59話 希望なき未来
処刑場から何とか逃げ出したスウィート、シアオ、シルドは暗い道を走っていた。
先頭にはシルド、その少し後ろには、スウィートとシアオが走っている。
「おい! もっと早く走れ! 追いつかれるぞ!」
「そ、そんなこと言われたって……これでも全力なんだけど……!」
シルドはちょくちょくこう言って指示をだし、それにシアオは頑張って声をだして返す。スウィートは平然と走っており、シアオのペースにあわせていた。
しかしシルドにとっては遅い、と思えるスピードらしく鋭い声をあげた。
「もう少しスピードあげろ! また処刑場に連れて行かれたいのか!?」
「行かれたくはないよ! け、けどスピードあげるのは無理がある!」
(喋らなければ、体力の消費にならないんだけどなぁ……)
シルドとシアオのやりとりを聞きながら、スウィートはそんな事を思っていた。
確かに喋らなければ体力の消費にはならない。だが2匹は話しながら走っている。さらに大声で。
「ね、ねぇシルド! ここは……此処は未来なの……?」
シアオが息がきれた状態で問う。スウィートはその質問にピクリと反応した。スウィートも気になっていたからだ。
シルドはその問いに答える。
「よく分かってるな。ここは未来だ」
「うぅっ……僕らは元の時代に帰れるのかな……」
シアオの弱気の発言を聞き、スウィートはチラリとシアオを見る。シアオの表情は暗い。
それをどうしてあげることもできないスウィートは、目を逸らした。
(こんなときに、何にもしてあげられない……)
「とにかく今は逃げることが先だ! 捕まったら帰るにも帰れない! 行き着く先は死だ!」
「うっ……! それは嫌だ……」
「なら走れ! ホラ、出口が見えてきた!」
シルドの言葉にスウィートは前を見た。
ほんの少しだが光が差し込んでいる。ただ、その光はほんの少しだけだった。
そしてそこに出ると――スウィートとシアオは目を見開いた。
「何、ここ……」
「此処が、未来なの……?」
スウィートとシアオが見た光景は、真っ暗な、夜のような景色。別にそれは不思議だとは思わない。夜だと思えばいいのだから。
だが変なのは……宙に岩が浮いていることや、風が全く感じられないのだ。
さらに物体には色がなく、灰色。まるでモノクロの世界に立っているようだった。
ありえない光景に、2匹が呆気にとられていると
「ウィィィィーー!!」
「「「!!」」」
ヤミラミ達の声が聞こえてきた。シルドはその声を聞くとチッと舌打ちをする。
スウィートとシアオは声のした方向を見た。距離があるが、速いうちには来る距離。それにあっちは追っているのだから、走ってきているだろう。
「おい!! ヤミラミ達が来てる! 逃げるぞ!!」
その言葉にスウィートは頷く。そしてシアオを見る。
シアオは頷きはせず、顔を歪ませた。
「も、もう無理だよ……。体力の限界……」
「お前は捕まりたいのか。根性で走れ!!」
なんて無茶な……とスウィートは言いたかったが、シアオは「休む」と言い張った。走ったときに相当な体力を使ったのだろう。
するとシルドはチッとし舌打ちしてから
「ついて来い」
と言って、少しゆっくりめなスピードで小走りをした。
スウィートとシアオは言われるがままについていく。
(何というか……ホント、優しいトコあるよね。悪いポケモンだとは思えないのだけれど……。どちらかというと今は……ゼクトさんの方が敵に見えてしまう)
スウィートがそんなことを考えていると、洞窟の前あたりについた。
そこにシルドが止まると、シアオは座り込んだ。スウィートはとりあえずその場に立っておく。
「少し休んだら行くぞ。ヤミラミ達はすぐに来る」
シルドが言った言葉にスウィートは同感だった。声が聞こえていたということは追ってきているのだろう。
しかしスウィートは先ほどまでシルドと協力して仲間と見ていたせいで、シアオの思っていることを考えていなかった。
シアオがいきなり抗議の声をあげたのだ。
「ちょっと待ってよ……! 僕らは確かに処刑のときは仕方なく協力した。けど……僕はその後もシルドと協力するとは言ってない。第一、シルドと協力なんて出来ない!!」
「シアオ……」
スウィートは気まずそうにシアオを見る。
だがシアオはしっかりとシルドを見ていた。
「シルドは……時の歯車≠盗んだ盗賊……。そんな悪い奴と協力なんてできない。僕は信用できない!」
「でも……シアオ…………」
スウィートは躊躇っていた。確かにシルドはお尋ね者になっていた。
けれど……スウィートにはどうしても水晶の洞窟≠フことや、今回の処刑場での出来事を考えると、シルドが悪いポケモンだと思えなかった。
「だったら俺が悪い奴で、ゼクトがいい奴とでもいうのか!? だったらアイツの行動を振り返ってみろ! アイツは俺とともにお前らまで処刑しようとしたんだぞ!?」
「うっ……それは…………」
シルドの言葉にシアオが俯く。
どうしてもシアオにはゼクトが敵と信じられなかった。否、信じたくなかった。あんなに尊敬した人物が敵など、思いたくも無かったのだ。
それを汲み取ってか、シルドはシアオを見てはぁ、とため息をついた。
「……信用してもらうのは無理そうだな。できるだけ仲間が多い方がいいと思ったが……信用できなければ、一緒にいても意味がない。俺は先を急ぐ。お前らもできるだけ早く逃げろ」
それだけ言うと、シルドは洞窟に入っていこうとした。
スウィートは「あ……」といってシルドを退きとめようとするが、シアオの方が引き止めた。
