51話 狂気の目
「凛音ちゃん! メフィちゃん!」
スウィートが2匹の名を呼ぶと、ガブリアスと対峙していた凛音はスウィート達の方に目線をむけた。
そしてすぐにガブリアスに戻す。全くといっていいほど余裕がないようだ。
メフィの方は顔を苦痛で歪めている。腹の部分にはまだ真新しい傷があった。
まだ状況をきちんと把握していない『シリウス』をよそに、ガブリアスは凛音にむかって飛び掛った。口には、炎を灯した牙。
「グァァァァァァアァァ!!」
「勘弁してくださいよっ……!」
凛音は紙一重でガブリアスの攻撃を避ける。凛音の方もダメージを負っているらしく、顔を顰めていた。
すると凛音はいつもは出さない大声をだした。
「先輩方! バッチでメフィをギルドに戻してください! もう戦える状態じゃありません!」
「わ、分かった!!」
凛音の大声に驚いていたスウィートは1番に反応する。
そしてすぐに3匹に指示をだした。
「フォルテはメフィちゃんをバッチでギルドに戻して!」
「え、ええ!!」
スウィートの指示に頷くと、フォルテはでんこうせっかでメフィの元までいった。
それを見るとスウィートは2匹を見る。
「シアオ、アル……戦える?」
「だ、大丈夫! それより早く凛音の手助けをしないと!」
「あぁ、大丈夫だ!」
2匹は返事をすると、ガブリアスの方に駆け出した。スウィートはてだすけを発動させる。
一方、メフィとフォルテは
「メフィ、大丈夫? これ食べれる?」
「フォル、テ……せん、ぱい…………?」
メフィの声はいつものように元気ではきはきとした声ではなく、とても弱弱しい、途切れ途切れのものだった。
フォルテはオレンの実を少し小さくちぎってメフィに食べさせる。
「今から貴女をギルドに戻すわ。ギルドにはアメトリィが残ってるらしいから……手当てをしてもらいなさい。分かった?」
「まっ、て……ください……。りん、ねは……?」
「凛音は多分……残ると思うわ。今も戦ってるし」
フォルテがそう言うとメフィは今にも泣き出しそうな顔になった。
「だめです……! 凛音、けが……してるんです……! むり、しちゃう……!」
フルフル、と首を横に振る。目には若干だが涙が溜まっている。だが今の凛音がすぐに引き下がると、フォルテには思えなかった。
フォルテはメフィにゆっくりと宥め聞かせるようにいう。
「……とりあえず貴女はギルドに戻りなさい。凛音はあたし達が無理させないようにする。無理をするようならギルドに戻すわ。それでいいでしょう?」
フォルテの意見にメフィはなかなか頷かなかったが、渋々といったように頷いた。
それを見てフォルテは「ありがとう」といってからバッチをメフィにかざし、ギルドへと戻した。
そして4匹とガブリアスの方を見る。技と技の攻防戦が続いているように見える。フォルテはすぐに駆け寄っていった。
「スウィート! メフィ、ギルドに戻したわ!」
「ありがと! っ!」
「グゥァァァァァアァァ!!」
スウィートはギリギリでガブリアスの炎の牙を避ける。
そのときにガブリアスの目を見た瞬間、背筋が寒くなった。そしてすぐに目を逸らした。
(目の焦点が、あってない……!)
