99話 決まりきった覚悟
「勝っ、た……?」
シアオが呆然と呟く。
シルドの前には倒れているゼクト。スウィートもそれを呆然とした様子で見ていた。
しかしフラリとなって体が傾いたシルドを見るや否や、黒い眼差しの効果がとけたスウィートは真空瞬移で移動してシルドの体を支えた。シアオも慌てた様子で駆け寄ってくる。
「シルド、大丈夫?」
「あぁ……」
そういいつつ、シルドはゼクトから目線をはずさない。
シアオは駆け寄ってからシルドを見て、そしてゼクトを見た。
その次の瞬間、
「私は……私、は……私は、負けん!!」
「きゃ!?」
「ぐっ!」
「うわ!!」
いきなり起き上がり攻撃してきたゼクトに反応できず、スウィート達は吹き飛ばされる。そして地面に倒れた。
「私は……負けん。貴様らなんぞに、負けるものか!!」
「ッ!」
スウィートが起き上がって見ると、ゼクトは腹の口を開け、禍々しい黒い球体を作り上げた。ソレはとても大きく、当たったらおそらくひとたまりもない。
シルドは傷が響いてなかなか起き上がれないのか、シアオは呆然とソレを見ていた。
「これで終わりだ!!」
ゼクトが黒い球体を3匹に向かって撃ってきた。
シルドがようやく状況を理解した瞬間、シアオがハッとなった瞬間、スウィートが2匹を庇うように立った。
「《
幻守御!!》」
そう言った後、その黒い球体が止まる。スウィートの前に虹色のシールドができているからだ。しかしソレは今にもシールドを突き破ってきそうだった。
シルドが急いで起き上がり、スウィートの横までいって瞳を確認すると、瞳は紫色になっていた。
「《やらせませんの……。また、またご主人から、ご主人から何かを奪わせてたまるものですか……!!》」
リアロだった。必死にシールドを突き破られまいと、顔を歪めながらも耐えている。
シルドは自分に何ができるかを探す。ゼクトを見ると、もう二派を作ろうとしているのか、小さい黒い球体ができていた。それを見てシルドは焦る。
(まずい、2発目となるともう防ぎきれない……!)
そしてようやくシアオも駆け寄ろうとしたとき、シアオの耳に不穏な音が聞こえた。
「え……?」
「シアオ! 何ボサッとしてる!?」
「え……あ……う、うん」
シアオがシルドと反対のスウィートの隣につくと、スウィートの右目が緑色にかわった。
「《いいか、お主ら。一度しか言わんからよく聞け。今からワシら6匹で攻撃を仕掛ける。その前にリアロが技をとく。お主らはこの黒い球体がスウィートに当たる前にゼクトにむかって弾け!!》」
「は、弾く!?」
「そんなことができるのか……? おい、ミング。他にもっと的確な――」
「《時間がない》」
そう言われ、シルドは黙った。ゼクトは2発目をつくり始めている。アレを撃たれたら困るのだ。
すぐに案が浮かばないならそれに乗るしかない。成功する確率が100パーセントといえない。やられるかもしれない。けれど、それにかけるしかないのだ。
シルドはチッ、と舌打ちした後、シアオを見た。
「おい、シアオ。いけるか?」
「うん。……やるっきゃない、よね」
シアオはちらりと何かを見た後、すぐに黒い球体に目を向けた。
それを確認したリアロが、合図をかけた。
「《いきますわよ!!》」
スウィートの前の虹色のシールドがとれ、黒い球体が前に出ようとした瞬間
「リーブレード!!」
「はっけい!」
2匹が黒い球体を弾いた。そしてスウィートが最後に
「《
奇跡の龍》!!」
虹色の龍を放った。
黒い球体を追うように、龍もゼクトにつっこんでいく。
「なっ……!? ぐ、ぐああぁぁぁぁぁあ!!」
予想外の行動に、ゼクトはこれでもかと目を見開く。そして、出来上がりつつあった黒い球体とともに、自分が作った一発目の球体と虹色の龍に衝突した。
一瞬、当たりが光に包まれ、全員が目を瞑る。そして光が止んだあと、おそるおそるといったように目を開くと
「う、そ……」
ゼクトが、立っていた。腹からはバチバチと音をたてているが、確かにゼクトは立っていた。
スウィートが呆然と呟いた後、シアオやシルドからも声があがった。しかし
「ぐおっ……ぐぉぉぉぉっ……!!」
ゼクトが声をあげて、倒れた。
呆然と見ている一同。しかしゼクトは倒れたまま動く気配がない。
そして全員が唖然としている中、シアオが1番に声を発した。
「や……やった! スウィート、シルド! 僕らやったんだよ!」
嬉嬉とした様子で2匹に話しかけるシアオ。それでもスウィートは呆然と見ており、シルドは声に反応してからシアオと同じように言葉を発した。
「やった、のか……。ついに、ついにゼクトを、ゼクトを倒した……!!」
シルドにとってはやっと。長年 戦ってきた相手。それを今ここで、ようやく倒したのだ。
