55話 賢者が語る真実
「何だかんだいって優しいよね、……って」
「……いきなり何だ」
女の言葉に、男が意味が分からないといったように返す。
そんな男に女は苦笑し、そして「えっとね」と言い、そして何故か沈黙。そして少ししてからまた喋りだした。
「だって何だかんだ言いながら、優しいなぁって。キツい言葉とかいうけれど、それは相手を思ってこそ言ってるし」
「…………。」
「私も何度も助けられてしなぁ。でもまぁ、言葉をもう少し柔らかくしてくれたら有難いかな、って思うんだけど……どうかな」
「余計なお世話だ」
「ちょ、ちょっと傷ついたかも……」
そんなこと言いながら女はどこか楽しそうだった。そして嬉しそうだった。
男はそんな女を見てから呆れたように「ふぅ」と息をついた。
スウィートは目をゆっくりと開いた。
目に映るのはいつもの部屋の天井。まだぼんやりとしている頭で天井を見つめ、そして何回か瞬きをする。
(此処は……ギルド………? さっきのは……夢?)
「あっ、スウィートさん! 大丈夫ですか?」
ようやく思考が回復してくると、視界にアメトリィが入ってきた。
それを見てスウィートは少し頭で考えると、間を空けて返事をする。
「大丈夫……です」
スウィートは体を起き上がらせる。アメトリィが止めようとしていたが、それでも体に力をいれ、何とか起き上がる。
部屋を見渡すと寝ているシアオ、フォルテ、アルの姿。すやすやと規則正しい寝息をたてている。
そしてようやく頭の思考が完全に回復した。
「あの……シアオ達は……」
「大丈夫です。今はダメージも回復して寝ているだけです」
スウィートはホッと息をつく。心のそこから安心した。
するとアメトリィはあと、と付け加える。
「凛音さんは今は普通に活動して、一緒に連れて返ってきたガブリアスさんと話をしています。メフィさんはまだ目を覚ましていません」
「それって……メフィちゃんは大丈夫なんですか?」
「はい。命に別状はないので安心してください」
「…………。」
そう言われてもあまり安心できなかった。まだ目を覚ましていないなど、不安でしかない。
すると横から声がいきなり聞こえてきた。
「うっ……此処は……」
「あたし、どうしたんだっけ……?」
「ギルド……か?」
「「!」」
スウィートとアメトリィが声のした方に目をむける。
見るとシアオ、そしてフォルテとアルが目を覚ましたようで、体を起き上がらせていた。
「みんな、大丈夫?」
「ん、大丈夫。スウィートこそ」
「私は大丈夫」
どうやら全員、大丈夫そうだ。スウィートはまだホッと息をついた。
するとアメトリィが自分のベルを鳴らした。
「皆さーーーーん! 『シリウス』の4匹が目を覚まされましたよーー♪」
刹那、凄い足音をたてて、弟子達が部屋に入ってきた。少しばかり広い部屋は窮屈になっていた。
スウィート達の様子を見ると、全員が笑顔になっていた。
「きゃーーー! 無事に起きたんですわね!」
「ううっ……もしもの事があったら、あっしは……あっしは……」
「倒れてるトコ見たときはどうなるかと思ったぜ!?」
それぞれが意見を述べていく。というか口々に言っていく。
全員分は聞き取れなかったが、心配してくれているというのは分かった。
「ありがとう、心配してくれて。でも僕たち全員、大丈夫だから」
ね、とシアオが視線を3匹にむけると首を縦に振って頷いた。
するとサイレンが鳴る。聞きなれないサイレンに『シリウス』は戸惑ったが、弟子達が部屋から出て行くのを見て着いていった。そして来たのは見張り番の穴。
するとハダルの声が聞こえた。
「コイルさんから緊急の連絡みたいです。コイルさん、どうぞ」
「ハイ。ジバル保安官カラ連絡デス。
スグニトレジャータウンノ広場ニ集マッテクダサイ。ゼクトサンカラ重要ナ話ガアルソウデス。ギルドダケデハナク、周囲ノポケモンモ集マッテ欲シイトノ事デス。ソレデハ宜シクオ願イシマス」
ギルドの弟子達が互いに顔を見合わせた。
重要な話、とは一体なんだろうと。ただすぐに集まって欲しいと言っていたので考えるより先に、トレジャータウンに行くのが優先だろう。
弟子達は広場へと足を運んだ。
因みにフォルテはアルに引きずられながら。
凛音はメフィの様子も見なければならないという事、そして話が終わっていないという事でギルドに残った。
―――トレジャータウン―――
ギルドの者達が広場にいくと、結構なポケモンが集まっていた。
前にはゼクト、ジバル、ロード、ヒュユン、ミュエム。ファームはヒュユンとミュエムに近づいていった。
「ヒュユン! ミュエム!」
「あ、ファーム!」
あちらも気付いたようで、ファームの方によってくる。
「良かった、無事だったんだ」
「そっちも無事そうで何よりだわ」
ファームが安堵の息をついているのに、ミュエムはニッコリと笑っていった。ヒュユンも笑顔だ。
