35話 予想外はいつにでも〈前編〉
「なんかどれもイマイチね……」
フォルテが呟く。今いる場所は勿論、掲示板。
依頼をどれにするか悩むのが『シリウス』の日課だ。その日課を今日も続く。
「…………これは?」
「ちょ、アル絶対わざと選んだよね!? 僕に対しての嫌がらせだよね!?」
スウィートはアルが指をさした依頼見てみる。
お尋ね者を確保してほしいというコイルたちからの依頼で、『泥棒、アリアドス』と書いてある。
スウィートはシアオが喚いている理由をすぐに理解した。そういえばシアオはアリアドス(クモ)が苦手だったなぁ、と。フォルテはそれを採用しようとしているが。
「これでいいじゃない、別に」
「却下! 即却下! てか絶対嫌がらせでやってるでしょ!?」
「じゃあ……これ」
「……こっちは賛成!」
「い、嫌よ! 絶対 駄目に決まってんでしょ! というかなんでわざわざゴースト退治なんかいかなきゃならないのよ!?」
「「というか(てか)アル、わざとでしょ!?」」
「…………。」
「「図星!?」」
今日はよくシアオとフォルテの声がハモる日だなぁと呑気なことを考えながら、スウィートは掲示板と向き合う。
全くいつもと変わらない。
依頼さえ決めればあとは遂行するだけのことなのに、依頼がなかなか決まらない。シアオが却下したり、フォルテが却下したり。
そんなこんなで今日も『シリウス』は掲示板との睨みあいである。
「うーん……。皆が納得するやつ、シアオとフォルテが納得するやつ……」
「「アルがなんで入ってないの(わけ)!?」」
「俺は文句言ってないからな」
スウィートがぶつぶつ言っていたことに、先ほどからハモっている2匹がツッコむ。アルによって無意味になったが。
スウィートは気にもせずに依頼を選ぼうとしている。いわゆる無視だ。スウィートに悪気はない。
「う〜ん。なんかどれも(2匹とも納得しなさそうで)いまいち……」
「ちょ、スウィート小声で言ってたみたいだけど全部聞こえてる!」
「え? 何が?」
「無意識!? さらに聞いてなかったよね!?」
スウィートがシアオを見ると「スウィート話聞いてなさすぎ……」と何故かいじけている。
その様子にスウィートは小さく首をかしげた。一体何かしただろうか、という意味で。しかしどれだけ考えても分からないようで、また首をかしげた。
その様子を見ながらアルポツリと呟く。
「なんかフォルテの無意識無自覚バージョンだよな……」
「何か言ったかしら?」
「さぁな」
そんなやりとりを交わしながら、アルは黒い笑みをうかべているフォルテをなるべく見ないようにする。というか見たら殴られそうで怖い。
アルははぁ、と誰にも気付かれないように溜息をついてから提案した。
「スウィート、海岸に行ってみるってのはどうだ?」
「んー……そうだね。このまま掲示板見ててもしょうがないもんね」
「じゃあ…………シアオ、いつまでいじけてんだ」
アルの目線の先にはまだいじけているシアオがいた。スウィートはまた首をかしげ、アルは溜息をつく。
無論、フォルテは
「いい加減に――しなさいッ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
最大威力で火の粉を喰らわせたのだった。
シアオがスウィートにまたしても治療されたのは言うまでもない。
――――海岸――――
「うっわ〜。なんか久しぶりな気がするな〜」
「前来たのが探検隊組む前だったしね。あん時はクラブ達が泡ふきして……あとスウィートが倒れてたっけ?」
海岸に来てすぐに、シアオは海を眺め、フォルテは前の記憶をよみがえらせる。
そして各自手頃な場所に座った。
「確かそうだったな……」
「…………? あれ、なんだろう?」
