52話 不思議な力と不穏な影
「《マジカルリーフ》」
スウィートがガブリアスに向かって撃つ。
するとシアオに迫ってきていたガブリアスは方向を変え、スウィートの方に向かってくる。
そのとき、ガブリアスを見たミングがポツリと呟いた。
「《哀れな……》」
ガブリアスの耳には聞こえていないだろう。
そのままスウィートに向かってきているガブリアスに対し、スウィートは避ける素振りも見せない。といってもスウィートは避けようとしているのだが、ミングが拒んでいるのだ。
シアオや凛音が遠くから「危ない!」と言っているが、ミングは動く気はないらしい。
そしてガブリアスが十分に近づいたところで、不適に笑った。
「《馬鹿か、お主は。何もしない訳がなかろう。やはり狂った奴は…………反吐がでる》」
(……ミング?)
「《ギガドレイン》」
「ガァァァァァァァァアァ!!!」
反吐がでる、と言ったときの声は妙に低かった。
ミングはスウィートの戸惑いの声を無視してガブリアスに技を使った。そして体力を吸い取るとすぐにでんこうせっかで後ろに下がる。
技を繰り出して攻撃したとき、ガブリアスが声をあげたのにミングは顔を顰める。
「《もう少し静かにできんのか。……これだから狂気に染まったり、正気を失った者を見るのは嫌なんじゃ》」
(…………)
それに対してはスウィートは何の言葉も発さなかった。確かにこんなポケモン達を見るのは嫌だ。
そしてミングの言葉に引っかかりを覚えた。先ほどのミングの言葉はまるで、これまで狂気に染まったり、正気を失ったポケモンを見たことがある、と言ったような発言だ。
そして、どこか悲しそうで。
思考していたスウィートだが、シアオの言葉でハッとなった。
「うわ、来た!? はどうだんッ!!」
ガブリアスはまたしても標的を変え、シアオに襲い掛かる。
おそらく近くにいるポケモンや、自分の邪魔をした、攻撃をしたポケモンを狙っているようだ。
ガブリアスはがどうだんを避けて、ドラゴンクローをしようとするが
「させないですよ。エナジーボール」
凛音によって邪魔される。これで標的がまたしても凛音に変わるのだろう。誰もがそう思ったのだが
「きゃあ!?」
「うわぁぁ!?」
「またですかっ……!」
ガブリアスは地震をおこした。地震を避ける術がないスウィート達は直撃する。だがスウィートだけはすぐにミングのおかげで態勢を戻す。
「シザークロス!」
するとガブリアスはあっさり攻撃を受けた。避けられると思っていたスウィートは目を見開く。
するとミングの声が頭に響いた。
《いかん! 避けろスウィート!! はかいこうせんじゃ!!》
「嘘っ…………!」
という事は、当たったのはわざと。
スウィートを近いところまで来させ、はかいこうせんを至近距離を打つための罠。スウィートが気付いたときにはもう遅く、ガブリアスの口には光が溜まっていた。
「ガァァァアァッ!!!!」
「まもる!!」
咄嗟にまもるをして少しのダメージ軽減を狙う。
だが咄嗟に作ったもの、さらにはかいこうせんの至近距離の攻撃。あっさりと緑のシールドは壊れた。
「ッ――――!!」
スウィートは壁のところまで飛ばされる。
激突する、と衝撃に耐えるためスウィートは目を瞑ったが、ミングは宙で態勢を整え、足で壁を蹴ってくるりと宙で一回転していから着地した。
「ただ攻撃するだけじゃなくて、頭を使ってる……」
《厄介な……。まさかここまでとは……》
スウィートも、おそらくミングも苦い顔をした。暴れて攻撃するだけならまだしも、頭も使ってくるとなると本当に厄介だ。
するとまたシアオと凛音が動く。
「はどうだんッ!!」
「エナジーボール」
2匹は遠距離から攻める。そちらの方が確かに正しいだろう。スウィートもそれに加勢する。
「マジカルリーフ!!」
前からはどうだん、左右からはマジカルリーフ、後ろからはエナジーボール。
そして上にとんだ際、攻撃できるように3匹とも用意している。これではガブリアスも避けれない、そう確信した。
