60話 拒否と怒り
――――空間の洞窟――――
洞窟に入った後、スウィートとシアオは無言で歩いていた。
シアオはまだ現実を呑み込めていないためか、何か考えているので無言。スウィートはスウィートでシアオにかける言葉を探していた。
(……簡単な、ただの励ましの言葉じゃ駄目なの…………。それじゃ、シアオの迷いや不安はいつになったって消えない……)
スウィートなりに色々と考えていたが、いい答えや言葉は見つからない。
すると敵ポケモンが襲い掛かってきた。
「……はどうだん」
「シャ、シャドーボール!」
スウィートはいつもどおりの調子で敵ポケモンを倒す。
だがシアオには覇気がなかった。目は少し虚ろで、スウィートはそんなシアオを見るのが嫌だった。
(お願い、シアオ。いつもの笑顔を見せて――……)
スウィートの想いは、シアオに伝わらない。
そして洞窟を抜けると、ようやくシアオが言葉を発した。
「少しはヤミラミ達と距離がとれたかな……」
「た、多分……。声は聞こえてこないし……」
スウィートはシアオが言葉を発したことに驚きながらも言葉を返す。
2匹が少し歩くと、ある物を見つけた。
「ねぇ、スウィート。あれって……水、かな?」
スウィートはシアオが指をさした方向を見る。そこには色のない、シアオの言う通り水だった。
水は上から流れてきてそして下に落ちている。小さな滝のようなものだった。下に落ちた水は跳ね上がり水しぶきができているが、宙に止まったままだ。
「……ホントに、本当に時が止まっちゃってるんだね…………」
「……そうだね」
悲しそうに言うシアオに、スウィートは短く返した。
シアオは時の止まってしまった所は寂しい所だと言っていた。それが目の前全体に広がっているのだ。シアオがいう、寂しい世界が。
それを見ながら、シアオは辛そうに言葉を発した。
「ゼクトさんは何で僕らを未来に連れてきたんだろう……。あんなに、あんなに親切だったゼクトさんがなんでっ……」
「シアオ……」
シアオの不安、困惑等はほとんどがゼクトが占めているらしい。ゼクトのことを話すシアオはとても辛そうだった。
どうすることもできない、スウィートは自分に少し腹がたった。
どうしてこんな大事なときに何もしれあげれないのか、と。何か言葉をかけてあげられないか、と。
「もう訳わかんないよっ……! 僕は一体、何を信じたらいいんだよっ……!?」
シアオが悲痛の声をあげる。
それを聞く度に、スウィートの胸がズキン、と痛くなった。けれど何もできていない。
「せめて……せめて何か、真実を解く手がかりがあれば……」
そういってシアオは前を見た。
するとシアオの視界には水が入ってきた。それを見て、シアオは何か思いついたように
「そ、そうだ!!」
と言ってスウィートの方を振り返った。スウィートは首を傾げる。
「スウィート、真実を解く手がかりがあるよ!」
「え?」
スウィートは更に首を傾げた。
ここにあるもので何か情報を得られそうな物はない。なのに真実を解く手がかりとはなんなのだろうか、と。
「時空の叫び≠セよ! スウィートの時空の叫び≠使うんだ。この水しぶきに触ってみて!もしかしたら何か見えるかもしれない!」
「そ、そっか……!」
(確かに……やってみる価値はある。ううん、やらないよりはマシだ。何か行動に移さないと)
スウィートは水しぶきに近づき、そして水しぶきに触った。
シアオはスウィートをジッと見る。その場に沈黙がおきる。そして数十秒後
「……どお? スウィート。何か見えた……?」
「……………駄目。何も見えない」
少し震えたシアオの声に、スウィートは申し訳なさそうに答えた。
いくら集中しても、時空の叫び≠ェおきることはなかった。おかしいな、とスウィートは首を傾げる。
スウィートの返事に、シアオはあからさまにがっかりする。
「そっか……。結局てがかりナシ……か」
俯いていたシアオは顔をあげ、スウィートに笑顔を見せてから、先の道を指さした。
「もう行こう。ヤミラミ達がすぐ近くまで来てるかもしれないし」
「……う、ん…………」
スウィートはぎこちなく返事しながら、シアオの後についていく。
(ねぇ、気付いている? シアオが必死に無理して笑顔をつくったの、簡単に分かっちゃうの。確かに裏切られて辛い気持ちは分かる……。
でも、不安や困惑が全く隠しきれていない笑顔を見せられて…私が安心できないの、気付いている?
