82話 形勢逆転
正気じゃない目をしたカイリュー。そんなカイリューの尻尾で締め付けられて身動きのできないフォルテ。
そんな2匹を見ながらも、攻撃態勢に入っているアル。
しかし、アルもカイリューも動かなかった。
アルは攻撃態勢をとっているものの、動かない。カイリューも真似をするかのように動かないのだ。
そんな様子のカイリューに、アルは顔を顰めた。
(動くと思ってたんだが……まさか、フォルテが倒れるのを待っている?)
だとしたら相当タチが悪い。アルはそう思った。
アルが攻撃しない理由は1つだ。フォルテを盾にされ、フォルテを攻撃してしまう可能性があるから。
アイアンテールをしようとしても、フォルテを前にだされ止めさせられる。そしてそのままカイリューは攻撃してくるので、アルはダメージを喰らうことしかできない。
だからといって放電や10万ボルトなどの遠距離の攻撃をするとカイリューにダメージを食らわせられるが、フォルテにも被害が及ぶ。
だからアルは攻撃できないのだ。
しかし、だからといって攻撃しないアルではない。
アルは小さくチッと舌打ちしてから、ようやく動いた。カイリューも攻撃を迎え撃つ気なのか、体を少し揺らした。
だが、カイリューにとっては予想外だった行動をアルはとった。
「ガァ……?」
アルは真っ向から攻撃するのでもなく、遠距離から攻撃するのでもなかった。
大量の影分身でカイリューを囲み、それらをでんこうせっかで素早く動かしていた。そして時折その中の影分身がカイリューに襲い掛かってくる。
「グオォォッ!!」
勿論それをカイリューはフォルテを盾がわりにする。だが相手は影分身。フォルテはダメージを喰らわない。
それが分かっていないのか、だんだん繰り返すうちに、カイリューに変化が現れた。周りをキョロキョロと見回している。おそらく混乱しているのだろう。
するとカイリューはその場を打破しようと、攻撃にうつった。
「グォォオォォォッ!!」
お構いなしに、影分身にむかって火炎放射をして掃滅させようとしたのだ。それがアルの計画通りとも知らずに。
アルは少し笑みを浮かべ、そのまま火炎放射を喰らいながらもでんこうせっかでカイリューへと接近した。そして
「アイアンテール!!」
渾身の力で、カイリューの後頭部にむかってアイアンテールを打った。
影分身に気を取られていたカイリューはそれに気付かず、そのままアイアンテールは後頭部に直撃。
その瞬間、尻尾の力が緩んだのをフォルテは見逃さなかった。
「いい加減に……放し、なさい!!」
そのまま火炎放射を至近距離から尻尾に食らわし、完全に緩んだところでフォルテは抜け出す。
地面に着地し、フォルテはアルを見る。するとアルもフォルテの方を見ていたようで、2匹とも軽く頷いて、カイリューの方を見た。
「よくもやってくれたわね! シャドーボール!!」
「10万ボルトッ!!」
「ガッ――グオォォォオォォォォォッ!!」
フォルテとアルに全く気付いていなかったカイリューに、2匹の攻撃が直撃した。
そのまま悲鳴じみた声をあげ、カイリューはゆっくりと倒れた。それに、2匹とも安堵の息を漏らす。
するとフォルテはでんこうせっかでアルの方へと向かった。
アルはそんなフォルテに苦笑という形で迎えた。
「ちょっとアル、大丈夫?」
「……お前、そんな元気なら放っておいても大丈夫だったかもな」
「失礼ね。あれに耐えられるのはシアオだけよ」
お前耐えたけどな、という言葉を言おうとしたアルだが、それは紡がれなかった。
何故なら、フォルテとアルを大きな影が覆ったから。それを見ずとも、フォルテとアルには何か分かった。
「グォ……ガァァァアァァァァァァァアァァァァッ!!!」
「う、そ……」
「やべっ……!」
まだ、倒れてなどいなかったのだ。
フォルテとアルがその姿を確認したときには、カイリューは2匹にむかってドラゴンクローをしようとしていたところだった。
だが避けれないと確信した2匹は反射的に目を瞑った。しかし次の瞬間
「エナジーボール!」
「炎の渦ッ!!」
「ガァァッァアァァッ!!」
「え……?」
「何、だ……?」
聞こえたカイリューの声と、いつまでたってもこない痛みに、2匹は目をあけた。見ると、カイリューはゆっくりと後ろに倒れていき、そのまま地面に倒れた。
さきほど聞こえた2つの声の主を探せば、見慣れた姿があった。
「油断禁物、ですよ。先輩方」
凛音がそう言うと、フォルテはニッと笑い、アルは苦笑を浮かべた。
メフィは2匹を治療しようと、2匹の名を呼びながら2匹に駆け寄った。凛音もそれに気付く。
その数秒後、違う方向から凄まじい光と轟音が、その場を包んだ。
「やっぱり、気を抜くものではないね」
そういってシャオが口の両端を吊り上げた後――すぐに冷めたような目になった。それにシアオは思わず身震いする。
だがシャオは気にしなかった。
「シャドーボール」
またしても同じ手――小さなシャドーボールの攻撃にでてきた。
シアオはそれを怪訝に思うものの、少しだけ笑う。
「同じ手には僕だって引っかからないよ! ――特大はどうだん!」
少し小さなシャドーボールをひきつけてから、シアオはまたしてもあの巨大なはどうだんを撃つ。
