58話 処刑
真っ暗な空間。地面は削り取られ、足場には皹がはいっている危険な場所に、ゼクトは立っていた。
そして闇に向かって言葉を発する。
「お待たせいたしました、ディアルガ様。少し手間取りましたが……何とか捕らえました」
「グルルルルルルル……」
すると、闇からおぞましい声が聞こえるとともに、何かが赤く光った。
ゼクトはそれを聞き、また闇にむかって話した。
「……十分、心得ております。歴史を変えようとするものは、消すのみ。すぐに排除します」
「グルルルルルルル……」
「……分かりました、必ず。それでは……」
ゼクトのその言葉によって、赤い何かが消えた。
それを確認すると、ゼクトは後ろに振り返り歩き出した。
「…………ぇ、……ってば……」
スウィートの耳に何か声が入ってくる。しかし頭がぼんやりとしていて上手く聞き取れない。
その声はスウィートにとって聞きなれた声だった。
「……ィート。…………きて……スウィート!!」
「ッ!!」
自分の名が呼ばれたことによって、スウィートはパチリと目を覚ます。
視界に入ってきたのは見慣れた人物。
「シ、アオ?」
「気がついた!!」
スウィートが名を呼ぶと、シアオが嬉しそうに顔を明るくさせる。
そしてスウィートは体を起こした。そして辺りを見渡す。
「此処は……?」
見てみると岩に囲まれた部屋。そして出入り口と思われる場所は硬そうな鉄の格子で閉じられている。
何故、自分とシアオはこんな所にいるのか。さっぱり検討がつかないスウィート。
「分からない。僕もさっき気がついたばっかりで、起きたらここにいたんだ。けど此処……牢屋みたいだよ」
「牢屋!?」
シアオの言葉に思わず大きな声をあげてしまった。シアオはスウィートの反応に驚いたのか、「う、うん…」とぎこちなく答えた。
いつもならそこで謝るスウィートだが、今はそれどころではない。
「ど、どうして私たちが牢屋なんかに……」
牢屋。それは何か悪いことをした罪人を入れておく場所。
けれどそのような悪い行為をした覚えなど全く無い。スウィートの頭にはたくさんの疑問が生じた。
「え、何で……? 私たち本当に何もしてないよね?」
「お、落ち着いてスウィート。確かに僕らは何もしてないよ。けど……見るからに此処は牢屋だと思うんだ」
確かにシアオの言うとおりだ。
この場所を牢屋といわず、何というのだろうか。しかしなぜ自分たちがそんなところに入れられてるのか分からない。
「出れないかなぁ、とか思って探ってみたけどさ……無理だったよ。あれはフォルテの尻尾でも開けれないと思う」
「……シアオ、今はそんな冗談を言ってる場合じゃないよ」
シアオの言葉に珍しくスウィートがつっこんだ。そしてスウィートは気絶する前の記憶をたどる。
まずシルドが捕まったという知らせがきて……そしてトレジャータウンの広場にいき、未来へ帰るゼクトの見送りに……。
そしてゼクトに最後、別れを言いたいといわれ、ゼクトの前にでて――
「……でて、そして何故かゼクトさんが私たちを掴んで、そのまま時空ホール≠ノ…………?」
時空ホール≠フ中に引きずり込まれた。そして中に入ってしまったのだ。
するとスウィートはシアオの方を向いて、ポツリと言った。
「って事は……ここは
未来の世界ってこと……?」
「え、えぇ!? やっぱ…やっぱりそうなの!?」
やっぱり、という事はシアオも同じことを考えていたのだろう。
しかし記憶を辿れば、自分たちは時空ホール≠ノ入った。そして時空ホール≠ヘ未来にいくものだという話も聞いた。
ならば、此処は未来の世界だと考えるのが妥当だ。
「……嘘…………。そんな、どうやって帰れば……」
シアオは青ざめながら呟く。
来たくて来たわけじゃない世界にずっといるなど認められるはずも無い。だが未来からまた過去にいく方法など知っているわけがなく、帰れない可能性の方が大きかった。
スウィートはそんなシアオを見ながら、ゼクトの行動に疑問をおぼえる。
(どうして私たちを未来に連れてきたんだろう……。あれは故意にした行動のはず)
ただ故意にやった行動だとしても、目的が見当たらない。
自分達が未来にきたとしても、都合のいいことなどないはずだ。答えは全く見つからない。
「僕たち……これからどうなっちゃうんだろう……」
シアオが不安げに呟く。
ここが牢屋だとすると、次に待っている事がいいことだとは思えない。シアオが不安にまるのも当然だった。それはスウィートも論外ではない。
不意に、鉄の格子が開いた。そしてヤミラミ達が入ってくる。
「起きたか、お前ら」
「丁度いい。ついてきてもらうぞ」
「えぇっ!?」
「な、なんで……」
(なんなの、一体!?)