激しい音が場を覆った。結局、ガブリアスは上には跳ばなかった。
つまり技が当たったのだろう、土煙が巻き起こる。スウィートやシアオ、凛音は「やった」と喜んだ。
それも束の間だった。土煙がはれて、3匹は絶句した。
「まさか……あなをほる……!?」
凛音が呆然と呟く。ガブリアスの元いた場所には穴があった。
つまりガブリアスは上に避けるのではなく――下に避けたのだ。それに下など考えもしていなかったので攻撃の準備もしていなかった。
「ど、どこに……!?」
《………………! スウィート! リオルとフシギダネが並んでおるだろう! そっちじゃ!》
ミングは分かったようで、頭に声を響かせ教えてくれる。
スウィートは一瞬、頭の理解が追いつかなかったが、すぐに声を張り上げた。
「シアオ! 凛音ちゃん! 危ない!!」
「えっ? うぐぁ!?」
「うっ!!」
スウィートの忠告はおそく、地面から出てきたガブリアスはドラゴンクローで2匹を攻撃した。
急で避ける事ができなかった2匹の体は壁へと直線にとんだ。
「シアオ!! 凛音ちゃん!!」
《スウィート! あのガブリアスはまだあの2匹を狙っておる! こちらに注意を引きつけろ!》
スウィートがガブリアスを見ると、口に炎をためて、もう動けない2匹に対して火炎放射を撃とうとしていた。
(あれ以上喰らったら……本当に危ない!!)
「それ以上、2匹に近寄らないで! しんくうぎり!!」
スウィートは咄嗟に技だし、ガブリアスにダメージを与えた。
するとガブリアスの標的はスウィートへと変わる。
「早く……やらないと……。皆の回復が……」
《分かっておる……。じゃが……あやつ、あれだけダメージを受けて、体に傷をつけても反応をせん。苦しんでも、痛がってもない。
最悪の場合…………
命尽きるまで襲い掛かってくる》
「!!」
その場合、自分はどうのように行動に移せばいいのだろう。殺す? あの、悲しい目をしていたガブリアスを?
スウィートは殺す、と考えた瞬間に胸が痛んだ。体は、頭はそれを拒んでいる。
《…………スウィート。とにかく……あやつを倒すぞ。もしかしたらじゃが……いつもの様にいくかもしれん》
「……うん」
ガブリアスはスウィートに向かって突っ込んでくる。
スウィートは一旦、でんこうせっかで距離をとってから息を吸い込んだ。上手く、殺さずにいくようにと願いながら。
「《
幻緑閃花!》」
スウィートが技名を叫んだ瞬間、眩い緑色の光が一瞬だけ辺りを包んだ。
ガブリアスは蔓に絡め取られ、シアオ達の元には一輪の花が手元にあった。
「……この技は、相手の体力のギリギリの所まで蔓が吸い取り、私が指定した……つまり花が手元にあるポケモン達に体力をあげる……そういう技なの」
スウィートは蔓に絡め取られ、暴れているガブリアスに説明をする。
ガブリアスの耳にはきっと、いや、絶対に届いていない。今もまだ逃れようと暴れまわっている。
シアオ達の体の傷はみるみる回復していき、目を瞬かせている。
「なんで……体が軽くなった…………? 何、この花……」
シアオが呆然と呟きながら体や花を見る。フォルテ、アル、凛音もだ。そしてガブリアスを絡めとっていた蔓が消え、シアオ達の手元の花も消えた。
ガブリアスの体はゆっくり横に倒れた。
「ガァァァァァァァァァァアァァッ!!!!!」
「!?」
しかし足を踏ん張らせ、ガブリアスは立っていた。
もうわけが分からなくなっているのか、壁に攻撃をしたり、シアオ達にむかって攻撃をしようとしたり。
もう、本当に正気ではない。
「な、何なの!?」
「ちょ、ホント何が……!?」
「完全に……狂い始めやがった……」
「これは……まずいのでは……」
シアオ、フォルテ、アル、凛音が順に声をあげる。ガブリアスの攻撃はがむしゃらで隙だらけなので、とりあえず避けながら。
スウィートは本当に狂い始めたガブリアスを見ながら、頭の中で必死に考えていた。
どうしたらいいのか、と。どうにかしてやれないか、と。
