86話 抱える秘密は
パチリ、そんな効果音が似合うようにスウィートは閉じていた目を開いた。
少し一点を見つめてから、何回か瞬きをして頭を振る。そしてようやく覚醒した頭で物事を考え出した。
(そっか……。あのままギルド帰ってきてから寝ちゃったんだっけ……)
あの後、フィーネを何とか落ち着かせ、傷を癒してからあの場にいた全員はギルドに向かった。
レンスはサファイアの方に戻り、他の兄弟から色々と言われていた。とくにシクルに。シクルはとにかくパニックになっていた。
そのままギルドに帰る道を歩きながら、スウィートはサファイアの説明をした。フィーネに、シャオに、凛音に、メフィに。
話が終わった後にスウィートはフィーネに「ごめんなさい」と謝った。しかしフィーネは「あの子たちが選んだ道だもの。謝らなくていいわ」と笑った。それは作り物でもない、本当の笑顔だった。
それだけでも大変だったというのに、ギルドに帰ったらもっと大変なことが待っていた。
フィーネとシャオの説明。そして温泉での報告。
温泉での報告をし、そしてフィーネとシャオの説明をしようとしてたスウィート達だったが、弟子達は煩かった。
そして『シリウス』が「どうしようか」と悩んでいると、恐ろしいことがおきた。
パシンッ、と何かが地面を叩きつけるような音がし、全員が黙ったのだ。
その音の発信源は、なんと凛音だった。蔓のムチで地面を叩いた音だったのだ。
そして年上、先輩でもある弟子達にむかって冷ややかな目で「煩いですよ。黙って話を聞けないんですか?」と言ってのけた。弟子達は冷や汗ダラダラだった。
すると凛音は黙っている弟子達を放っておいてメフィに「フィーネさんとシャオさんを私たちの部屋までご案内してください。メフィは治療をするように」と指示を出した。
それにメフィは元気よく答え、2匹を連れて行った。
そして今度は『シリウス』の方を向いて「先輩方はお疲れでしょうから、もうお休みになってください。説明は全て私が引き受けますので」と言った。
戦闘でとても疲労していた『シリウス』にとってはそれはとても有難いことであり、各々は凛音にお礼を言って自室へと向かった。そのときに「えぇぇぇぇえぇ!?」という驚きの声のあとにまたパシンッと音がなったのは聞かなかったことにして。
自室についた『シリウス』はそのまま自分のベットへダイブ。そしてそのまま寝てしまったのだ。
そして朝までぐっすり眠り――スウィートが起きたという訳だ。
「…………。」
不意に、スウィートの脳裏に昨日のフィーネの言葉が蘇った。
〈タイムパラドックス……って知っているかしら?〉
〈貴女たちがもしもこの未来をかえる――つまり、星の停止≠むかえない未来にしてしまう。すると、私たちが生まれた星の停止≠ェおこった未来はなくなることになるわ。
すると、もう分かるでしょう? その星の停止≠ェおこった未来が消えてしまうのだから、私たちも消えてしまう〉
〈それがタイムパラドックス。未来をかえるための、代償よ〉
(未来を変えたら……私も、フィーネさんも、シャオさんも、シルドも、レヴィちゃんも、消える……)
そんなこと考えもしなかった。その後のことなど、考えもしなかった。
そう思いながらスウィートは未だ寝ている仲間を見る。昨日でよほど疲れたのか起きる気配は全くない。
(皆といられる時間も、ほんの少し……)
もしも未来を変えられなくてもきっと一緒にはいられない。けれど、未来を変えてもいられない。
結局、一緒にいるなんて選択肢はないのだ。
(そっか……。一緒には、いられ、ないんだ……)
けれど自分は言ったのだ。それでも未来を変えると。
その自分がここで揺らぐわけにはいかない。そして今 決意している3匹の心を揺らすわけにもいかない。
だから、そのためには
(誰にも、言わない。これは、絶対に)
最後に皆に責められてもいい。何を言われてもいい。ただ今は、真っ直ぐ迷いなく、目的にむかって進んでいってほしい。
そしたらきっと、3匹にとって幸せな未来が訪れるはずだから……。
そんなことを考えながら、スウィートはそっと目を伏せ、自室を出て行った。
そして少しだけ進み、あるドアの前で止まる。スウィートはすぅ、と息を吸ってから意を決して声をだした。
「あの、スウィート、です。えっと……起きていますか……?」
凛音とメフィの部屋。だが今ここに部屋の主はいない。いるのは――
「起きているわ。どうぞ」
「……失礼します」
ドアを開けると昨日 激闘をひろげたフィーネとシャオがいた。ちなみに部屋の主たちは食堂で寝ているらしい。
「おはよう」
「おはよう、スウィートちゃん」
「おはよう、ございます……」
昨日 戦った相手とこうやって話すという事に酷く違和感を覚える。しかし普通に部屋に入った。確かに気まずいものがあったが。
包帯やら何やら巻いたフィーネとシャオをみて目を泳がせたスウィートだったが、すぐに2匹に目を向けた。
「えっと……とりあえず、本題からいっても?」
「えぇ。構わないわ」
スウィートはすぅ、と息をすってから意を決したように2匹と向き合う。そして2匹にむかって深々と頭を下げた。
「お願いします……。消えてしまうこと、タイムパラドックスについては誰にも話さないで下さい……!」
「…………。」
言われてしまっては自分の決心の意味がなくなる。
フィーネとシャオは黙っていたが、ずっと顔をあげないスウィートを見てやがてシャオが口を重々しく開いた。
「君は……彼らになにも言わないつもりか……?」
「…………はい」
少しだけ顔をあげ、スウィートはポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。
「……皆、皆は優しいから、聞いてしまったら、きっと…………きっと、未来を変えることを躊躇ってしまう……。それじゃ、駄目なんです」
「…………。」
「まだ、明るい未来をもてる。私には無理でも、皆にはもってほしい。それを、私が邪魔するわけにはいかないんです。だからっ……」
またしても、スウィートが頭を深く下げた。声は、震えていた。
「お願いします……!」
我儘だ、そんなこと分かっている。自分勝手だ、そんなことも分かっている。
けれど、譲れないのだ。他の、自分の仲間の未来を思うと、これだけは絶対に譲れないことなのだ。
すると数秒後、フィーネが言葉を発した。
「……顔をあげなさい、スウィートちゃん。別に、私もシャオも元から誰かに言おうなんて考えてないわ」
「え……」
そうしてようやくスウィートが顔をあげる。フィーネもシャオも困ったように笑っていた。
「言ったわよね? 私はスウィートちゃんに気持ち変わりしてほしい、って。でも今はそうじゃないわ。レンスとシクルの無事が分かった以上、別に貴女に敵意を向けようなんてないし……」
「ゼクトはここにはいない。おそらく先回りしているはずだ。だからもうゼクトにあれこれ言われないしね」
「先、回り……」
「えぇ。何処かで絶対にゼクトと戦うことになると思うわ。何処にいるかは聞いていないけれど……でもゼクトの性格を考えると先回りは絶対だと思うわ」
……何があっても、ゼクトとは戦うことになる。その時、シアオは大丈夫だろうか? そんなことを考えたスウィートだったが、未来にいたとき、こっちに戻ってくる際のシアオを思い出して大丈夫だろう、と考えた。
スウィートはもう一度2匹に頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
(とてもとても大切な貴方たちに、このことを秘密にすることを、どうか許して)