107話 君がいなくなってから
スウィートがいなくなってから、数日が経った。
シアオはスウィートが最後の最後に言った願いを実行するべく、色んな場所をまわって伝えている。俺もそれに同行している。
フォルテは部屋から出てこない。どうして、と言い続けている。ただ泣き続けている。
結局、何がよかったのかが分からない。
自分の目で見ても、あの未来は酷かった。あれは防がなければならない、と思った。
きっと何年も何年もあの世界で過ごしてきたスウィートやシルドやレヴィたちは、俺より強い思いがあったに違いない。俺より、あの世界の残酷さを分かっていたはずだ。
今、その未来はなくなった。
けど、かわりにスウィートが消えた。おそらく、シルドも、レヴィも、サファイアの奴らも。
俺らの平穏な未来とひきかえに、消えてしまった。
それでよかったんだろうか。でも、スウィート達が消えなければあの未来を送ることになっていたのだ。
やはり、何がよかったのか分からない。
何が正しかったのだろうか。何が間違っていたのだろうか。
何が、最善策だったんだろう。どうすれば、よかったんだろう。どうすれば皆が泣かずに済んだだろう。
どうしたら、前のような平穏な日々に戻れただろう。
「アル? どかした?」
シアオが俺の顔を覗き込んでくる。なんでもない、と言うとシアオはそっか、と言ってまた前をむく。今はギルドへ帰宅するところだった。
コイツは、シアオは、スウィートが消えたとき、どれだけの悲しみを1匹で抱えることになったんだろうか。
俺たちはシアオに聞いただけで、実際に見てない。だからこそ、こうやっていることができるのだろうか。まだスウィートは生きてるんじゃないか、なんて思えるんだろうか。
情けない顔をして、目を真っ赤にさせて、帰ってきた。1匹で、帰ってきた。
フィーネさんやシャオさんが消えるところを見ていたから、スウィートが帰ってこないことは知っていた。けど、どこか信じられずにいたのだ。スウィートは帰ってくるんじゃないか、って。
けど現実は鋭く突きささった。シアオは、1匹で帰ってきた。
冗談だろ、と言いたくなった。嘘だろ、そう言いたくなった。
でもシアオにそれを聞くことはできなかった。あの時シアオの心がどれだけボロボロだったか、すぐに察したから。
それでも、シアオは次の日から行動した。
俺でも驚くくらいの立ち直り……いや、本当は立ち直っていない。けど、スウィートの願いをどうしても叶えてやりたかったのだろう。
俺もついていった。シアオは必死に伝えた。もうこんなことをおこさないように、と。俺にできることは、何も、ない。
なぁ、スウィート。お前はどんな気持ちで消えたんだ?
お前のことだから、『シリウス』をこんなボロボロにしたいなんて思ってなかっただろ? これとは逆なことを願ってたんだろ?
シアオはずっと表情が暗い。フォルテは、泣いてばっかりだ。
俺には何もできない。どうしようもない。コイツらを元に戻すには、お前の力が、どうしても必要なんだよ。
頼むから、お願いだから……戻ってきてくれ。
スウィートがいなくなって、数日。
あたしは何もできずにいる。進めずにいる。
アルも、シアオでさえ進んでいるっていうのに、何もできないでいる。ただ、泣いているだけ。
駄目だって分かってる。泣いたって、何もかわらないって知ってる。
でも、どうやっても涙がとまらない。どうしても、一向に、心に開いた穴が塞がらない。
どうやっても、駄目なの。
フィーネとシャオが消えたのを見ても、スウィートは帰ってくるって思ってた。
違う、思ってたんじゃない。そう思うしか、方法がなかったんだ。そうでもしないと、あたしの心が壊れそうだったから。
でも、シアオは1匹だけで帰ってきた。
シアオの姿を見た瞬間、頭が真っ白になった。だって、隣にいたはずの彼女がいないから。
消えたんだ。もう、帰ってこないんだ。
そう分かった瞬間、涙がとまらなかった。シアオだって心がボロボロなのはわかってる。けど、どうしても止められなかった。
今でもはっきりと耳に残ってる。シアオの申し訳なさそうな声。
〈…………ごめん〉
アンタは何で謝ってんのよ。どうしてあたしに謝るのよ。アンタはあたしに謝らなきゃいけないことをしたわけ?
そう言ってやりたかったのに、声がでなかった。ただ首をふることしかできなかった。
謝らなきゃいけないのは、シアオじゃない。
今は、あたしが謝らなきゃいけないのに。何もできなくてごめんって。心配かけてごめんって。
きっとシアオもアルも、今のあたしの状態を心配してくれている。それが申し訳なくてしかたない。でも、涙はとまってくれない。
スウィート。貴女が消えてまで残したかったものは何ですか? 貴女が守りたかったものは何ですか?