スウィートは呆然とした様子から、一気に安堵した表情になり、その場に座り込んだ。瞳は焦げ茶に戻っていた。
そんな3匹とは対照に、ゼクトの部下のヤミラミ達は焦りだした。
「ウイイイッ まさか……」
「ウイッ……ヨノワール様が、ヨノワール様が……倒された……!!」
「「「「「「ウヒィィィィイィィィィ!」」」」」」
一斉にヤミラミ達が駆け出す。ゼクトの元ではなく、その後ろにある。時空ホール≠ヨ。そしてヤミラミ達は迷うことなく時空ホール≠ノ入っていった。
残されたゼクトと3匹は、少し間をおき、3匹が倒れているゼクトに近づいた。ゼクトが動く気配はない。
「残念だったな、ゼクト。ヤミラミはみんな逃げちまったぞ。お前もなかなかいい仲間たちに恵まれたようだな」
「うぐぐっ……」
皮肉げに言うシルドに言い返そうとしているのか、ゼクトが動こうとする。しかしダメージが大きく、動けないようだった。
そんなゼクトを見てから、シルドはシアオに視線を寄越した。
「シアオ、神殿の頂上に行って、そこのくぼみに遺跡の欠片を入れてみてくれ。虹の石舟が動くかどうか確かめて欲しいんだ。俺とスウィートは此処でゼクトを見張ってる」
「分かった! いってくる」
シアオは元気よく返事をし、階段を上って神殿の頂上まであっという間に行ってしまった。まだまだ元気な姿にスウィートはつい苦笑をこぼしてしまう。
頂上を見ながらシルドは「起動できればいいが……」と呟く。スウィートはそれを聞いて、笑みを引っ込めた。そうだ、虹の石舟が動かなければ此処まできた意味がないのだ。
すると、微かにゼクトが動いた。
「動くな。命が惜しいのか」
スウィートも反応したが、先にシルドが反応する。
ゼクトは体を動かすのはやめたものの、言葉を発した。
「っく……。シルド、スウィート……。お前達は……お前達は、本当にコレでいいのか……? もし、歴史をかえたら……私たち、未来のポケモンは……跡形もなく、消えてしまうんだぞ……?」
ぴくり、と2匹が反応する。ゼクトはそのまま続けた。
「私、だけじゃない……。お前達も、サファイアの中にいる、者も……みんな、来てしまうんだぞ……? それでも、」
「分かってるよ」
「!」
スウィートがはっきりといった言葉に、シルドは目を見開かせて彼女を見た。そんなシルドに困ったように笑いかけ、スウィートはゼクトに話す。
「フィーネさんと、シャオさんから、聞いた。……でも、私はひけない。時が動いて、皆が平和に幸せに暮らせる時間を守りたい。
……私たちがやっていることは、決して善じゃない。未来のポケモンの命を、人間の命を、私たちの勝手な願いで消すのだから。けど……私はあんな暗い未来を、この時間で幸せ暮らしているポケモンや人間達に送ってほしくない……」
「スウィート……」
「今の、この時間の皆の笑顔が私は大好き。凄く輝いていて、とても綺麗で、眩しくて。そんな笑顔を、私は奪いたくない」
だから、私はあの未来を変えたい。自分の命が消え去ろうとも。
そう続けたスウィートは、笑った。もう、決まっているのだと、そうはっきりと目が告げていた。
顔を歪ませて自分を見ているシルドに、スウィートはまたしても困ったような笑顔で問いかける。
「ね、人間の頃の私も、消えるのが分かってて承知したんでしょ?」
「……あぁ。俺もレヴィも、お前も、ミングも、ムーンも……皆、消えるのが分かっている上でやっていた」
不意に、スウィートの耳に彼女の言葉がきこえた。
〈それに……もし星の停止≠食い止めることが出来て、この暗黒の世界が、過去のように光あふれる世界に変わるのなら……私も命をかけて、シルドさんに協力します〉
あの時はただ「本気なんだな」程度にしか思わなかった言葉。
しかしレヴィは、本気で命をかけるという意味で言っていたのだ。自分が消えてしまうのを承知で、シルドに協力するといったのだ。
しかし、とシルドは言葉を続けた。
「ただ、1つ気がかりなことは…………この時代にきて変わってしまったことがある。確かに俺たちの覚悟は決まっていた。この世界に初めてタイムスリップするとき……俺たちには失うものなんて何もなかった」
覚悟を決めていた。自分たちが消えても、悲しむ者などどうせ誰もいやしないのだから、どうでもいいと思っていた。
しかし、それは今では違ってしまったのだ。
「だが……今のお前が違う。今のお前はシアオ……フォルテやアルナイル、そして……ギルドの奴らだっている。シアオ達はお前のことを慕っている。仲間として、とても大切に思っている。もしお前が消えると知ったら……きっと悲しがる。それは……」
「分かってるよ。でも、私はもう決めた。皆なら大丈夫。きっと、乗り越えてくれる」
すっぱりと言ったスウィートに、シルドは、もう何も言いはしなかった。