ガブリアスの目はスウィートに向いてるわけでもなく、他の4匹に向いているわけでもない。
その目はただ狂気だけを感じられ、真っ赤に充血していた。
(狂ってる……! 声といい、目といい……全部が…………)
「ギィグァァァァァァアァァ!!」
狂ったように叫び、ガブリアスは次々に攻撃をしかけてくる。
スウィートはその様子を見て顔をゆがめた。ガブリアスは気にすることなく暴れ続ける。
「使えるといいんだがな……! すいへいぎり!!」
「いくよ! はどうだん!」
「喰らいなさい! 火炎放射!」
「はっぱカッター!!」
順にアル、シアオ、フォルテ、凛音が一斉に攻撃をする。
それがガブリアスにあたった事により、土煙が巻き起こった。辺りが見えなくなる。
そして少し離れて全員が様子を伺っていると
「きゃあ!?」
「「「「!?」」」」
声のした方を見ると、ガブリアスがフォルテの首を掴んでいた。
フォルテは体系的に体が宙に浮いていて、首を掴まれていることにより、苦しそうに顔を歪めていた。
ガブリアスはそれを見ると、締めあげる力を更に強くする。
「……ぅ…………ぐっ……!」
「フォルテを放して!!」
スウィートがアイアンテールの準備をしてガブリアスに接近する。ダメージを与えれば放すだろう、と考えて。
しかしガブリアスは予想外の行動にでた。
「きゃっ……!?」
「いっ……!!」
ガブリアスがスウィートに向かって、掴んでいたフォルテを投げたのだ。それも優しいものではなく、思いきり。
スウィートは突然の事で反応できず、フォルテと勢いよく衝突した。そして後ろにあった壁に背中を強打する。
「いたた……フォルテ、大丈夫!?」
「けほっ……ごほっ…………。何とかね。ありがと」
少々咳き込んでいるものの大丈夫そうだ。スウィートはホッと安堵の息をつく。
そしてすぐに真剣な顔つきへと変わり、ガブリアスを再び目を向けた。
「狂っていても……きちんと頭を使って動いてる……」
「やっぱ……スウィートもそう思う? あのガブリアス……正気じゃないわ」
フォルテはガブリアスを睨みつけながらそう言う。そのガブリアスはただただ暴れまくっていた。
フォルテの言うとおり、正気じゃない。
「ガァァァァァァァァアァッ!!」
「一旦、動きを止めるね……。縛り種!」
スウィートがガブリアスの口にむかって種を投げた。
上手く口の方に一直線に飛んでいき、ガブリアスは種を飲み込んだ。するとガブリアスの動きが止まる。
それを見たシアオがスウィート達の方に駆け寄ってきた。
「スウィート! フォルテ!」
スウィートは考える。
危険物を放っておいて逃げるか、それとも策を練って戦うか。だがこのまま引き下がると次に来たポケモン達に被害が及ぶ。だが『シリウス』に他のポケモンを巻き添えにしようなどと考える者はいない。
スウィートがシアオの方を見ると、目を見開き、声は張り上げた。
「!? シアオ、後ろッ!!」
「え!? うぐッ!?」
その瞬間、シアオの体が吹っ飛んだ。咄嗟にアルが動き、壁にあたるかどうかスレスレの位置でシアオをキャッチする。
シアオが居た場所には――狂気の目に染まったガブリアス。
「グガァァァァァァァアァ!!」
「どうして……!? 縛り種は飲み込ませたはずなのに……」
おかしい、誰もがそう思った。縛り種を投げると暫く動けなくなる。
こんな数秒で動くはずが無いのだ。なのにこのガブリアスは平然としている。
「先輩! このガブリアス……睡眠の種を投げても無駄でした! もしかしたら……種が効かないのかもしれません!」
「そんなっ……!?」
なぜ効かないのだ、と誰かに言いたいところだが、知っている者がいるはずがない。寧ろ、そんな事例は今までないので、全員が予想外のことに目を瞠った。
分の悪さにスウィートが顔を顰めると、アルがいつの間にか手に持っていたものを投げた。
「1匹だけだから使うのは嫌だったんだが……敵縛り玉!!」
するとフロア全体を光が包んだ。ガブリアスは動きが止まっている。はずだった。
「嘘だろ……」
「不思議玉も駄目なのですか……!?」
アルと凛音が呆然と呟く。
ガブリアスは止まりもせず、襲い掛かってきた。スウィートの方に向かってきて、おそらくドラゴンクローをしてこようとしている。
「グギィァァァァァァアァ!!」
「どうして…………。ッ……!?」
スウィートは避けつつ、ガブリアスを見る。
動きがとても早く、避けるので精一杯だ。そのとき、ガブリアスと目がバッチリとあった。
(狂気の奥底……悲しんでる……? 怯えてる……?)
