62話 シルドの語る真実
「ここら辺でいいか……。ここならヤミラミ達も見つけにくいだろう」
岩陰になっている場所。
そこでシルドは前や後ろを確認した。スウィートとシアオを岩陰に待機させたまま。
あの後、そのままシルドについてきて、ここまで連れてこられたスウィートとシアオ。此処に来るまでずっと無言だった。
スウィートはシルドの様子を伺っているが、シアオは下を向いて、何かを考えているような感じだ。
するとシルドがスウィート達の方へ来た。それと同時にシアオは顔をあげる。
「教えてよ、シルド。この未来では、何で星の停止≠ェおこったの?」
シアオが真剣な顔つきでシルドに問う。
少し間を空け、シルドは考えてから話し出した。
「星の停止≠ェおきた原因……。それはお前たちが住んでいた過去の世界で、ディアルガが司る“時限の塔”が壊れたからだ」
「ディアルガ……? “時限の塔”……?」
「何なの、ソレ?」
聞きなれない単語に、スウィートとシアオが首を傾げる。
「時間を操る伝説のポケモンだ。神のポケモンといってもいい」
「神様!?」
シルドの言葉にでてきた「神」という言葉に、2匹は目を見開いた。
まさか「神」までもが関係しているとは思っていなかった。いや、予想していなかったのだ。
スウィートとシアオは改めて、事の重大さを感じた。
「ディアルガは“時限の塔”で時を守っていた」
「あの……“時限の塔”って?」
スウィートはおずおずと挙手をした。
聞きなれない単語が出てきたりと、頭は少し混乱しているので、こまめに分からないことは聞く。
「“時限の塔”は時を動かしている1番の要因だ。
しかし……“時限の塔”が壊れたのをきっかけに、少しずつ時が狂い始め、ついには星の停止≠むかえた」
(つまり……時を動かしている要因が壊れたから、時を動かす機能が停止して、時を停止させた……。そして星の停止≠おこしてしまったのね)
シルドのいう事を1つ1つ、頭の中で整理していく。でないと何が何だか分からなくなってしまうからだ。
するとシアオは重々しく口を開いた。
「……ディアルガはどうなっちゃったの?」
「ディアルガは“時限の塔”が壊れた影響で、暴走した。星の停止≠むかえた未来のディアルガに至っては、ほとんど意識もなく、今は暗黒に支配されている。
もはやあれをディアルガとはいえないだろう。全く別の存在……そう、闇のディアルガ≠ニ呼ばれる存在になっている」
「そんなっ……!!」
スウィートは悲痛の声をあげた。そして表情を暗くして俯く。
シルドはそんなスウィートを少し見た後、少し間を空けてから続きを話した。
「闇のディアルガ≠ヘ感情を失ったまま、ただ歴史が変わるのを防ごうと働く。だから俺は闇のディアルガ≠ノ追われている」
「……?」
「何で?」
なぜシルドが闇のディアルガ≠ノ追われるのか。それが分からないスウィートとシアオは首を傾げた。
しかしシルドもその反応が意味がわからない、といったように続けた。
「何でって……俺は歴史をかえるため、つまり……星の停止≠防ぐために、未来からお前たちのいた、過去の世界にタイムスリップしてきたからだ」
「え…………はっ?」
シルドの言い終わると、シアオは信じられないような顔をしながら、素っ頓狂な声をあげた。スウィートは声はあげなかったものの、信じられないような、というより驚いたような顔をしていた。
そんな2匹の様子に、シルドが訝しげな表情をする。
「シルドは星の停止≠防ぐために……僕たちの世界に、時代にきた……?」
「それがどうした」
シアオが疑問に感じている意味が分からず、シルドは怪訝そうな顔をした。
「それは……それは僕たちが聞いた話と全く逆だよ!?」
「は?」
今度はシルドが素っ頓狂な声をあげた。シアオは気にせず言葉を続ける。
「シルドは星の停止≠おこすために、未来からきたって……! だってシルドは時の歯車≠盗んでたじゃんか!?」
「ゼクトがあの場で言ってたのは、そういう意味か……」
「?」
