39話 兄弟姉妹
「くしゅっ!」
「……スウィート、大丈夫か?」
朝、まだシアオとフォルテが起きていない時間に、何故かスウィートの口からくしゃみが出た。小さいくしゃみだったが。
それを気遣い、アルが話しかけてきてくれたのだが
「うん、大丈夫。何でもないよ」
笑って何でもない、と返した。
誰かが自分の噂でもしているのか、と思いつつも視線を窓の外に向けた。
「「「「「「みっつー! 皆笑顔で明るいギルド!!」」」」」」
「じゃあ皆、仕事にかかるよ♪」
「「「「「「おぉーーーーーーッ!!」」」」」」
いつものような朝礼が終わる。
大体この朝礼の「おぉーッ!」という掛け声で寝ぼけていた頭が覚めるのが『シリウス』のシアオとフォルテだ。
今日もそれで目が覚めたみたいだった。
「じゃあ今日も依頼を選びに、」
「おーい、シリウス! ちょっと来てくれ!!」
スウィートがそういって梯子の方に向かおうとすると、久々にディラに呼ばれた。
4匹は互いに珍しいな、と顔を見合わせてからディラの元に向かう。
「どうしたんですか、今日は」
疑問系になってない問いでアルが聞く。もう一回言おう。疑問系になっていない。
だがそんな事を気にするディラでもなく
「今日はイオラさんの所のお店にいって、セカイイチの出荷予定があるか聞いてきてほしいんだ」
「セカイイチ……ねぇ……」
4匹ともその単語を聞いた瞬間、嫌な奴等の顔が思い浮かんだ。
が、すぐに頭の中でそれをデリートした。二度と思い出したくもない。会いたくもないが。
フォルテが今にも怒りだしそうなのは皆知らん顔。
「分かりました。行って来ます」
スウィートが短くそう言うと、ディラは満足そうな顔をして「頼んだぞ♪」と言った。
どうやらセカイイチはまた不足らしい。
大変だなぁ、と思いつつもトレジャータウンに向かうのだった。
――――トレジャータウ―ン―――
「あ、誰かいるみたい……。あれは…………ゼクトさん、かな?」
店の近くまで来たところでスウィートが気付いた。
楽しそうにイオラとシルラがこの前ギルドにきたヨノワール、ゼクトと話していた。
するとフォルテは一気に青ざめてから回れ右をし
「ゴゴゴーストタイプッ! あ、あたし先に戻っ」
「行かせるか、アホ」
逃げようとしたのだが、またアルに首根っこをつかまれて逃走に失敗した。
勿論、♂と♀の力の差は歴然なので、逃げられるわけもなくじたばたする他ない。しかしフォルテは諦めない。
スウィートはその光景を見て、また苦笑をしてから店の方に寄っていった。
「あ、あの、すみません……」
「こんにちは、イオラさん、シルラさん!!」
スウィートが控えめに話しかけたのだが、シアオが思いっきり元気よく大きな声で話しかけたので無意味となった。
勿論、イオラ達が気付かない訳もない。
「あぁ、『シリウス』じゃないか! 一体、どうしたんだい? もしかして買い物?」
「い、いえ……。その、今日はディラさんに頼まれてセカイイチの出荷予定がないかを聞きに……」
「ありますかー?」
スウィートは悪いなぁ、と思いつつも本当のことを伝える。
シアオがいつもとは違う呑気な口調で聞いたのが何故か気になったが。
「セカイイチですか……。残念ながら出荷予定はありませんねー」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
ディラががっかりするような答えだ。
一体、このことを言ったらどれだけがっかりするだろう。きっとがっくりと肩を落とすに違いない。
そう思うとちょっと苦笑できてしまった。
そんな感じでスウィートが色々と考えていると
「あなた方は確かギルドにいた……」
ゼクトが不意にスウィート達を見ながら呟いた。
どうやらゼクトが来たあの時に見られていたようだ。それこそ驚きだが。
スウィートは急いでシアオの後ろに隠れる。
シアオはスウィートを一回見てからゼクトと向き合った。
「僕は探検隊『シリウス』のメンバー、シアオ。で、こっちがリーダーのスウィート。隠れてるのは人見知りが激しいからだから気にしないで」
「あぁ、やはり探検隊ですか。ということは向こうの2匹も?」
「うん。ピカチュウのアルナイルと、ロコンのフォルテ。よろしく、ゼクトさん」
「えぇ、宜しくお願いします」
シアオが敬語じゃないのが多少気になるところだが、さん付けしているのでまだマシな方だろう。
……ディラ達にはつけていないのに。
そうして少し話していると
「あれ? アイオ君、サフィアちゃん」
「あっ、スウィートさん達こんにちは!」