わからない。どうすればいいのか。自分がどうやって行動したら救えるのか。全くわからない。
《スウィート…………》
ミングの声もまるで頭に入っていない。
どうすれば、どうしたら助けられる? 目の前で苦しんでいるポケモンを。どうやったら自分は救ってやれる? どうしたら――
スウィートの頭の中ではそれだけがぐるぐると回っていた。どうすれば、と。
それでもいい案も何も思い浮かばない。思い浮かんでしまうのは、最悪のバッドエンド。スウィートは頭から振り払うが、それは追い詰めるように浮かんでくる。
そのとき、不意に頭に声が聞こえた。
ミングではない、サファイアの中にいるポケモン達じゃない声が。
〈……またうじうじと考えてんのか。ホント、直せといっても直さないな、お前は〉
低い男の声。ハァ、と溜息をついたのが分かる。スウィートにとってこの声は聞き覚えがあった。
いつも時空の叫び≠ナ聞こえる声だ。
〈うじうじだなんて考えてないもん……。ただ、私が今やってることは本当にポケモンを救ってあげられてるのかな、って思ってるだけ。
……やっぱやられてる立場にならないとわからないなぁ。私はやる側だし……〉
男の声とは違う、女の声。男と比べると断然、幼い声だった。
〈またそれか。それがお前の力なんだろ? いいかげん信じろよ〉
〈…………それもそうだね。持って生まれた私の力だし、ね〉
男の言葉に、女はフフッと笑いをこぼした。
(私の力……)
スウィートはぼんやりと考えながら、目を閉じた。そして目を開けるといつものようなこげ茶色の目に戻っている。
《スウィート……? 一体、何をするつもりじゃ?》
「うん……。ちょっと、ね」
スウィートはふぅ、と息を吸い込んでから一歩踏み出した。そしてゆっくりと歩き出す。
方向は、未だ暴れ狂っているガブリアスに。
《何をするつもりじゃ!? 下がれ、スウィート!!》
「スウィート!? 何するつもり!? 危ないよ!」
ミングやシアオの忠告の声が聞こえるが、スウィートはただ「大丈夫」と短く返しながらガブリアスの方に歩み寄る。
一歩一歩、慎重に。大丈夫だ、そう言い聞かせて。
(私がしてあげられること……。それはたった一つしかない)
スウィートが暫く歩み寄り、ガブリアスに3mくらいまで近づくと、ガブリアスはスウィートの方へとドラゴンクローで向かってきた。
そこでぴたり、とスウィートは歩みを止め、口を開いた。
「グゥガァァァァァァァァァァァアァァッ!!」
「ねぇ、貴方は別に誰かを傷つけたい訳じゃないんでしょう?」
スウィートがそう言うと、ガブリアスの動きが一瞬、止まった。それでもスウィートに向かってくる。
スウィートは微笑んで言葉を続ける。
「じゃないと、そんな悲しい目をしないよね。ねぇ、そうでしょう?」
スウィートはガブリアスの問いかける。あと数センチでスウィートの首元にドラゴンクローが打たれる。ガブリアスが腕を振り上げる。
サファイアの中から、そしてシアオやフォルテ、アル、凛音の声が聞こえる。
だがスウィートは言葉を紡いだ。
「――大丈夫」
あとわずか、そんなところでガブリアスの腕、いや、体はピタリと止まった。止まって、動かなくなった。
その瞬間、ほんわかとした優しい光が辺りを包んだ。
シアオ達はその光に驚いていたが、何故だか警戒心はなかった。
(暖かい……光…………)
4匹がそう考えている間に、スウィートは宥めるように言葉を紡いでいく。
「大丈夫だから。もう、誰かを傷つけなくていい。だから、そんな悲しい目をしないで」
お願いだから、とスウィートが苦しそうに言うと――ガブリアスの目に涙が伝った。動きはやはり止まったまま。
「大丈夫。もうしたくないことをしなくていいんだよ。苦しまなくていいから。そんなこと、しなくていいから。
――だから、狂気に染まっていかないで……。お願いっ……!」
悲痛なスウィートの言葉、願いに、ガブリアスが小さく頷いた。そして、そのまま倒れた。
スウィートはその光景を見るや否や、ヘタリとその場に座り込んだ。
