57話 吉報……?
ゼクトの話を聞いてから『シリウス』はギルドの仕事をしつつ、噂を流していた。『アズリー』も今は普通に仕事を再開している。
そしてその数日後、いつもどおりの朝礼に変化が訪れた。
「シルド捕獲についてだが……」
ディラが続きを言おうとした瞬間、ウーウー、というサイレン音がギルドに鳴り響いた。
「「「「「「!!」」」」」」
全員が緊急のときになるサイレンを聞き、穴の方に目をむける。
もしや何かあったのだろうか、と。
「このサイレンは……」
「コイルさんからの連絡です」
穴の近くに移動したハダルが答える。コイルから、という事はやはり何かあったという事だ。
全員の集中は完全にそちらに向いた。
「ジバル保安官ヨリ連絡デス!」
全員、黙ってコイルの連絡を聞く。
もしかしたら、という期待をこめて。
「コノタビ……
シルドヲ捕マエル事ガ出来マシタ!」
「えっ……!? シルドが!?」
「とうとう、捕まえたのか!!」
「きゃーやりましたわ!!」
ギルド内にいる弟子達が喜びだす。
ただスウィートと凛音はさほど喜んでいないようだった。けれど誰も気付かない。スウィートが表情をなくしているのも。
するとまた見張り穴からコイルの声。
「ソレデ……シルドヲ捕ラエタゼクトサンハ……シルドヲ連レテ未来ヘ帰ッテ行クソウデス」
「「「「「えぇぇぇぇぇぇえぇッ!!」」」」」
コイルの言葉を聞き、弟子達はさっきの喜びとは違う声をあげた。むしろ残念そうな、悲しい声。尊敬していたポケモンがいなくなる、というのだから悲しいのも仕方ないだろう。
「帰っちゃうんだ……」
シアオがシュン、として言う。他の弟子達ほとんどが寂しそうだというのに、フォルテは全くそんな感じではなかった。喜びを表面に出している訳でもないが。というかこれで喜びをだしていたら最悪だろう。
「でも……どうやって帰るんだろうな?」
「……ソレハ私ニモヨク分カラナインデスガ……ナンデモ時空ホール<gイウトンネルヲ潜ッテ行クソウデス。ソシテソノ時空ホール<茶gレジャータウンノ広場ニ開イタソウデス」
淡々とコイルが説明していく。
弟子達は喜びから一変、悲しそうな顔に変わっていた。コイルもどこか暗い。
「ゼクトサンハ帰ル前ニ皆サンニオ別レヲシタイト仰ッテイマス。デスノデトレジャータウンノ広場ニ来テホシイトノコトデス」
コイルが言い終わると、弟子達が顔を見合わせる。
そしてイトロが皆に呼びかけるように大きな声で発言した。
「ヘイ! こうしちゃいられねぇ!」
するとシアオもその声に負けないように、皆にむかって言った。
「早く行こう! トレジャータウンに!」
するとそれに全員が頷き、トレジャータウンまで走っていった。
―――トレジャータウン―――
広場にいくと、結構なポケモンが集まっていた。全員、ゼクトの見送りのためだ。
「皆さん、もう集まってますね」
「でもゼクトさんはまだいないみたいだな、ヘイヘイ!」
確かにトレジャータウンにはまだゼクトは来ていなかった。
そこで辺りを見渡していたスウィートは中央にあるブラックホールのような黒い物体に気付いた。
そして首をかしげ、コイルの言葉を思い出す。
(そういえば、時空ホール≠チていうのをトレジャータウンの広場に開いたって言ってたっけ。じゃああれなのかな? ……少し不気味)
思った感想を心の中でぼやく。スウィートの言うとおり、少し不気味な穴だ。
すると弟子達もそれに気付いたようだ。
「おっ? 何だ、アレ?」
ラドンは指をさし、弟子達がその穴が見えるよう、少し近づく。
シアオは目をキラキラさせ、フォルテは何故か身震いし、アルは顔を顰めていた。
(うわぁ、楽しそう! なんだろ、アレ!)