この時間の平穏ですか? あたしたちの平和ですか?
貴女が守ろうとしたものは今、守られていますか……?
あの日から、スウィートが消えた日から、数日がたった。
フォルテの罵声がとんでこない。アルの溜息がない。スウィートがいない。
前のような日々が、ない。
僕は「こんなことが起きないように、他のポケモン達に伝えて欲しい」というスィートの願いを叶えるべく、他の場所に行って今までのことを伝えている。
きちんと伝わっているのかどうかは分からない。でも、伝えなきゃ。
アルは僕の行く場所行く場所についてきてくれている。フォルテはあの日から部屋に閉じ篭って泣いてばかりだ。
フォルテにかけられる言葉は1つもない。だって、そんなものをかけたって、フォルテの心の傷が癒えるわけではないのだから。
アルも何も言わずにいる。いつもは「しっかりしろ」とか「うじうじするな」とか言うのに、何も言わない。きっとアルは、僕よりもっと色んなことを考えている。だからだと思う。
あの最後の……スウィートの悲しそうな、辛そうな、愛しそうな笑顔が忘れられない。涙が、確かに流れていた。
スウィートだって、消えるなんて本心じゃなかったはずだ。
けど僕らの未来をかえるために。未来を明るいものにするために。僕らのために、あの道を選んでくれたのだ。
シルドも、レヴィも、サファイアの皆も、フィーネさんも、シャオさんも。僕らのために、自分の命を犠牲にした。
僕らはこんなところで挫けるわけにいかないんだ。
スウィート達が、僕らのためにしてくれたことを、無駄にしてはいけない。
「おい、シアオ。どっち行ってんだ」
「あー……ちょっと海岸に行こうと思って。先に帰っててもいいよ?」
「……いや、行く」
あぁ悪いなぁ。そんなことを思いながら海岸に行く。
海岸にいくと久々の光景を見た。
「……クラブの泡吹きだ」
「久々だな……」
最近は全く来ていなかった海岸。何となくで来たが、とてもまさか泡吹きをやっているなんて思わなかった。
泡吹きはやはり綺麗だ。キラキラと輝いて、ホントに綺麗だ。
最後に見に来たのはいつだっけ? ……あぁ、そうだ。スウィートと初めて出会ったときだった。
〈大丈夫? あなた、此処に倒れていたのよ?〉
〈なんで……どうしてポケモンが喋っているの……!?〉
〈何を言ってるのさ。 ポケモンが喋られるなんて当たり前だよ? 君だってイーブイじゃないか〉
〈え……? 嘘っ……!? え……!? ど、どういうこと……!? なんでっ……〉
〈あのさ……名前は?〉
〈……スウィート。スウィート・レクリダ…………〉
ポケモンになったことでパニックをしていて、まともに会話した気がしない。
その後も酷かった。スウィートは極度の人見知りだったから、岩に隠れていたっけ。
慣れてきたら沢山話しかけてくれて。それでもって凄く強くて。
ギルドになかなか入れなかったときは怒られたなぁ。フォルテやアルはあんな叱り方しないから、よく覚えている。
スウィートなりの、叱り方だった。更に最後は謝ってきた。あのときのスウィートは消極的だった。それも一緒にいるうちに薄れてきたけど。
初めてのお尋ね者の依頼では時空の叫び≠ェ初めて発動したっけ。あとサファイアの力をスウィートが始めて知ったときだったと思う。僕らが知ったのはもっと後だけど。
初探検では滝に突っ込んだなぁ。そして宝石はフォルテのせいで砕けて何ももって帰れなくて……でも、楽しかったな。
未知の場所にいって探検するっていうのが、凄く楽しかった。
遠征では"時の歯車"を初めて見たっけ……。あのときの光景は鮮明に覚えている。凄く、綺麗だつた。
あとは色々とあって、それからシルドを捕まえて、ゼクトが未来に帰るって言って、そして無理やり未来に連れてかれたなぁ。
そこで本当のことを知って、僕がパニックになって。それでもスウィートはずっと支えてくれた。どんなに僕が情けなくても、ずっとずっと支えてくれた。
何度も、何度も辛くてくじけそうになった。
それでも支えてくれた。彼女はずっと僕らの近くで笑ってくれていた。
「……! シアオ……」
最後まで彼女は僕らのために動いた。最後まで、自分のことじゃなくて、他の者たちを考えていた。
彼女は、幸せだっただろうか。
「ふっ……うぅ……」
僕は、彼女に何かしてあげられただろうか。
「うぅっ……ひっ……うあぁぁぁぁぁぁ!!」
声をあげて泣いた。アルがぽんぽんと背中を叩いてくれるのが、ただ1つの救いだった。
ねぇ、お願い、神様。彼女にお礼がしたいんだ。
僕はどうなってもいいから、彼女に、明るい未来をあげて。
彼女を、返して。