106話 1匹での帰還
「スウィー、ト……」
スウィートがいた場所を見ながら、呆然とシアオが名を呟く。
そしてようやく状況を理解したのか、一気にシアオの目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「スウィートッ……スウィート……!!」
嘘だと言ってくれ。誰か、この事実を否定してくれ。
シアオは懸命に願った。
彼女の名をいくら呼ぼうとも、彼女からの返事はもう、返ってこない。彼女はもういないのだから、当たり前だ。
しかしシアオは懸命に呼んだ。
「ス、ウィート……! スウィート……!!」
全くその場を動こうとしないシアオ。ただずっとスウィートを呼ぶ。
すると、シアオの顔に何かが当たった。シアオの視界がピンク色に覆い尽くされる。
それを手にとると、スウィートが巻いていたスカーフだった。
そのスカーフはまるで「泣き止んで早く行け」と言っているようだった。今も偶然かもしれないが、虹の石舟≠ェある方向にはためいている。
「っ……スウィ……ト……」
シアオは涙を拭って、そのスカーフをギュッと握ってから、虹の石舟≠フ方に足を進めた。
足はおぼつかず、ヨロヨロといった感じで向かっていく。しかし、しっかりと地面を踏みしめて歩いていた。
「帰ら、ないと……帰って、このことを、皆に……皆に、話さな、きゃ……」
また溢れそうになる涙をシアオは拭って前に進む。
「それが……スウィートの……スウィートの、最後の、お願い……」
何度拭っても、涙が溢れてくる。しかしシアオは前に進む。
振り返りはしなかった。ただ真っ直ぐ前をむいて、進んでいた。
「あ……」
すると急にシアオが動きを止めた。
シアオのシアオの視線の先には、虹の石舟≠ェあった。それにヨロヨロとシアオは近づいていく。
虹の石舟≠ノあと一歩といったところで、シアオは止まる。そしてゆっくりと虹の石舟≠ノシアオが乗ると、数秒してから虹の石舟≠ェ動き出した。
シアオが振り返ると、ボロボロに崩れた“時限の塔”が見えた。
「“時限の塔”が……遠く、なっていく……。スウィー、トが……離れて、いく……」
また、シアオの目から涙が流れた。
今度は拭わずに、嗚咽をもらし、ただスウィートのスカーフをギュッと握って、泣いた。
それからシアオは荒れている“幻の大地”を踏み越え、ラウルのところまで行った。
ラウルはシアオの姿を目に入れるや否や、悲しそうに目を伏せた。そして一言、シアオにこう言葉をかけた。
「シアオさん。……すみません」
その謝罪がどういったものかは分からない。
もしかしたら、ラウルは全てを知っていたのかもしれない。タイムパラドックスのことも、全て。
結局それはシアオが何も言わなかったので分からなかったが、ラウルは静かに背をかし、シアオを乗せて初めて会った“磯の洞窟”ではなく、トレジャータウンへと向かった。
おそらく、ラウルなりの気遣いだったのだろう。
シアオはラウルにお礼を言ってから、ふらふらとギルドに向かった。
酷く、足が重かった。帰ってからのことを考えると、足がなかなか進まなかった。
最後の一段をのぼると、シアオの目に見慣れた姿があった。その2匹は俯いて、ギルドに寄りかかっていた。
シアオはゆっくりと進む。数歩すすむとシアオに気付いたようで、2匹とも顔をあげた。
「あ…………あぁっ……」
フォルテはシアオの姿を見るや否や、彼女がいないことに気付き、泣き崩れてしまった。
アルは何も言わずにシアオに近づき、ただ「お疲れさん。よく頑張った」と言い、シアオの頭をポンポンと叩いた。
安心したのか、フォルテの姿を見てか、アルのその行動でか、シアオはまた涙を流した。
アルも、静かに涙を流していた。
シアオは静かにフォルテの近くまで行き、一言だけ言った。
「…………ごめん」
フォルテは静かに、泣きながら首を弱弱しく左右にふった。言葉は、発しなかった。いや、発せなかった。
するとギルドの門があいた。でてきたのは凛音とメフィだった。その後に他のギルドの者達がでてくる。
最後にロードがでてきた。スウィートについては、何も聞かず、ただ
「おかえり」
と言った。
シアオは、何も言わなかった。否、いえなかった。
残った『シリウス』の3匹に与えられたものは、とんでもなく、悲しい、辛い、残酷すぎる現実だった。
いつもの『シリウス』の面影は、なかった。
次の日、シアオもアルも目を腫らしながら起きてきた。フォルテは、でてこない。
いつもなら何かを言うディラも、何も言わなかった。他の弟子達も、何も言わなかった。勿論ロードも。
シアオは朝礼で、あったことを全て話した。泣かずに、はっきりと。
聞いていて、一部の弟子達は涙を流していた。それでも、シアオは泣かなかった。ただ、自分が知っていることを、見たことを、聞いたことを、全て話した。
アルはただ黙って聞いていた。
それからシアオは外にでて、トレジャータウンのポケモン達にも話しにいった。フォルテはやはり、部屋からでてこなかった。
アルはシアオについていった。そして、また話すのを黙って聞いていた。
彼女は、色々なものを残して消えた。
彼は、最後の願いを叶えるべく行動する。
彼女は、泣いてばかりだ。
彼は、黙って聞いていることしか出来ない。
彼女が望んだモノは、どこにもなかった。