71話 守るための代償《後編》
スウィートの様子を見た俺たちは、すぐに駆け寄った。そして声をかけた。
意識を保て、とか。しっかりしろ、とか。
けどスウィートは青白い顔をして、苦しそうに、無理して俺たちに笑いかけた。
そして「大丈夫だよ。心配しないで」って何度も俺たちにいった。大丈夫じゃないのは一目瞭然なのに、無理して言った。
俺が1番覚えているのは……スウィートの手が異様に冷たかった。
思わず、泣きそうになった。
とりあえず止血をしようと俺たちは試みた。
けど、全く止まってはくれなくて。止血にするのに精一杯で、俺たちは気付かなかった。
スウィートの意識が、もうないって事に。
1番に気付いたのはシクルだった。
今にも泣きそうな顔をしながら、「スウィート、意識がない」って俺たちに言ってきた。
すぐにスウィートの呼びかけを行った。止血とともに。死んではなかった。心臓は動いていたから。
けど……このままじゃ、もう助からないってのは俺でもわかった。
それで遂にリアロが泣き始めてしまった。
「もう助からないのか」と。俺は懸命に宥めたが、無駄だった。
ミングとムーン、フレアは止血をまだしていた。アトラも、リアロを宥めながらも止血をしていた。
シクルは泣きはしなかったが、呆然とスウィートの姿を見ていた。
……何を考えているのかは分からなかったが、酷く、悲しそうな顔をしていた。
もう、駄目なのか。助けられないのか。俺がそう思った直後だった。
――思わぬところから、声が聞こえたんだ。
《汝らは、その娘を助けたいか?》
そんな声が聞こえた。
俺はすぐに辺りを見渡した。けれど、俺たち以外に何もいなかった。あるのは灰色の森のみ。
俺がそんなことをしている間に、リアロは泣きじゃくりながら、その声に答えた。
「助け、ご主人を、助けられるのですかっ……?」
そう、必死に聞いた。何度も。どこに向かってか分からないが、必死に。
そしてまた声が聞こえた。
《汝らにとって、その娘はそれほど大切か?》
すると呆然としていたシクルが、ほえるように声をあげた。
「大切に決まっているでしょう!? だからこそ、今頑張ってるんじゃない!」
確かにその通りだった。けどどうすることも出来ず、今こうしてスウィートがヤバイ状態になっている。
するとまたどこからか、同じ声が言葉を発した。
《……ならば、汝らは命を捨ててまで、その娘を助けたいか?》
「……え?」
呆然と、俺が呟いた。
いっている意味が、よく分からなかった。ミング達も止血作業をやめ、止まっていた。他は、目を見開いていた。多分、俺も同じだ。
そんな沈黙の中で、1番に
「どういう、意味じゃ……?」
ミングが言葉を発した。その問いに、声が返す。
《汝らの命を使って、その娘を助けることは可能といっている。その娘は生きながらえることができるだろう。だが、汝らが命を落とすことになる。
いや……代償としては、7匹全てではなく、4匹。その4匹は命をおとすことになる。それでも、汝らはその娘を助けたいか?》
誰も言葉を発しなかった。
迷っているのか、戸惑っているのか。俺は後者の方だ。
4匹は命をおとすけれど、3匹とスウィートは助かる。それかスウィート1人をこのままにするか……。
絶望的な選択だった。
すると、シクルが微かに震えながら、声を振り絞った。
「何、よ……ソレ……。4匹が命をおとすところを、3匹は見てろっってことじゃないの!? その残された3匹を、スウィートを攻め立てるようなモンじゃない!?」
《だから聞いている。別にその娘を見殺しにしても良い。もともと、汝らが発見しなければ、この娘は死ぬはずだったのだから》
「っ……」
声が淡々と述べた。その言葉に、シクルが言葉に詰まった。
そんなの、どうやって選べというんだ。俺は別に、スウィートを救えるのなら、命は差し出してもいい……。
けど他の3匹や、残された3匹のことを考えると、何もいえなかった。けれど、スウィートを見殺しになんて、絶対にしたくない。
けど、どうすればいいのだろうか? どうしたらいいのだろうか?