小さなシャドーボールはそれによって全て掃滅させられ、跡形もなくなくなる。だが、それがシャオの予想通りだったとは、シアオは気付かなかった。
「同じ手? 何を言っているのかな、シアオ君。アイアンテール!」
「え――ぐぅっ!!」
シャオが真後ろに移動していたことに気付かなかったシアオはまともにアイアンテールを喰らい、吹っ飛ぶ。
だがそれで攻撃をやめるシャオではなかった。
「悪の波動」
「っ――はっけい!」
自分に当たらないよう、悪の波動をはっけではじく。シアオは起き上がり、シャオを見た。
まさかシャドーボールを操りながら動けると思っていなかったのだ。
しかしそんなシアオの思考を読んだように、シャオは微笑を浮かべながらシアオに話す。
「シアオ君、君は勘違いしていないか? 僕がいつ――さっきやったシャドーボールを操ったと言った?」
「なっ……!」
「同じ手なのは君じゃないかな。あの巨大なはどうだんは大体わかったよ」
シャオは淡々と話す。シアオは驚愕してばかりだった。
「あれを撃つには時間が多少だがかかるんじゃないのい? ひきつけているように見えるが、それは違うよね。ただパワーを溜めるのに時間がかかって、動けないだけだ。
単に僕はそれを利用しただけ。驚くようなことじゃないけどね」
つまり、シャオはシャドーボールをもともと操る気などなかったのだ。だからシャドーボールを放った後にすぐに動けた。
シャドーボールを撃ち、それらを消すために巨大なはどうだんをシアオに撃たせる。そしてシアオが動けない間に後ろにまわり、アイアンテールをしたのだ。
シアオは苦虫を潰したような顔をする。
「……観察力、すごいね」
「それはどうも」
そう言ったシアオは呑気に見えるが、内心は焦っていた。
どうすべきか、どう行動に移すべきか。しかし頼ろうとしていた巨大なはどうだんはもう使えないだろう。弱点を見つけられてしまったのだから。
するとシャオはニコリとシアオに向かって微笑んだ。
「もう、終わりにしていいかい?」
「っ……!」
余裕。シャオはまだまだ余裕なのだ。
するとそれが合図のように、シアオを驚愕させるようなものが目の前にでてきた。
「――――。」
「まぁ、気付かなかっただろうね」
絶句。それ以外なかった。
地面から、シャドーボールが、何十個ものシャドーボールがでてきた。それも、小さいのではなく、かなり大きいものが。それは四方八方からシアオを囲んでいた。
いつの間に、そう思うシアオの疑問に、律儀にもシャオが答えた。
「君が甘かった点もこれだね。僕らはここで待ち伏せしていたんだよ? 普通、罠があると考えるのが妥当じゃないかな」
「じゃあ、これは……」
「勿論、君が来る前から用意されていたものだよ。本当は使う気がなかったんだけど、君の実力を賞して」
使おうじゃないか、そう言ったシャオの声は冷たい。そう、この場所は元からシャオに用意されていた
戦闘場だったのだ。
予想していなかった事態にシアオは焦る。だがでんこうせっかで逃げようにも、特大はどうだんで消そうとも、全て避けきるのは不可能だと予測した。
すると死刑宣告のように、シャオは静かに言った。
「いけ」
たった一言。それだけで複数のシャドーボールがシアオに迫ってくる。
咄嗟に特大はどうだんを作って放ったが、それは少しの凌ぎにしかならない。
「っ――!!」
ドォォンッと凄まじい轟音が辺りに響く。
シャオの顔にはもう笑顔の一欠けらもなく、今は土煙で見えない、シアオがいた場所を見つめていた。
そして土煙がはれると――ボロボロになりながら何とか起き上がろうとしているシアオ。
「くっ……うぅっ……!」
体に力が入らないのか、起き上がろうとしてもすぐに倒れてしまう。
動け、動いてくれ。そうシアオは体に訴える。だが体はその思いとは反対に、全く動かない。
(お願いだからっ……こんなとこで、こんなところで負ける訳にはいかないんだ……!!)
するとゆっくりと近づいていたシャオが、シアオの目の前で止まった。手には悪の波動で纏った銀の針。
そして死刑宣告のように、静かにシャオは告げた。
「じゃあね、シアオ君」
その瞬間、シアオが一瞬で、行動にうつった。
「――――きしかいせい!!」
「なっ……!? ぐあっ!!」
シャオは予期せず攻撃に思いきりとばされ、シアオも体の力が抜けたように倒れる。
シアオが目だけシャオの方に映すと、シャオはぐったりと岩にもたれかかって倒れていた。
きしかいせいは自分が弱っているほど、相手に大きなダメージを与える技だ。シアオはとても弱っていたので、シャオにはとても効いただろう。
何故つかえたのか、それはシアオにも分からない。不意に頭に浮かんだだけだった。
使えるか分からない、使ったこともない。そんな技を咄嗟に使った結果だった。シャオもそんなことは予測できず、不意打ちの攻撃をまともに喰らったのだ。
シアオは少しだけ笑みを浮かべて
「死にかけたら、嫌でも、力は……発揮するもん、だね……」
自分でも誰にか分からない言葉を呟いた。
その数十秒後、シアオの耳にも、シャオの耳にも、凄まじい轟音が届いたのだった。