だからお願い。本当の貴方の笑顔を見せてよ――)
本当はそう言いたい気持ちを閉じ込め、スウィートはシアオについていく。そしてまた新たな洞窟に入った。
スウィートはシアオの事を思いながら悩んで、シアオは1匹でゼクトのことなどを考えて悩んでいた。
――――暗闇の丘――――
やはり此処でも無言だった。
スウィートは何度か話しかけようとしたが、シアオの纏っている空気がそれをさせない。
スウィートは思わず俯く。
(私が……シアオにしてあげれること……言ってあげれることは何?)
答えが見つからない疑問。スウィートはずっとそればかり考えてる。答えは一向に見つからないのに。
(こんな時…フォルテやアルだったらどうしてるのかな……?)
現代にいる2匹の姿を思い浮かべる。
自分とシアオがいなくなってしまい、2匹はどうしているだろうか。やはり優しい2匹のことだから探してくれているのだろうか。
そんな事を考えていると、いつの間にか出口についた。
「うわぁ……」
洞窟をでた後、高いところにでたらしく、上から下の風景を見渡せた。
暗くてほとんど見えないが、真ん中らへんには光が集まっていて綺麗な光景だった。
「やっぱり未来は……真っ暗なんだね……。
……真ん中あたりに光が集まっていて、とても綺麗だけど……でもあの光は…………もしかしたら、処刑場のものなのかな……?」
その言葉にスウィートがチラリとシアオを見ると、目には涙が滲んでいた。
スウィートは本当に情けない気持ちで一杯になった。こっちも泣きそうになるが、泣いたってしょうがない。
(私は……私は何もしてあげれてない……)
「ねぇ、スウィート。ゼクトさんは今まで僕たちを助けてくれたし、色々なことを教えてくれた。
だから僕は……ゼクトさんのことを凄く尊敬してた……」
「…………」
スウィートは黙って聞く。シアオの考えを聞けば、何か言ってあげられると思ったからだ。
「でも……でもゼクトさんは……僕らのことを騙していたのかな……。
…………でもやっぱり信じられないよっ……! 僕もう何を信じていいか分からないっ……。頭の中がぐちゃぐちゃだよっ…!!」
シアオの頬に一筋の涙が伝った。
どうしたらいいのか、分からない。シルドのいう事ばかりが頭の中をグルグル回る。しかしゼクトの元の世界での態度を見ると、そう信じたくないのだ。そう、ずっと堂々巡りをシアオは繰り返している。
スウィートは顔を俯かせていて、どんな表情をしているか分からなかった。
「フォルテやアルは……今頃どうしてるだろう……。ギルドの皆は……僕らを心配してくれてるのかなぁ……?
…………僕は……何を信じたらいいんだろうね……? 何処まで逃げ続ければいいんだろう……? 元の時代…元の世界に帰れるのかな……?」
シアオは未来世界を見ながら、いや、未来世界など見ていない。その遠く、どこまでも遠く、そんな場所を見つめているように見える。
スウィートはそんなシアオを見て、考えていたことを言おうと決心した。
「ねぇ、シアオ。…………シルドを追いかけよう」
「えっ!?」
するとシアオが弾かれたようにスウィートを見る。
スウィートは真っ直ぐシアオを見ていた。シアオは少し間を空けてから困惑した表情で発言した。
「ど、どうして……!?」
「……シルドは未来、つまり此処から私たちの時代にきた。だったらシルドは元の時代に戻れる方法を知っているはず…………」
スウィートは考えていることを全て言った。
シアオに納得してもらうために。方法がそれ以外、もうないからだ。だが
「僕は……それでも僕は嫌だ!」
シアオは納得しなかった。
必死に「シルドを追いかけること」を拒否する。いや、シルドと協力するという事を拒んでいた。
「だって、だってシルドは悪い奴だよ!?
アイツは、シルドは……時の歯車≠盗んで星の停止≠おこそうと僕らの世界にきたんだよ!? スウィートだって知ってるでしょ!?