最初に見たときは狂気しか感じなかった。だが今の目をしっかりと見ると――悲しんでいるように見える。
スウィートはそれが分かった瞬間、頭にいろんな事がよぎった。
(嫌だ、見たくない……。もう、あんな目……嫌…………見たくない……! 視たくない!!)
頭が、あの目を拒んだ。スウィートの中で大きく拒絶した。見たくない、と。
その瞬間、スウィートの隙を生んだ。
「グァァァァァアァッ!!」
「しまっ――うぁッ!!」
「スウィート! っ、皆、ちょっと任せたわよ!」
しまった、と気付いたときにはもう遅く、ガブリアスのドラゴンクローがスウィートにあたった。
フォルテがアル達に一言かけてからスウィートの方に駆け寄ってくる。
そのときにガブリアスの目はフォルテに移動したが、シアオ達が攻撃をしたおかげで襲っては来なかった。
「スウィート! オレンの実、食べれる?」
「コホッ……だい、じょうぶ。……ちょっと油断しただけだから」
スウィートはフォルテに渡されたオレンの実を手早く食べる。戦闘に参加するためだ。
するとフォルテがガブリアスを見ながら呟いた。
「最初に暴れているのは……時が狂い始めた影響だと思った……けど、違うと思うの。
確かに時の影響で正気を失うポケモンはいる。何度も正気を失ったポケモンをあたしは見たことがあるわ。だけど……種も玉も効かない、それにあんなに目が充血しているのは……見たことが無い」
(という事は……ガブリアスが正気じゃないは、時の影響じゃなくて……他に理由があるって事……?)
「とにかく……今そんな事を考えている場合じゃないわね! いける? スウィート」
「大丈夫。早めに倒そう」
もしかしたらジュプトルとも戦わなければならないのだから、とスウィートは心の中で付け足した。
そしてガブリアスの方に向かっていく。
「「シャドーボール!!」」
スウィートとフォルテが同時に技名をいい、同じシャドーボールがガブリアスに向かっていく。
ガブリアスは避ける素振りさえ見せない。
当たる、と誰もが思った瞬間――ガブリアスの周りに砂嵐が巻き起こった。
「嘘っ!?」
「そんな避け方アリ!?」
砂嵐はガブリアスを守るように巻き起こっていたが、やがて全体に広がった。
周りが砂嵐でよく見えなくなり、ガブリアスの姿も見えなくなる。さらにガブリアスの特性はすながくれ。回避率がとても大きくなっているのだ。
(これじゃあ……こっちが不利……!)
あたる砂嵐に顔を顰めながら、ガブリアスの姿を探す。そのとき、凛とした声が場に響いた。
「状況を変えさせていただきます、にほんばれ」
凛音の声だ。砂嵐は瞬く間に消えうせ、太陽の日差しが眩しいくらいに射し込んできた。
これで有利になるのは、凛音とフォルテだ。
「形勢逆転かしら!? 火炎放射!」
「エナジーボール!」
技の威力があがって優勢になった2匹が攻撃をしかける。
ガブリアスは素早い動きでそれを避け、凛音の方にドラゴンクローの準備をしてつっこんでいく。
「させない、しんくうぎり!」
「こっちにはまだいるんだから! はどうだん!」
スウィートとシアオの攻撃に気付いたガブリアスは方向を変え、攻撃を避けた。
その方向に避ける、と予想していたアルが待ち構えていることを知らずに。
「アイアンテール!!」
アルがガブリアスの頭めがけてアイアンテールを打ち込もうとする。
だが、あたる前に、ガブリアスがアルの尻尾を掴んだ。
「なっ……!?」
するとアルの尻尾を掴んだまま、アルの向かって口に眩い光を――
(この至近距離からはかいこうせん!? まずい!!)