アルも思い出そうとしていると、スウィートが何かを発見した。全員がソレに注目する。
スウィートが見つけた、キラキラ光るそれは
「小瓶……?」
紙が入った小瓶だった。
何の変哲もないただ紙が入っている小瓶。スウィートはそれを首をかしげて眺める。アルもだ。
だが生憎全員がそれを黙ってみているはずもなく
「なんだろう? 紙が入ってる?」
「開けてみましょ。何か面白いもんが入ってるかもしれないし」
シアオとフォルテが何の警戒心もなく小瓶に近づきそのふたをあけた。
幸い何もなかったのだが、アルは「もう少し警戒心を持ってくれ……」と心の中で溜息をついた。
「紙だね、やっぱ。……あれ? 何か書いてある」
「海水が入って字、滲んでんじゃない。なになに……?」
シアオが紙を取り出し、その紙をフォルテがとって読もうとする。スウィートもアルもそちらにいって紙に何と書いてあるのか見に行った。
フォルテは滲んだ字に悪戦苦闘中だ。
「『たすけ…………ダン……ンから……でられな…………“風乾の洞窟”……』って分かるかぁぁぁあぁ!!!」
「フォ、フォルテ、落ち着こうよ……」
どうやら字が滲んでよく分からないらしい。
フォルテは紙をバシッという音が似合いそうな感じで紙を地面に叩きつけた。
「どうやら依頼、みたいだな……。『ダンジョンから出られなくなったから助けてくれ』っていう」
「じゃあ今日はそこに行こうよ! どうせ何処に行くか決まってないんだし!」
アルが紙を見て言うと、シアオが目を輝かせながら提案した。どうやら行く気満々のようだ。
それを見てからスウィートは控えめに
「じゃ、じゃあ行こうか……?」
とだけ言った。
今日の依頼。それは海からきた、誰かも分からない救助依頼になるのだった。
――――風乾の洞窟――――
「でも依頼主はどこにいるんだろう?」
「うーん……。いつもなら依頼書にかいてあるけど……あれじゃ、ね」
スウィートが唐突にそう言う。
シアオの言うとおり、いつもなら依頼書に何階か書いてあるのだが、今回の依頼書は字が滲んでいて読み取れなかったのだ。
フォルテはまぁ、といって話し出す。
「こうなったら1階、1階地道に探していくしかないわね。きちんと見とけば大丈夫でしょ」
(誰かさんが飽きてキレなきゃいいがな)
アルは内心そう思いながらフォルテを見た。
フォルテはキョロキョロと辺りを見回している。おそらく依頼人をさがすためなのだろう。
前の“滝つぼの洞窟”のときのようにならなければいいのだが。
そんな感じでダンジョン内を探って数分後――
「にしても……此処、暑くない?」
いつ外したのだろうか、スカーフを外したシアオが汗をぬぐいながら呟いた。
スウィートやアルもどことなく暑そうだ。
「そりゃ……ダンジョン名が“風乾の洞窟”だからな。空気が乾燥してんだろ」
「風も生暖かいしね……。それでも“熱水の洞窟”よりかはマシだよね」
スウィートは“熱水の洞窟”を思い出す。
今思えばあれは少しグラードンのせいでもあったのかもしれない。奥に行けばいくほど暑かったのを覚えている。
それでもフォルテは平気そうに歩いていたが。当然今も、だが。
「だらしないわね〜。このくらい平気でしょ」
フォルテは汗ひとつかかずに歩いている。
羨ましい、と3匹ともが思った瞬間だった。当本人は涼しい顔で歩いている。
「あ、敵ポケモン発見」
フォルテが指を指した先にはヒコザルとヤジロン。
場所が暑いのは炎タイプもいるせいなのだろうか、とスウィートは思った。まぁ、それもあるかもしれないが。
「とにかく……倒さなきゃ。しんくうぎり!」
スウィートがまず1番にしんくうぎりを放つ。丁度フロアだったので全体攻撃で2匹ともにダメージを負わせる。
だが勿論あちらも攻撃してくるわけで
「火の粉!」
「がんせきふうじ!」
