28話 謎の正体
「グレイ、シア……?」
スウィートが呆然と呟いた先には、水色よりも薄い色をしたグレイシアが、スウィートを真っ直ぐ見据えていた。
「……驚くのも無理ないけど、色違いのグレイシア。名前はシクル・ヴァーミリオン」
「色違い……?」
スウィートはシクルを凝視する。そして初対面なのに気付いて急いで顔を伏せた。
するとシクルの方から「くっくっく」という笑い声が聞こえた。おずおずと顔を上げるとシクルの隣にもう1匹姿を現していた。
「え、あ………………え?」
隣にいたのはリーフィア……だが少々、というより結構体の色が薄い。
スウィートはまた困惑した。
「わしも色違いなのじゃよ。名前はミング・ヴァーミリオン。シクルの姉じゃ」
声からして若いのだが、何故か一人称が「わし」で喋り方が年寄り臭いのにスウィートは疑問を感じた。
ミングはまだ笑い、シクルは溜息をついていた。
そんな二匹に戸惑いながらもスウィートはシクルの言葉を思い出し尋ねる。
「あ、あの……さっき「サファイアの中」っていいましたよね……? それってどういう事なんですか……?」
「あぁ、それについても説明しなければならんの」
シクルではなく色違いのリーフィア、ミングが思い出したようにいう。
シクルはジーッとスウィートを見ているだけで喋ろうとはしない。
「まず……何回か頭に声がして、力を貸すとかどうのこうの言っとったのは分かるかの?」
スウィートはおずおずと頷く。
最初はお尋ね者ウェーズと戦った時の、次は初探検でゴルダック達に襲われた時、そして今回のグラードンと戦っていたときだ。
「そして力を貸してもらい……通常のイーブイは使えない技や、聞いたことのない技を使った覚えもあるかの?」
「はい」
「それが……あぁ、面倒くさいの」
ミングは頭を前足で掻いて、更に表情までも面倒くさいといったような感じになった。
スウィートは何か悪いことをしたかとオドオドし、シクルは隣で溜息をついている。シクルの様子を見ると、助け舟を出すつもりはないらしい。
「え、あの……」
「コラコラ、ミングちゃん。スウィートちゃんが困ってるじゃないの〜」
「!?」
いきなり声がして見ると、全身水色ではなく紫色のシャワーズがいた。
その声は、グラードンの時に聞いたことがあるもの。
シャワーズは驚いて声が出ていないスウィートの方を向いて微笑んだ。
「私はアトラ・ヴァーミリオン。シクルちゃんのお姉ちゃんで、ミングちゃんの妹よ♪ 因みに声で分かったと思うけれど、さっきの戦いで力を貸したのは私よ〜」
(え、あ……ん……?)
アトラはニッコリと微笑んでいるだけ。
スウィートの次の言葉を待っているようだった。スウィートは何とか頭を働かせて尋ねる。
「じゃあ……他にも、レンスさんもいるんですか……?」
「そういえばレンスちゃんの名前だけ聞いてたんだっけねぇ」
「え……ちゃん?」
スウィートはアトラの呼び方に焦った。声、そして喋り方からして♂だと思っていたのだが、アトラが「ちゃん」付けで呼んでいるため♀なのだろうか。
スウィートが何も言わないためか、今度はアトラが先に口を開いた。
「時間がないから単刀直入に言うわね〜。此処はサファイアの中。スウィートちゃんは意識だけ、サファイアの中に入ってきているの」
「意識、だけ……?」
「ん〜つまりね、サファイアの外にはスウィートちゃんの体があるんだけれど、意識だけはこっちに来てるの。
つまりサファイアの外でスウィートちゃんに話しかけても、スウィートちゃんは意識がこっちにあるから反応しないのよ」
「それって……意識不明って思われるんじゃ……」
スウィートは青ざめた。
もしもアトラの言うとおりならシアオ達がスウィートに話しかけても反応しないという事である。勿論、反応がなかったらシアオ達は心配するだろう。
するとアトラがクスクスと笑いながら
「大丈夫よ。中と外では時間の流れが違うもの。中の方が時間が早いから、外ではまだちょっとしか時間が経っていないから〜」
「は、はぁ……」
「で、次は私達の事なのだけれど。私達はサファイアの中にいるポケモンなの」
「……? どういう事ですか?」
スウィートが首を傾げる。
すると先ほどまで黙ってみていたシクルが口を開いた。
「あたし達には貴女みたいに、外には出られない」
「え………?」
スウィートはどういう事ですか、と聞こうとしたが、先にシクルが言葉を続けた。
「あたし達は外に
体がない。貴女と違ってサファイアの中には魂だけしかない。だから、外には出られない。……外に出られることなんて、ない」
シクルの言葉を聞いてスウィートは固まった。
つまりシクル達は
永遠にサファイアの中いるしかないというだ。この真っ白い空間の中だけで生きなければならないのだ。
「どうして…体がないんですか……? なんでそうなったんですか?」
「それは…………」
スウィートが震えた声でそう聞くと、シクルは気まずそうに目を逸らした。
スウィートはミングやアトラの方を見るが、アトラは少し悲しそうに微笑んでいるだけで、ミングは無表情だ。
(聞いたら、いけなかったのかな……?)
