72話 近づいていく未来
「っ……ふっ……」
サファイアから意識が戻っても、スウィートの目から流れる涙は止まらなかった。
もう日が昇って海をキラキラと照らしている。だが大好きな朝日は涙が邪魔で見えない。
悲しい、辛い。そんな思いがスウィートの胸に突き刺さる。それ以外に、疑問も胸にあった。
どうして自分なんか助けたのか。何で自身の身を優先してくれなかったのか。
数秒してから、スウィートは涙を拭った。そして目の前の朝日を見る。
(違う。泣いてる場合じゃないんだ。私はそうしてでも繋げてくれた7匹のためにかえなきゃいけないんだ。未来を、かえなくちゃいけない)
気持ちを入れ替えなければ。しっかりしなければ。
スウィートは自分に言い聞かせる。そうしなければ、いろいろな思いがすぐにでもあふれ出てしまいそうだった。
それでも胸には何かが突き刺さっていて、また涙が溢れ出てきそうになる。
(駄目。今は泣いてる場合じゃない)
しっかりと前を見据える。
あの朝日が未来でも見れるようにしなければならないのだ。なのに今、こうやって挫けている場合じゃない。
泣くのは後だ。全てが終わってからでも遅くない。
気持ちを入れかえ、少しだけ滲んでいた涙を拭い、スウィートは海岸を後にした。
――――サメハダ岩――――
「あれ、皆もう起きてる……?」
スウィートが戻ると、4匹とも座って何やら話していた。
いつもならシアオとフォルテは夢の中の時間帯だ。シルドは知らないが。なのに2匹も起きている。
スウィートに気付くとそれぞれ「おはよう」と挨拶された。一応スウィートも返したが。
「えっと……何話してたの?」
「今日のことについてだ。とりあえずアルナイル以外は全員“キザキの森”に向かう」
「“キザキの森”……?」
シルドの言葉にスウィートは首を傾げる。そして直ぐに「あぁ」と納得した。
“キザキの森”とは確かシルドが1番最初に時の歯車≠盗んだ場所だ。今日はおそらくそこの時の歯車≠取りに行くのだろう。
「でもどうして“キザキの森”に?」
「いやー、ちょっと遠いけどさ、あんまり強い敵はいないんだって! それに湖に行ったらヒュユン達がいるでしょ? 戦うのは嫌だし、説得するのは難しいし……」
「だから“キザキの森”ってわけ」
「何かフォルテに取られたんだけど!?」
またギャアギャアと揉めだす2匹は無視して、スウィートはまたしても納得した。
確かにあの3神を説得するのは難しいだろう。いや、3神以外、この時間のポケモン全ては。
この時間のポケモンはゼクトのことを信用している。ゼクトの説明も。嘘の真実を信じきっているのだ。ゼクトは探検家として多くのポケモンに慕われもしていた。
説得は難しいに違いない。全員がゼクトのことを信じている。
「そっか。皆しらないもんね……」
ポツリとスウィートは寂しげに呟いた。
考えると逆にシルドの方が悪者扱いされているのだ。この時間だと。
今は仲間、更に
相棒が悪者扱いされているのにいい気はしない。まぁ、仕方ないといったら仕方ないのだが。
「俺はとりあえず情報収集にいってくるけど……。スウィート、シルド。とりあえずコイツらから目を離さないでくれ」
「う、うん……」
「……あぁ」
「「どういう意味、アル!?」」
「そのままだ」
その後もシアオとフォルテはなにやら騒がしかったが、スウィートの「い、行こうか……?」という言葉で全員が動き出した。
「ったく……。とりあえず喧嘩すんなよ。したら分かってるよな?」
「いやいや、僕はしないよ!?」
「何いってんの!? アンタが元凶でしょうが!」
「早く行こうよ……」
そのときにシルドが微かに笑っていたのには、誰も気付いていない。
――――キザキの森――――
「な、何か不気味だ……」
「ちょっと暗いだけだよ、シアオ」
「ゴーストタイプはでてこないわよね……?」
