49話 可能性を信じて
真っ黒な世界。光がない世界。
そんな世界に、スウィートは立っていた。そんなところに自分が立っている事は、不思議に違和感がなくて。
スウィートは空を見上げた。一面に広がる広大な空。
(虚しい空……)
空は水色じゃない。灰色。
雲も空と区別がつくように少し色が違うだけの、灰色。そんな空をスウィートは見上げていた。やはり全く違和感を感じない。
ボーッと空を見上げた後、スウィートは違うところに目を移した。
今度は近くにあった大きな木。やはりそれも緑ではなく灰で、木の葉は宙を浮いて止まっている。
(色も……自然の風もない……)
スウィートが心の中で呟いている言葉は仕方なしと言ったようで。
頭の中で、この光景を驚きもせずに普通に見ている自分がおかしい、と考えているスウィート。
けれどこの光景を肯定してしまう自分の方が強かった。
完全に自分の考えが矛盾していることに、スウィートは気付かない。
何故だろう? 何故、そう思えてしまうのだろう? 何故そう感じるのだろう?
答えは一向に見つからないまま。
スウィートは色もない悲しい、寂しい世界をただただ見つめているだけ。
その頬に、一筋の涙が流れた。
その涙を流した張本人は、光景と考えに気をとられ、それにさえ気付かなかった。
「……ート! おい、スウィート!」
「ん…………」
自分の名を呼ばれ、目をゆっくりと開けた。
視界に1番に入ったのは……見慣れた顔だった。
スウィートは数回ほど瞬きをし、まだ寝ぼけている頭で言葉を発した。
「アル……?」
「やっと起きたか、もう朝だぞ」
「えっ!?」
アルにそう言われ、スウィートはガバッと体を起こした。
窓を見ると太陽の光が射し込んでいる。もう太陽は昇ってしまっていたようだ。
辺りを見渡すと、シアオやフォルテも起きていた。
「わ、私……寝坊した……!?」
「いや、朝礼までまだだから」
その言葉を聞いてスウィートはホッと息をついた。
こんな状況の最中、寝坊などしたらディラになんと言われるか、考えたくも無い。
するとシアオがスウィートの顔を覗き込んだ。
「スウィート、大丈夫? 魘されてたみたいだけど……」
「う、魘されてた?私が?」
スウィートが驚いて聞き返すと、3匹とも頷いた。
何の夢を見ていたのだろう、と必死に頭の中を探る。だが全く思い出せなかった。
ただ代わりに
(何だか……悲しいような……苦しいような…………そんな夢だった)
そんな感情だけ、心に残った。
何でそんな感情が胸に残ったのか、スウィート自身、全く分からない。
「で、今日の作戦だが……まずゼクトさんから話があるそうだ」
朝礼の後、時の歯車≠フ捜索の指示が出されると思いきや、ディラからそんな言葉が発せられた。
いつもなら弟子達はここらでざわざわとするのだが、今回は静まり返っている。
するとゼクトが前に出た。
「まず……スウィートさんに少しお尋ねしたいことがあるのですが……」
「わ、私ですか?」
スウィートは意外そうに自分を指す。まさか自分の名前が出てくるなんて思ってもみなかったからだ。
そしてゼクトの言葉と同時に、弟子達の視線がいたい位にスウィートに突き刺さる。
勘弁してくれ、とスウィートは言いたくなった。
そんなスウィートの心中をゼクトが知るはずも無く、話を続けていく。
「皆さんに時空の叫び≠ノついて言ってもよろしいでしょうか? 作戦に使いたいので……」
「か、構いません。秘密にしている訳ではありませんので……」
「ありがとうございます」
『シリウス』は首を傾げた。
一体、時空の叫び≠作戦にどうやって使う気なのだろうか、と。
弟子達は別の意味で首を傾げいてた。時空の叫び≠ニは一体なんなのだ、と。
「ではまず……私の推測で話をしましょう。知識の神、ユクシー。そして感情の神、エムリット。
このポケモン達が湖の時の歯車≠守っていたことは、皆さん知っていますよね?」
ゼクトの問いに全員が不思議そうな顔をしながら頷く。
それを確認するとゼクトは話を進めた。
「その他に……意思の神、アグノムというポケモンがいます。私の推測では……アグノムが時の歯車≠守っていると思うのです。
これは言い伝えにですが、ユクシー、エムリット、アグノムの3匹の神は、精神世界を司るといわれています。その2匹は時の歯車≠守っていましたよね?