(あの中に入ったら……絶対、何かでてきそう……。ゴーストタイプとかゴーストタイプとか……)
(なんか……不気味な穴だな。近づきたくない)
思うことはそれぞれ違うようだ。
するとジバル保安官が穴を見ながら言葉を発する。
「コレハ時空ホール<fス」
「時空ホール=H あぁ、さっきコイルが説明していたものですわね」
ルチルが納得したように言う。
するとレニウムが穴に近づこうと一歩すすんだ。その瞬間、ジバル保安官がレニウムの前にでて
「危ナイ! 近ヅイテハイケマセン! 此処ニ入ッタラ最後、未来ヘトトバサレテシマイマス!」
「うっ……」
強い口調でジバルが言った。それほど危険なものなのだろう。レニウムは足を引っ込め、一歩さがった。
そうしているとシアオはあ、と声をあげた。
「ヒュユン、ミュエム、それにファームも!」
『シリウス』は知識、感情、意思の神と向き合う。3匹の無事が分かり、スウィートはホッとする。
あの作戦は囮作戦。その囮はこの3匹だった。だからこそ怪我をしないかが気がかりだったのだ。
「良かった……。無事だったんですね」
「当然よ♪」
ミュエムが笑顔でピースをしながら言う。心なしか、ヒュユンやファームの表情は明るい。スウィートもそれにつられて頬が緩む。
すると黙っていたフォルテが口を開いた。
「作戦は成功したの?」
「うん。さすがはゼクトさんだよ。完璧だった。シルドは捕まえられたし、時の歯車≠熨Sて取り返したよ」
ファームの言葉にトレジャータウンにいるほぼ全員がパァッと顔を明るくさせた。フォルテはゼクトの名がでた瞬間、顔を顰めたが。
しかし時の歯車≠取り返したというこは、星の停止≠防げたという事だろう。
「そろそろゼクトさんも来ると思いますよ」
ヒュユンがそう言うと、皆がそわそわし始める。皆、早く会いたいのだろう。2匹を除いては。
スウィートは色々なことをぼんやりと頭で考えていた。
チラリ、とその2匹を見る。フォルテは明らかに不機嫌な顔をしていた。よほど会いたくないのだろう。そしてもう1匹、凛音を見ると無表情だ。全く興味がないようだ。
その2匹にスウィートは苦笑する。
すると賑やかだった場が少し静まり、皆小さな声で話し出した。
「おっ、あれは……」
リングマが声をあげた。
見ると、ゼクトが歩いてきた。その後ろにはヤミラミというポケモンが2匹と、ほとんど縄で縛られているシルド。
(体は分かるけど……口まで縛る必要があるの?)
スウィートはその光景に顔を顰めた。あそこまでしなくても、と思う。
そしてゼクトは時空ホール≠フ前に立ち、ヤミラミとシルドはその左側の斜め後ろにたった。全員はシルドを見る。
「あ、あれが……」
「シルドですか……」
「いかにも悪そうな奴だな」
思ったままの感想を述べていく。
スウィートは露骨に顔をしかめ、その光景を見ていた。
シルドを非難する声など聞こえていない。
(…………ホントに、悪いポケモンなの、かな)
今、自分がそう発言したらきっと否定される。分かりきっている事だから言わない。それでも、自分の中では納得がいかない。
そんな思いを抱えながら、スウィートはシルドを見つめていた。
すると、ゼクトが話し始めた。
「皆さん! 今日は皆さんにいい報告があります!」
そういい、ゼクトはシルドの方を向く。
シルドの顔はゼクトの方を向いていなかった。いや、誰にも向けられていないかった。
「この度ようやく……ようやくシルドを捕まえることが出来ました!」
すると歓喜の声と拍手がトレジャータウンに響き渡る。
フォルテはシアオをいつの間にか盾にしている。隣には逃げられないようにアルがいた。
「これも皆さんが協力してくれたおかげです! ありがとうございました!」
ゼクトがそう言うと、先ほどより大きな声と拍手が響いた。
皆の表情はやはり笑顔。確かにようやく追っていた人物がつかまったのだ。喜ばないほうがおかしい。
「シルドは見ての通り凶悪なポケモンです。ですがもう心配ありません。世界の平和も、これで守られるでしょう」
そのゼクトの言葉を聞くと、どこも見ていなかったシルドが目を見開いた。それに、スウィートただ1匹が気付く。
シルドを見ると、口を動かそうとしているのが見える。
「…………!! ……!! ――っ!!」
(何か、言おうとしている……? けど……口まで縛られてるとわかんない……)
スウィートは必死に考える。何を伝えようとしているのか。だが答えは一向に見つからない。
するとアルが呟いた。
「……口も縛られているんだな。あれじゃ……何も喋れない」
スウィートはアルの方を弾かれたように見る。するとアルは困ったような笑顔を向けた。
するとゼクトがまた言葉を発する。
「しかし……同時に悲しいお知らせもあります。それは私も未来に帰らなければならないことです。皆さんとは……ここでお別れです」
「やっぱりそうなのか……ヘイヘイ」
「か、悲しいでゲス……。もっと色々と教わりたかったでゲス……」
