90話 優しさに触れて
――――磯の洞窟 最深部――――
「シャドーボール!」
「はっけい!」
今度は喧嘩することもなくシアオとフォルテは順調に進んでいっている。スウィートとアルは普段どおりだ。
だがしかし顔には少しの怒りが見える。『ドクローズ』についてはやはり全員 許せないところがあるのだろう。
スウィートはトドゼルガを倒したところでふぅ、と息をついた。
「やっぱり敵も強くなってるね……」
「仕方ないでしょ。だって奥には強敵がいるんだし。ロードが手ごわいっていってる奴だし相当な奴らだと思うけどさぁ……」
「……俺らが追いつかなくても『ドクローズ』がそいつらにやられてたりしてな」
「えー、ちょっと勘弁してよ。あたしがアイツらやるんだから」
だんだん話が逸れていっている。今に始まったことではない。
フォルテはやはり『ドクローズ』を殺る気でいるらしい。他としてはやられていたほうが無駄な体力を使わないので楽なのにな、と思っていたりする。フォルテの場合はそんなの知ったことではないと思うが。
「……でも、倒せなくても遺跡の欠片だけは取り戻さないと。あの欠片がないとどうにもならないし」
「そうだね。とりあえず遺跡の欠片を優先しないとね」
そしてまた『シリウス』は奥へと進んでいった。
――――磯の洞窟 奥底――――
結構なところまで進み、シアオがポツリと呟く。
「まだ『ドクローズ』やディラには追いつかないのかな……」
そんな呟きもすぐに洞窟に少し響いてから消える。洞窟にはピチョン、と水が落ちる音が静かに響いていた。
そしてスウィートが少し顔を顰めて言う。
「なんか……蒸し暑いね……」
「そう? あたしは平気だけど」
「そりゃお前が炎タイプだからだろうが……」
アルもスウィートと同じように顔を顰めている。やはりフォルテは涼しい顔をしていた。
その次の時
「うぅっ……」
「「「「!」」」」
誰かのうめき声のようなものが聞こえた。
『シリウス』は声がした方向へとすぐに走る。そこには
「え、ど、『ドクローズ』!?」
「うぐぐ……」
4匹が追っていた『ドクローズ』がボロボロになって倒れていた。
シアオはすぐにウェズンに近寄る。スウィートもアルも他の子分たちに近づいた。フォルテは警戒しているのか、すぐには近づかなかった。
「ど、どうしたのさ!?」
「も、もしかして奥にいるっていう強敵にやられて……?」
すると自嘲するように笑った。
「知ってたんなら……言ってくれりゃあ…………っていっても、俺たちに……教えるわけ、ないか……へへっ」
今までしてきたことを思い出せば。今までの所業を思い返せば。
『シリウス』がそんな情報を『ドクローズ』に提示するわけがない。今まで散々な目をあわせてきた者たちにそんなことを教える者がどこにいるだろう。
それでもシアオはウェズンに声をかけた。
「ウェズン! 大丈夫!?」
「……クククッ、ここにきて、俺さま、を……心配するなんて……相変わらず、めでてぇ奴だ……。だがな、俺さまの心配は無用だ」
傷を見るとどこも大丈夫そうではない。見たら誰でも心配するだろう。なのに無用とはどういうことか。
ウェズンはチッ、と舌打ちしてから喋り始めた。
「ディラのやつが……俺さまの怒りに、火ィつけやがってな……」
「ディラが?」
「あぁ。俺さまたちが倒れてるのをみて、散々いって……そしたら行っちまいやがった。俺さまはもう本当にむかついたぜ……。
こんなとこで、くたばってたまるか……! 此処を這い出て、必ずディラを倒す!ってな……。……認めたくはないが、諦めかけてた俺さまは、ディラに元気をもらったのかもな……皮肉なもんだ。クククッ……」
「それでも……まだ辛そうですけど……」
元気をもらったといっても傷だらけの状態だ。暫くは絶対に動けないだろう。
スウィートがバックからオレンの実をだそうとすると、ウェズンがそれを制した。
「待て……。俺さまは……これまで、自分で言っちゃあ何だが……酷いことを沢山お前らにしてきた……。散々 嫌な思いをしたはずだ……。なのに、何故、何故お前は俺さまたちの心配をする……?」
「確かに、確かにされました。たくさん嫌な思いをしました。たくさん怒りを覚えました。
けど、やっぱり目の前でこんな傷だらけで倒れられて、誰だって心配するでしょう。見過ごせないでしょう。助けたいって、思うでしょう」
そう言ってからスウィートがまたオレンの実をとりだそうとする。瞬間、ウェズンが何かを地面に転がした。
