88話 準備
少し時は遡って弟子達がまだギルドの中にいる頃。
ヘクトルはギルドへと続く階段をおり、少ししたところで止まった。
「ほっほっほっ。しかしいいのう、若いモンは」
そう言いながら愉快そうに笑う。ヘクトルは先ほどのギルドの様子を思い浮かべながら呟く。
「ワシももっと若ければ“幻の大地”に挑戦したのにのう」
そう言った後、ヘクトルはその場を去ろうとした。が、
「ケッ、待ちな。じいさん!」
去ろうとた方向から紫色のポケモン3匹が向かってきた。そしてその3匹は逃げ場を与えまいとヘクトルを囲んだ。
勿論それに驚かないものなどいない。
「な、何じゃ、おぬし達は!?」
3匹はあくどい笑みを浮かべながら答える。
「クククッ、俺たちは『ドクローズ』」
「それよりじいさん、プクリンのギルドに用があったのかよ?」
「ケッ、なんか楽しそうなこと呟いていたじゃないか?」
「“幻の大地”がどうとかな。クククッ」
完全に怪しすぎる輩である。ヘクトルは思わず後ずさるが、やはり誰かに当たる。
「ワ、ワシはただ……」
「あ! 誰か来るぜ!」
「じいさんよ。詳しい話はあっちで聞かせてもらうぜ。クククッ」
「ひぃ〜〜〜っ……!」
成す術もなく、ヘクトルは『ドクローズ』へ連れて行かれた。勿論、ギルドの弟子達は誰も気付いていなかった。
――――トレジャータウン――――
「よかったぁ〜! みんな変わらず元気そうだね! 安心したよ!」
「無事でよかったです。大丈夫ですか?」
「おかえりー! 怪我とかなさそうだね! よかった、よかった!」
トレジャータウンを通ると色んなポケモンから『シリウス』は声をかけられた。笑顔だったり涙だったりとにかく色々。
そしてようやく『シリウス』はカクレオン商店に辿り着いた。
「あ、おかえり、4匹とも! 帰ってきてるとは聞いてたけど、やっぱ直に確かめたほうが安心できるねー!」
「おかえりー! 何か色々大変そうなことに巻き込まれたみたいだけど、頑張ってね!」
「……うん。疲れた」
イオラとシルラに声をかけられ、もう散々だったシアオは突っ伏した。フォルテも。スウィートとアルは気にせず買い物をしている。
心配してくれるのは嬉しいが、いちいち反応するのは疲れるのだ。だが反応しなければ悪い気もするので反応するしかない。という訳で2匹は突っ伏したのだ。
「おーい、シアオくーん、フォルテちゃーん、起きてるー?」
「起きてますよー……」
「大丈夫かーい? スウィートちゃんとアルくん行っちゃったよー?」
「へぇー、早いわねー……」
「「って、え!?」」
2匹は慌てて起き上がり、辺りを見渡す。いつの間にかスウィートとアルはいなくなり、結構 先まで進んでいた。
「ちょっと置いてかないでよ!!」
「声くらいかけなさいよ!!」
すぐに2匹も続く。そのときイオラとシルラがニコニコしながら見ていることには気付かず。
追いついた2匹にスウィートは「ごめんね」と謝る。勿論そう謝られては怒れないというもので、2匹は項垂れた。
そしてあ、とシアオが声をあげて止まる。
「ねぇ、サメハダ岩に行ってみない? もしかしたらシルドが帰ってるかもしれないし……」
「あぁ……確かにそうだな」
「たまには役に立つじゃない」
「たまにはって何!?」
アルはスタスタと、フォルテは毒舌っぷりを発揮しながら、シアオはツッコミながら来た道を戻る。
スウィートは最後尾についてゆっくりと戻る。
(シルドは……そりゃ、知っているよね……。あのことは)
フィーネに聞いてからずっとこの調子だ。何かあればタイムパラドックスのことを考えてしまう。やはり予想以上に堪えているのかもしれない。
けれど、自分は決めた。誰にも言わない、未来をかえる。考えている場合ではない。今は今やるべきことについて考えるべきだ。
そう考えてスウィートは気持ちを切り替えた。
サメハダ岩にいってみると誰もいなかった。シルドは帰っていないのだろう。
しかしその代わりにないはずのものがあった。
「あれ、紙がある」
シアオはおいてあった紙を手に取る。そして驚愕に目を見開かせた。
「こ、これシルドからだ……」
「え、マジ!?」
「……一度は帰ってきてたみたいだな」
「足型文字でかいてあるね……」
3匹はシアオが持っている手紙を覗き込むような形で見る。そしてシアオはゆっくりと手紙を読み始めた。
「『スウィート、シアオ、フォルテ、アルナイル。元気か? “幻の大地”の探索はどうだ?
