44話 賢者の笑み
――――海岸――――
スウィートとシアオ、そしてゼクトはカクレオン商店から場所を移し、海岸に来ていた。
そしてスウィートが少し言った所で止まり、ゼクトの方を向く。
スウィートはもしかしたら何か得られるかもしれない、と期待を寄せて。それはシアオも同じだ。
「えっと……ゼクトさん。ここら辺で質問させていただきます。ゼクトさんは……夢について何か知っているんですか?」
単刀直入に質問する。少しでも良いから、記憶の手がかりとなる情報が早くほしいからである。
するとゼクトはゆっくりと話し始めた。
「えぇ、夢について知っています。
その夢の名前は時空の叫び≠ニいいます。シアオさんが言ったとおり、何かに触れると、それに関する未来や過去が見える。とても貴重な能力です」
「貴重って事は……時空の叫び≠使える方は少ないんですか?」
「はい。時空の叫び≠使える者はごく稀です。その一人が貴女なのでしょう」
スウィートはちょっとその事について意外だった。自分がそんな貴重な能力を持っていることが。
するとシアオがおずおずと、スウィートに耳打ちをした。
「ねぇ、スウィート。スウィートの事について、ゼクトさんにも聞いてみたらどうかな? 何か知ってるかも……」
シアオが言っているスウィートの事とは、人間からポケモンになってしまい、記憶喪失になったこと。
確かに博識のゼクトなら、何か少しでも知っているかもしれない。
「そうだね……。聞いてみて損はないよね」
スウィートはその提案に頷いた。そしてまたゼクトの方を向いて、話し始める。
「あの……私、今はイーブイの姿ですが……元人間だったんです」
「人間!?」
ゼクトは目を見開いてスウィートを見る。
当たり前の反応だ。驚かれてもしょうがないだろう。本人だって最初は驚いていたのだから。今も訳が分からないのだから。
「スウィートは記憶喪失で……丁度ここら辺だったかな? 此処に倒れてたんだ」
シアオが指を指す。ゼクトはその場所を見てから、またスウィートの視線を移す。
そして少し考えてから口を開いた。
「何か、覚えていることとかはないのですか?」
「名前、だけですね……。それ以外は全く覚えていないんです」
その問いに、スウィートは元気なさそうに答えた。結構な時間が経ったのに、記憶は全くといっていいほど取り戻せていない。
それはスウィートにとって少し辛いことなのだ。
「その……貴方の名前は?」
「えっと……スウィート。スウィート・レクリダ、です」
「!!」
ゼクトの問いにまたスウィートが答えると、ゼクトが息を呑んだ。それはスウィートやシアオに気付かれなかった。
シアオは黙り込んだゼクトに首を傾げながら聞く。
「ゼクトさん、何かわからない?」
「いえ…………申し訳ありませんが、何も……」
「…………?」
その時、一瞬だけゼクトが不吉な笑みを浮かべたのに、スウィートが気付いた。
怪訝そうな顔をしてゼクトを見る。今はそんな笑みは浮かべていない。けれど見間違いでは、無かった。
(ゼクトさん……さっき笑みを浮かべた……。何か、企んだような笑み……。どういうこと……?)
今のゼクトの表情からは残念ながら何もわからない。先ほどの笑みが頭から離れないスウィートは、訝しげにゼクトを見る。
そんな彼女には気付かず、シアオは残念そうな顔をした。
「そっかぁ……。ゼクトさんでもわからないかぁ……」
「申し訳ありません……」
「いやいや! 僕たちが勝手に聞いただけだからゼクトさんは気にしないで!」
ゼクトの心底、申し訳ない、といっている表情にシアオは慌てて手を左右に振る。
スウィートの疑うような目線は変わらない。
するとバサッッと翼をはためかせる音が聞こえた。
「「「?」」」
その音につられるように、3匹は上を見る。
すると何匹ものペリッパーがとんでいた。3匹は怪訝そうな顔をする。
スウィートは何故か妙な胸騒ぎがした。
(何か……何か、不吉な事がおこってるような……)
するとゼクトはペリッパーを見ながら呟いた。
「あのペリッパーの多さは……何か号外でも配っているのでしょうか……」
(え、号外?)
「かも……。ペリッパーがあんな沢山で飛ぶの珍しいし……」
(……ペリッパー達が号外を配ってるの?)
