101話 もう1つの別れ
スウィートとシアオが神殿の階段を登ると、光がだんだん強くなって、音が大きくなっていた。
神殿の頂上につくと、模様のところを囲むように青と白の光が止めなく光っていた。それはだんだん強くなっていく。
「もう動き出しそう! 早く乗ろう!」
「う、うん!」
シアオに手を引っ張られ、スウィートは引きずられるように虹の石舟≠ノ向かう。
そして2匹が虹の石舟≠ノ乗った瞬間、ゴゴゴ……という音がし、2匹が乗った部分が浮き出した。それはだんだん上に向かっていく。
「これが、虹の石舟=c…」
虹の石舟≠ヘ少し上に昇ると、次は上に昇りながら進んでいく。ソレが通った場所は綺麗な虹がかかっていた。
スウィートがそれを見ながら驚いていると、シアオが「あっ」と声をあげた。
「スウィート! あれ見て!」
シアオの言うとおり、スウィートはシアオの指した方向を見る。そこには自分が、人間だった頃の自分も目指していた場所があった。
少し目を見開きながら、スウィートはそれの名前を言う。
「“時限の、塔”……」
彼女がよんだそれの上には、最初に“幻の大地”について見たときのように、天辺には赤い何かが渦巻いている。
虹の石舟≠ヘたしかに“時限の塔”にむかって真っ直ぐ進んでいた。
「ついに、いくだね……僕たち……」
「そうだね……」
2匹がそれを見ていると、不意にスウィートの頭の中に声が響いた。
疑問符を浮かべながら、スウィートはその声に答える。そして、シアオに話しかけた。
「シアオ、ちょっとだけ、サファイアの中で話してくる」
「え……あ、あぁ……。うん」
シアオが少しどもったのをスウィートは不思議に思いながら、サファイアに意識を落とした。
「どうしたの……?」
サファイアの中に入ると、全員が揃っていた。
表情を伺うと、いつも通りだったり、バツが悪そうな顔をしていたり、悲しそうにしたりとそれぞれだった。
スウィートはまたも首を傾げる。するとミングが口を開いた。
「スウィート……。これで、お別れじゃ」
「……え?」
目を瞠り、スウィートはミングを見る。
意味が分からない、そういった表情をしているスウィートに、今度はアトラが話しかけた。
「スウィートちゃんが知っての通り、私たちはゼクトの戦いでかなり力を使ってしまった……。だから、ではないの。
私たちがスウィートちゃんに力を貸せるのは……1匹につき技1つ分。それ以上は、私たちはスウィートちゃんに力を貸してあげれない」
「で、でも、なんでお別れなんて……」
アトラの説明ではミングの言ったお別れの意味がわからない。
するとムーンが静かに、訳を話し始めた。
「ゼクトの最後の抵抗……黒い球体は、リアロでは防ぎきれなかった」
「……?」
スウィートがリアロを見ると、申し訳なさそうにリアロは俯いてしまう。目には確かに涙が滲んでいた。
ムーンはそのまま続ける。
「そのとき、サファイアの亀裂が入った。……あのリオルは気付いたようだが」
「え……!?」
スウィートが反射的に確認しようとするが、サファイアの中に入っているときにはサファイアはない。
ムーンが言ったリオルとは、間違いなくシアオのことだろう。だから「話してくる」と言ったときに気にしたような素振りを見せたのだろう。スウィートの中で合点がいった。
そんなスウィートを気にした様子もなく、ムーンは話す。
「それだけなら問題はない……。しかし、サファイアが少し割れた」
「そこでサファイアの特別な能力の中枢が壊れた。こうやって会えんのは最後ってことだ」
ムーンの言葉をとって、フレアが続きを話した。
スウィートはシルドの別れでただでさえ頭が正常に働いてないのに、こういった話がまた持ち出されてパニックになっていた。
「え……あ、……え?」
「落ち着いて聞け。このままいけば中枢は全て壊れる。1つ壊れちまえば後は破壊が侵食していくだけだ。そして、1番に被害をうけたのが、ココだ。だから、もう話すことはできねぇ。
