34話 動き出す歯車
ギルドの休日の次の日。
『シリウス』の4匹の目の下にははっきりとした隈ができていた。
何故かというと、昨日の入れ替わり事件のことで、4匹は完全な疲れがでていた。休日といっても休めてなどいない。
そんな事は気にせずに朝礼は終わったのだが。そして『アズリー』はディラに言われて初依頼に。
『シリウス』は今、依頼を選ぶために掲示板の前にいたのだった。
「どうする?」
「ふぁぁ……。とりあえず僕はなんでもいいや。あ、やっぱお尋ね者だったら勝てそうなやつで」
スウィートが聞くとシアオが欠伸をしながら答えた。余程眠いのだろう。目には涙が溜まっている。
スウィートは苦笑してからもう一度、掲示板に向きあった。
「ん〜。何がいいんだろう……」
いつも選ぶときに思うのはシアオもフォルテも納得がいく依頼、というもの。
アルはあまり要求したりしないのだがシアオやフォルテにはよくあることなのでことごとく悩む。
スウィートが掲示板の睨みあいをすること数十秒後
「あ、足跡が……ありません!!」
「はぁ!? んな訳あるか! きちんと見ろ!!」
ハダルの困惑した声とラドンの怒鳴り声が聞こえた。
『シリウス』は何事かと思い、地下二階に下りる。ほとんどの弟子達がスウィート達と同じ目的で地下二階に集まっていた。
ラドンとハダルの言い合いはまだ続いている。
「足跡が分からないのかな?」
「足跡がないっていったら、セフィンと同じだよな」
シアオとアルが穴の方を見ながら小さく言う。
アルの言葉はフォルテにしっかり聞こえていたようで体が少し震えた。そしてアルを睨んだのだが完全にスルーされた。
スウィートは不思議そうに穴を見つめる。
するとディラが穴の方に近づいていった。そしてラドンを一旦黙らせる。
「足跡がないポケモンだっている。おい、ハダル! 名前と種族を言ってもらえ!」
「あ、はい!!」
流石はディラさん、とスウィートが関心していると、今度は困惑とは違う驚愕……だろうか。そんなハダルの大声が聞こえた。
「種族はヨノワールで名前は……ゼクト・スペクテースさん!? しょ、少々お待ちください!!」
「?」
スウィートはハダルの慌てように首を傾げる。
シアオ達を見ると、シアオとフォルテも同様に首を傾げていて、アルは何か考えているようだった。
他の弟子達を見るとハダルの同じように慌てたり興奮していたり。さらにディラも。
スウィートはやはり首を傾げる。
「誰……なんだろう?」
「さ、さぁ? 有名人かな?」
「あたしは別に興味ないんだけど。……ん? ヨノワール? さっきヨノワールっていわなかった?」
スウィート、シアオ、フォルテの順に言葉を発する。
シアオは少し気になっているようで、フォルテは種族を思いきり気にしているが構うものなどいない。勿論スウィートも少し気になっているだ。
するとアルが口を開いた。
「ヨノワールでゼクトっていったら……最近有名になった探検家のことだな」
「「「探検家?」」」
アルの言葉にスウィート達3匹が声をピッタリとあわせ首を傾げて聞く。
アルは「ああ」と言ってから続きを話し出した。
「少し前に彗星のごとく現れて、いくつもの探検を成し遂げた探検家なんだと。何でも博識で、尊敬してるポケモンは数多くいるらしい。
まぁ……俺もあんま詳しくは知らないんだが」
「……ずいぶん詳しいと思うよ、アル」
それで詳しくないといったら自分は何なんだ。
そう思いながらもスウィートはアルにツッコム。アルは「そうか?」と言っているが絶対そうだ。
すると弟子達が梯子の近くに集まりだした。
シアオとフォルテはすぐにその中に入って行き、スウィートは苦笑、アルは溜息をつきながらその集まりに近寄った。
……フォルテがすぐさま出てきたのはアルにとって予測済み。
「あのポケモンが……」
スウィートが見ているのはロードの前にいるポケモン。
おそらくあれがヨノワール、ゼクトという探検家なのだろう。姿からしておそらくゴーストタイプだ。
