輝く星に ―時の誘い―












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第7章 それぞれの想い
84話 守りたかっただけ
 ――姉さん。

 そう呼んでくれていた私の弟。そしてその弟の後をチョコチョコとついてた私の妹。
 とてもとても大事な、とっても大事な、私の弟と妹(きょうだい)
 物づいた頃から、私がこの子達を守らなくちゃいけないんだ。そう思っていた。

 両親はゼクトに殺されてしまい、私は2匹をつれて必死に逃げた。ゼクトは私たちが両親から何か聞いているのを恐れたのか、私たちを追っていた。
 食べ物と水の調達は全て私がして、与えられるものは全部守るべき者にあげていた。
 危険が迫ったら自分の身を犠牲にして。何か危険な場所があったら真っ先に自分で調べて2匹が通れるようにして。

 それほど、私にとっては弟と妹が大切だった。自分の生き甲斐、そういっても可笑しくないくらい、大切だった。

 弟の方はまだ幼いとはいえ、物事を理解できるくらいに発達していた。
 だからよく「大丈夫?」とか「無理してない?」と聞かれた。私は決まって「大丈夫よ」と笑みを浮かべていた。
 妹の方はもっと幼くて、弟のように物事が理解できていなかった。自分がどうしてこんなに動き回っているのかも、それの理由さえ分かってなかった。ただ私と弟に付いてきていただけだった。

 そんな2匹を見て、私はいつも心配になることがあった。

 ――――私はこの子たちに、普通の幸せというものをあげられるのだろうか。

 この暗い、時の止まってしまった世界で幸せというのは少ない。けど多少はある。ほんの少しの幸せなら。
 だけど、そのほんの少しすら2匹に与えられているのか、と心配になった。
 逃げて、食べて、また逃げて、寝て、そして起きたら食べて、そしてまた逃げる。
 毎日そんな日々なのに、幸せなんてあるんだろうか。

 私はいい。私は2匹がいてくれるだけで幸せだったから。それに、私は小さい頃に両親の温もりにたくさん触れられたから。
 けれど2匹は違う。幼い頃からこんな生活を送り、両親は他界してしまったのでちょっとしか親の温もりに触れられていない。妹はとくに。

 だが、その逃げ回る日々は唐突に終わりを告げた。

 ゼクトに捕まったのだ。いや、ゼクトとゼクトの手下に囲まれた、といったほうが正しいだろう。
 そんな中でゼクトは私に提案してきた。

「人手が足りないから、もしも貴様がこちらに協力するならその2匹は逃がしてやる」

 そう言われて、私は迷いなく頷いた。ただ2匹に生きてほしかった。自分自身なんてどうでもよかった。
 弟と妹に最低限の注意事項をいい、別れを告げた。

 そのときに妹はきょとんとしていて、何が何だか分かっていないようだった。一方で弟の方は悲しそうに、辛そうに顔を歪めていた。その顔はよく覚えていて、思い出すたびに涙が溢れた。
 弟に「行きなさい!」と怒鳴ったように声をあげると、戸惑ったようだがすぐに妹を連れてその場から離れた。

 そして私は闇のディアルガ≠フ刺客……悪く言えばゼクトの駒となった。

 ゼクトとは「弟と妹に手を出さない」という条件をつけた。ゼクトもそれにすぐに承諾した。だが脅すように「貴様が裏切ったら、その2匹を即座に割り出し殺す」という条件をつけられた。
 頷くことしかできなかった私は、ただ2匹が無事なことを祈って、刺客としての任務を完遂させていた。

 もともと両親がやろうとしていたことをしている者を倒すのは本当に辛かった。両親の気持ちを踏みにじるかのような、裏切りの行為にも感じた。
 けれど2匹のために、そう言い聞かせて、私は未来をかえようとする者たちを即座に排除していった。

 だんだん、自分が何がしたいのか、どうしたいのか。自分という存在は何なのか。疑問に感じるようになっていった。

 そんな中、一点の光が見えた。
 私が任務で失敗し、死にかけたとき……助けてくれたのがシャオだった。

「大丈夫? 凄い怪我をしていたけど……」

 そう言ったシャオの顔はとても心配そうに私を見ていて。そんな顔を自分に向けられるのはとても久しぶりだった。
 それが嬉しかったのか、安心したのか、私の目からは涙がこぼれた。

「え、どこか痛むとか? そ、それとも何かあったか?」

 自然に、本当に自分でもどうしたいのか分からず、ただ自分の心境を打ち明けていた。弟や妹、刺客のこと、そして自分のこと。気づいたら全て話していた。
 その時のシャオは口調がとても丁寧で穏やか、とまではいっていなかった。一人称だって「僕」じゃなくて「俺」だった。

「俺にはよく分からないけど……そんなに辛いなら、刺客をやめればいいんじゃないか? それで弟さんと妹さんと合流する、とか」

「そういう、わけに、いかないの。だって、またあの子たちを、危険に晒すようなこと、私がするわけにはいかないもの……」

 そう言うとシャオは困ったような顔をした。
 そんな様子の彼を見て、私はすぐに「何を言っているんだ」と思った。困らせるだけなんて分かっているのに。
 するとシャオは、私が驚くようなことを言ってのけた。