するとヒュユンは真剣な顔つきにかわった。
「ところで……時の歯車≠ヘ盗まれていないと聞きましたが……放っておいて大丈夫なのですか?」
「あぁ、それなら大丈夫。水晶で守ってあるから」
「そうですか」
その様子を見ていたスウィートは仲がいいんだなぁ、などと思って見ていた。
3匹の神の会話には気付かず、他の者は話していたりしているので辺りはざわついていた。
「ね、スウィート。もうちょっと前に行っとかない?」
「あ、そうだね。フォルテはあそこから動かないだろうし……」
チラリとスウィートがフォルテを見ると、フォルテはだいぶ離れた場所にいた。そばにはアルもいる。逃げないように見張っているようだ。というか逃げないように首根っこを掴んでいる。
スウィートは苦笑してからシアオとともに前に行った。
前に行くと、しっかりとゼクトやロード達の姿が捉えられる。
するとジバルが少し前に出た。そして
「皆サン! ソロソロ話ヲ始メヨウト思イマス! 静カニシテクダサイ!」
ジバルがそう言うと、ざわついていた場が静まった。さっきまでざわついていた空間が嘘のようだ。
つまりこの場にいる全員が聞く態勢に入ったのだ。
「最近、時の歯車<K盗マレル事件ハ皆サン、知ッテイルト思イマス。ソノセイデ時ガ止マリ、問題ニナッテイマシタ。
デスガ時の歯車<n盗マレ続ケテシマイマシタ。シカシ今回、ジュプトルノ魔ノ手カラ、時ノ歯車ヲ初メテ守ルコトガ出来マシタ!」
静かだった場に、感嘆の声があがる。そしてジバルは言葉を続けた。
「守ッタノハソコニイルファームサン! ソシテファームサンヲ救イ、ジュプトルヲ追イ払ッタノガ、コノゼクトサンデス!」
すると場に喜びの声があがった。
スウィートとシアオ、アルは普通に聞いていたのだが、フォルテは納得がいかないような顔をしていた。
(なんでアイツだけが言われてる訳?
だいったい、時の歯車≠守ったのはゼクトかもしんないけど、ファームを守ったのはあたし達でしょ。……納得いかない。ゴーストタイプ滅べ)
「すみません、ジバル保安官。ここから先は私が……」
「分カリマシタ。オ願イシマス」
そう言うとジバルは下がった。
代わりにゼクトが中央に立った。そして場が再び沈黙に包まれた。
「皆さん、ジバル保安官のいうとおり、時の歯車≠ヘ守れました。それは良かったです。
ですが……ジュプトルは捕まえられませんでした。ですから安心はできません。必ずジュプトルはまた時の歯車≠盗みに来ます」
辺りがまた騒然となる。先ほどから静かになったり、煩くなったりしているのには、誰も気になどしていない。
不意にスウィートが挙手をして、疑問を口にした。
「あの……ゼクトさんはジュプトル……のことを知ってたんですよね。名前まで言っていたし……ジュプトルもゼクトさんを知ったような口ぶりでした」
「それについても説明しましょう。スウィートさんの言うとおり、私はジュプトルの事を知っていました。
ジュプトルの名前はシルド・ラウトーゼ。そしてシルドは……未来からきたポケモンです」
「「「「「「え…えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇッ!!??」」」」」」
ゼクトの言葉に場にいた全員がでかい声をあげる。だが驚くのも当然だろう。
未来、など信じられない話だ。非現実的すぎる。
「未来ッ!?」
「あ、ありえない……」
「んな所から来れるのかよ!?」
口々に言葉を発していく。スウィートは目を見開いて驚いていた。
こうなると予測していたのか、ゼクトは気にすることなくそのまま続ける。
「シルドは未来でもものすごい悪党で、指名手配犯だったのです。そして逃げるため――シルドは過去の世界、つまりこの世界に来たのです。そしてこの世界にやってきたシルドは……ある悪巧みを企てました」
「何なんですか!? その悪巧みって!?」
ディラが戸惑いながらも疑問を口にする。
するとゼクトは少し間をあけて言った。
「それは…………星の停止≠ナす」
「星の……停止=H」
誰もが聞きなれない単語に首を傾げた。
スウィートは少しゼクトを疑いの目で見ていることに、誰も気付きはしない。
「星の停止≠ニは……星自体が停まってしまうことです。
時の歯車≠取ると、その地域の時は止まるのは皆さん知っていると思います。それがどんどん広がっていき、やがて星までもが止まってしまう。これを星の停止≠ニいいます」
このゼクトの言葉に、全員が絶句した。
それもそうだろう。時の歯車≠盗んでそんな大きな、世界全体に影響があるなど思っていないかったのだから。
「星の停止≠ェおきると……風は吹かず昼もこないし……季節が巡ることも無い……。まさに暗黒の世界……。世界の破滅といっても言い過ぎではありません」
「せ、世界の破滅だってぇ!?」
「時の歯車≠ェなくなるとそんな風になっちゃうのかよ!?」