「あのね、スウィートちゃん。この事は、貴女に関係しているの」
「私に……?」
ええ、とアトラが頷く。
スウィートは訳が分からないといったようにアトラを見るだけ。アトラは困ったように笑った。
「このことを言ったら、貴女は傷つくかもしれない。だから、あまり聞かないでほしいの」
「…………。」
スウィートは疑問に思った。自分が傷つくといいながら、アトラ達の方がよっぽど辛そうな顔をしている。
どちらかというと「傷つくのはアトラ達の方ではないのだろうか?」スウィートはそう考えると聞きにくくなった。
自分の事より、アトラ達の方が心配になった。
それを聞きたい気持ちを抑えてスウィートは違う事、自分の事について聞くことにした。
「あの……貴方達は記憶を無くす前の私を、知ってるんですか……?」
「……知っている。でも、話すことは出来ない」
「ど、どうしてッ……!?」
問いに答えたのはシクル。スウィートは自分の事が知りたくてつい声を荒らげた。
だが今のスウィートには気にすることなど出来なかった。
「私は、一体何なんですか……!? なんで人間だったのに、イーブイに……!?」
「お、落ち着いてスウィートちゃん! 私達が話せないのにも訳があるの」
落ち着きのないスウィートをアトラが宥める。
スウィートは「すみません……」と小さく呟いてから落ち着きを取り戻した。
「あのね、私達は何度か貴女に話そうとしたのよ。だけど…その瞬間、激しい頭痛が起こるの」
「激しい、頭痛……?」
「えぇ。貴女に貴女の事を話すな、とでも言っているように……」
アトラが嘘を言っているようには思えなかった。目は真剣そのものだった。スウィートにとっては何故そうなるのかが検討がつかない。
そこで何も話さなかったミングが会話に加わってきた。
「とりあえず、他の奴等も紹介してやらねばならんだろう。拗ねているぞ」
「他の、奴等……?」
「私達以外に、あと4匹いるのよ」
そういえばレンスや、ウェーズと戦ったときに力を貸してくれたポケモンは見ていない、とスウィートは思った。すると
「俺様を長いこと待たせやがって! 説明長ェんだよ!!」
「煩いですわ! お黙りになってくださいます!?」
「貴様らどちらも煩いがな」
「なんだと!?」
「何ですって!?」
「お前ら全員煩いから!! なんで少しも静かに出来ねーんだよ!?」
後ろから賑やかな声が聞こえ、スウィート、アトラ、ミングが振り返る。
シクルは「あー煩い」と言いながら振り返ろうともしていない。
いたのは金色のブースター、薄ピンクのエーフィ、黄色い輪の部分が青くなっているブラッキー、首の白い部分以外が水色のサンダースがいた。
スウィートはそれを見て
「ぜ、全員色違い……」
そう目を見開きながら呟いた。
まぁ色違いはとても珍しいので、こんなに勢ぞろいしているのを見て驚くのも無理ないだろう。
「はいはい、まずは名乗りましょうね〜。あ、スウィートちゃん。皆兄弟でヴァーミリオンだから〜」
アトラがスウィートの方を向いてニッコリと笑う。シクルは興味なさげに冷たい目線で兄弟を見ていた。
するとさっきまで騒いでいたブースターがスウィートの方を向いた。
「俺様はフレアだ! 特別にフレア様と呼んでいいぞ」
「アンタは毎回それ。あぁ、馬鹿は特別の意味も分からないのか」
「うるせぇ、シクル!! お前年下だろーが!!」
「スウィート、全員呼び捨てでいい。過去のお前さんは呼び捨てじゃったからのう」
「は、はい……」
フレアとシクルが喧嘩しているのを誰も止めずに呆れた目で見ている。とにかくミングの言った事には一応スウィートは頷いておいた。
するとエーフィがスウィートの方に近づいてきた。
「わたくしはリアロですわ。よろしく、ご主人」
「ご、ご主人……?」
「リアロちゃんはスウィートちゃんの事、そう呼んでいるのよ」
リアロの呼び方に慣れそうにないなぁ、と思ったスウィートだが、「やめてほしい」とは言い辛かったので言わなかった。
するとシクルとフレアに向かってサンダースが怒鳴り始めた。
「お前ら、ちょっとくらい静かにしやがれェェェ!!」
「あ、今盛大にツッコミいれたのがレンスちゃんよ。♂だからね〜」
「ア、ハハ…………」
その様子を見てレンスさんはアルと同じ苦労性なポケモンなんだな、と心の中でスウィートは思った。
「して、最初の声がムーンじゃ。無口な奴じゃがな」
「…………。」
「お前は相変わらずじゃな」
「……煩い」
最後がブラッキーのムーン。ウェーズ戦の時に力を貸してくれたのがムーンらしい。
スウィートは小さくお辞儀しておいた。
そして心の隅で「仲良くできるかな」と思ったのは別の話。するとゲッソリした顔でレンスが来た。
「疲れた……」
「あ、レンスちゃんお疲れ様〜」
「……いい加減「ちゃん」付けやめてくれないか?」
「嫌よ〜」
「……スウィート、よろしく」
「よ、宜しくお願いします!」
スウィートはペコリと頭を下げてお辞儀した。レンスも笑いながら小さくお辞儀をしてくれたようだ。
するとスウィートの体がだんだんうっすら透けてきた。
「……あれ?」
「あ、もう時間ね〜。ここにいられる時間は少ないの」
「スウィートの意識が体に戻るんだ」
「え、え?」
スウィートはパニック状態である。
周りを見るとフレアとリアロは喧嘩しているし、ミングはその光景眺めているし、シクルとムーンは黙ってこちらを見て、アトラとレンスはスウィートに話しかけている状態だった。
「また何か聞きたくなったらサファイアに意識を集中させて? 今日はもう無理だけど〜」
「じゃ、外で頑張れよ」
「え、あの――」
その瞬間、スウィートの意識はプツン、と途絶えた。
スウィートのいた場所にはスウィートはいなくなっていた。