「だ……だいじょうぶ…………だよ、ね…………?」
スウィートは震えた声でガブリアスを見ながら呟く。
ガブリアスを見ると、呼吸していることが分かる。それをみてスウィートはホッとした。
「スウィート!!」
するとシアオ達が近づいてきた。
凛音だけはガブリアスの元に行き、何故か凝視していた。
「大丈夫? 怪我は!?」
「だ、いじょうぶ。ちょっと……安心して力が抜けちゃっただけ……」
とてつもなく安心してしまい、体にあまり力が入らない。スウィートはとりあずふぅ、と息をついた。
すると「スウィート先輩」と凛音に呼ばれる。
不思議に思いつつも『シリウス』はガブリアスと凛音の元に向かう。
「どうかしたの?」
「これを見てください」
凛音が指をさした場所、ガブリアスの腕のところを見ると、不自然なものがあった。スウィートとアルは顔を顰める。
一方、シアオとフォルテは頭に疑問符をつけていた。
「どーかした?」
「これ……もしかして注射の痕……」
そう、ガブリアスの腕には注射で刺されたような痕が残っていた。場所的にはガブリアス自身でうてる場所ではない。
だとしたら考えられることは1つ、
「誰かに何かを注射で投与された……っぽいな」
「えぇ!?」
アルが呟く。シアオが驚きの声をあげたが、今は気にしている場合ではない。
凛音は腕の痕をまじまじと見てから、スウィート達にむかって思ったことを述べた。
「もしかしたら……狂ってた原因はこれかもしれませんね。
注射をうたれ……その時に薬でも投与されたのでしょう。それが狂気に染まるような薬、もしくは自我を失う薬ですかね。何にしても……許せる行為ではありません」
すると凛音は自分の探検隊バッチを取り出した。スウィート達はキョトン、とした表情になる。何をするつもりだ、と。
凛音は目線だけで分かったのか、説明した。
「私はギルドに戻ります。このガブリアスも連れて。
メフィの治療もしなければなりませんし、私自身もこの戦闘でかなり体力を消費したので。これ以上の戦闘は出来そうにないですし。あと……ガブリアスから何か聞けるようなら聞いてみます」
「あ、うん……。お願いね、凛音ちゃん」
スウィートの言葉に凛音は「はい」と短く返事をして、バッチの力でギルドへと戻った。
スウィートはガブリアスが倒れていた場所を見る。
(一体、誰がそんな酷いこと……)
沸々と怒りが沸きあげる。だがフォルテの声によって怒りと思考はすぐに消散させられた。
「階段あったわよ。とりあえず行きましょ。アル、これでおそらくダンジョンを抜けられるんでしょう?」
「あぁ……。ルチル先輩の説明によるとな」
『シリウス』は互いに目をあわせてから、階段を上っていった。
ガブリアスのこと等を考えながら。それぞれの想いを募らせながら。
「まさか……暴走を止めるなんて思ってなかったわ」
スウィート達が去った場所、2匹のポケモンが来ていた。この声は♀のもの。
「自分達もやられず……さらに相手も殺さず。ちょっと流石に僕も予想外だった」
この声は♂のもの。2匹はスウィート達がガブリアスと対峙していたフロアを眺める。
ガブリアスが暴れたおかげで綺麗な水晶は粉々に砕け、酷いことになっていた。
「あの薬……万能とか言ってなかったかしら? ガブリアスにその万能な薬を投与してこのダンジョンに放つって。そうすれば彼か彼女、どちらかはやれるはずだって……。とんだお門違いね」
「そうだね。無残な結果で役に立ってないし」
どうやら薬を投与し、ガブリアスをこのダンジョンに放ったのはこの2匹らしい。会話を聞くともう1匹、関係者がいるようだが。
すると♀の方は辺りを見ながらポツリと呟いた。
「いつまで……こんなことを続ける気でしょうね」
「……さぁ。僕にも、検討がつかない」
♂の方は重々しく返した。
そして♀のポケモンは♂のポケモンの方をむく。
「様子を見て来いって言われて見にきたけど……失敗ね。戻りましょう」
「あぁ。そうだね」
2匹は短く会話を交わすと、姿を消した。