最後まで、おそらくもつと思うが……正直わからねぇ。中枢が壊れていなければ、1匹につき技1つ貸すことは可能だ。だが、中枢がその前に全て壊れてしまえば――」
「力を貸すことも、もちろん不可能になりますわ……」
フレアの言葉をとったのはリアロ。いつもならここで喧嘩が始まるのだが、リアロの心の状態がかなり弱っていたので、フレアは何も言わなかった。
リアロはぽろぽろと涙を零しながら、必死に言葉をつなぐ。
「わたくしの、力不足、でしたっ……。申し訳、ござい、ません……! わたくしがっ、わたくしにもっと、力が、あれば……!」
深く、リアロが頭を下げる。アトラはそんなリアロの頭を撫で、抱きしめた。
スウィートはやはり、呆然としている。
「……今、スウィートに話すべきじゃなかったのは分かってる。スウィートの心も安定していない。けど、もしスウィートが俺たちの力を借りる場合、使えなくてスウィートがパニックになることは避けておきたかったんだ」
「ごめんなさいね……。最後まで、スウィートちゃんの足を引っ張ってしまって……。貴女が、そんなことを聞いて平気でいられる状態でもないのに……」
レンスとアトラが申し訳なさそうに言う。スウィートの頭のなかでは今いわれたことが頭のなかでグルグルと回っていた。
(中枢が、壊れる? 会えなく、なる?)
「……それ、中枢が壊れたら……貴方達は、どうなって……」
「……中枢が壊れるということは、サファイアの、この空間が壊れる。つまり、ワシらはタイムパラドックス以前に、この空間ごと消滅する。そのとき……サファイアは完全に、割れるわ」
一瞬、スウィートの息が止まった。
シクルはそんなスウィートを見てから目を伏せ、静かに言葉を発した。
「どうせ、タイムパラドックスで消える。……早いか遅いかの問題」
目を開いてスウィートを見ると、悲しそうに顔を歪ませている。今にも泣きそうな顔をしている。
シクルはそんなスウィートを見ると、彼女のもとまでずんずんと歩いていった。そしてスウィートの前まで来ると
「スウィート」
ぱしんっと弱めの力でスウィートの頬を叩いた。全員がそれを目を見開いて見る。
義兄弟たちのことは全く気にせず、シクルは続ける。
「今は、泣くときじゃない。貴女も、分かってるはず」
「…………。」
「シルドは、ここまでやってきて、全てを、貴女に託した。あたし達も、貴女に託す。もう、どうしようもないから」
スウィートは俯きながらシクルの言葉を聞く。どんな表情をしているかは分からない。
ただ静かに、嗚咽が聞こえた。
「辛いのは分かる。泣きたい気持ちも分かる。でも、貴女は託されたのだから、役目を果たさなきゃならない。それは、貴女が何より分かってるはず。……コレがあたしの最後の言葉」
スウィートがようやく顔をあげて、シクルを見た。後ろにはほとんどが困ったように、笑っていた。
シクルが、記憶を失ってからのスウィートに初めて、笑顔を見せた。
「進め、前に。振り返るな。目的を忘れるな。他の者たちの思いを無駄にするな。自分の進む方向だけ、真っ直ぐに見ろ。
……今の貴女は、これができれば十分だ」
言い終わった瞬間に、サファイアの空間は凄まじい光に包まれた。
ハッと目を開けると、シアオがまず目に映った。
おそるおそるサファイアを見ると、確かに欠けていた。そして、亀裂が入っていた。それはほんの僅かだが広がっていっている。
するとシアオが話しかけてきた。
「その……スウィート、大丈夫?」
「ん……。大丈夫」
振り返るな。進め、前に。シクルの最後の言葉。
シルドのことも、ヴァーミリオンのことも今は忘れろということだろう。今は、目的のために、未来をかえるという目的しか見るなということを、シクルは言ったのだ。
だからこそ、今は弱音を吐いていられない。今は少し非情にならなければいけない。
「シアオ」
「ん?」
「絶対に、変えようね。あの暗い未来を」
一瞬スウィートの言葉を聞いて固まったシアオだが、すぐに「うん!」と返事した。
ただ見るのは、高く聳え立つ塔のみ――。