66話 正体と諦めない意思
「……名前はスウィート。スウィート・レクリダ。俺の相棒であり、親友だ」
シルドがその名前を告げた瞬間、『シリウス』の全員が息を呑んだ。
(私の、私の名前……? なんで、どうして、)
自身の名が呼ばれたスウィートはパニックに陥っていた。
どうしてシルドの親友の名で、自分の名前がでたのか。それは偶然なのか。それとも、自分自身のこと、なのか。
そんなスウィートの代わりのように、シアオが焦ったように声を荒らげた。
「ス、スウィート!? ちょ、ちょっと待ってよ! ここにいるのがスウィートだよ!? スウィート・レクリダって……!」
「は?」
シアオは手は少し震えていたが、何とかスウィートを指さした。それにつられるように、シルドもスウィートを見る。
レヴィもスウィートを見て、驚愕の表情をしていた。
「お前が、スウィート……?」
シルドが呆然と呟く。しかしスウィートは返事をしない。ただ、顔を強張らせていた。
そしてシルドはブツブツと何か呟いた後、全員に聞こえるような音量で話す。
「……違う。俺の親友は、スウィートは人間なんだ。ポケモンじゃない」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇえ!?」
「それこそスウィートじゃないの!?」
「っ、どういう事だ!?」
シルドの言葉に、シアオ、フォルテ、アルは順に声をあげた。驚きの声を。それはシルドも、そしてレヴィも同じ。全員が驚愕しながら、スウィートを見る。
しかしスウィートはシルドの言葉を聞いてから、全く会話が耳に入ってきていなかった。見られていることにも、全く気付いていなかった。回りの様子が見えていなかった。そして、少し震えていた。
(どういうこと……!? 何で、何でシルドの口から私の名がでてくるの!? それに人間って――……)
もう自分が何なのかが分からなくなっていた。うまく思考が繋がらない。考えることが、できない。
それはシルドもレヴィも同じで、シアオに言われたことで全く理解できず、ただ驚くばかり。予想外すぎることに、目を丸くすることしか出来なかった。
そんな6匹を見て、何も言わなかったゼクトが愉快そうに笑った。
「フッ、ハハハハハハハハッ!! その通りだ!」
シルドは目を見開きながらゼクトを見た。どういう意味だ、という思いとともに。
ゼクトはますます笑みを濃くしながら言葉を続けた。
「シルド、そいつはお前の相棒のスウィートで間違いない!」
「何!?」
「そいつは元人間だったのだ」
シルドはゼクトに移していた視線を、またスウィートにやる。
スウィートは呆然とゼクトを見て、顔を強張らせ、微かに、誰も気付かない程度に震えていた。
おかしくて堪らない。そんな笑いを抑えながら、ゼクトは言った。
「ディアルガ様が私に与えた使命――……。
それは過去にいったシルドとスウィートを捕らえることだった。だからお前達を追うために私もタイムスリップしたのだ。過去にいった私は情報を集めながら、お前達を探していた。
そしてある時、『シリウス』に出会った」
〈あなた方は確かギルドにいた……〉
〈僕は探検隊『シリウス』のメンバー、シアオ。で、こっちがリーダーのスウィート。隠れてるのは人見知りが激しいからだから気にしないで〉
〈あぁ、やはり探検隊ですか。ということは向こうの2匹も?〉
〈うん。ピカチュウのアルナイルと、ロコンのフォルテ。よろしく、ゼクトさん〉
〈えぇ、宜しくお願いします〉
「スウィートと名前を聞いたとき、少し引っかかったが……人間ではないからすぐにその考えも消えた。しかし、」
〈それに場所を突き止めれたのは、不思議な夢を見たからですし……〉
〈不思議な夢、ですか?〉
〈スウィートが物に触れると、それに関した未来や過去が見えるんだ〉
〈!!〉
〈それはもしや……時空の叫び=c…なのでは?〉
〈〈時空の叫び=H〉〉
「時空の叫び≠フことを聞いてまさかとは思ったが……。私の中で、ある考えが芽生えはじめたのだ。そして……」
〈今はイーブイの姿ですが、私は……元人間だったんです〉
〈人間!?〉
「なんと元人間で、記憶喪失というじゃないか! 時空の叫び≠もつ人間……。私は確信した」
〈その……貴方の名前は?〉
〈えっと……スウィート・レクリダです〉
〈!!〉
〈ゼクトさん、何かわからない?〉
〈いえ…………。申し訳ありませんが、何も……〉
「間違いない、こいつこそ私が追っていたスウィートだった!