すると、ムーンが口を開いた。
「絶対に、4匹なのか。1匹では、駄目なのか?」
「ムーンッ!!」
叱咤するように、ミングが声をあげた。ムーンの真っ直ぐな瞳は揺らがない。コイツは自分の命を差し出す気満々だった。
声は静かに言った。
《不可能だ。少なくて、3匹》
「そ、んな……」
アトラが悲しそうな顔をして、震えた声を漏らした。
「お前、一体なんなんだよ? 一体どこにいやがる!? 何が目的だ!?」
フレアが辺りを見回しながら、大声で聞いた。声は、やはり静かに言った。
《我はこの娘がつけているサファイアにいる者。この特別なサファイアの力を、代々伝えてきた者だ》
「特別なサファイアの、力……?」
《この問いだ。誰かの命を、他者の命を使って助けさせるという特別な力。――否、我々ポケモンが勝手に作り出した力》
全員の視線がサファイアの方を向き、睨むように、また1匹は悲しそうな顔で、また1匹は顔を歪めながら見た。
俺は、何の言葉も発せなかった。誰も苦しまず、誰も悲しまず、全員を救える方法。そんなものある訳がないのに、探していた。
誰かが死ぬなんて、俺は考えたくなかったから。
《そこのサンダース。そんな都合のよい方法はない。どちらかを選択せよ》
「っ……!」
俺の心を読んだかのように、声は言った。俺はようやく言葉を発した。
「そんなの……無理に決まってるだろ!? どちらにせよ、誰もが、全員が悲しむ選択なのに! それを選べだと!?」
「コイツの言うとおりだ! 選べるわけがねぇだろ!?」
「けどっ……早く選ばなかったら、スウィートは……」
俺とフレアが反対したあと、シクルの小さい、震えた声が場に響いた。
全員が苦しそうな顔をする。
その、瞬間だった。
《……汝らは、優しすぎる。時には、こういう選択を迫られるのを分かっていなければ、この世界の未来を変えることはできんぞ?》
「なっ……!」
《だから……我は、お前らに第3の選択肢をやろう》
声が静かに言った言葉に、全員が黙った。
そして、7匹のうちの誰かが、震えた声で聞いた。
「第3の選択肢って……?」
スウィートは、話をとめたレンスをジッと見つめた。
話を聞いたスウィートは悲しそうな、苦しそうな、何ともいえない顔をしていた。レンスは「第3の選択肢」の話から顔を俯かせていた。
そしてスウィートが、静かに、聞いた。
「その、第3の、選択肢って……?」
レンスは、ゆっくりと顔をあげ、静かに言った。
「俺たち7匹の体をつかってスウィートを助け、俺たちの魂をサファイアの中に入れる。
これが、俺たち義兄弟が決めた、選択だった」
「――――。」
スウィートは、レンスの言葉を聞いて何もいえなかった。言葉を発せなかった。
レンスはチラリとスウィートの顔を見てから、顔を伏せた。
スウィートの目からは、涙が流れていた。
どうしようもなく辛そうに、悲しそうに、目に一杯の涙を溜めて、泣いていた。
どうして、という考えしかスウィートには思い浮かばなかった。
そんなことしてまで助けてくれなくて良かったのに。自分の命を大切にしてほしいのに。どうして私なんかのために。どうして。
堂々巡りのように、スウィートの頭の中でその考えだけが回っていた。
レンスは目を伏せ、顔を俯かせながらも口を開いた。
「……俺は、本当にこの選択が正しかったのかは分からない。けど、あの3つの選択の中では、アレが1番だと思った。
俺たちは外にはでられないし、体の成長はとまってしまっているけれど、現にサファイアの中で生きている。スウィートだって生きている。誰も死んでない。……誰も犠牲にならず、全員が生きている。
だからこそ、この選択が1番よかったと思ってる」
「私っ……記憶を、なくす前のっ……わたし、は…………この、話きいて、どうしたの……?」
レンスの言葉を聞き、黙っていたスウィートが、途切れ途切れに聞いた。
涙は、止まっていなかった。
「泣いて……俺たちを叱って…………それからシルドとレヴィが来るまで、ずっと泣き続けた。辛そうに、苦しそうに……」
涙は、止まらなかった。ずっとずっと、スウィートの目から、涙があふれ出していた。
レンスは静かに言った。
「……すぐに、記憶喪失のスウィートにこうやって話せなかったのは、タイムスリップ中の攻撃で、俺たちが力を使ったから。
サファイアの中には治癒の力もあるが、力を使うと暫く出れなくなってしまう。だからずっと話せなかった。話せたとしても、時間がとても短かった」
スウィートは言葉を発さない。ただ、泣いているだけ。それでもレンスは言う。
「……すぐにスウィートにこの話をしなかったのは、スウィートが悲しむと思ったから。だから……言えなかった。言うのを、ずっと渋った。
――ゴメン。すぐに言わなくて。ゴメン。馬鹿げたことをして」
「う……ぅ……うあぁぁああぁぁぁぁぁぁッ!!」
ついに、大声をあげて、スウィートが大泣きした。
涙は止まらなかった。ずっと流れ続けた。スウィートの気持ちを表すかのように。
レンス以外の義兄弟が現れたのに気付かず、スウィートは泣き続けた。