ゼクトとシアオの会話に、疑問を抱きながら聞いているスウィート。ペリッパーが号外を配っているなど、初耳なのだ。
そんな事を考えていると
「あ、スウィート! シアオ! ゼクトさん!!」
「あれ? アル?」
アルが走ってきた。どうやら慌ててきたようで汗が滲んでいる。
スウィートは首を傾げる。
「どうかしたの?」
「あぁ……。今、大変な事になってて、ギルドで招集がかかってる」
「大変なこと……?」
アルの言葉にまたスウィートは首を傾げる。さらにギルドで招集がかかっているとは、一体何があったのだろうか。
するとシアオがおそるおそる口を開いた。
「フォルテ関連じゃないよね……?」
「んな事を考えんのはお前だけだ。状況を考えろ、ヘタレ」
「え、ちょ!? それは酷いでしょ! というかいい加減、ヘタレって言うの止めて!?」
アルに即行で言われ、シアオは講義の声をあげる。まぁ完全にスルーだ。スウィートは苦笑する以外に方法はない。
そして呆れ顔だったアルは、真剣な顔に変わった。
「とにかく急いでギルドに行くぞ」
「じゃあ私も行きましょう、何か大変な事になってるようですし……」
「お願いします」
そして4匹はギルドに急いで向かった。
スウィートの怪しみと、胸騒ぎは消えないまま。
――――ギルド――――
ギルドに着くと、たくさんのポケモンがいた。弟子達は全員、集まっているようだった。そしてそれぞれ困惑を顔に浮かべている。
ゼクトは親方様の方に行き、3匹がフォルテと合流。
ギルド内はざわざわとしていた。
「これ……何の騒ぎ……?」
「あ、スウィート。何か凄い大変な事になってるみたいよ」
スウィートの問いに、フォルテがホラ、と言って親方様とディラの方を指さした。
なにやら深刻そうな顔をしている。本当に重大事らしい。
するとディラがキョロキョロと周りを見渡して
「よし、皆揃ったようだな」
そう言った。これから話が始まるようだ。ざわざわとした空間もすぐに静まり返った。真剣な空気が場を包む。
そしてディラがゆっくりと口を開く。
「また……時の歯車≠ェ盗まれたらしい」
「は!?」
「また!?」
「嘘だろ!?」
ギルド内がまたざわざわとする。コレで3個目となってしまった。
そして、スウィートはその言葉に「まさか……」と思った。無意識にポツリと呟く。
「まさか……“霧の湖”………」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
親方様とディラ以外がバッと振り返り、スウィートを見た。
だからといって彼女はどうすることもなく、ただ少しだけ、顔が青ざめていた。
「そ、そんな訳が、」
「いや、スウィートの言うとおり、今回盗まれたのは……
“ “霧の湖”の時の歯車≠セ」
ラドンが大きな声で反論しようとするが、ディラの声によって遮られる。そしてその言葉は……スウィートの予測の肯定だった。全員が目を見開く。
そしてスウィートはハッとなり、大きな声で尋ねた。
「ヒュユンさんは……ヒュユンさんは無事なんですか!?」
「お、落ち着け。ヒュユンさんは傷は負ったものの軽症だし、今はジバル保安官に保護されている」
「そ、そうですか……」
スウィートは安堵の息をついた。という事は一応ぶじだということなのだろう。だが疑問が生まれる。
(どうして……? 私達以外、知らないはずでしょ……? どうして……)
スウィートは呆然と考える。だが答えは一向に見つからない。
するとシアオが、恐る恐るといったように言った。
「もしかして……ギルドの中の誰かが言ったんじゃ……」
その言葉にギルド内に珍しい沈黙。そして
「誰がんな事するか!!」
「仲間が信じられないのかよ!? ヘイヘイ!」
「ヘタレは黙っときなさい!!」
「ふざけるなよ!!」
激怒の声。まぁ、仕方ないことだろう。
自分自身が疑われている同然なのだから。だとしたら言った張本人もそうだが。
「ご、ごめん……。あとフォルテ! どさくさに紛れてヘタレって言わないでよ!」
「煩い! だからアンタはいつまでもヘタレから変わらないのよ!」
この2匹の会話は限りなく無駄なので、スルーすることにしよう。
すると凛音がいつもと同じ無表情で
「でもそう考えるのが妥当かと。私達以外に知らないのですから。疑うのも無理はないと私は思います、普通なら」
という鋭い指摘をした。弟子達は全員が黙る。
確かに凛音のいう事は全く間違っていないのだから、反論のしようがない。