“キザキの森”にきて最初の一声がコレ。ちょっと抜けている気もする。
シルドは黙ってじっと“キザキの森”を見ていた。
「シルド? どうかしたの?」
「前に来たときと雰囲気が違う気がする……」
「え?」
「……いや、なんでもない」
シルドの呟きがよく聞こえなかったので聞き直したのだが、シルドは言わなかった。
そして“キザキの森”の入口へと進んでいった。
「ちょ!? ま、待って!」
「え!? 早い、早い!」
「置いてく気!?」
慌てて着いてくる3匹にシルドが面倒くさい……といったような顔をしたのは誰も知らない。
“キザキの森”は名前の通り森だが、あまり草タイプはいない。しかし代わりに炎タイプもいるのだ。シルドは思いきり不利だ。
さらにキュウコンやヘルガーといった貰い火が特性のポケモンがいるので、フォルテは迂闊に炎技がだせない。
「あぁぁぁあぁ!! 火炎放射がうちたいぃぃぃいぃぃ!」
「ちょ、やめてよ!? 今ヘルガー相手にしてんだからやんないでよ!?」
フォルテは得意技としている火炎放射がうてずにイライラしている。だが今の敵はヘルガー。特性は貰い火。うたれたら困る。
シアオが止めはしているが、あまり効果は期待できない。というか下手したら逆効果である。
「しんくうぎり!」
スウィートは見事にスルーし(本人に悪気はない)攻撃をする。ヘルガーに当たったが、すぐに炎の牙でスウィートの方に向かってくる。
するとヘルガーの後ろで地面が盛り上がり
「穴を掘る」
シルドが地面からでてきて止めを刺した。
随分と前から準備はしていて、ただタイミングを待っていたのだ。シアオとフォルテは気付いていなかったが。
「え、シルドいつの間に」
「それくらい見てろ……」
「アハハ……」
「あ、火炎放射!!」
「フォルテ!?」
フォルテがいきなり何をやったかというと、ビークインに火炎放射をうったのである。更に出てきた瞬間に。
どれだえ火炎放射をうちたかったんだ、とシルドからは呆れた目線を頂戴している。スウィートは苦笑しかできてないが。
「いきなりやる、普通!?」
「何ならアンタにうってあげましょうか!?」
「どうしてそうなるの!?」
確かにさっきのはシアオが正論である。様子を見る限りいつも以上に機嫌が悪いらしい。
「と、とりあえず2匹とも――」
「このダンジョン二度とこない! 腹立つ!」
「いや、そうじゃないでしょ!?」
「…………。」
「……お前らよくこんなんで探検隊を続けられるな」
スウィートはシルドから同情の目をもらってしまった。悲しいだけである。
暫くしてダンジョンを抜け――
「えっ……?」
「な、何で!?」
「何これ……」
「なっ……」
全員が言葉を失った。
4匹の目の前は――時の止まってしまっているキザキの森≠フ風景が広がっていた。
色は黒。自然の風は吹いていない。木の葉は動かず、宙に舞っている木の葉は落ちずにそのまま……。そんな風景が。
未来で見たものと全く同じ風景だったのだ。
「ど、どうして……?」
戸惑いを隠せず、スウィートは困惑したような音色で言う。困惑しているのは皆同じだろう。
シアオは時が止まっている森を見ながら言葉を発した。
「で、でも確かにあの時……僕らが未来に連れて行かれたとき、ヒュユン達は時の歯車≠戻すって……そう言ってたよね? 何で……」
「……とりあえず奥の進むぞ。時の歯車≠フ場所はこっちだ。もしも俺の予想が確かであれば…………」
シルドはそういいながら進んでいく。
戸惑いながらも3匹はその後をついていく。どうなっているのかわけが分からなかった。
そして暫く進むと――またしても驚くべき光景が目に入った。
「あれって……時の歯車=c…?」
「そのようだな……」
スウィートがポツリと呟くと、シルドがその言葉に頷いた。
4匹の前には確かに時の歯車≠ェあった。しかし、やはり時は止まったままだ。