アルは何とか避けようとするが、尻尾を掴まれていて出来ない。そしてガブリアスは口の光を――放った。
「アル!!」
土煙が巻き起こってどうなってしまったかが分からない。
だがあの状態では、直撃だろう。
(嘘……!?)
そして土煙がはれると――ガブリアスと、未だ尻尾を掴まれているものの、無傷のアル。3匹はホッと息をついた。
尻尾を掴んでいる腕を見ると……緑色の蔓が巻かれてあった。
「間一髪……でしたね……。はっぱカッター!!」
おそらく蔓で腕を下に下げさせ、はかいこうせんが当たらない場所に腕を持っていかせたのだろう。
凛音が攻撃をするとガブリアスはアルをはっぱカッターの方へと投げた。
「危ねっ! 10万ボルト!!」
アルは宙に浮いた状態ではっぱを全て10万ボルトで落とした。そして綺麗に着地する。
「サンキュ、凛音。助かった」
「いえ。……どうやら少しの話もさせてもらえぬようです、よっ」
凛音はガブリアスが撃ってきた火炎放射を避ける。かなり広範囲だったため、フォルテ以外は全員よけた。
(はかいこうせんの反動もないのね……。これは……本当にマズいかもしれない)
スウィートが次にどうするか、と考えた瞬間だった。
「グゥアァァァァァァァァアァ!!!」
いきなり大きく地面が揺れ始めた。
「嘘っ!?」
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
「うっ!?」
「しまった…!!」
ガブリアスが地震を急にしたため、反応できなかった5匹は、避ける術もなく地震を食らった。効果抜群の2匹にとっては大ダメージ。
スウィートが見るとシアオは起き上がっているが、効果抜群だった2匹と、元からダメージを負っていた凛音は倒れた状態だった。
そんな3匹に追い討ちをかけるように、ガブリアスはドラゴンクローを喰らわせる。
スウィートとシアオはすぐに反応できなかった。
「いっ……!!」
「ぐぁ!?」
「ッ!!」
凛音はスウィートが何とか押しのけ技をかわしたが、フォルテとアルがドラゴンクローをもろにくらってしまった。
ダンジョンでも戦ってきて、そしてガブリアスの攻撃。もう、戦えるほど体力も残ってないだろう。
「皆、大丈夫!? ちょっと休んでて!」
スウィートがそう指示する。だが凛音の体は光り始めた。
何をするつもりだ、と見るとみるみる傷が回復していく。ただ全部ではなく、ほんの少しだけだが。
「ちょ、凛音ちゃん! 休んでなくちゃ……!」
「光合成をしました。体力は少しは回復したはずです。……問題ありません」
凛音は体の蕾から蔓をだし、フォルテとアルを隅の方に移動させる。
ガブリアスの目がその3匹にいかないよう、スウィートは攻撃をしかける。
「しんくうぎり!」
広範囲攻撃のため、ガブリアスは避けにくいのを分かっているからか、攻撃を避けなかった。
しかし、倒すには至らない。
「ガァァァァァァァァアァッ!!」
ガブリアスは声を上げて襲い掛かってくる。
どうやら攻撃を受けても攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。スウィートは目を閉じる。
(本当は……ジュプトルと戦うときに力を貸してほしかったんだけど……今はそれどころじゃない。皆を……守らないといけない。
ごめんだけど、お願いできる?)
《今回はわしが出させてもらうぞ? 本来ならシクルに出てもらいたい所だが、拗ねているからのぅ》
拗ねているのか……といつもなら思っているだろうが、生憎、スウィートとしてはそんなことを考えている暇はない。
スウィートが目を開けると、緑色の瞳になっていた。