「最近、時が狂い始めたのも時の歯車≠ェ盗まれたからです。このまま奪われ続けたら、世界は破滅してしまいます」
「そうだったのか……」
「しかしまずいぞ、それは!」
「な、何とかしないと!」
考えるだけでおそろしい世界だった。
トレジャータウンにいた者が困惑しだす。それも当たり前だ。現におこるかもしれない状況におかれているのだから。
「ヘイ! 質問! ちょっとわかんない事があるんだけど……。
今が大変なことはよーく分かった。でもわかんないのは……ゼクトさんの事だよ。ゼクトさんがはなんでそこまで詳しく知ってるんだ? いや、ゼクトさんが物知りだってのはよく分かってるし……尊敬もしてるけどさ……。でもいくら物知りだからって……未来のことなんてわからないはずだろ? ヘイヘイ!」
「そういえば……」
「そうだよな……」
話を聞いていたポケモン達の視線は、イトロからゼクトに移される。
確かにイトロの言うとおりだった。未来のことなど、未来予知でもできないかぎり分かるはずも無い。
「イトロさんの言うとおり、確かに私がこの世界のポケモンなら知るはずもありません。
ですが私は……シルドを捕まえるために追ってここにきた未来のポケモンです」
「「「「「「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇ!!??」」」」」」
ゼクトの言葉に二度目の絶叫。
ありえない話をしているので仕方ないことだが、トレジャータウン全体にその声は響いた。
「本当はもっと早くに言うべきだったのでしょうが……未来からきたと言っても信じてもらえないかと思い……。それにシルドに感づかれないため話せていませんでした。すみません」
「いやいやいや! ゼクトさんが謝る必要はないですよ!」
「ソウデス。ゼクトサンハ悪クアリマセン。悪イノハシルドデス。何トシテデモ捕マエナクテハ」
ディラ、そしてジバルがそう言うと、トレジャータウンにいる皆から同じような言葉が飛び交った。
「そうだそうだ! 悪いのはシルドだ!」
「世界の平和のためにも捕まえなくちゃ!」
「あんな奴、放っておいたらいけない!」
「私達も協力します!」
「もう時の歯車≠ヘ盗ませない!」
広場にいるポケモン達ほとんどが、そういう声をあげた。
ただスウィートは、そんな声が飛び交う中で、複雑な心境で立っていた。
(本当に、シルドが悪いポケモンだって私には思えない。だってあのとき――)
〈お願い、やめて!!〉
〈ッ〉
(あのとき、シアオに攻撃しようとしたとき、攻撃を止めた。あれは躊躇った様にしか見えなかった。もしもそんな事を企んでいるポケモンだったら、攻撃を止めたりしないでそのまま……)
スウィートは頭の中の考えを整理していた。
ただシルドを非難する言葉に、胸が痛んだ。誰かが、自分の中で「やめて」といっているようだった。
(それにムーンが言ってた通り……やるとしたら見たポケモンを全て片付けていたほうが都合がいい。なのにシルドは傷つけただけで殺しはしなかった……。やっぱり……悪いポケモンじゃない気がする……)
それでもスウィートの考えなど知らず、飛び交う声はやまない。
するとゼクトに向かってファームが発言した。
「ゼクトさん。シルドは僕を倒さないと時の歯車≠盗めないと知っている。
だから必ず僕を狙いに来るはず……。それを利用して、僕たち3匹が時の歯車≠封印するっていう嘘の噂を流したらどうかな」
「そうね。だとしたら必ず来るはずだもの」
「成る程……囮作戦ですね。ですがそうなると、貴方達が危ない目にあってしまいますが……」
「大丈夫です。私たち3匹は時の歯車≠守る者。それくらいの覚悟はできています」
どうやら嘘の噂を流し、そこで現れたシルドを捕まえるという作戦らしい。3匹の神は自分達が囮になる作戦でいいらしい。
その作戦を聞くと、気合を入れている者が多かった。行く気、満々なのだろう。
するとゼクトが申し訳なさそうに発言した。
「すみません。シルドを捕まえる役は、私だけでやらせていただけませんか?
シルドは用心深い性格です。もしも複数のポケモンが構えていると知ったら、更に慎重にいくでしょう。すると逆に捕まえにくくなってしまいます。皆さんには申し訳ありませんが……お願いします」
すると全員は渋々だがそれを認めた。ゼクトの言う事が正論だからだ。
ただギルドの全員は何か役にたちたい、と思ったらしく、噂をできるだけ広い範囲に流す役目をすることになった。シルドにも噂が届くように。
こうして、囮でシルドを捕獲する作戦は始まった。
「皆さん、平和のために頑張りましょう!」
「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!」」」」」
その中で辛そうな顔をしているポケモンに気付かずに。