スウィートが記憶を失い、ポケモンになってしまったのは、おそらくタイムスリップ中の事故か何かでそうなったのだろう。
とにかくスウィートが記憶を失ったのはラッキーだったよ。私を見ても何も思わないのだからな! スウィートをこのまま信用させておけば、いつでも未来に連れて行ける。他の3匹はスウィートに関わりすぎていたからな。未来に連れて行って処刑することに決めた。
あとはシルド、貴様さえ何とかすればよかったのだ!」
「っ……!!」
シルドが悔しそうな表情をする。驚きと、焦りと。色々な感情が入り混じるが、どうしようもなかった。
一方のスウィートはパニックに陥り、話をまともに聞けていなかった。
(私は……未来の人間だった? しかもシルドの相棒で、星の停止≠食い止めるためにシアオ達がいる時代にいったっていうの……?
思い出せない……。聞いても、何も――)
自分のことを聞いても全く思い出せず、スウィートの中では不安が募っていった。記憶を失う前の自分のことを聞かされて、パニックに陥るのは当たり前だ。だが、今の状況でパニックに陥るわけにはいかないのだ。
しかしスウィートは頭の中で分かっていても、落ち着ける状態ではなかった。
シアオ達は心配そうにスウィートを見るが、それにさえ全く気付いていない。
「シルドとスウィート。2匹は今、この場にいる。お前達を消せば全てが終わる。
シルド、お前の儚い希望を含めて、全てがな! フッ、ハハハッ、フハハハハハハッ!!」
ゼクトは愉快そうに、大声で笑い始めた。
シルドは悔しそうにしているが、今の状況で何かできるわけではなく、ただ悔しそうに表情を歪めるだけだった。
自身の正体をいきなり明かされたスウィートは、ただただ困惑していた。思考はまともに働いておらず、今の状況を飲み込めているかさえ怪しい状態。完全な、パニック。
フォルテは怒りで体を震わせ、アルはこの状況を打開する方法を探していた。レヴィは、シルドとスウィートを心配そうに見ている。
シアオはそんな5匹を見てから、ゼクトを見て
「ゼクトさん……。……いや、ゼクト!!」
「「!!」」
キッとゼクトを睨みつけながら、敬意を込めていた呼び方をやめた。
シアオの目には完全にゼクトは「敵」として映っていた。フォルテとアルは驚いて表情でシアオを見る。今まで尊敬していた者の、尊敬をぜんぶ断ち切った。それを、シアオがやってのけた。
だがゼクトは睨みに怯みもせず、逆にその行動をあざ笑うような表情を浮かべた。
「フッ、覚悟はできたか?」
「シルド、スウィート! 諦めちゃ駄目だよ!」
「そ、そうよ! しっかりしなさい!」
シアオの言葉に加勢するように、フォルテも2匹にむかって呼びかける。
しかし、シルドとスウィートの反応はない。
「これがお前達の最後だ。消えるがよい!!」
「「「「「ウィィーーーーー!!」」」」」
あちらはゼクトの声にヤミラミ達が反応し、ジリジリと6匹の方に近づいて、鋭い爪をギラリと光らせていた。
シアオはそれに一瞬だけ怯むが、シルドとスウィートに声をかける。
「シルド、スウィート、諦めないで! 何の為にここまで頑張ってきたのさ!?」
「っ……。諦めるなと言うが……この状況ではもう何も出来ないだろう!?」
「おい、スウィート! 諦めてどうする!?」
シアオの言葉を聞いても、シルドは諦めが消えなかった。崖の上を見ると、静かにこちらを見下ろしている闇のディアルガ≠ェいる。頼みのスウィートも、同じように絶体絶命。もう、どうしようもない。
アルの方はスウィートに声をかけているが、スウィートは反応しない。諦めているというより、状況を飲み込めていない。放心しているようだった。
