54話 VS時の盗賊
――――大水晶の道――――
「ふぅ……。これで、全部……」
敵ポケモンを倒した後、スウィートが疲れたように息を吐いた。顔にも疲労が溜まっている。
それを見たフォルテが心配そうにスウィートに声をかける。
「スウィート、大丈夫? もう少し休んでいいのよ?」
「大丈夫だよ。それに、そんな悠長なこと言ってられないし」
スウィートはそう微笑みながら返した。だけどその微笑みはいつもより少し元気が無かった。
“水晶の洞窟”でのガブリアスとの戦いの疲労がでているのだろう。癒しの力で消費した体力はミングが持っていったとしても、ガブリアス戦でつかった体力はそのまま削られている。
そのうえ、狂ったガブリアスとの戦闘。この戦闘の緊張が、いつもの戦闘と比べると、とてつもない体力の消費になってしまったのだ。
「大丈夫ならいいんだけど……無理はしないでね?」
「うん……。ありがとう」
スウィートの笑顔を見ても、フォルテの心配そうな顔を変わらない。身を案じているのだろう。それはシアオもアルも一緒だった。
そして1番の心配は、ジュプトル戦だった。
ジュプトルがいたのなら、必ず戦闘になるだろう。そのときにスウィートの体は大丈夫なのか。それに一日一度のサファイアの中から力を借りることは出来ない。これらの事が3匹とも心配なのだ。
「頑張らないと……」
その心配に気付かず、スウィートは時の歯車≠ワで行くことを急いでいた。
急がないと盗まれてしまう。そんな思いで一心不乱に重い体を動かし、前に進んでいった。
――――水晶の湖――――
「ここが、最深部……?」
スウィート達がダンジョンをぬけると、全員が目を見開いた。
ついたのは水晶のように綺麗な床に、他の場所も水晶に覆われている。とても綺麗な場所だった。
スウィート達は少し奥に足を運ぶ。
すると、声が聞こえてきた。4匹は顔を見合わせ頷いてから、足音を忍ばせてゆっくりと近づく。
そして話し声が近くなり、大きな水晶に隠れて覗き見ると
「くそっ……!!」
時空の叫び≠ナ見たポケモンとジュプトルがいた。
「あれって……! もしかしてあのポケモンがアグノム!?」
シアオが小さな声で驚きの声をあげる。
スウィートは2匹のやりとりを静かに見ていた。
「くっ……駄目だ……! 時の歯車≠……とっては……!!」
「悪いな、そういう訳にはいかない。時の歯車≠ヘ貰っていく」
ジュプトルはそう言うと“水晶の湖”に近づいていく。
(時空の叫び≠ナ見たものと全く一緒……!)
2匹のやりとりを聞いて、スウィートは驚く。という事はあれは未来だったのか、と。
するとフォルテがスウィートに声をかけた。
「行きましょう。アグノムは戦えないみたいだし……これじゃまた盗まれちゃうわ」
「……うん!」
フォルテの言葉にスウィートは頷いて、2匹の元に出ようとする。
しかし、アグノムの言葉で止められた。
「待つんだ……盗賊ジュプトル……」
「……前のエムリット――ミュエムとは違って、俺が盗賊だという事は知ってたんだな。……ファーム・イレウォス」
ジュプトルは鋭い目線でアグノム、ファームを見る。
ファームは痛みに顔を歪めながら、言葉を紡いだ。それさえも興味がないといったように、ジュプトルはファームを見ていた。
「僕の……名前も知っている、んだね……。盗賊ジュプトル……。お前のことは、ミュエムから聞いた。おそらく此処に来るという事も……。
本当は僕の力で倒せればよかったんだけど……。けどね……僕はもしものために、ある仕掛けをしておいたんだ……!」
「何ッ!?」
ジュプトルがその言葉を聞いて、目を見開かせながらファームの方を見る。
するとファームの目が光った。その次の瞬間、
「「「「「!?」」」」」
ファーム以外の者が目を見開いた。
湖へといく道は――完全に水晶で覆われ塞がれたからである。
小さな隙間もなく、何重にも重なって時の歯車≠ヘ、いや、湖さえもが見えなくなっていた。
これでは盗むことも、近づくことさえままならなかった。
「貴様……!」
「時の歯車≠ヘ……絶対に、盗ませない……! 僕の、命にかえても……!」
「俺は何としてでも時の歯車≠手に入れる! お前を倒してでも!!」
ジュプトルはファームの方に近づいていく。
すると、2匹の影が見え、ファームの前に立った。
「時の歯車≠ヘ盗ませない。貴方の思い通りにはさせない」
「この前はよくもやってくれたわね。今度は上手くいくと思わないでよ?」
スウィートとフォルテだ。