「そのゼクトっていうポケモンの所に連れてってくれるか?」

 どうして、と何故か私は聞かず、そのまま頷いてゼクトのところまで連れて行った。
 するとシャオは「自分も協力がしたい」と言い出した。私は目を瞠ってシャオを見て、ゼクトは何か考えているようだった。そしてちょっとしてからゼクトは承諾した。

 どうしてか、なんて分かった。私の事情を聞いたからだ。私を気遣ってくれたんだ。すぐ分かった。
 だから私は「そんな必要はない」といった。けれどシャオは首を横に振るだけだった。後から聞けば「放っておいたら死にそうな顔をしていた」といわれた。

 シャオが加わってから、私にも忘れかけていた感情というものが現れ始めた。
 だからといって誰かを消すのに躊躇うわけではない。ただシャオとの他愛のない会話がよくしたり、ちょっとした自分の行動に笑うようになっただけ。
 そんな私をシャオはずっと支えていくれていた。

 それでもそれが駄目なんだってことは私だって分かっていた。
 彼を自分の事情で巻き込んで、そしてこんな世界へと引きずり込んでしまった。それは彼にとって幸せではない。どうにかしなきゃ、と。
 けれどシャオがどこかに行ってしまった瞬間、私はまた自分自身がもっと分からなくなることを恐れた。だから何ともいえなかった。

 そしてちょっとしてから、私とシャオは恋仲となった。それは幸せだった。

 また暫くしてからゼクトから聞かされた言葉。「指名手配犯が過去へといった。今からディアルガ様のお力を借りて過去へ行く」と言われた。
 私とシャオは驚いたものの、反論する理由もないので付いていった。

 過去へいって、私は時が止まっていない世界を見て、とても衝撃的だった。
 太陽が辺りを照らして、そして心地よい風が吹いてくる。草が風邪に揺れて動き、川では水がキラキラと光りながら流れていく。
 私が生きていた世界と全く違うものだった。

 ゼクトはそんな衝撃をうけている私を知らん、といったように行動の説明をした。
 私とシャオは情報収集を地道に、あまり目立たないように。ゼクトは自分の噂が広まってもいいから、情報を集めながらこの時間のポケモンに信用をもたれるような評価を得ることだった。

 ゼクトがいないことをいいことに、私とシャオは色違いの腕輪を買って、そして模様をつけた。
 それはゼクトに対してのほんの少しの抵抗だった。

 それから地道に指名手配犯の1匹と1人――ジュプトルのシルド・ラウトーゼ。そして人間のスウィート・レクリダ。
 なかなか見つからず、私たちの捜査は難航していた。
 早くしなければ未来を変えられてしまう。私たちは消えてしまう。いや、私は弟と妹の未来を守りたかった。そしてシャオの未来を。消えてしまったら何も残らないから。
 だがシャオと一緒に、あまり刺客などの役目を気にせずいられたのは純粋に嬉しかった。

 そしてスウィートちゃんと会ったとき……名前が探している人物と同じなことには驚いたが、そんなわけはないとすぐに考えを否定した。何故なら私が探しているのは人間のスウィート・レクリダなのだから。
 だからスウィートちゃんとは仲良くした。まるで妹のようで、2匹を連想させたから。それはシアオ君も、フォルテちゃんも、アル君も同じだった。

 けれどゼクトがこちらに、トレジャータウンに来ていると聞いたとき、私は顔を思いきり顰めたに違いない。
 何であんなに信頼を寄せられているんだ、と思うくらいの信頼のされっぷりだったから。シャオとの時間を邪魔されると思ったから。ゼクトは私にとっての敵だったから。
 しかしゼクトに聞いた話――スウィートちゃんが私の探していた人間の「スウィート・レクリダ」だということには驚いた。
 シルド・ラウトーゼの居場所はわかっていたが、彼女は知らなかった。けれど彼女は……ずっと私の近くにいたのだ。記憶をなくして、ポケモンになった姿で。
 どうりで見つからなかったはずだ、という少しの呆れ。そしてスウィートちゃんを倒さなければならない、という戸惑い。
 けれど私は弟と妹のことを考えると、そちらの未来を優先した。

 後はゼクトの命令どおりに動いた。
 フォルテちゃんとアル君を時空ホール≠ノいれ、未来に連れて行った。後は私たちは元通りの生活に戻るだけ――……。
 けれど彼女たちは見事にゼクトから逃げたのだ。

 そしてまたゼクトからの命令。また過去にいく、と。
 私とシャオは2匹でスウィートちゃん達を倒せという命令をうけた。そしてゼクトから渡された、ポケモンを狂わせる薬をまた使った。
 私とシャオは最後までその薬を使うことを渋ったが、4匹を相手するというのはキツかったのだ。それにゼクトから「使え」という命令があった。

 そして、私たちは彼女たちを狙った。消そうとした。
 きっと、負けた。分からないが、私は負けたんだ。

 ここまで振り返って、私は何がいけなかったんだろう?

 私はただ、愛する弟と妹、そして恋人の未来を守りたかっただけだった。
 何が、どこで、どういったところがいけなかったんだろう?

 誰か、私に答えを――――答えを、ちょうだい。

■筆者メッセージ
何か分かっても口を閉じておこう。そう、そこは気付かぬふりをしてください。
アクア ( 2013/03/21(木) 19:50 )