109話 おかえり
「ふっ……うあぁぁぁっ……!!」
シアオは拳を強く握りながら、声をあげて泣く。アルは声はあげないものの、静かに涙を流していた。
きっと、ギルドではまだフォルテが泣いているのだろう。
彼女が消えて、どれだけの者が涙を流しただろう。どれだけの者が、悲しんだだろう。
喜んだ者なんて、いない。未来がかわって、彼女のことを聞いて、喜んだ者など誰もいない。誰も、喜びはしなかった。
彼女はあまりに多く者に悲しみを与えてしまった。
きっとそんなことを望んでいない。彼女は笑って欲しいと願ったはずだ。そんなことは誰もが分かっている。
けれど、どうやって笑えというのだ。未来が変わったといえ、命の恩人ともいえる人物が消えて、どうやって笑って過ごせというのだ。
アルはそんなことを考えながら、ただシアオの背中を一定のリズムで叩き、自身も泣いていた。
シアオの、フォルテの、アルの涙をとめるには、どうしても彼女が必要不可欠だった。
そしてアルが嗚咽をあげそうになった瞬間、視界の端に白い光が映った。
アルがシアオの背中を叩くことをやめ、それを凝視する。白い光は1つの場所に集まり、どんどん形になっていく。
その場所に、アルは見覚えがあった。
彼女が、初めて会ったときに、倒れていた場所。
まさか、と思ってアルはそれを見続ける。
すると光が原型をとどめ、どんどん消えていく。
そこで、茶色の毛が見えた。2つの耳が見えた。
首に、サファイアのペンダントをしている、アルにとって懐かしい、見慣れた姿があった。
「スウィート……?」
アルが呆然と呟くと、シアオが反応する。そして、アルが見ていた者もゆっくりと目を開き、シアオとアルの方向を見た。
シアオは、姿を見るや否や、目を瞠った。その者は、2匹を確認すると、口を開いた。
「シアオ……? アル……?」
聞き覚えのある、高く幼い声。もう二度と聞くことの出来ないと思っていた声。
シアオとアルは固まって、すぐに理解できなかった。
しかしその者――スウィートは、すぐに2匹のもとに駆け寄り、2匹の手を握って自分の額にあて、安心したように声をあげた。
「よかった……! わたっ……わたしっ、戻って、これたっ……!!」
その声でハッとし、アルは再びスウィートを見る。
スウィートだ。二度と会うことのないと思った、戻ってきてくれと願った彼女。
それをシアオもアルも確認した。シアオはぎゅうっとスウィートの手を握った。スウィートは、涙を流しながらシアオを見る。
「よかっ……よかっ、った……! もう、会え、な……って……!!」
シアオも涙を流しながら、そう言った。それを聞いてスウィートはまたも涙を流す。
そんな2匹を見てアルは涙を流しながら笑い、やんわりとスウィートの手をはずし、2匹の背中をぽんぽんと叩いた。
少し落ち着いてから、アルは2匹に話しかける。泣いたせいで、全員 少し顔が酷いことになっているが。
「歩けるか? 帰ろう、ギルドに。スウィート、みんなが、待ってる」
「う、んっ……」
涙を拭いながら、スウィートが返事をする。
シアオも涙を拭いながら、スウィートに手をさしのべた。スウィートはありがとう、と言ってその手をとる。
ギルドに向かい、出入り口に立つ。
アルがふっと笑って、「乗ってやれ」とスウィートにいった。スウィートは恐る恐るといった風に、鉄格子に乗る。
するとスウィートにとってとても懐かしい声が聞こえてきた。元気よく、見張り番をしている。
「足、型……は……」
足型を認定している途中にも関わらず、いきなりギルドの出入り口が開いた。
そこに立っていたのは、フォルテで、スウィートの姿を確認するや否やスウィートに抱きついた。
いきなりでスウィートは受け止めきれず、フォルテとともにゴロゴロと転がり、シアオにたいあたりをして止まった。
「ひぐっ……スウィートの、馬鹿ぁぁぁぁ!! あたしがっ……あたしが、どれだけ、心配したと、おもてっ……!!」
泣きながらフォルテは必死にスウィートに言う。ぽろぽろと地面にシミを作る。
すると引っ込んでいたスウィートの涙が、またあふれ出してきた。
「ごめっ……ごめっなさいっ……! ごめんっ……!!」
フォルテを抱きしめながら、謝った。心配をかけてごめんなさい、と。
シアオとアルはそんな2匹を優しい笑顔で見ていた。
すると地面がぼこっとなって、ハダルがでてくる。するとそれを合図にしたように、ギルドの弟子達がぞろぞろと出てきた。
最後には、ロードがでてきて、2匹を見てふふ、と笑った。
「あ、そういえば」
シアオが思い出したように声をあげる。
そしてスウィートとフォルテに近づき、スウィートにむかって、一言、いった。
「おかえり、スウィート」
スウィートの目が見開かれ、ぽろりと涙がおちる。
するとフォルテは泣きながらも、アルは優しげな笑顔で
「おか、えりっ……」
「おかえり」
同じ言葉をかけた。スウィートがふにゃりと情けない顔になり、涙があふれ出る。
するとギルドの弟子達も口々に「おかえり」と言い出した。「よく帰ってきた」「お疲れさん」と声をそれぞれかけた。
スウィートはそれを聞いて、涙を拭って、涙の跡をくっきりとつけながら、
「ただいま!!」
元気な声で、とても綺麗な、眩しい笑顔で、そう言った。