明るい笑顔はどこにいったのか、全員の表情は暗くなっていた。シアオもその1匹だ。
スウィートは心配そうにシアオを見る。ゼクトは3神を見た。
「ヒュユンさん、ミュエムさん、ファームさん……。後のことはお任せしました」
「うん」
「分かってるわ」
「取り返した時の歯車≠ヘ私たち3匹が手分けをして……必ず元の場所に戻します」
「宜しくお願いします」
ゼクトの言葉にファーム、ミュエム、ヒュユンが返事をした。ゼクトは軽く3匹に頭を下げる。
すると次はジバルが発言した。
「色々ト、アリガトウゴザイマシタ。オ陰デ助カリマシタ」
「いやいや、こちらこそ本当にお世話になりました。これからも平和の為に頑張ってください」
「ハイ! 任セテクダサイ」
ジバルがゼクトの言葉に大きく頷く。
するとゼクトはヤミラミとシルドの方を見た。
「では、そろそろ……」
するとヤミラミ達が動き、シルドを時空ホール≠フ前まで歩かせ、そのまま突き飛ばした。ヤミラミもそれに続き、時空ホール≠ノ入っていった。
そしてゼクトも時空ホール≠ノ近づく。
「それでは皆さん……。名残惜しいですが……」
「うううっ……寂しいですわ」
「うぅ……また会いたいです……」
「うわーーーーん!! ゼクトさんーーーーーん! うわーーーーん!!」
すごい大声で泣くディラ。
寂しいのは分かるが、限度があるのではないかと凛音が少々ひいているのに気付きもしない。ただ全員がいい大人がその泣き方はどうかと思ったのは事実。
するとゼクトは時空ホール≠ノ近づき、あと少しで入るというところで止まった。
そして振り返る。
「……そうだ。最後に……最後に挨拶したい方々が……シアオさん。そしてスウィートさん、フォルテさん、アルナイルさん」
スウィートとアルは自分達が呼ばれたことに目を丸くする。
何故、自分達なのか。フォルテはギョッとしたような表情をして逃げようとするが、すぐにアルに首根っこを掴まれた。
シアオは目に一杯の涙を溜めながら
「僕たちだよ。行こう」
そういってゼクトの方に向かう。
スウィートもシアオと同じように近づき、アルはフォルテを引きずりながら行った。ゼクトの前にはスウィートとシアオ。
そして後ろにはアルと首根っこ掴まれているフォルテ。
「これでお別れだね……ゼクトさん…………」
シアオは必死に声を振り絞る。泣いているので声がなかなか出ないのだろう。
だがシアオは必死に言葉を紡いだ。
「今までホントに……ホントにありがとう!!」
シアオはやっと言いたかった感謝の言葉を言った。目に溜まった涙は今にもおちそうだ。
「…………これで……お別れ……か…………」
ゼクトは独り言のように、シアオの言った言葉を復唱する。
するとスウィートの頭の中で警告音がなり始めた。
(何か……嫌な感じ……! 何……なんなの……!?)
スウィートが一歩さがろうとしたと同時だった。
「――それはどうかな?」
「えっ?」
ゼクトの言葉に、シアオが目を丸くする。
するとゼクトの腹の口が開いた。それに全員が驚く。
スウィートは慌ててシアオも下がらせようとするが、遅かった。
「別れるのまだはやい!!」
「きゃっ!?」
「わっ!?」
いきなりゼクトはスウィートとシアオの首を掴んだ。
スウィートもシアオも頭の中がぐちゃぐちゃになった。他の者も呆然としている。
(何っ……!? どういう事……!?)
「スウィート!! シアオ!!」
「2匹を放せ!!」
いち早く我に返ったフォルテとアルはゼクトにむかって攻撃しようとする。だが
「お前達も……お前達も未来に来るんだッ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!」
その前にゼクトがスウィートとシアオを掴んだまま、時空ホール≠ノ入っていった。
フォルテとアルの攻撃は空振りに終わり、時空ホール≠目を見開いて見る。咄嗟のことで、全く動くことが出来なかった。
そして2匹が唖然としていると、
「きゃあ!?」
「なっ…!?」
誰かがその2匹の背中を押した。
いきなりのことで反応できなかった2匹はそのまま時空ホール≠フ中へと入ってしまった。
そこでようやく全員が我にかえる。
「わわっ!!」
「スウィートさん! シアオさん! フォルテさん! アルさん!」
広場にいた全員、いや1匹を除いた全員が時空ホール≠ノ近づいた。
それと同時に、時空ホール≠ヘ跡形もなく消えた。
「い、今のは一体……」
「何がおこったのでしょう……」
呆然とそれぞれが呟く。ほとんど一瞬の出来事で、何がどうなったか弟子達も、トレジャータウンの住民も分からなかった。
ただ、時空ホール≠ノ近づかなかった1匹――凛音は珍しく目を見開き、震えた声で呟いた。
「どうして……? 何故……何故、あの方たちが……? じゃあ、あれは本当の……?」
凛音は困惑したように、呟いていた。それに誰も気付いていない。
フォルテとアルを押した犯人を見た凛音は、理解が全く出来ずにいた。頭の中にはただ1つの単語。
(どうして――……)