「おかしくない? 時の歯車≠ヘ戻ってるんでしょ? なのにこの森の時間は完全に止まってるし……偽者って、ことはないわよね?」
「いや……。時の歯車≠フ周りにある光が証拠だ。これは時の歯車≠ナ間違いない」
「ならどうして……」
疑問はとけない。
本物の時の歯車≠ヘ戻っているというのに時間は止まったまま。時の歯車≠ヘ時間を動かす要因なのに、その役目を果たしていない。
「…………チッ」
「え!?」
「ちょ、ちょ!?」
「何やってんの!?」
シルドは忌々しげに舌打ちしてから時の歯車≠とった。そしてバックにしまう。
それに3匹は驚きの声をあげた。それも当たり前だろう。だがシルドはしれっと返した。
「もう時間は止まってしまっている。時の歯車≠取ったって何もかわらない。とりあえず今は引き上げるぞ」
「で、でも……」
スウィートはどもる。気になって仕方ないのだ。
「……アルナイルが何か掴んでる可能性もある。そしたら疑問もとけるはずだ。とにかく今は引き上げる」
「……うん」
シルドの言葉にスウィートは少し考えてから頷いた。
シアオもフォルテも気になっているようだが、とりあえず従うようだ。
4匹は時の止まってしまった“キザキの森”を後にした。
――――サメハダ岩――――
「やっぱりか……」
「アル、どういう意味?」
サメハダ岩には既にアルがおり、4匹はアルに“キザキの森”であったことを話した。
そしてアルがそう言ったのだ。スウィートは不思議に思って聞く。
「時の歯車≠ヘ確かに全てヒュユン達が戻したらしい。だが……戻しても時が動かないんだ。それどころか時が止まるところがどんどん多くなっているらしい」
「……マズイな」
「何か知ってんの?」
呟いたシルドにフォルテが問う。シルドは考え込むような顔をして「あぁ」と返した。そして話し出す。
「おそらく……“時限の塔”が壊れ始めたんだ」
「“時限の塔”が!?」
シルドの言葉にシアオが大きく反応した。他の3匹も目を見開いている。
「このままいけば星の停止≠ヘ免れない。急がなくちゃまずいな……」
忌々しげにシルドが言う。スウィート達も難しい顔をしていた。
するとシルドがまた喋りだした。
「……よし、ここからは分担してやる。俺は時の歯車≠集める。お前ら4匹は“幻の大地”を探してくれ」
「「「「幻の大地?」」」」
『シリウス』が同時に首を傾げたのにシアオは苦笑してから、そのまま続きを言う。
「“幻の大地”には“時限の塔”がある。前も言ったが星の停止≠とめるには“時限の塔”に時の歯車≠集める必要がある」
「そっか。知らなかったら時の歯車≠集めても意味ないもんね」
スウィートが納得したように呟くと、シルドが軽く頷く。そして「だが」とシルドは言葉を続けた。
「“幻の大地”というのは名の通り幻の地。どこにあるのかが全く分からない。残念ながら俺も情報を1つも持ってない。悪いな」
「いや、仕方ないでしょ。にしても“幻の大地”かぁ……。うーん……」
「空とか海とかにあったりすんのかしら?」
「まぁ、幻だしありえないことはないと思うが……どうやって行くつもりだよ」
「飛行タイプとか水タイプとか使って?」
「フォルテ、使うはやめようよ……」
すぐに『シリウス』は“幻の大地”について考えるが見当はやはりつかない。
情報が1つもない。かなりきついことだろう。だが時間は全くといっていいほどないので、のんびりもしていられないのだ。
するとシルドが少し騒がしくなった場も気にせず発言した。
「とりあえず今日は寝るぞ。俺は早く起きてすぐに時の歯車≠集めにいってくる。起きていなかったら行ったと思ってくれ」
「うん」
「はーい」
「りょーかい」
「分かった」
それぞれ返事してから、5匹は自分のベットに横になった。
誰も喋ることもなく、よほど疲れたのか、5匹は静かに寝息をたてはじめた。