近づいてくるヤミラミ達にどうすることも出来ず、シアオとスウィートは目隠しをされた。
そしてそのまま「歩け」と促され、歩かされる。スウィートはされるがままに歩いていたが、目隠しをされて歩きづらい。
それに時折
「いたっ! ちょ、押さないでよ! 転ぶじゃんか!」
というシアオの声が聞こえる。
よくそんな事を言えるなぁ、とスウィートは関心しながら進む。
(いつものようなシアオだけれど、ホントは平気じゃないはず……)
いつもフォルテに文句を言うような感じにいっているシアオだが、どこか声が暗い。やはり不安は拭いきれないのだろう。
スウィートも何処に連れて行かれるのか、と思いながら進んでいく。
当然、不安が無いわけではなかった。此処は自分たちがいた世界ではない。それ故、どうなるかが全く分からない。
暫く歩くと、体が何かに縛られる。背中に何か物の感触。おそらくその物体に体を縛り付けられているのだろう。
(何されるんだろう……)
スウィートがそんな事を考えていると、目隠しがはずされた。
目の前に広がったのは薄暗い場所。どんどん目が慣れるにつれ、隣に誰かいることが分かった。
「誰……?」
「あっ、もしかしてその声スウィート!?」
「シアオ……?」
スウィートは隣を凝視する。するとだんだんシアオの姿が見えてきた。
シアオは柱にロープで縛り付けられている。自分の体を見てみると、シアオと同じようにロープで縛られていた。ということは自分の後ろの物体は柱だろう。
「良かった、無事だったんだね!」
「シアオも無事そうで良かったよ」
笑顔で言うシアオに、スウィートは微笑んで返す。
シアオが無事だったのはいいが、次が問題だ。縛れているので何もできない。そして何故こんなことになっているかも分からない。
するとシアオとは別の、反対のスウィートの隣から声が聞こえてきた。
「フン……。これからどうなるか分からないってのに……随分と呑気なんだな」
声には聞き覚えがあった。スウィートは声がすると同時に、隣を見る。
そこには、
「シ、シルドーーーー!?」
「煩い。静かにしろ」
スウィート達と同じ状態のシルドがいた。
シアオが絶叫をあげたとともに、シルドの鋭い指摘がはいる。煩かったのは確かなので、スウィートはそれに関しては同意してしまった。
するとシアオは口をパクパクさせてシルドを見る。
「な、なんで、なんでシルドが此処に……」
相当パニックに陥っているようだ。声が裏返ったりしてまともに喋れていない。
そんなシアオを気にせず、シルドは静かに言葉を発した。
「お前ら、此処がどこだか知っているのか?」
「いや、し、知らないけど……」
やはりシアオの声はたじたじだ。パニックからは逃れられていないらしい。
そんなシアオを、シルドの次の一言でもっとパニックにさせた。
「此処は……処刑場だ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!? しょ、処刑場〜〜〜〜〜〜ッ!?」
「黙れ」
またシアオが大きな声をあげた。またシルドの指摘が入る。
手まで縛られているので耳を塞ぐことの出来ないスウィートは、少し顔を顰めた。やはり煩いと感じるのだろう。
シアオは落ちついていない状態で言葉を発する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。シルドが処刑されるのは分かるとしても……なんで僕たちまで!? 僕ら、何にもしてないのに! ねぇ、スウィート!?」
「う、うん」
いきなり話をふられて驚いたが、スウィートはとりあえず頷いておいた。牢屋でも思ったことだが、何もしていない。
シルドはシアオ達の方など見ず、吐き捨てるように言った。
「そんなこと俺が知るか。何かロクでもない事をしでかしたんじゃないのか?」
「じょ、冗談じゃない! 君と一緒にしないでよ!」
スウィートをはさんでシアオとシルドが会話という名の言い合いをする。スウィートは自分は忘れられてるんじゃないか、と苦笑するしかなかった。
だがその言い合いにも終止符がうたれた。
「……そんな事いってる間にホラ、お出ましみたいだぞ」
「え?」
「…………?」
シルドの言葉に、シアオとスウィートが前を向く。
すると出入り口と思われる場所からヤミラミ数匹が入ってきた。
「な、何なのさアイツら!?」
「奴らは処刑を執行する者。そして……ゼクトの手下だ」
「なっ……」
「えっ……!?」
シルドの一言にまた2匹が驚く。特にシアオは目を見開き、信じられないといったような顔をしていた。
それもそうだ。尊敬していた者の名前がここで出てきたら誰だって驚くだろう。
すると出入り口からゼクトが入ってくる。ヤミラミ一体はゼクトに報告していた。
「ゼクト様。3匹を柱に縛りあげました」
「よし……。それではヤミラミ達よ。3匹の処刑を始める。処刑準備を開始せよ」
「ウィィーーーーー!!」
するとヤミラミ達はなにやら準備をし始める。
スウィートとシアオはそちらには気にせず、ゼクトのいった言葉を気にしていた。シルドは苦々しくゼクトを見ている。