俺の方は順調だ。すでに時の歯車≠ヘ3つ集めた。とりあえず5つ集め終わったらお前達と合流しようと思っている。お前らが話をしてくれたお陰で番人たちとも戦わず済んで集めやすい。感謝している。他にも俺たちのことを信用してくれるポケモンたちが増えてきているようでとても嬉しい。
それでもあまりポケモンがたくさんいる場所には近づかないようにしている。この世界のポケモンたちにまだ完全に信用されていないと思っているところもあるが……ゼクトがまた未来からやってくることも十分考えられるからな。ゼクトがくることを考えるとこちらも目立った行動をしないほうがよさそうだ。
とりあえずポケモンが多くいる場所にはいかないが、このサメハダ岩や海岸には来ようと思っている。もし出会うことがあればそこで情報交換をしよう。
じゃあな。お互いがんばろう。星の停止≠くいとめるために。シルドより』」
「そっか……。シルドも頑張ってるみたいだね」
「……何というか、やっぱりまだ警戒心がとけないのが残念ね」
「仕方ないだろ。一度は指名手配犯として扱われたんだから」
アルの言葉に全員が頷く。すぐに警戒心を解くというのは不可能だろう。
スウィートはシアオから手紙を受け取ってもう一度だけ読み返す。そしてざっと目を通した後、3匹に視線を寄越した。
「海岸かサメハダ岩には来るって言ってるし……とりあえず帰る前に海岸に行ってみない?」
「あ、それもそうだね! もしかしたらいるかもしれないし」
スウィートの提案に一番にシアオが頷き、フォルテもアルも別に反対したりはしなかった。
4匹はサメハダ岩から出てゆっくりとした足取りでトレジャータウンを通り、海岸へと向かう。
海岸に行くと水平線に太陽が半分うつり、もう太陽が沈みかけていた。
シアオはキョロキョロと辺りを見渡す。海岸には『シリウス』以外、誰もいない。
「いないねー……」
「まぁ、一々ここに帰ってこないでしょ。手間かかるし」
確かに、とスウィートはフォルテの意見に頷く。
シルドが毎度毎度帰ってくるとは思えない。時間がないのもあるが、せっかちなシルドのことだ。時間はなるべく短縮できるようにしているだろう。
すると黙っていたアルが訝しげな表情をしてポツリと呟いた。
「……この時間帯だとクラブたちがいるはずなんだが、今日はいないな…………」
「あ、確かに。言われてみればそうね」
「そうなの?」
「えぇ。夕方になったらいつもやっているのよ。おかしいわね……」
3匹は異常な事態に首を傾げる。スウィートは何か分からず首を傾げる。
シアオは空を見上げながら残念そうに呟いた。
「僕、あの泡の光景が大好きなのになー……。まぁ、見れないなら仕方ないか……」
「あっ、え……シ、シアオ! 今日も夕日が綺麗だよ!」
スウィートがそう言って夕日を指差した後、沈黙がはしった。
ただ残念がっているシアオを元気付けたかっただけなのだが、ちょっと反応のしずらいフォローの仕方であった。
その沈黙にスウィートは恥ずかしそうに顔を俯かせる。するとそれを見たシアオが慌ててフォローをいれようとした。
「そ、そうだね! 夕日が超キレイだね!」
「うん……。無理しなくていいよ、ごめんなさい……」
無意味だった。
するとあ、とアルが唐突に声をあげた。
「そういえばシアオの遺跡の欠片だが……まさかあれが“幻の大地”に関係しているとはな」
「あぁ、確かに。あれは驚いたわね」
話題がそちらにふられた瞬間、スウィートは俯かせていた顔をあげた。シアオもそうだね、といって遺跡の欠片をとりだす。
「よくよく思い返せば……ドガースとズバットの…………名前なんだっけ。……ま、いっか。あの2匹に遺跡の欠片を盗まれたのもこの場所だったよね」
シアオがそう言った瞬間、一瞬にして空気が凍った。
恐る恐るといった様子でスウィートとシアオが原因を見ると、青筋をうかべたフォルテがいた。物凄い形相で。
「そうねぇ……。アイツらはまた焼いとかなきゃねぇ……?」
「落ち着け」
アルがキレているとフォルテの頭をバシッと叩く。
その間にスウィートはその時のことを思い出す。まだ3匹に出会ったばかりの時のことを。
ドンッ!