つまり……精神世界を司る神が時の歯車≠守っているというのなら、アグノムも時の歯車≠守っている可能性が高いのです」
「ほぅ……。時の歯車≠ヘそのアグノムというポケモンがいる場所にあると……」
「はい。そして聞いたところによると“霧の湖”の時の歯車≠ヘ高台の頂上に。“地底の洞窟”の時の歯車≠ヘ流砂の下の洞窟の奥深くにありましたよね。
要するに時の歯車≠ヘ常識では考えられない場所、普通では気付かない場所に隠されている可能性が大いにあります」
すると弟子達から「おぉっ」と関心の声があがる。
スウィートは「そんな考え方もあるんだ」と関心していた。そして心の片隅で、時空の叫び≠ニ何の関係があるのだろう? と考えていた。
するとゼクトの顔がある1匹のポケモンの方に向いた。
「その為に――レニウムさん。少々、お願いがあるのですが……」
「あ、あっしですか!?」
自分の名前が出たことに、レニウムは前のスウィートの様に驚いた。
そしてまた弟子たちの目線がレニウムに向き、いたいほど突き刺さる。
「レニウムさんが“水晶の洞窟”でとってきた水晶を少しだけ貸していただきたいのです」
「えっ!? い、嫌でゲス! これはあっしの宝物に、」
「い・い・か・ら・わ・た・し・な・さい?」
「「「「「「「…………」」」」」」」
フォルテがニッコリと久々な黒い笑みでレニウムに言う。
アル、凛音、ゼクト、そしてロード以外は冷や汗をかいた。レニウムもたじたじになっている。
まぁ、シアオの後ろに隠れているので1番の被害者はシアオだが。
「盗むわけではないので……お願いします」
「うぅ……仕方ないでゲスね……」
レニウムはフォルテ黒い笑みとゼクトの頼みという事で、水晶をとりだす。スウィートはその光景に苦笑いした。
するとゼクトの視線はまたスウィートの方に向く。
「ではスウィートさん。この水晶に触れてみてください」
「そ、それで時空の叫び≠使うって事ですか?」
「はい。あぁ、皆さんには説明しますね。時空の叫び≠ニは何かに触れると、それに関する未来や過去が見えるという、とても貴重な能力です」
ゼクトが説明した瞬間、ギルド内がざわめき、一部の者は驚愕しながらスウィートを見る。
見られているのに居心地を悪そうにするが、スウィートは恐る恐るゼクトに尋ねた。
「でも……“水晶の洞窟”に時の歯車≠るんですか? 確信がない気が……」
「だから時空の叫び≠使うんですよ」
「?」
ゼクトの言葉にスウィートは首を傾げる。するとゼクトは微笑みながら話した。
「時空の叫び≠ェおきないのなら、おそらく時の歯車≠ヘありません。
ですがおきる場合もないとはいえないでしょう。少しは可能性があります。なのでスウィートさんに時空の叫び≠使ってもらい、調べてもらいたいのです」
「わ、分かりました。やってみます」
スウィートはぎこちない動きで水晶に近づいた。
そしてレニウムに小さく「すみません、失礼します」と言ってから水晶に触れた。すると
(きたっ……! 眩暈が……!!)
そして目の前の光景が真っ黒になった。
気付くとスウィートの視界に移ったのは、洞窟だった。
周りには水晶があり、そして
(あれは……ジュプトルと…………ヒュユンさんやミュエムさんに似たポケモン……?)
ヒュユンやミュエムに似ているポケモンは、黄色やピンクの部分が青色。そして苦痛で顔をゆがめていた。
おそらくそのポケモンこそがアグノムだろう。
ジュプトルと何やら話していた。
<くっ……駄目だ……! 時の歯車≠……とっては……!!>
<悪いな、そういう訳にはいかない。時の歯車≠ヘ貰っていく>
「……!!」
映像が途切れると、スウィートはいつの間にか瞑っていた目を開いた。
そして非常にまずい自体だということに、少し汗をかいた。少々危ない、ではないだろう。
そして少し困惑したように話した。どこか慌てているようにも見える。
「えっと……おそらくアグノムと思われるポケモンが、ジュプトルに襲われ……? とにかくジュプトルが時の歯車≠盗もうとしていました」
「「「「「「えぇっーーーー!!??」」」」」」
するとまたギルド内がざわつきだした。
そんな中、ディラが挙手をした。全員がディラの方に目がいく。
「スウィートが見たのって……未来か過去かどっちなんだ?」
「ええと……その…………ごめんなさい。どっちか分からない、です……」
最初の声と比べるとどんどん声が小さくなっていくスウィート。そしてちょっと涙目になった。
弟子達は少しざわつき始める。
「って事は……もしも過去だったら手遅れってことですわね……」
「えぇっ!?」
「どうすんだよ!?」
弟子達はざわついている中、ゼクトが少し間を開けてから、『シリウス』の方を見ながら発言した。
「……確か、ミュエムさんはヒュユンさんにテレパシーで時の歯車≠ェ盗まれたことを聞いた、と言っていましたよね。
そのとき、アグノムの名前は出ましたか?」
「出てませんね。アグノムなんて今、始めて知りましたし」
「それならまだ可能性があります。もしも盗まれていたのならアグノムは時の歯車≠盗まれたことを伝えているはずです。それにジュプトルが同じ日に2つも時の歯車≠盗みに行くとは思いにくいですしね」
すると弟子達の、スウィートの顔もパァッと明るくなった。
するとディラはすぐにロードの方に振り返った、のはいいが
「親方様! では今日は全員で“水晶の洞窟”に――」
「ぐー……ぐー……」
(((((((えぇー……)))))))
弟子達全員の心の声がハモッた。
ロードはいつものように……目を開けたまま寝ていた。弟子達は呆れる以外、何をしろと。
ディラはその様子を見て翼をばたつかせる。
「(まずい! これでは皆に親方様が寝ている事が分かってしまう!)親方様! 親方様!」
「…………はっ」
必死に呼びかけたディラの声に反応し、ロードが起きたようだ。弟子達は全員、苦笑いである。ディラにそれは見えていない。
ディラは翼をばたつかせながら口を開くが
「親方様! 先ほどの話を説明しますとですね――」
「みんなー!! ジュプトルを絶対に捕まえるよ!! たぁぁーーーーーー!!」
「「「「「「「お……おぉーーーーーッ!!」」」」」」」
ロードは強引に遮り、弟子達も掛け声に続いた。その後――各自トレジャータウンに準備しにいったり、“水晶の洞窟”に向かったり。
ディラは翼をあげたまま、ギルド内で1匹、固まっていた。