そんな2匹にシアオが必死に呼びかける。
「だからこそ何か考えなきゃ! この場を打開する方法を……!!」
シアオがそんなことを言っている間に、ヤミラミはどんどん迫ってきている。
すると何か思いついたようにシアオがレヴィを見た。
「そ、そうだ! レヴィ! 時渡りで時の回廊≠ヨ飛び込むことはできる!?」
「それは……闇のディアルガ≠ェいるから難しいわ。ディアルガは時間を司るポケモン……。時渡りを使ってもすぐに破られてしまう」
「ちょっとだけでいい! 頼む!」
「お願い、レヴィ!!」
シアオの言葉の意味を理解したアルも、シアオと同じようにレヴィに頼む。レヴィは迷っているようだ。
しかしそんな悠長なことをしている時間はなかった。ヤミラミたちが、迫ってきている。このままでは全員やられるのは、のんびりと考えなくても分かる。
「ヤミラミ達よ、かかれっ!!」
「「「「「「ウィィーーーーー!!」」」」」」
「仕方ないわね……! 時渡りッ!!」
レヴィが言ったと同時に、場を眩い白い光が包んだ。
そしてその光がやむと、6匹の姿はなかった。ジリジリと詰め寄ってきていたヤミラミ達はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ウィー……ウィ?」
「き、消えた……?」
「チッ、あいつら……! お願い致します、ディアルガ様!!」
ゼクトが闇のディアルガ≠ノそう言うと、ディアルガの宝石が光る。そして尻尾の白いものが開き、波紋のようなものが広がる。
そしてディアルガが、おびただしい声をあげた。
「グォォォォォォォォォォォッ!!」
バリンッと、ディアルガが咆哮をあげた瞬間、ガラスが割れたような音。それとともに6匹の姿が急に現れた。
場所はさきほどの場所ではなく、時の回廊≠フ前。
「あ、あと少しだったのに……!」
シアオが悔しそうに呟く。だがレヴィは「いいえ」と首を横にふった。
「いま飛び込めば間に合うわ! 急いで!」
「レ、レヴィは!?」
レヴィはお構いなしといったように5匹をグイグイと押す。
それに反応して、スウィートもようやく考えるのをやめた。そしてレヴィを心配そうに見る。
レヴィはそんなスウィートを安心させるために、ニコリと微笑んでから、5匹にむかってはっきりと告げた。
「私なら大丈夫! 絶対に捕まらないって言ったでしょう?
私の代わりに必ず星の停止≠……歴史をかえてね! 頼んだわよ!」
「すまない!」
「あ、ありがとう、レヴィ!」
「その言葉、信じるわ! 捕まるんじゃないわよ!」
「悪い、ありがとな!」
順にシルド、シアオ、フォルテ、アルがお礼を言ってから時の回廊≠ノむかって走る。だがスウィートだけは動かず、レヴィを見つめていた。
レヴィは困ったような顔をすると、また微笑んだ。
「私は大丈夫よ。だから行って来て。スーちゃん」
「……!」
〈シルドさんは危なっかしいから……頼んだわよ。気をつけてね。いってらっしゃい、スーちゃん〉
レヴィの言葉を聞いて、不意に頭に懐かしい呼び名が聞こえた。
すると止まっていた足が、動いた。
「ありがと、レヴィちゃん……!」
スウィートも4匹に続いてレヴィにお礼を言い、時の回廊≠フ方へ走っていった。
するとゼクトはすぐに追おうと動く。
「逃がすか!!」
まだ諦めていないらしく、追ってこようとしているゼクト。それを見てからレヴィは密かに笑みを浮かべ、そして光に包まれた。
そして光がやみ残っていたのは、時の回廊≠ェあった場所に不思議な小さな光があるだけ。
ゼクトが追っていた6匹の姿はもうどこにも無かった。