ。もういいじゃろう》」
「………………。」
シルドは顔を顰める。それとは対象にミングはしれっとしていた。
静寂が訪れ、シルドはそっと目を瞑り過去のことを振り返る。まだあの真っ暗な世界にいたとき。まだ、スウィートが人間だったとき。
――――私、絶対に、絶対に皆を元に戻すから……! だからっ……
そんな悲しいことを言わないで。
どうせもう元に戻らない。そう言ったミング達に対して泣きながらスウィートが言っていた。
ボロボロと涙を流しながら、情けない顔をして。
その約束をサファイアの中の一部は信じているのか。それとももう諦めているもののそんな幻想に囚われているのか。
スウィートは、その約束さえ、もう覚えていないのに。
「《もういいじゃろう。どうせワシらも消えるんじゃ。戻るどうこうではない。
それに、元から嫌だったんじゃ。スウィートにそんな約束を取り付けて重荷を背負わせ、縛り付けているのは》」
「…………。」
「《もう、いいじゃろう》」
その後、シルドが何か言うことはなかった。ミングは静かに目を伏せた。
太陽がのぼり、辺りを照らし始める。
それと同時にスウィートとシルドは目を覚ます。シアオも流石に眩しかったのか目を覚ました。
「おはよう、シアオ、シルド、ラウルさん」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます」
「はよー……ふわぁぁ……」
大あくびするシアオに思わずスウィートは苦笑をする。
シルドはそんなシアオに「寝るなよ」と注意している。確かに今 寝られては困るので正しい判断だろう。シアオは頷きながらパチパチと自分の顔を軽く叩く。
そしてようやく覚醒してきたのか、ラウルに質問をした。
「ねぇ、ラウル。だいぶ長い時間 泳いでるけど大丈夫? 僕らはねたから大丈夫だけどさ……」
「ボクなら大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます。それより……もう少しでつきます」
「え」
思ったより早い到着予告にシアオは目を瞬かせる。
スウィートとシルドは一気に緊張した面持ちになった。やっとと思うとそうなってしまうのだろう。
するとラウルがあ、と声をあげた。
「見えてきました。ホラ、あそこです!」
「えっ、どこ!?」
シアオは大きく身を乗り出し、シルドは危なっかしいと思ったのか支えながら見ようとしている。スウィートは普通に。
「海の先方にちょっと違うところが見えますか?」
3匹は海をじーっと目をこらして見る。
よく見てみると海の向こうにキラキラ輝いている場所があった。そこは少し、ほんの少しだが色が違い、何か別空間に見える。
「波が……ねじれている?」
「ラ、ラウル。あれは!?」
「あそこは時の狭間の境目です。あそこを通って“幻の大地”へいきます。さぁ、いきますよ!!」
そのラウルの言葉とともに、ぐんぐんスピードが上がっていく。3匹は落ちないようラウルにしがみつく。
そして下を見ると、どんどんラウルが海から離れていっていることに気付いた。
「ラ、ラウルさんが飛んでる……」
「ど、どいうことコレ!?」
「いや、違う。これは飛んでるんじゃない。時の海を渡っているんだ」
「時の海!?」
そんな会話している間にもラウルはどんどん浮く。
すると紫色の電光が見えた。その瞬間――一気に景色がかわった。
海はもう見えず、代わりに浮いている大地が見えた。
その大地には木があり、岩があり、山がある。さっきまで海にいたとは思えない光景だ。
「ラウル! あれが……あれが幻の大地なのか!?」
「そうです! あれが幻の大地です! 突入します!」
そう言うとどんどんラウルは大地に向かって降下していく。
ラウルは3匹が降りられるように大地へ降り立ち、3匹はその大地を踏みしめた。そこには花も咲いているし、草もある。
「こ、ここが……“幻の大地”……」
「ついに、ついに来たんだな……。俺たちは」
「そうだね。ここに、“時限の塔”が……」
「皆さん、正面を見てください」
ラウルの指示通りに3匹は正面を見る。そして目を見開いた。
「あ、あれは……」
未来で見た“時限の塔”よりは酷くないが、崩壊はしていた。
“時限の塔”は浮いており、その上では赤い何かが渦巻いている。“時限の塔”が立っている場所は崩れていっていた。
それを見ているとラウルが言葉を発した。
「あれが、“時限の塔”です」
「あれ、が……。あそこに、あそこにいって時の歯車≠ウえ納めれば……!」
ようやく目的が達成される。未来をかえられる。
スウィートはそれを聞くと改めて「やっとここまできた」という実感が湧いてきた。
さらにラウルは説明する。
「“時限の塔”にいくには虹の石舟≠ノ乗ればいけますよ」
「虹の……石、舟=c…?」
「はい。この先をずっといくと古代の遺跡があります。そこに古代の船……虹の石舟が眠っているのです。そこに乗れば“時限の塔”までいけるでしょう。
ボクができるのはここまでです。お願いします、未来を、どうか変えてください」
ラウルが頭を下げる。
3匹はしっかりと頷いた。必ず変えてみせる、と。
シアオはシルドとスウィートの方を向いて、明るい音色で言った。
「スウィート! シルド! もう少しだよ、頑張ろうね!」
それに頷き、2匹とも釣られるように笑った。
そして「絶対にあの暗い未来をかえる」と改めて決意をした。