すると1匹のポケモンが講義の声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことですか!? そもそも今回の遠征は、失敗ではなかったのですか!?」
そう、遠征に行っていないゼクトだ。彼にはヒュユンとの「誰にも言わない」という約束があったため、言っていなかったのだ。
すると親方様が申し訳なさそうな顔をして
「ごめんね、ゼクトさん。“霧の湖”を守るポケモンから「言わない」っていう約束をしていたんだ」
「そうでしたか……」
親方様の言葉を聞き、ゼクトは納得する。
そしてゴホン、とディラが咳払いをしてから話し出す。
「そして今回、ヒュユンさんが犯人を見た。その犯人の似顔絵が……これだ。指名手配犯としてこの紙が各地に配られている」
言葉と同時に紙を見せる。そこに載っているポケモンは――ジュプトルだった。全員が紙をまじまじとしっかり見る。敵を見るような目で。
だがスウィートだけは違った。
(違う。彼は悪いポケモンじゃない。彼は、シルドは――)
そうやって考えていると、スウィートは不思議に思った。
自分は一体、何を考えていたのかと。どうしてそんな事を思ってしまったのか、と。
(私……さっき……誰かの名前を……? それに悪いポケモンじゃないって、このポケモンは時の歯車≠盗んだポケモンで、私たちの、敵、で……)
すると、急激に胸が痛くなった。それ以上考えるなとでも言うように。
スウィートは胸の痛みがなんなのか分からず、なんだかモヤモヤとした。
それでもやはり考えれば考えるほど、胸は痛くなった。そして辛い気持ちが自分の心を覆った。
「な、なんか怖そうなポケモンだね……」
「別にそうは思わないわ。でも見るからに悪そうなポケモンよね」
「……“霧の湖”の時の歯車≠盗んだってことは、幻影のグラードンを倒したって事だろ。相当な実力の持ち主だろうな」
シアオ、フォルテ、アルが紙を見ながら言う。シアオとフォルテは見た感想だが、アルに至っては冷静に分析をしている。
「暫くはヒュユンと顔向けできませんわね……」
ポツリ、と元気のないような声でいったルチルの言葉は全員に聞こえていた。
全員が俯いていると
「皆!!」
「「「「「「「?」」」」」」
ロードが大きな声で弟子達を呼んだ。弟子達は顔をあげる。ロードの表情は珍しく、真剣なものだった。
「ジュプトルを絶対に捕まえるよ! いいね!!」
弟子達はそういわれ、互いに顔を見合わせた。そして
「「「「「「「おぉーーーーッ!!」」」」」」」」
と、いつものように大きな声で返事をした。
ギルド全員の意思が一致団結したようだ。
それを見ていたゼクトは
「分かりました! ジュプトル捕獲……私もお手伝いしましょう!」
といった。すると弟子達は歓喜の声が大きくなる。シアオやフォルテ、アルも気合を入れているようだ。
そんな中、スウィートが上の空だったことには誰も気付いてはいない。
トレジャータウンから少し離れた場所。時刻はもう夜で、辺りは真っ暗だ。
そんな中で2匹のポケモンがゆっくりと歩いていた。
「ねぇ、今回の時の歯車≠ヘ彼として……前回の時の歯車≠盗んだ犯人……。彼と彼女、どちらだと思う?」
そう聞いた声は女性の声。幼い声ではなく、大人びている声だ。
「彼だと思うよ。彼の目撃情報は“キザキの森”で聞いたからね。それとは反対に彼女については情報がない」
もう1つ、問いに答えた声は男性のものだった。こちらも幼くなく、大人の声。
そのポケモンは言葉にけど、と付け加える。
「情報が全くないっていうのが不思議なんだ。彼と一緒に行動しているなら、彼女の情報が少しあってもおかしくない。それに……彼女は目立つ」
「それもそうね。だとしたら彼女は別行動しているのかしら……。それも目立たないように」
♀のポケモンは考え込むように言う。
すると♂のポケモンが歩くのを止めた。それとほとんど同時に♀の方も歩くのをやめる。
そして前から誰か来た。
「……あまり会いたくない方が来たわ」
「そのようだね……。いつか会うとは思ってたけど」
暗くてまだ体全体は見えないが、2匹には見えているようだ。言葉を聞くと、2匹にとってあまり会いたくなかった人物らしい。
そしてその近づいてきていたポケモンも止まった。
それを合図のように、♀の方のポケモンは静かに言葉を発した。
「久しぶりね……
ゼクト・スペクテース」
2匹の前には有名な探険家、ゼクトがいたのだった。