〈うわっ!?〉
〈ちょっとあんた達! 気を付けなさいよ!!〉
〈ヘッ。んなこと知るかよ!〉
〈これは貰ってくぜ!〉
〈あいつら……!! おい、シアオ! ボサッとしてないで追いかけるぞ!〉
〈えぇっ!? ちょっ!? 待っ……!〉
〈貴女も一緒に来て!!〉
〈えっ、あの……!?〉
〈うぅっ……取り返せるのかなぁ……〉
〈もう引き返せないからな〉
〈本当に情けないわね。力ずくでも取り返すのよ!〉
〈それに……盗られたままで、お前はいいのかよ〉
〈そりゃいい訳ないけど……〉
〈それが本音なんだろ? なら弱音吐くのを止めろ。止めなければ今度から「意気地なし」と呼ばせてもらう〉
〈もう言いません!!〉
思い出したところでそんなにいい記憶でもないな、と頭の隅で思う。
シアオを見ると同じように思い出していたのか、明後日の方向を見て遠い目をしていた。
「『シリウス』の始まりは酷いねー……」
「アンタのヘタレっぷりが酷くさせたんでしょうね」
「いや、フォルテの強引っぷりが原因でしょ」
「いや、どっちもだろ」
そんな3匹のやりとりに、ついスウィートは小さく笑う。
確かに始まりこそそこまでよくなかったかもしれない。けど、その始まりがなければこうやって『シリウス』としていることもなかったのだ。今はその始まりがとても有難いものだと感じる。
まだ何か言い合いしている3匹を尻目に、スウィートは小さく、けれどもしっかりとした音色で呟く。
「今度はこの欠片をきっかけに“幻の大地”にいこうとしてるって……何だか不思議だよね。
みんなと冒険することになったのも、“幻の大地”にいこうとしているのも、全部この遺跡の欠片が引き金になってる。何か、すごいなぁって思うもの」
言い合いしていた3匹も黙る。
スウィートは水平線へと吸い込まれるように沈んでいく太陽を見る。オレンジ色の光がキラキラと海を照らして、とても綺麗な光景をうみだしている。
「星の停止≠ェおきたら、この夕日の輝きも失われてしまう……」
「そうしないためにも、僕らが頑張らなくちゃ!」
スウィートは夕日からシアオに視線を移す。
シアオは元気な笑顔でね、と他3匹に呼びかけた。フォルテとアルは頷く。スウィートも勿論、頷いた。
「よーしっ、明日もガンバロー! っていう訳でとりあえずギルドに戻ろう! 明日のために腹ごしらえをしなきゃ!」
「そーねー。とりあえず睡眠、睡眠。帰って寝るわよー」
「お前ら口を開けば飯か寝ることばっかりだな」
口々に思ったことをいいながら、来た道を戻っていく。
スウィートはそんな3匹の背を見て、そして夕日を見て、しっかりと決意する。
(……そうだ。この輝きを失わないために、記憶を失う前のシルドとの使命を、そしてこの時間のポケモンのためにも…………私は……)
「……あれ、」
夕日を見ていると、海を渡って何かが横切った。遠くでよく見えなかったが、少し大きいものだった。
見間違いだろうか、とスウィートがもう一度みようとすると
「スウィートー? どうかしたー?」
「あっ、ううん。なんでもないよ」
呼ばれたのですぐに3匹の後を追う。さっき見たものを何だろう、と考えながら。
『シリウス』が去った後、海岸の岩陰から3匹のポケモンがでてきた。
「クククッ……。相変わらずめでたい頭をしてる奴らだな。クラブたちがいなかったのは、俺さまたちに恐れをなして逃げてしまったからだ。クククッ」
それは先ほど少しだけ話題にでてきた2匹が入っている探検隊、『ドクローズ』だった。
「しかしアニキー。あのコータスのじいさんから聞き出した話はどうやら本当だったみいですね」
「ヘヘッ、あのとき盗んだガラクタがまさかあんな価値がある物だとは思いませんでしたぜ」
子分2匹がその時のことを思いだして苦々しい顔をする。それも仕方ないだろう。やられた記憶がいい記憶のはずがない。
「とにかく! あの遺跡の欠片は俺さまたちが奪う! そして“幻の大地”へいくのは……俺さまたち、『ドクローズ』だ!! クククッ」
「ケッ!」
「へへっ!」
そんな『ドクローズ』のたくらみには、誰も気付かない――
そして夜、もうギルドの弟子達がぐっすりと眠っている間――
「ラウル! 久しぶり!」
「ご無沙汰してます、ロードさん。本当に久しぶりですね。ディラさんもお元気ですか?」
「うん! 元気、元気♪」
ロードがあるポケモンと会っていた。会話からしてとても親しげであった。
そのポケモン、ロードと話しているポケモンは思い出すように目を伏せ、そして微笑んだ。
「あと……あのとき約束していただいたこと……本当に感謝しています」
「全然♪ 大したことないよ♪ それより……その約束のことなんだけど……それがそうもいってられない事態になったんだ」
ロードは先ほどの声音から一変、真剣な声で話す。
「だから話してもらえないかな? あのときの……不思議な模様について」