シルドの発言に、スウィートは首を傾げる。あの場とはいつのことだろう、と。
「冗談じゃない。誰が好き好んでこんな未来に変えなきゃならない。
俺が時の歯車≠集めていたのは、星の停止≠防ぐために必要だったからだ。“時限の塔”に時の歯車≠納めれば、壊れかけていた“時限の塔”も元に戻る。
あと……時の歯車≠取ると、確かにその地域の時は止まるが……それは一時的なもので、“時限の塔”に時の歯車≠納めれば、また元に戻る」
スウィートは驚いたような、シアオは本当に信じられないような顔をしながら聞いていた。
ゼクトの言っていたことと、全く異なる説明。それが余計、2匹を混乱させていた。特にシアオを。
「じゃあ……じゃあゼクトさんの言ってたことは……? シルドは未来で指名手配中の悪者だとか、シルドが逃げ延びるために過去の世界にきたとか……。
あれは……全部、全部…………デタラメだっていうの……?」
シアオは震えた声で、泣きそうな顔をしながら問いかける。
スウィートは顔を俯かせた。頭で分かっているからだ。どっちが正しいか、どっちが筋が通っているか。
「アイツ……俺をとんでもない悪党に仕立て上げやがったな……。デタラメに決まっているだろう」
シルドは苦々しい顔をしながら、はっきりと言った。
その瞬間、シアオの中で何かが崩れた。そして目に涙がうかんでくる。
「ゼクトは……俺を捕らえるべく闇のディアルガ≠ェ未来から送り込んだ……刺客だからな」
「刺客!?」
「そんなっ……!? ゼクトさんが刺客……!?」
スウィートとシアオは今までで1番、驚いた顔をし、目を見開いた。
初めて告げられたスウィートは顔をサァッと青くし、シアオは戸惑いを隠せずにいた。そんなこと誰が予想していただろうか。
「そうだ。さっきも言ったが、闇のディアルガ≠ヘ歴史を変えようとするものがいると、それを防ごうと働く。だから俺がタイムスリップしたことを知ると、ゼクトを刺客として、その後を追わせたんだ」
「ゼクトさんが……そんな……。でも、だって……何で……」
シアオはブツブツと俯きながら呟く。表情は悲しさや困惑が混じって、ぐちゃぐちゃになっていた。
「……お前らには信じられない話だと思うが――」
「信じられるわけないよ!! だってあのゼクトさんだよ!?」
シルドの言葉を強引に遮り、シアオは顔をあげ、大きな声を出して反論した。
スウィートは気まずそうにシアオを見る。スウィートとしては、どちらが正しいかなんて、ほとんど分かっていた。
だからこそ、シアオと同意見を言う事はできなかった。
「確かに今のゼクトさんは……よく、分からないけど……。でも、僕が尊敬してたゼクトさんが……刺客なんて……。そんな……!!」
シアオは否定するように、強く首を横に振った。やはり信じられないらしい。
スウィートはそんなシアオを見ながら、ぼんやりと考えた。
(確かに信じられないけれど……この未来世界での事を振り返ると、シルドの言う事は筋が通っているし、納得がいく。
そしてそれはシアオも……。……本当は、心のどこかで分かってるんだ。分かっているからこそ、受け入れたくないんだよね……)
そう、否定しているけれど、どこかで分かっている。
シアオだってそこまで馬鹿じゃない。未来でのことを考えれば、きっとシルドのいう事の方が正しいと分かっているはずだ。
けれど――……信じていたからこそ、尊敬していたからこそ、認めたくないのだ。ゼクトが悪い者だと。誰に何を言われようが、否定したいのだ。
するとフラリ、とシアオが立ち上がり、元来た道を戻ろうと歩き出した。
スウィートとシルドは目を見開く。そしてシルドは怪訝そうな顔をし、鋭い目でシアオを見ながら発言した。
「おい、どこに行くつもりだ?」
「僕……ゼクトさんに会いにいってくる」
「「!?」」
シアオの言葉に、スウィートとシルドは耳を疑った。
そんな2匹を気にせず、シアオはぼんやりと宙を見ながら、ポツリと呟く。
「ゼクトさんに会って……シルドの言った事が本当かどうかを聞いてくる」