「ま、待って! 急ぐといっても、行動するなら朝になってからの方がいいんじゃないの? ここ、光がなくて見通し悪いし……」
「朝がくるならな」
「へっ?」
シルドの言葉にスウィートとシアオは耳を疑った。
そんなシアオにシルドは構わず言葉を続ける。横顔しか見えないが、その顔は無表情に見えるが、辛そうで、悲しそうだった。
「この未来には……朝はこない。昼もだ。ずっと暗いまま。ここは暗黒の世界=c…。日がのぼことなんてないんだ」
「ど、どうして……」
「それは……
星の停止≠ェ既におきたからだ」
「…………え……?」
シルドの言葉にシアオは呆然とし、スウィートは目を見開いた。
上手く思考が繋がらない。だとしたら自分たちが知っている情報はいったい何だというのか。
するとシルドは少し間を空けてからまた言葉を発した。
「お前らがゼクトに何を吹き込まれたかは知らないが……これは事実だ」
「そ、んな……」
シアオは否定したかった。
しかし今の光景を見ると否定できなかった。今、目の前に広がっている光景は現実だ。つまりシルドの言うとおり事実。
しかし、シアオは懸命に否定しようと言葉を紡ぐ。
「……嘘、だ。そんなの嘘だっ……! だって、だってゼクトさんは……!!」
「……」
しかし、続きは出てこない。どうやっても、否定できないから。
スウィートはシアオのその姿に目を伏せた。シルドかゼクトか。どちらの方が正しいのか薄々わかっているからだ。
けれどそれを言ったとき、シアオは現実を受け止めれるのだろうか? ……おそらくそれは無理だろう。
黙ったまま目を伏せたスウィートと、混乱しているシアオを一瞥し、シルドは一歩進んだ。
「……とりあえず、俺はもう行く。ヤミラミ達に捕まるなよ」
「あ、待って!」
「……なんだ」
シルドが再び洞窟に入っていこうとすると、スウィートは反射的に引き止めた。
「まだ何かあるのか」というようにシルドはスウィートを見ている。
「その……シルドも捕まらないようにね。私たちも出来るだけ逃げきるから」
「!」
「あ、それだけ言いたかっただけだから……引き止めてごめんなさい」
シアオに聞こえないように、スウィートは困ったような顔をしながら小さな声で言った。
シルドは目を見開き、そして「あぁ」と返事をすると洞窟に入っていった。
さて、問題はシアオだった。
未だ状況を呑み込めていないのか、ブツブツと呟いていた。顔には困惑や不安がでていた。
「どうして……だってゼクトさんは…………。じゃあ、なんで未来がこんなことに……?」
心配そうに目をむけるスウィートに、シアオは気付かない。
ただ現実を受け止めきれず、泣きそうな顔をしながら困惑しているだけだった。
(どうしよう……。私に出来ることは何? シアオにしてあげることは……)
スウィートは一生懸命に考えた。今、自分の目の前にいる仲間に自分は何をしてあげるか、と。
そうしていた数秒後、
「ウィィィィーー!!」
「!!」
ヤミラミ達の声が聞こえてきた。どうやらどんどん近づいてきている。
スウィートはシアオの腕を引っ張った。そしてシアオは顔をあげ、スウィートを見る。
「シアオ! とりあえず此処にいても捕まるだけだから……とりあえず逃げよう!」
「う、うん……」
シアオはぎこちなく返事をした。スウィートにはそれで十分だった。
スウィートはシアオとともに洞窟に入っていった。
一方……スウィート達とは少し離れた場所。色のない木に囲まれた場所、そこに1匹のポケモンがいた。
「さっき……何か感じたような…………。気のせいなのかしら?」
そのポケモンは「うーん」と考える。
そしてそのまま森を後にしようとした瞬間、ドサリッという音が背後でした。
「ッ!?」
いきなりの物音に驚き、すぐさまそのポケモンは振り返る。
そして見てみると、いたのはロコンとピカチュウだった。
ロコンの方は首にマラカイトのペンダントにレッドのスカーフ。ピカチュウの方も、首にトリトンのペンダントにブルーのスカーフをしている。気絶しているようで、起きる気配がなかった。
ポケモンはその2匹をまじまじと見る。
「まさか……ね……。…………でも、さっき感じた何か……この子たちが原因かもしれないし……。とりあえず、起きるのを待とうかしら?」
そういってポケモンは手頃なところに座った。浮いているので座る必要などないのだが。
「とにかく……最悪の場合は考えたくないんだけれど……」
そのポケモンは空を見たり、2匹を見たりしながら暫くの時間を過ごすことに決めた。2匹が起きるまで。
そしてギルドでは――
「……凛音、大丈夫?」
「………」
『アズリー』の部屋では凛音が目を閉じて寝ていた。メフィは心配そうに声をかけるが、凛音からの返事はない。
ゼクトが未来へと帰り、そして『シリウス』までもが未来にいってしまった数時間後――凛音は誰から声をかけられても無反応だった。
そしてやっと発した言葉が「気分が悪いので寝ます」という言葉。そして今に至る。
「ねぇ、凛音。凛音は何に悩んでるの? それが分からないとあたし……凛音に何も言ってあげられないよ」
(メフィ……それを貴女に言えれるのなら……こうやって悩んだりしませんよ。……貴女にいっても……貴女だって信じられないと思うのですから…………)
凛音はうっすら開けた目をまた閉じた。
ギルドでは『シリウス』が未来にいってしまったという事で大騒ぎ。数時間たった今でも、バタバタという音がギルド内で聞こえるのだった。