「あ、遺跡の欠片!」
「クククッ……しまった……。俺さまとしたことが……遺跡の欠片、落としちまった……」
そう言いつつも、ウェズンの顔には笑みが見える。その行為が全てわざとしたものだということは、『シリウス』4匹とも分かった。
途切れ途切れでウェズンは続ける。
「からだ、動かねぇから……これだと、シアオに、とられちまうな……。拾うかどうかは、お前らの自由だ……」
「ウェズン……。ありがと……」
シアオは遺跡の欠片を拾ってバックに入れる。
ウェズンはまたしてもそんなシアオを可笑しそうに笑った。
「何故、礼をいう……? やっぱ、おめでたい野郎だな……。まぁ、次会うときも酷ぇことしてやるから、覚悟しとくんだな……。それより、俺さまたちの事はいい……。ディラの、心配をしたらどうだ……?」
「あっ」
「そうだ! ディラは何処に?」
ウェズンの言葉に『シリウス』全員がハッとなる。
この先には『ドクローズ』をやった、ロードとディラが散々いっていた強敵がいるのだ。一匹にしておくのは危ない。
「奥に、進んだぜ……。とっとと行くんだな……」
「うん。ありがと、ウェズン。君たちもここから頑張って出てね」
「だから、何で礼を言うんだよ……。それに『ドクローズ』舐めんじゃねぇ……。何があっても這い出てやるよ……」
それを聞いて、『シリウス』は奥へと走っていく。
しかしスウィートはピタリと止まって、『ドクローズ』を見た。
「……もう、シアオたちに意地悪しないでね。ちょっと突っかかるくらいならいいけど、誰かを傷つけるようなことだけは、もう、しないでね。
これは、私から貴方達へと最後のお願いだから――聞いてくれると、有難いな」
そういい残して、スウィートも去っていった。
そうして暫くしてからウェズンが子分2匹に声をかける。
「……お前ら、動けるか…………?」
「ケッ……そりゃ、無理っぽいですよ……」
「へへっ……あんだけ派手に、やられちゃあね……」
自嘲するように『ドクローズ』は笑う。
「クククッ……全員、ざまぁねぇな……。……にしても、最後、ねぇ……」
ウェズンは少し眉間に皺をよせる。
言い残したあの言葉。スウィートは最後だといった。その意味が全くわからない。
しかしそれを考えるのも数秒の間だった。
「しっかし兄貴ー……兄貴、最後の最後で、いい奴でしたよ……。かっこよかったです……」
「うるせー。クククッ……」
「でも、そんな兄貴も、俺は好きですよ……」
「うるせー。ククククッ……」
「あ、ディラ!」
少し進むと警戒しながら辺りを見渡しているディラがいた。
ディラは『シリウス』に気付くと険しい顔で忠告をする。
「む! お前達か! 油断するなよ! 奴らはそばにいる! 奴らの姿をチラッと見かけたんで追ってきたんだが……ここまできて見失ってしまった……。きっとどこかに潜んでいるはずだ」
そういわれ、『シリウス』も辺りを見渡す。
スウィートとシアオは少し前の方に行き、フォルテとアルは壁にある岩などを調べ始めた。
「でも……とくに隠れるところはないけどなぁ」
「こっちもいないわ。岩陰っていっても結構ちっさいし……」
『シリウス』はくまなく探すが、やはりどこにもいない。アルは水面を覗き込んだりしているが、やはりいないらしい。
そんな『シリウス』を見ながら、ディラは何かモヤモヤとするものに悩まされていた。
(何だろう……。このいいようのない不安感は……。奴らをチラッとみて……何か思い出せそうなんだが……)
必死にモヤモヤを取り払おうとディラは必死に考える。しかしなかなかとれない。
そしてスウィートが壁の上のほうに視線を向けたことによって、ディラのモヤモヤが晴れた。
(そうだ! 以前ここで奴らに襲われたとき……奴らは突然現れた……。確かその場所は……)
ディラはゆっくりと視線をあげる。
上には、ディラの予想通り、ポケモンが張り付いてた。
「グルルルルルル……」
「(いかん!)シアオ! スウィート! 上だ、上にいるっ!」
「「えっ?」」
シアオとスウィートが上を見ようとした瞬間、視界を一瞬だが何かが横切った。
「――――え?」
ザシュッ、という音が、『シリウス』の耳に届いた。
そしてスウィートとシアオが前を見た瞬間、目を見開いた。
ある者の前には、いつの間にかいたポケモン3匹。そしてある者――スウィートとシアオの目の前には、ボロボロになっているディラの後姿。
「ディ、ディラ!!」
シアオがそう呼んだ瞬間、ディラの体が力なく崩れた。