スウィートとシルドはその呟きを聞き、ギョッとした。
その行動は死にに行くも同然の行動だ。ゼクトに会って……その後どうされるかは一目瞭然だ。きっとシアオも分かっている。
(シアオ……)
「そんな事をしてどうする!? また処刑されるだけだぞ!?」
スウィートが悲しそうな顔でシアオを見て、シルドは正論を言う。
シルドはそのまま言葉を続ける。
「お前が敵う相手じゃない! それはお前も分かっているだろう!?」
「じゃあそれ以外に、僕にどうしろっていうの!?」
すると何も言わなかったシアオが振り向き、シルドに向かって怒鳴った。
そしてスウィートはようやくシアオの顔を見た。目に一杯の涙を溜め、戸惑いを隠せずにいる顔を。
「真実を確かめるためには、本人に聞くしかないじゃないか!? それ以外の方法なんて――」
「お前は自分自身で言っただろうが!! 自分で判断すると!!」
シルドがそう怒鳴ると、シアオは言葉に詰まった。
自分自身で考え、その情報が本当かどうかを見極める。そう言ったのは紛れもない事実だった。
「何を信じていいか分からないからこそ、話を鵜呑みにせず、自分で考えると!! あの言葉はただの口だけか!?」
「うぅっ……」
シアオは顔を俯かせた。シルドが言っていることは正しい。反論のしようがないのだ。
するとシルドは一息つき、そして怒鳴らず、静かに言葉を発した。
「苦しいからこそ、気持ちを強く持つんだ。後は自分たちで考えて行動しろ。俺はもうこれ以上の事は、何も言わない」
シルドはそう言うとスウィートとシアオに背を向けた。そして進んでいこうとする。
すると黙って顔を俯かせていたシアオが、元気のない声で言葉を発した。
「シルドは……これから、どうするの……?」
「俺はまた星の停止≠食い止めるために、過去にいく。その為にセレビィ――レヴィを探す」
「セレビィ……?」
スウィートとシアオが首を傾げた。
名前のようなものを言ったので、セレビィというのが種族で、レヴィというのが名前なのだろう。
「俺について来てもいいし、ついて来なくてもいい。お前らはお前らで自分の道を決めろ。じゃあな」
シルドはそれだけ言うと、ゆっくり去っていった。
おそらくゆっくり行ったのは、ついて行く場合に追いつけるように、という彼の優しさなのだろう。
スウィートはそれにクスリと笑うと、シアオの方に顔を向けた。
「シアオ……」
「…………」
シアオは反応せず、黙ったままだ。どうすればいいのか迷っているのだろう。
(私も、正直にいうと、何を信じていいのか分からない。
でも、1つはっきりと言えるのは……この未来世界では、星が停止してしまっているって事。そしてこの星の停止≠ヘ……自分たちの世界で起こったことなんだ。
だからそれを食い止めるためには……過去に戻らなくちゃいけない! 絶対に、私たちの元の時代に帰らなくちゃいけない……!!)
スウィートは少し俯きかけだった顔を、真正面に向けた。
そしてシアオに真剣な表情で、しっかりと見据える。それにシアオも気付いたようだ。
「スウィート……。うん、分かってる。シルドの……シルドの言うとおりだよ、ね。
こんな時だからこそ、気持ちを強く持たないといけない。そして……自分自身で考えなくちゃいけない……」
虚ろだったシアオの目に、少しずつ光が見えてきたような気がしたスウィートは、嬉しくなって微笑んだ。
「じゃあ……シアオはもう、大丈夫、かな?」
「……うん。シルドを追いかけよう」
しっかりと言ったシアオに、スウィートは満面の笑みをむけた。
「そうだね」と言ってから、シルドが行った道を行こうとする。すると
「スウィート」
シアオが呼び止めた。
スウィートは頭に疑問符をつけたように、後ろを振り返った。後ろにはスウィートと同じように、満面の笑みをした、しっかりとしたシアオが。
「絶対に、絶対に帰ろうね。僕たちの世界に!!」
「……! うん!!」
スウィートはその言葉に力強く頷いた。
そして2匹は互いに顔を見合わせてから笑い、シルドの後を追いかけた。