29話 湖の秘密
スウィートはゆっくりと目を開く。
目の前に広がっているのはミング達と話していた真っ白な空間ではなくて、グラードンと戦っていた場所だった。
1番に目についたグラードン。それは力なく倒れていて動く気配がない。
「あ……戻った…………」
ミング達と話していた事がまだ実感として湧かない。
スウィートはそんな事を頭の片隅で思ったが、シアオ達の様子が視界に入り、はっとする。
「み、皆! 大丈――ッ!!」
「ス、スウィートの方が大丈夫!?」
駆け寄ろうと体をいきなり動かそうとしたためか、スウィートの体に激痛が走る。
シアオは痛みに必死に耐えているスウィートを見て慌てて駆け寄ってきた。そしてバッグからオレンの実を取り出してスウィートに渡す。
「はい、スウィート。と、とりあえずアルやフォルテも大丈夫だから安心して?」
「あ、うん……。ありがとう」
スウィートは渡されたオレンの実を食べることにする。
そして食べながら、行儀が悪いと思ったが聞きたいことを聞いてみた。
「私、結構長い時間、ボーッと……してた、よね…………?」
スウィートが1番聞きたかったこと。
それはミング達と話しすぎて時間がだいぶ経っていないのか、という事だった。あの空間、サファイアの中で10分前後は話していただろう。
他から見たら不思議な光景だったに違いない。
だがシアオは怪訝そうな顔をして
「え? スウィート、少しはボーッとしてたかもしれないけど、ほんのちょっとだよ? 1分くらいかなぁ?」
「え…………」
ありえない。1分など絶対にありえない。
スウィートはシアオを見るが、全く嘘をついているようには見えない。というかシアオが嘘をつくはずがない。
そしてスウィートはアトラの言葉を思い出した。
〈大丈夫よ。中と外では時間の流れが違うもの。中の方が時間が早いから、外ではまだちょっとしか時間が経っていないから〜〉
(本当、なんだ……)
スウィートがぼんやりと考えているとフォルテをおぶったアルがこちらに来ていた。アルはいつもどおりの表情だった。
「スウィート、大丈夫か?」
「わ、私は大丈夫。アルやフォルテは……」
「俺は大丈夫だが……フォルテがこの有様だ」
フォルテを見るとふてくされたような顔をしていた。
スウィートがシアオに目線で説明を求めるとシアオは目を泳がせた。すると代わりにアルが答えた。
「……足、挫いたんだとよ」
「しょ、しょうがないでしょ!?」
どうやら足を挫いて歩けない状態らしい。だからアルがおぶっているのか……と納得するスウィート。フォルテは何故か未だ弁解を続けている。
オレンの実もすでに食べ終わっていた。
そして一度だけサファイアに目を向けてからグラードンの方に目を向けた。それに続いて3匹もグラードンに目を向ける。
「もう立ち上がってこなければいいのだけれど……」
「うん……。――って!?」
「「「!?」」」
シアオが声をあげたと同時にスウィート達も目を見開いた。
何故なら……グラードンの体が光り、何もなかったかのように消えたのだから。
「ど、どういう事……?」
「消え、た……?」
困惑を隠せないスウィート達。目をこすって見てもグラードンの姿はもうない。
『シリウス』が驚きで目を見開いていると
「そのグラードンは、私が作りだした幻影です」
「「「「!?」」」」
4匹は声を聞こえた方を見る。
見たその先には、頭は黄色で額に赤い物がついており、目をつぶったポケモンがいた。体は地面から浮いている。
それよりもスウィートは気になったことがあった。
だがスウィートが口を開くより先に、見知らぬポケモンの方が口を開いた。
「私はヒュユン・エスファルテ。知識の神、ユクシーです。……悪いですが貴方達の記憶は消させていただきます」
「は、はぁ!? なんでそんなこと――」
「フォ、フォルテ! ちょっと待って! 聞きたいことがあるの!」
フォルテがポケモン、ヒュユンに反論しようとした瞬間、スウィートがとめた。それによりフォルテはグッ、と言いたい言葉を飲み込んだ。
スウィートはフォルテに申し訳ない、といった様な顔をしてから、しっかりとヒュユンを見据える。
「聞きたいこと、ですか?」
「は、はい。あの……最近ここに、人間かイーブイが来て、記憶を消したことはないですか?」
「人間かイーブイ……ですか」
「はい」
スウィートは真っ直ぐヒュユンを見る。
アルは何が聞きたいのか分かったようで納得しているが、シアオとフォルテは若干分からずにいた。
「何故、貴女はそのような事を……?」
ヒュユンがそう聞くと、スウィートはどうしようかと視線を彷徨わせた。
だがこれでは何も分からない、そう思い再びヒュユンに目を向ける。
「実は私……元人間なんです。私は自分の名前以外覚えていなくて……。だから」
「私に記憶を消されたかもしれない、と」
「……はい」
「……ここ最近、人間もイーブイが来たことはありません。それに記憶を消すといっても私に全ての記憶を消す力はありません。私がけすのは“霧の湖”のことだけですし……」
「そうですか……。ありがとうございます」
スウィートは顔を俯かせた。結局、分からずじまいだった。
先ほどの会話でようやくスウィートが何故そんなことを聞いたのか、シアオもフォルテも理解できたようだ。
その様子を見たヒュユンは
「貴方達は……怪しいものではないようですね。……ついてきて下さい」
「「「「?」」」」
『シリウス』は互いの顔を見合わせる。
どうやら記憶を消すようではないようだ。慌ててヒュユンの後を追いかける。ヒュユンはついてきているのを分かっているのか、一度も振り返らなかった。
