108話 どうして
「…………やはり、こうなったか」
“時限の塔”から、ディアルガがぽつりと呟いた。
ディアルガの耳にはシアオやフォルテ、アルたちの泣き声がはっきりと聞こえた。
原因はわかっている。スウィート・レクリダという元人間のイーブイだ。この時間をかえてくれた、未来からきた人間。その人物が消えて、いなくなったから。
〈いいんです。仕方ありませんし。それに……あんな暗い未来を皆に送ってもらうくらいなら、私は消えたって構いません。皆が今までどおり、笑ってくれるのなら、それでいい〉
そう言った。だがどうだろうか。彼女の願いどおりになっているだろうか。
彼女が望んだ笑顔は見えない。どう見ても、彼女が願った光景ではなかった。
「仕方ない……か」
そう呟くと、ディアルガは胸の宝石の光に包まれた。
その光が消えると、ディアルガは“時限の塔”とは全く違う場所に移っていた。ディアルガはそれに驚かず、真っ直ぐ進んでいく。
ディアルガがきた場所は大きな真っ白い神殿だった。
そして少し進むとディアルガは神殿で何かを見ている者に話しかける。
「おい」
「……久々に来て開口がまずそれか。今の今まで何をしていたのか」
「…………。」
ディアルガは黙った。自分は確かに暴走しかけ、世界を危ない状態に晒そうとしたのだから。あの2匹、いや色々な者が何とかしなかったら、どうなっていたことか。
するとその者ははぁ、と息をついた。そして言葉をかけようとしたが
「わぁー! 何でいるの!? ね、ね、何で!?」
女の声に遮られた。
それにその者はまた溜息をつき、ディアルガは驚いたように女を見る。
「あ、もしかしてあの英雄さんをあの3匹の元に戻してやっていいか許可をもらいにきたの!? それなら大丈夫だよー、だって」
「少し黙っていろ」
その者に苛立ったようにいわれ、女は「はぁーい」と渋々といった感じで黙った。
ディアルガはもう一度女に目をむけてから、視線を最初に話していた者にむけた。訝しげな感じの目線をむけながら。
「おい、何だコレは」
「不審物だ。放っておけ」
「ちょっと! 物扱いはないでしょ、
朔夜!」
「朔夜……?」
朔夜と呼ばれた者を見ると、面倒くさい、といったような顔をした。更に女を見る目はゴミを見るような目だ。
これは詮索しない方がよさそうだ、とディアルガは察するとすぐに本題に入った。
「ここに来たのはこの女がさっき言ったとおりだ。スウィート・レクリダを3匹の元に戻す許可をもらいにきた」
「あー、ほら! ほらね!」
どうだと言わんばかりに女が言う。しかしその者もとい朔夜はその存在を無視した。
「…………それが許されないことを貴様も知っているだろう」
「知っている。しかし、全ての責任は私にある。
スウィート・レクリダがいた暗黒の未来も、私が未熟故に招いた結果だ。本来ならばスウィート・レクリダも、そして彼女とともにあの未来になるのを防ごうとしていた者たちも、消えるべきではない。
彼女を3匹の元に戻すのに何か受けなければならないとしたら、私が受けよう。頼む」
そういい、ディアルガは頭を下げた。
どうしても、戻したかった。戻してやりたかった。全ては自分のせいなのに、救ってくれた者たちが悲しむのを、見ていられなかった。
すると、またしても朔夜が溜息をついた。
「別に構わん。頭を上げろ」
「は……?」
ディアルガが言われて頭をあげる。
驚いたディアルガの顔を見て、朔夜は盛大に顔を顰めた。それに女は「あはは! 凄い顔!!」と大爆笑し、また黙らされた。
「構わない。やるならとっととやれ」
「うわ、超横暴だ」
「ちょっと待て。さっき許されないと、」
「特別に許可すると言っているんだ。あまり言うと先ほどの発言を全て取り下げ、許可しなくなるぞ」
「うわー、朔夜こわーい」
「黙れ」
そう言われディアルガは口を閉じた。
まさかこんな簡単に許可が得られると思っていなかったのだ。未だ朔夜が言った言葉を信じられずにいる。
すると黙れと言われてもやはり黙らない女が声をあげた。
「じゃあ私は英雄さんに話しかけてこようかなぁ。彼女が戻る気がなかったら、意味ないしね。いいよね、朔夜?」
「……はぁ。許可する」
「やった!」
すると女はどこかに消えていった。発言からしてスウィート・レクリダの魂の元にいったのだろう。まだそんなに時間が経っていないから、まだ残っているはずだ。
それを見ながらディアルガが朔夜に話しかけた。
「……珍しいな。お前がこの神殿に招き入れるとは」
「………………勝手にいるだけだ」
色々と聞きたいことはあったが、ディアルガはあえて聞かなかった。
女に英雄とよばれた彼女を、3匹の元に戻せることだけを、ただ嬉しく思っていた。
消える途中に、シアオが手をのばした。けど、その手は掴めないよ。ごめんね。
最後に見たシアオの目には、確かに涙が滲んでいた。
あぁ、泣かせてしまった。笑っていてほしくて私はこの道を選んだのに。
でも、これで変わるんだ。あの暗い未来から、太陽が昇る未来に。あんな寂しい未来から、楽しい世界に。綺麗な笑顔がある時間に。
シアオも、フォルテも、アルも、凛音ちゃんも、メフィちゃんも、先輩たちも、トレジャータウンに住んでいるポケモン達も、明るい未来でこれからを過ごしていける。
これからずっとずっと、幸せに……。
シルドやレヴィちゃん、ミングたちだってそうなるのを願って、この道を選んだのだと思うから。
私たちの勝手な願いで、思いで、消えてしまったポケモンや人間たち、ごめんなさい。命を奪って、ごめんなさい。
貴方達だって、あんな暗い未来でも生きていたかったと思う。誰だって、死にたいなんて思ってなかったはず。本当に、ごめんなさい。
けど代わりに、貴方達の代わりに、新たな命が輝くと思うから。
ゼクトに言ったときのように、私たちがやってることは善とはいえない。
でも、後悔はしていない。あの綺麗な時間がこれからずっと続くんだから。あの寂しい未来は、悲しい未来は、もうないのだから。
でも、何でだろう。
本当によかったの? これが最善策?
そう問いただしてくる私がいるの。いいって言ってるのに、ずっとずっと問いただしてくる。
どうして、そんなことを私に聞くの? もう、どうしよもうないのに。
何でか、私の大切な人たちの泣き声が聞こえる。辛そうな、悲しそうな声が聞こえるの。
聞きたくない。耳を塞ぐけど、はっきりと聞こえる。
何で泣いているの? どうして、みんな笑っていないの? どうして泣き止んでくれないの?
どうして、何で?
自分の目から、温かい何かが落ちた瞬間、声が聞こえた。
《貴女は、どうしたい――?》