スウィートはシアオをチラリと見ると好奇心を含んだ目で見ていた。
「いやー来てくれてありがとう! 皆も喜んでいるよ♪」
「いえいえ滅相もない。かの有名なギルドに来れて、私も嬉しいです」
「とこれで今日はどうしたの?」
「あぁ。ここのギルドが“霧の湖”に挑戦したと聞いたので……」
(礼儀正しいポケモンだなぁ……。ただ、私は少し……苦手、かも)
スウィートはゼクトを見ながらそう思う。
なんとなく雰囲気が苦手な気がした。何故そう思うのかは自分でも分からない。とても礼儀正しくて、怖そうなポケモンでもないのに。
スウィートが疑問に思ってると、フォルテの声が耳に入ってきた。最小限に抑えようとしている声が。
「はーなーしーてー!! あたしは部屋に戻っておくからーーッ!!」
「アホ。そのまま部屋から出てこないだろうが」
スウィートが振り返ると……アルがフォルテの首根っこを掴んでいる姿が目に入った。
フォルテは今すぐにでも部屋にもどろうとしており、アルはそれを止めるべくしっかりと首根っこを掴んでいるという訳だ。フォルテが戻ろうとしている理由は勿論ゼクトのタイプの問題だ。
スウィートは苦笑いをしてから視線をゼクトとロードの方に向ける。
「……そうですか。それは残念でしたね」
「うん♪ ホント失敗しちゃったよ。ごめんね、何も分からなくて」
「いえいえ。ですが、このギルドでも無理でしたか……」
どうやら“霧の湖”の話をしてようだ。
本当は発見はあったのだが、ヒュユンとの約束で「言わない」ことになっているのでロードは嘘をついた。
すると話は違う話になったみたいだ。
「私は暫くトレジャータウンに居ようと思っています。その際、たまにでいいので此処に来てもよろしいでしょうか?」
「全然オッケーだよ♪ そうしてもらえると皆も嬉しいだろうし♪」
「ありがとうございます」
どうやらロードとゼクトの話は済んだようだ。
ディラが集まっている弟子達の方を向く。
「という訳でゼクトさんは暫くトレジャータウンにいるらしい! だが! 絶対、サインとかはねだらないように!」
「いやいや、サインくらい別にいいですよ」
ディラが言ったことはゼクト本人がやんわりと許可した。
だが何故サイン? とスウィート達は疑問符を浮かべたがツッコムのはやめておいた。もまともな解答をえられないと思ったからだ。
「じゃあ皆、解散!」
とディラがいうと同時に弟子達がゼクトの方に寄っていった。『シリウス』は1匹も行っていないが。
スウィートとシアオはは未だに首根っこ掴まれているフォルテとアルの元にいく。
「じゃあ依頼、いこっか!」
「賛成! 即行行くわよッ!!」
「はぁ……」
「アハハ……」
シアオが元気よく行くとフォルテは急いで梯子を上って行ってしまった。
アルは溜息をつきながら、スウィートは苦笑いを浮かべながらついていくのだった。
「疲れたね〜」
シアオが呑気に言う。今の時間は夕方。
依頼が終わり、部屋ではなく地下二階の広いペースで弟子達はくつろいでいた。シアオとフォルテは寝転んで、スウィートは座って、アルは本を読みながら。
スウィートは暇だなぁ、と思いつつ周りを見渡す。すると、気になるものが見えた。
「あれ……?」
見えたのは『アズリー』の2匹とディラ。揉めているようにしか見えない。
スウィートはそちらに神経を研ぎ澄まして内容を聞く。
「納得できません。たったの一割? 私が納得するとでも?」
「仕方がないだろう! ルールなんだから!」
「一割は少なすぎると言っているんです。ふざけないでくださいますか?」
「ルールくらい従おうよ凛音〜!!」
「黙ってください、メフィ。私は納得がいかないんです。これで引き下がったら駄目なんです、絶対に」
それだけ聞いただけですぐに何のことかスウィートは理解が出来てしまった。
同時に苦笑し、止めようと必死なメフィに同情してしまった。
(凛音ちゃんがたった一割で納得するわけ、ないよね……)