でんこうせっかでファームの前にへと瞬時に移動したのだ。その乱入者をジュプトルは鋭い目でにらみつけた。
「お前らに用はない。そこを退け」
「退かない。私たちは貴方を捕まえる。しんくうぎり!」
「シャドーボール!」
スウィートろフォルテは攻撃を仕掛ける。ジュプトルは「チッ」と舌打ちをしてから攻撃を全て交わした。
「アイアンテール!」
「はっけい!」
「!」
しかしすぐさま後ろからシアオとアルが攻撃を仕掛ける。
ジュプトルは2匹に気付いていなかったようだが、間一髪で攻撃を避けた。
「流れ的には上手くいったんだけど……」
「そう簡単に仕留められる相手じゃないよな……」
シアオとアルが呟く。今の状態はジュプトルを4匹が囲んでいる状態。
スウィートは3匹にアイコンタクトで合図した。
「しんくうぎり!」
「はどうだん!」
「火炎放射!」
「すいへいぎり!」
『シリウス』は一斉にジュプトルに向かって攻撃を放つ。
右、左、前、後ろ、どこからも攻撃がきて避けられないはずだ。すると小さな爆発がおきた。
「やった……?」
シアオが呟く。
あれでは避けられないはずだ。仕留めたはず。だが
「――残念だな」
「なっ、きゃあ!?」
「「「!!」」」
声の聞こえた方を見ると、倒れているフォルテ。
ジュプトルのいる場所を見ると、穴。
「ガブリアスの時と全く同じコンボ……!!」
また同じ手に引っかかるとは。自分は唇をかみしめた。情けない、と。
だが今は自分の不甲斐無さを悔いている場合ではない。
「シャドーボールッ!」
「リーフブレード」
スウィートが撃ったシャドーボールは呆気なく、ジュプトルのリーフブレードによって真っ二つに割られる。
するといつの間にかジュプトルの上にアルが移動していた。そして攻撃しようとするが
「スウィート1匹だけだと思うな! 叩きつける!」
「遅い。ダンジョン攻略だけでバテたか? リーフブレード」
ジュプトルが一瞬でアルの前まで移動し、リーフブレードを喰らわせる
。空中でアルに避ける術などなく、そのままアルは技をうけ、床に叩きつけられた。
(やっぱり……皆、ダメージと疲労が癒えてないんだ……!)
「フォルテ!! アル!! くっ……はどうだん!!」
「……本当にバテてるみたいだな。でんこうせっか」
シアオもはどうだんも簡単に避けられてしまう。
スウィートとシアオは苦々しい顔をした。2匹とも、フォルテやアルと同じで疲労が溜まっている。
なのにジュプトルは動きは速い上に頭を使っている。今の状態でそんな相手と戦うなど、無謀にしか過ぎなかった。勝ち目など到底みえない。
けれど、時の歯車≠守らなければいけない。
「アイアンテール!」
「はっけい!」
するとジュプトルは穴を掘るで避けた。
スウィートは宙で1回転して着地する。シアオのはどうだんは壁にあたった。
「どこから来るかが分からない……」
「どうしよう……うわぁッ!?」
「!?」
シアオの下から何かのビームが発射される。おそらくジュプトルが穴から、シアオの下でソーラービームを撃ったのだろう。
シアオは予想外の攻撃で避けられず、当たってしまう。
「シアオ! ッ……」
ジュプトルはまだ穴から出てきていない。まだ穴から攻撃してくる気だろう。
スウィートは目を瞑る。そして深呼吸をした。
(大丈夫……。ミング達はオリジナルの技を、技を組み込んで創ってた……。……私だって今はイーブイで技が使える。私だって……できるはず……)
スウィートはとにかく神経を研ぎ澄ます。
そして耳に小さな物音が聞こえ、耳をピクリと動かした。
「真空瞬移!!」
「なっ…!?」
元いた場所からスウィートが急に消え、誰もいない場所からジュプトルが出てくる。
スウィートがいないことにより、攻撃は空振りに終わった。
「アイアンテール!!」
「ぐぁ!!」
ジュプトルの背後に回っていたスウィートは、ジュプトルにアイアンテールを当てた。
そしてスウィートはすぐに後ろに移動した。
「はぁっ……」
スウィートは息をつく。息は荒く、額に汗が滲んでいた。
ガブリアス戦での疲れが1番あったスウィートにとって、この戦いはいつも以上にキツイのだ。
「……なかなかやるようだが、どうやら疲労が溜まっているようだな」
「でも……時の歯車≠盗むわけにはいかないのっ……! シャドーボール!!」
スウィートはジュプトルに向かって思いきり撃つ。
するとジュプトルはそれに向かってリーフブレードをして真っ二つにわり、でんこうせっかでスウィートとの距離を詰めた。
(まずいっ……! 避けられない……!!)