「こんにちは!!」
アイオとサフィアが走ってきた。
通り過ぎようとしていたところを見ると、どうやら買い物ではなさそうだ。様子が少し慌しかった。
スウィートはシアオの後ろから少し出て、話をする。
「どうしたの? 何か急いでるみたいだけど……」
「実は落し物の水のフロートが海岸に落ちてるって聞いたんです!」
「だから早速確かめに行こうと思って!」
落し物というと思い出すのはウェーズ。
確かウェーズは落し物の場所を知っているといって、サフィア達を騙そうとしたのだ。スウィート達にとっても、あまりいい思い出ではないだろう。
スウィートはあぁ、と納得する。
「良かったね。じゃあ早くいかないとね。引き止めてごめんなさい」
「いえ! それでは!」
「ばいばい、スウィートさん達!!」
2匹は元気にスウィート達に手を振って行ってしまった。
スウィートはその光景を見ながら可愛いなぁ、などと考えていた。
その光景を見ていたイオラが小さく呟く。
「よかったですねぇ……」
「そうだね。でも水のフロートってなんだろう?」
シアオが首を傾げる。確かにスウィートも首を傾げてしまった。
するとゼクトがそれは、と言って話を切り出す。
「水のフロートはとても珍しい道具で、確かルリリ、マリル、マリルリ専用の道具なんですよ」
「へぇ……。ゼクトさん、やっぱ詳しいんだね」
「でもそんなに珍しい道具なら、いつかこの店でも出荷したいですねぇ」
イオラの「出荷」という言葉でスウィートは思い出した。
そういえば自分達はディラにセカイイチの出荷予定を聞いて来い、と言われていたのを。
つまりその事を報告しに行かねばならないわけで
「ディラさんに報告しに行かないと……!!」
「あ、忘れてた」
いや、忘れちゃ駄目でしょ、とツッコミたくなるがスウィートはグッ、とこらえておいた。
シアオとスウィートはゼクトとイオラ、シルラにお辞儀してからギルドに向かった。
……フォルテのスピードは尋常じゃないほど速かったが。
――――ギルド――――
「えぇぇぇぇぇ!? セカイイチの出荷予定はないぃぃぃぃいぃ!?」
「は、はい……。イオラさんがそう言ってました……」
すごく、もの凄く煩かった。フォルテなんて口に火の準備をしている。しては駄目だが。
ディラは叫ぶだけ叫んだあと、予想通りガクッと肩をおとした。
スウィートはあぁ、予測どおりだと考えながらディラを見る。
「あの……大丈夫ですか?」
「親方様が……親方様がぁぁぁあぁ……」
ずいぶんと頭の方がやられてしまったようだ。アルが話しかけても無反応。この調子だと放っておいてもこのままだろう。
するとシアオが名案を思いついたようで提案した。
「僕らが取ってこようか? どうせ依頼は決まってないんだしさー」
「それは本当か!? 是非とも頼むッ!!」
シアオの提案に凄い速さでディラが食いついてきた。どうやらこれで断ることはできなさそうだ。
『シリウス』はリンゴの森まで行くことになった。
フォルテがしかめっ面だったのは、やはり3匹とも知らない顔。
時間は夜――スウィート達は無事にセカイイチを取ってきて部屋に戻っていた。
夕食も終わり、シアオ達はすっかり夢の中だ。
スウィートはそんな中、起きていた。
「よし、やろう」
スウィートはそう呟くとサファイアに触れ、目を瞑って意識を集中させた。
勿論それで行き着く先は――
「あら? こんばんは……かしら? スウィートちゃん、こっちに来たの?」
「えっと……こんばんは、アトラ」
サファイアの中の真っ白な空間である。
出迎えたのはいつものようにおっとりとした口調で話すアトラ。やはり呼び捨てにはまだ慣れない。
その隣にはミングもいて、何故か茶を飲んでいる。
「何か聞きに来たのかしら?」
「いえ……。そうじゃなくて、アイオ君とサフィアちゃんを見たら思い出して」
なんとなく来ちゃった、と言うとアトラは二コリ、と微笑んだ。別に迷惑ではないらしい。
スウィートはほっとした。その間もつかの間
「喰らいやがれッ、火炎放射ァ!!」
「そんなもの喰らうわけがないでしょう?」
スウィートの後ろを、何か赤い熱いものが通った。
おそらくフレアの火炎放射だろう。後ろを見ているとフレアがリアロを追い掛け回している。
……まるでシアオとフォルテのようだ。まぁ、シアオの場合はあんなに強気の反論はしていないが。
更に言うと、♂♀逆である。
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇ! このくそリアロがぁぁぁぁぁあぁ!!」