ヒュユンの後ろをついていっていると、急に立ち止まった。
スウィート達も合わせて立ち止まる。すると一度も振り返らなかったヒュユンが『シリウス』の方を振り返った。
ヒュユンの後ろを見るとそこには
「!」
「此処が“霧の湖”です」
大きな湖があった。
「もう少し近くに寄られては?」と言われ、4匹はヒュユンの隣に並んで湖を見る。水がとても綺麗でキラキラと光っていた。
スウィートは“霧の湖”をジッと眺めながら
(綺麗……)
「あ、そういえば。あのグラードン、あれって結局なんだったの?」
スウィートが湖を眺めていると、唐突にシアオがヒュユンに質問した。
するとヒュユンは「それは」といって後ろ斜めを指差した。だがそこには何もいない。
否、いなかったが
「!」
「うわぁッ!?」
「ッ!?」
「すげっ……」
突然、グラードンが出てきたのだ。
シアオはアルの後ろに隠れ、フォルテは咄嗟に身構えた。スウィートはグラードンを見上げ、アルは関心していた。グラードンは身動きひとつしない。
そんな4匹の反応にヒュユンは小さく笑い、説明をした。
「幻術ですからご安心を。このグラードンは“霧の湖”を守るために番人として作っていた紛いもです。勿論、本人に許可はとっていますよ」
「そ、そうなんですか」
幻術って凄いな……と、そう思っていた。
その矢先、ヒュユンが“霧の湖”を見ながら湖の中央辺りに指を指し、スウィート達に話しかけた。
「あそこの光っている部分をよく見てください」
「え……?」
スウィートはヒュユンの顔を見てから、“霧の湖”の中央で光っている部分を目を凝らしながら見る。
よく見ようと体を湖から乗り出しながら。シアオは今にも落ちそうで不安定である。フォルテは水が苦手なため、余り体を乗り出さず、アルはとにかく目を凝らしながら見てた。
暫く見ているとようやく気付く。
光っている部分に何か、不思議な物があることを。歯車の形をして“霧の湖”の少々上に浮いているのを。
タイミングを見計らったかのようにヒュユンは口を開いた。
「あれが時の歯車≠ナす」
「えっ?」
「と、時の歯車=I?」
「嘘ッ!?」
「あれが……?」
スウィート、シアオ、フォルテ、アルの順番で声をあげる。
スウィートは時の歯車≠ニ聞いて、前にアルに説明してもらった内容を思い出した。
〈まず……時の歯車≠ヘ、時を動かしている要因なんだ〉
〈でも盗ったとしても、その区域だけの時が停止するんだ。時の歯車≠ヘ何個かあるらしいから、一個盗ったとしても全体の時がとまるわけじゃない〉
〈時の歯車≠ヘ見つからないように森や洞窟に隠されているらしい〉
(あれが時の歯車=c…。何個かある内のひとつ……)
スウィートは光っている時の歯車≠ジッと見る。
そして妙な違和感を覚えた。あるはずのない違和感を。
(何でだろう……? とても……懐かしい感じがする……)
「なぁんだ。お宝って時の歯車≠フ事だったの。じゃあ持って帰ることは出来ないね〜♪」
「「「「「!?」」」」」
スウィートが色々考えていると、不意に呑気な声が聞こえた。全員驚いてすばやい動きで後ろを振り返る。
そこにはニコニコ笑っている
「あの……その方は……?」
「えっと……あたし達のギルドの親方よ」
ロード親方がいた。いきなりの登場にヒュユンも驚きを隠せないようだ。それはスウィート達も全くもって一緒だった。
急に現れて驚かない者がいるのだろうか。
そんな5匹のことも気にせずにロードはグラードンに近づいた
「僕はロード・シャーレルっていうんだ。ともだち、ともだち〜♪」
(((げ、幻術に話しかけてる……)))
『シリウス』でシアオ以外がそう思った。ロードは呑気に話しかけている。無論、返事などありもしないが。
すると元来た道からドタドタと複数の足音が聞こえてきた。
「あっ、『シリウス』!親方様も!」
「無事か!?」
その足音とはギルドの全員である。
そして『シリウス』とロードを見つけて安心したのか、全員がホッと安堵の息をつく。
が、それもつかの間。凛音以外の者が目を見開いた。
「グ、グラードン〜〜〜〜!?」
「きゃーッ! 本物ですわッ!」
「く、食わないでくれ〜〜〜ッ!!」
「……皆さん、少し落ち着きましょうよ」
弟子達の騒ぎように凛音が小さくツッコんだ。が、きっとその声は誰にも届いていないだろう。
スウィートがその光景を苦笑いで見ていると、ずっと黙っていたヒュユンが言葉を発した。
「そろそろですね」
「え……?」
ヒュユンが見ている方向をつられてみると、湖の水が噴出していた。
その光景を目にした瞬間、全員静かになった。
それもそうだろう。その周りにはバルビートとイルミーゼが光ながら飛んでいて、さらに時の歯車≠フ光が加わり、幻想的な光景になっていたのだ。
(……とても綺麗…………)
きっと、ここにいる者全員がそう感じた瞬間だった。
「来れて、良かったな……」
スウィートの小さな呟きは、誰も聞くことなくすぐに消えていった。
湖の噴出が終わったあと、ヒュユンはギルドのメンバーの方を向いた。
「……記憶は消しません。私はあなた方を信じます。ですから……どうかこの事は秘密にしていただけないでしょうか?」
「うん、勿論♪ 最近は時の歯車≠盗む輩もいるみたいだしね。このギルドの名にかけて、絶対に言わないよ」
そうロードが言うと、ヒュユンは安心したようだ。
そしてロードは弟子達の方に振り返った。
「じゃあ皆! 帰るよ!」
「「「「「おぉーーーーーーーッ!!!」」」」」
そう号令をかけると、弟子達のいつもより元気な、賑やかな声が響いた。