あれだけポケに敏感な、ポケの亡者ともいえる凛音が、もらえる額が一割だけといわれて納得するわけがない。二割でも納得しなさそうだ。
あの口論はきっとディラが折れるだろう。そう思いながらスウィートは食堂に向かった。
……スウィートの言うとおりディラは折れ、二割にしたのは他の弟子達には内緒のことであった。(それでも凛音は不機嫌丸出しだったが)
―――食堂―――
「それじゃ、いただきま――」
「ちょっと待ったーーーーッ!!」
食べようとしていた全員が手を止める。
そして止めさせた原因の声の主、ディラにブーイングがおこる。「飯を前にして一体なんなんだ!」とか「早く食わせろ!」など……。
ディラは大声で制したが。
「皆に聞いてほしいことがある。実は……時の歯車≠ェまた盗まれたらしい」
「えぇ!?」
「また!?」
「2個目の歯車が!?」
ディラの言葉に周りが騒然とする。スウィート達も勿論、その中に入っている。
驚きを全く隠せない状態で。
周りがまた煩くなるのをディラが制する。
「今回のは“霧の湖”の歯車ではない!」
その言葉を聞いた瞬間、弟子達はホッ、と息をつく。
もしも“霧の湖”の時の歯車≠ェ盗まれたりしたらヒュユンにあわせる顔がない。自分たちは、「秘密にする」と約束したのだから。
「だけど時の歯車≠ヘ完璧狙われている! だから絶対に“霧の湖”のことはいわないように! わかったな!?」
「誰が言うか!」
「当たり前ですわ!」
「つーか早く飯!!」
「あー分かった、分かった!! 皆、いただきます!!」
「「「「「いただきます!!」」」」」
こうしてようやく弟子たちはご飯に食いつく。
スウィートは木の実を食べながら、妙な胸騒ぎの原因を考えてた。
(まさか、ね……。そんな訳ないはず……)
スウィートは自分の中にある考えを必死に押し殺して、いつもどおりに食べるのだった。
その考えが当たってしまうなど、この時のスウィートはまだ知らない。
「やはり…………あの者達の記憶は消しておくべきでした」
ズゥン、とグラードンの幻影が大きな音を立てて倒れる。
その様子を見ながら呟くのはヒュユン。
その顔は前のような冷静なものではない。まさに怒りと、焦りが混じったようなもの。
「まさか、こんなにも早く別のポケモンが……。さらに時の歯車≠盗みにくるなんて! こんなことなら――」
「何を言っている?」
ヒュユンが盗賊を睨みつけながら声を荒らげる。
だが盗賊はヒュユンの言葉を遮り、怪訝そうな顔をして言った。
「俺は誰かに教えてもらってここに来たわけではない。俺は元から知っていた」
「な!? ど、どういう事ですか……!? だってこの湖は……!」
ヒュユンが声を張り上げて尋ねる。
あのギルドの弟子達以外知らないはずだった。なのにこのポケモンは誰からも教えてもらわず、更に元から知っていると言った。
話の辻褄が全く合わない。
「フン。そんなことどうでもいい。とにかく時の歯車≠ヘ貰っていく。……邪魔をするな」
「そ、そんなことさせません! 時の歯車≠盗ませるなど――」
ヒュユンは湖につながる道に立ちふさがる。
このポケモンに時の歯車≠盗ませないために。この場所の時を止めさせないために。しかし
「――悪いな。俺にはどうしてもやらなきゃならないんだ」
盗賊がそう呟いた瞬間、ヒュユンの前から盗賊が消え、声をあげる間もなくヒュユンが倒れた。
そして、盗賊は目的の物に手をのばす。
「これで、3つ目!!」
―――キザキの森―――
「全て止まっている……」
「どうやら時の歯車≠ェ盗まれた話は本当の様だね」
2匹のポケモンが時間が止まってしまった“キザキの森”の中を歩く。
色は全て灰で、風など1つも吹かない。草からたれた雫は、宙で止まっている。まさに時間が完全に止まってしまっていた。
「早く……時の歯車≠奪い返して戻さないと」
「うん。まずは……彼と彼女の情報を聞き出さなきゃね」
2匹のポケモンはそのまま“キザキの森”を出た。
全ての歯車は、すでに大きく動き始めている。