そんな奴のことなんて……僕は信用できない!」
全くといっていいほどシアオは協力する気がないようだ。スウィートは黙ってシアオを見ながら聞く。
そのままシアオは声を荒らげて続ける。
「それに……シルドはヒュユン達とかも傷つけた悪人だよ!? そんな悪人を信用するなんて……絶対に僕は嫌だ!」
「だったらそれ以外に、シアオはどうしたいの!?」
すると黙っていたスウィートが怒鳴りに近い声をだして、シアオに問う。
シアオはその疑問か、それともスウィートの怒鳴り声か、どちらかは分からないが、目を瞠った後に顔を曇らせ、戸惑いを見せた。
するとスウィートはまた声をあげる。
「私にはシアオの考えが分からない! 帰りたいんだったら帰る方法を探すのが優先でしょう!? 今は誰を信じるとか、そんなのどうでもいい! シルドかゼクトさんか、どっちが正しいかなんてどうでもいいの!!
私はシアオの心が分かる訳じゃない! だからシアオがどうしたいのか、はっきり言ってくれなきゃ分からないの!!」
完全な怒鳴りだった。
スウィートの瞳には少しだけ怒りの色が見える。少しあった怒りは抑えていたが、もうスウィートは限界だった。
「私たちが今1番にやるべきことは帰ることでしょう!?
フォルテやアル……ギルドの皆に会いたいなら尚更……! 帰る方法を探す方が先決じゃないの!?」
「でも! シルドが言う事は全部が嘘かもしれないんだよ!?」
スウィートが思いのままに言葉を発していると、シアオが声をあげた。
こうやってスウィートとシアオが声を荒らげて、言い合いをするのは始めてで。シアオ自身は、少し戸惑っていた。
スウィートは言葉に詰まらずそのまま返した。
「嘘か本当かは自分たちで考えるべきでしょう!?」
「それで嘘を信じてしまって、僕らはシルドにやられたりしたらそれこそお終いじゃないか!!」
「だったら何でシアオは処刑をされずに今こうやって無事でいるの!?」
するとシアオは言葉を詰まらせた。
処刑のとき……あれはシルドのお陰で助かったも同然だ。ただシアオはそれを認めていなくて、言葉を詰まらせたのだ。
「それ、は……」
「シルドのお陰でしょう!? もし彼がいなかったら、私たちは処刑されるところだったんだよ!?
それにもしも本当に私たちが邪魔で殺そうと思っていたのなら、光の玉を投げた後に私たちを穴を掘るで隠さず、自分だけ隠れる。そうすれば私たちだけを処刑することだって十分、可能でしょ!? なのに彼はそうしなかった!!」
自分たちはシルドに助けられた、という事実をシアオは呑み込めなかった。
スウィートの言っている通り、助けられたというのは分かっても、シアオはどうしても認めることが出来なかった。いや、頭がそれをしようとしなかった。
「けど……でも…………」
しかし反論のしようが無い。
すると少し落ち着いたスウィートは、怒鳴らずに言葉を発した。
「シアオ……不安なのは分かるよ。私だって不安だから……。ゼクト、さんの事やシルドの事……何が本当で何が嘘なのかは分からない。
……けどね、私は何よりも帰りたい。帰って皆に会いたい。何より、皆に会いたいの」
シアオは俯いたまま何も言わない。
スウィートは処刑場の光と思われる場所を見た。それは先ほど見たときより、少し遠くに感じる。
するとシアオが俯きながらも話した。
「……スウィートの言いたいことは、僕も分かる……。
ゼクトさんがあんな状態で何も聞けないとすると、この未来世界で知っているポケモンは…シルドしかいないもんね……」
スウィートはシアオを見るが、顔が見えないので何を考えているのかはわからない。ただ黙って聞く。
「……分かった」
それだけ言うと、シアオは顔をあげ、スウィートを見た。表情はいつものような笑顔、それでスウィートを見ていた。
スウィートは少しだけ目を見開いた。いつもの笑顔が見られたから。
「シルドを追いかけよう。信じるかどうか……それは自分で判断することにする」
「!!」
その言葉を聞き、スウィートは顔を綻ばせた。そしてスウィートはシアオに笑顔で
「ありがとう」
心から感謝の言葉を言った。
シアオはその言葉を聞き、首を横に振る。スウィートは首を傾げた。
「スウィートがお礼をいう事じゃないよ。お礼と謝罪を言わなきゃいけないのは僕だ。スウィートだって不安だって言うのに1匹だけで悩んで……。
ごめんね、そしてありがとう。僕はもう……大丈夫だから」
「シアオ……」
「行こう。シルドを追おう」
スウィートは首を縦に振ってから、シアオとともに先に進んだ。