「リーフブレード!」
「きゃあッ!!」
スウィートは避けることも出来ず、リーフブレードが直撃した。
そしてそのまま床に倒れる。
(そんなっ……! 動いて、動いて……!!)
スウィートは体に力を入れる。
だが体はいう事を聞かず、全く動かない。頭はぼんやりしてきて、意識が遠のいていく。
意識が薄れゆくなか、聞き覚えのある声がし、スウィートの意識は再び戻された。
「と、時の歯車≠ヘ……盗ませない……!」
(シアオ!?)
スウィートは目を見開く。そしてシアオの声が聞こえた方に目を移した。
そこにはアグノムを庇うようにたち、ジュプトルの行く道を阻むように立っているシアオがいた。
(やめて……)
「もう、あんな、寂しい世界なんて……見たくないんだ……!」
「…………。」
(お願い、何もしないで)
「だから……絶対にいかせない……!」
「……悪いが、そういう訳にはいかない。俺には時の歯車≠ェ必要なんだ」
(やめて、お願いだから、やめて……)
シアオは動こうとしない。そんなシアオを一瞥し、ジュプトルは、リーフブレードの準備をしていた。
スウィートは切実に願った。やめてくれ、と。
「悪いな」
ジュプトルがシアオにむかってリーフブレードをしようとした瞬間、スウィートは無意識のうちに叫んでいた。
「お願い、やめて!!」
「ッ」
スウィートが叫んだ瞬間、シアオに当たるか当たらないかの所で、ジュプトルの動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬で、ここには無かったはずの声が響いた。
「シャドーボール!!」
「なっ……!」
ジュプトルも予想外だったのか、間一髪で攻撃を避ける。
すると、シアオの前に知っているポケモンが現れた。
「ゼク、ト……さん……」
「シアオさん、後は私にお任せを」
するとシアオの体がゆっくりと倒れた。
急いで駆け寄りたいが、生憎スウィートは体が動かない。体に力が入らないのだ。しかし気絶しているのだけは確認できた。
それだけ確認し、スウィートは目をジュプトルとゼクトの方に動かした。
「久しぶりだな、シルド!!」
「チッ……ここまで追ってくるとはな。ゼクト」
(2匹とも……知り合い……? それに……『シルド』って……ジュプトルの名前…? どうしてゼクトさんがそれを知っているの?)
スウィートは2匹のやりとりを聞きながら違和感をおぼえる。
ゼクトはいつものような丁寧口調ではないし、おそらく『シルド』というのはジュプトルの名前だろう。
それを何故、ゼクトが知っているのか。
「逃しはしない。来てもらうぞ」
「お断りだ。だれがお前なんかに――付いて行くか!」
ジュプトル、シルドが何かを投げた瞬間、辺りが眩い光に包まれた。スウィートは目をギュッとつぶり、ゼクトは手で目を覆う。
そして光が収まったあと、シルドはもういなかった。
「シルドめ……! 逃がさん!」
そう言うとゼクトの体はすぐに消えた。おそらくシルドを追いかけにいったのだろう。
すると声が聞こえてきた。
「きゃーーー! スウィート達が……!」
「た、大変ゲス! 急いでギルドに運ぶゲスよ!!」
「急げ!!」
自身がよく知っている弟子達の声。
その声とともにスウィートは意識を手放した。