してきた。対処方としては攻撃をうけないよう避けるか、攻撃を払いのけるかなのだが、今回とった行動は
「フォルテ! パス!!」
「はぁッ!?」
「がんせきふうじは何とかする。アイアンテール!!」
アルは岩石を粉砕させ、シアオはフォルテを前に突き出した。
結局のところフォルテが火の粉を受ける羽目になったのだ。まぁもらい火なので効かないが。
効かないが、
「シアオォォォォオォ!!!」
「しょーがないじゃん!特性がそうなんだからぁぁぁぁあぁ!!」
フォルテをキレさせることになったみたいだ。
フォルテは目的を忘れてシアオを追い掛け回している。シアオは全力で逃げているが。
今度ばかりはスウィートもアルとともに溜息をついてしまった。
「結局こうなっちゃうんだよね……いつも」
「はぁ……。スウィート、とりあえ片付けるぞ」
短い言葉を呟いてから視線をヒコザルとヤジロンに向ける。
何というか……シアオとフォルテに無視されるポケモンとは毎回悲しい気がしてくる。
……それはおいておこう。
「シャドーボール!」
「でんこうせっか! ――でんきショック!」
スウィートはヤジロンに、アルはヒコザルに二撃喰らわせてダウンさせた。
ふぅ、と息をついて辺りを見回してみると
「……あれ?」
「どう…………あいつら何処いった?」
何処にもシアオとフォルテが見当たらない。
いつもならまだ追いかけあっている。だがフロア全体を見てもどこにもいないし、声も全く聞こえない。
「ま、まさか……はぐれちゃっ、た?」
「あいつら……! なんで周りを見ない……!」
シアオとフォルテが追いかけっこをしているうちにはぐれたのだ。
結論、シアオとフォルテ、そして依頼人を探すことが、今回のやらなければならないことになった2匹であった。
アルがまた盛大な溜息をついてしまったことは仕方がないことだと、スウィートは思わざるを得なかった。
その頃、お騒がせの2匹というと
「ちょーッ! いいじゃん、もう! 終わったことだし! 怪我もなんともないし、逆に強くなってんでしょ!?」
「もうその効果は移動したから消えたっつーの! ていうかアンタに盾にされたらどんだけ屈辱だと思ってんのよ! 逃げるなーッ!!」
「逃げなきゃフォルテ攻撃してくるじゃん!?」
「あったりまえでしょうが!!」
まだ追いかけっこ状態。
スウィートとアルとはぐれていることには気付いてもいない。
シアオはフォルテが逃げるということ、フォルテはシアオを捕まえて火炎放射を一発ぶっ放すことで頭がいっぱいだからだ。
こんなんだからいつもアルに色々と言われるのである。
「大体、あれぐらい自力で避けなさいよ!!」
「だってフォルテが受けたほうが効率が良かったじゃんか!!」
「あたしはアンタに盾にされて納得なんかしないし、屈辱感以外何も感じないわよ!!」
「それって地味に僕を貶してるよね!? 絶対そうだよね!?」
「さっきからアンタのことずっと貶してるわよ!! というかいい加減止まりなさいぃぃぃぃいぃ!!」
「絶対、却下に決まってるぅぅぅうぅぅ!!」
だんだんペースが落ちてきているが言い合いは止まらない。というか喋りながら怒鳴りながらこんなにも走れることのほうが凄い。
その追いかけっこもフォルテがそろそろシアオに追いつきそうになり、止まると思いきや
「捕まえ、」
パカッという音が、2匹の足元でなった。
「「え…………」」
2匹とも恐る恐るといった感じで己の足元を見てみると、足場が、ない。
要するにシアオとフォルテの体は今、浮いている。
つまりそれは――落とし穴。
「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
避ける術など勿論なくて、2匹一緒に落ちていった。
勿論、スウィートとアルはそんな事など知らずにまだ捜索中。