するとシアオはゼクトに向かって声をあげる。
「ゼクトさん! 僕だよ、シアオだよ!? 一体どうしちゃったの!?」
シアオの呼びかけには一切応じない。シアオの方を向きもしなかった。
「今のあいつに何を言っても無駄だ。(それより、今からはあいつらに聞こえないような小声で話せ)」
「え、えぇ!?」
「(だから小声で話せといっているだろう。大声を出すな)」
シルドの言葉にシアオが困惑の声をあげる。
するとシルドはシアオを睨んだ。大声を出されると困るのだろう。
「(……もしお前らも生き残りたかったら……俺に協力しろ)」
「(えぇ!? シルドに!?)」
「(…………私は生き残りたい。何か……策があるの?)」
「(ちょ、スウィート!?)」
シルドの言葉にシアオは困惑しっぱなしだが、スウィートは正直に答えた。
こんなところで処刑されるなど納得できない。それを読み取ったのか、シアオは「うっ」と言葉に詰まり、黙る。
「(協力する気はあるみたいだな……。とりあえず、今なにができる?)」
「(何がって言われても……。ど、どうしよう……)」
スウィートは一生懸命かんがえる。
今の状態はロープで縛られている。うーん、と唸ってからとりあえず言った。
「(簡単な攻撃……かな?)」
「(よし、それでいい!!)」
「(攻撃なら僕もできるよ)」
シアオも話し合いに参加してくる。どうやらシアオも協力するようだ。
その間に、ヤミラミ達はゼクトの方に振り返った。
「ゼクト様。処刑の準備が整いました」
「よろしい。しかし最後まで油断はするな。特にシルドには。では……始めろ!」
「「「「ウィィィィィーー!!」」」」
するとヤミラミ達はじりじりと3匹の方に近づいてきた。
その様子にシルドは舌打ちをし、スウィートとシアオは顔をひきつらせる。
「(ちょ、こっちに来てるんだけど!?)」
「(よく聞け。ヤミラミ達は処刑のとき、邪悪な爪を使う)」
「(ひぇぇ! 何だか怖そう!)」
「(……それで?)」
怯えているシアオに構わず、スウィートは続きを促す。ヤミラミ達は少しずつ近づいてきている。時間がないのだ。
するとシルドは続きを話し始めた。
「(ただそこに突破口がある。ヤミラミはみだれひっかきを無差別に繰り出す。しかしその時に、その攻撃でロープが緩んだ瞬間、攻撃を繰り出し脱出すれば……俺たちは助かる)」
「(そっか!)」
シアオがパァッと顔を明るくさせる。生きる可能性が見えてきたからだ。
だがその顔は「あ」といってから顔を曇らせた。
「(ね、ねぇ。もしもロープが緩まなかったら? それよりもヤミラミ達がみだれひっかきを使ってこなかったら…?)」
確かにそうだ。全てが上手く進むとは限らない。
シアオが言ったと同時に、ヤミラミ達は十分なところまで3匹に近づいた。そして同じ声をあげる。
「「「「ウィィィィーーーーッ!!」」」」
「その時は! 俺たちはおしまいだ!!」
シルドが大声をだしたとともに、ヤミラミの攻撃が開始された。
予想通りヤミラミはみだれひっかきを使ってきて、スウィート達は痛みに顔をゆがめる。
「いっ…!!」
「うぅっ…このままじゃ……緩む前に、やれちゃう…!」
「ぐっ…何とか耐えるんだ…!」
ほんの少しすると、スウィートの体の縛りがやんだ。縛っているロープを見ると、ロープが緩んでいた。
「あ!」
「緩んだ……!」
「よし……!」
どうやら全員のロープが緩んだようだ。それに気付かず、ヤミラミ達はみだれひっかきをしている。
するとシルドが声を張り上げた。
「今だ!!」
「は、はい!」
「うん!!」
シルドの合図とともに、3匹はヤミラミ達を突き飛ばした。
「なっ…!?」
それを見たゼクトは予想外、といったように驚愕の声をあげる。
シルドはそれに構わず、何かを地面にたたきつけた。それと同時に辺りが眩い光に包まれる。ヤミラミ達は突然なことにうろたえた。
「な、何だ!?」
「うろたえるな! ただの光の玉だ!!」
慌てる部下に、ゼクトが指示をだす。そして光がやむと、いたはずの3匹がどこにもいなくなっていた。
それにゼクトは「チッ」と舌打ちする。
「シルドめ……光の玉をフラッシュ代わりにして逃げたな……! ヤミラミ達よ、そう遠くには行ってない筈だ! 追いかけるぞ!」
するとゼクトとヤミラミ達は出入り口から出て行った。
そして数秒後、柱の近くの地面から3匹が出てくる。体は土で汚れていた。
「うっ……ゴホッ、ゲホッ……。土が口に入ったぁ……」
「と、とにかく助かったんだよね……?」
シアオは口の中の土を出そうと咳きをし、スウィートは息を整えてから言葉を発した。
するとシルドは体の土を叩くと、出入り口の方をさした。
「まだ助かったとはいえない。とりあえず此処から出るぞ。ゼクト達がいつ戻ってくるか分からない」
ゼクト、という言葉がでるとシアオは表情を暗くした。
そんなシアオに言葉をかけられず、スウィートは目を伏せながら体の土を叩いた。
「とにかく行くぞ」
シルドのその言葉を合図に、スウィートとシアオはシルドとともに処刑場から出た。
この未来世界が、どんな世界なのか目の当たりにするまで、あと少し。