「なっ! 誰がくそですって!? レディに対して口が悪いんじゃなくって!?」
「……アトラ、ミング、アレは止めなくていいの……?」
スウィートが指したアレ、とは勿論フレアとリアロに決まっている。
アトラは相変わらずニコニコしているだけだし、ミングも呑気に茶を飲んでいた。
すると茶を飲みながらミングは目配せをした。
「大丈夫じゃ。見てみよ、ほれ――」
「お前ら、いい加減にしろ!! 技使ってまで喧嘩してんじゃねぇぇぇえぇ!!」
「ほら、レンスちゃんが止めてくれるもの」
ニコッとそんな事を言われても頷けない。というか頷いたらとてもレンスに悪い気がしてならない。
2匹にはそんな気持ちはないのだろうか……。ないんだろうな。
すぐにスウィートはその結論に至った。
「ふん、どちらが上とか下とか言っている方がくだらん」
「「なんですって/なんだと!!??」」
「だからいい加減にしやがれぇぇぇぇぇぇぇえぇ!!!」
ムーンが2匹を挑発し、レンスがまた止める。それの繰り返しだ。
やはりこの光景を見てレンスに同情してしまうのはしょうがないことなのだろうか。
それとも、必然的なのだろうか。
そんな兄妹の様子を見ながら、スウィートがポツリと呟く。
「でも……ホント仲のいい兄妹だよね……」
「その代わりにレンス
兄が大変なのだけれど」
スウィートが声の方を向くとそこには喧嘩を眺めているシクルの姿が。
そう思うなら一緒に止めるのを手伝えば……と思ってしまうのだが。
おそらくこの様子ならとめないだろう。というか行ってもどのみち悪化しそうだ。
「……フレアとリアロは似てるから。喧嘩なんてしょっちゅう。一言で表せば迷惑」
「そういうば……シクルはなんでレンスだけ兄ってつけるの? ムーンもフレアもお兄さんだよね?」
スウィートがもっともの事を言った。
確か兄妹の順はミング、ムーン、フレア、アトラ、レンス、そしてリアロとシクルだ。
シクルは何故かレンスだけ「レンス兄」と呼ぶ。
「それは……あたしとレンス兄以外、本当の兄弟じゃないから」
「…………え?」
スウィートはその言葉を聞いた瞬間、目を見開かせてしまった。
シクルの言葉の意味が理解できなかった。
全員ヴァーミリオンというのは同じだし、更にスウィートには兄妹、と言われた。
これでは全く意味が分からない。
そんなスウィートの心を読んでか、ミングが言葉を発した。
「全員、血の繋がりはないのじゃよ。あるのはシクルとレンスだけじゃ。」
「つまり、私達は義兄妹なの。シクルちゃんとレンスちゃんだけは本当の兄弟なのよ。
色違いもたまたまだしねぇ。まぁ、仮に本当の兄妹だとしても、色違いじゃないポケモンが生まれることはあるらしいけどね」
アトラがミングの言葉に補足をしてくれた。
つまり……シクルとレンスだけ本当の兄妹で、他は違う……ということなのだろうか。
「で、でも! ヴァーミリオンって一緒じゃ……!!」
「それはわしの姓じゃ。今では兄妹という事で揃えているがの」
おそらく……義兄妹になるために全員ミングの姓に変えたのだろう。
スウィートはまた驚きだった。
だがよく考えてみれば……自分は知らないことが多すぎる。この事だって、過去の自分は知っていたはずだ。
「そう、なんだ……」
「そう落ち込まなくていいと思う。別にスウィートは記憶喪失になりたくてなった訳じゃない。記憶喪失になったのはただの事故」
スウィートが俯いた時にシクルが口を開いてそう言った。
少なくとも慰めているつもりなのだろう。言葉はそこまで優しげな感じではない。
スウィートは少し嬉しくてシクルに
「ありがとう、シクル」
「……お礼を言われるようなことはあたしはしてない」
お礼を言ったのだがそっぽ向かれてしまった。
本当に素直じゃない。もう少し素直になればいいものの……何故そういう態度をとるのか分からない。
それでも、とスウィートは言葉を繋げる。
「私も少しは知っていかないと……」
(自分の身の回りの事を……もっと知らなくちゃ駄目だ。少しでも思い出せるように)
スウィートは真っ直ぐ前を向いた。
新たなに決意したような様子だった。
するとクスッとアトラが何故だか分からないが笑った。
「スウィートちゃんはやっぱりそういう所は変わらないのねぇ……。安心したわ〜」
「え……?」
変わっていないのか、自分。というかやっぱりとはどういう意味だ。
その言葉を言う前に時間がきたのか、スウィートの体はサファイアの中から消えた。
「ねぇ、ミングちゃん?」
「うむ。自分の意思は何を言われようと全く変えんのぅ。やはり朝言ってた通り、何も変わっておらん」