ハルタと幻の珍味
「今日の依頼は……ーって、ええ?! 未知のダンジョンの調査?!! やったー!!」
1匹のハリマロンの少年が掲示板の前ではしゃいでいる。彼の名は、ハルタ。首元にピンク色のスカーフを付けている、ノーマルランクの探検家である。
「ハルタくん、ここ最近頑張っていますからね。わたくしの方からレベルの高い依頼に挑戦させてみるようお願いしておきましたのよ」
そう言いながら、ハルタの元へやって来たのは、彼の担任であるミルフィーユだ。チェリム特有の開花したサクラの花を思わせる“ポジフォルム”は、彼女のそのにこやかな表情と見事にマッチしている。
「そうなんですか?! ありがとうございまーす!」
「どういたしまして。場所は、この森の中にある洞窟ですわ」
ミルフィーユはそう言ってハルタの地図に印をつけた。
「ここが例のダンジョンだね! よーし! 頑張って行こー!」
ダンジョンに到着したハルタは、脇目も振らずただまっすぐ奥へと進んでいった。洞窟の中はとても暗い。だが、天井に所々穴が空いており、そこから外の光が射しているためか、ランタンが無くても安心して前に進めた。
しばらく進むと、これまで以上に暗くじめじめした場所が見えてきた。ハルタはダンジョンの次のフロアだと思い、喜んでその方向へとまっすぐ走り出した……ーっとその時! 地面が急に崩れ、大きな穴が開いてしまった。
「ん? えっ?! うわああああああああ〜!!」
何かを掴もうにも掴めそうなものは見当たらず、ハルタはそのまま穴の中へとまっすぐ落ちてしまう。
「い゛っだぁ……さっきの、おとしあなのワナ……だったの、かな……」
周囲を見渡しながら状況を把握する。無数の細かい木の枝が刺さったり落ちた先で地面に強く身体をぶつけたりで全身が割と、結構……痛い。
ハルタはなんとか先へ進もうと、身体中の力を振り絞り立ち上がろうとした。しかし、自分が思っている以上にダメージを受けていたようで身体が思うように動いてくれない。
「ううっ……救助は、使いたくない。だれ、か……」
そして、ハルタはそのまま気を失ってしまった……。
「……! …………た?」
どこからともなく声が聞こえる。ただでさえ高いハルタのそれよりも高く、透き通ったきれいな声が。
「……た、……んた!」
「ん、なに……? …………え?」
「るんたったー!」
見たこともない一匹のポケモンがいた。
ハルタはびっくりして飛び起きる。目の前のポケモンは水色を基調とした獣人のような見た目をしており、赤い瞳をまっすぐハルタの方に向けていた。
……ポケモンに詳しい読者に向けて超分かりやすく説明すると、はもんポケモンのリオルって言うんだけど、この時のハルタはそんなポケモン知らなかったみたい。残念だね。
「るんた〜! るるんた、るんたった!」
「ええ……と、ボクはハルタ。キミは……だれ?」
「るんた? るん、るんたたるんたーるんたった!」
「……ごめん、何言ってるかさっぱり分からないや」
そもそもこちらの言葉が通じているかどうかすらも怪しいが……ぱっと見、どうも敵ではなさそうだ。ハルタはそのポケモンを”るんたん”と呼ぶことにし、共に行動してみることにした。
二匹は洞窟内をまっすぐ駆け抜け、少し開けたところに出た。そこには、暗い洞窟の中であるにも関わらず背の高い大きな木がそびえたっており、ほたるポケモンのバルビートやイルミーゼが飛び回っている。
「わぁ……きれい」
思わず感嘆の声を発する。それほどに美しい光景だった。
ハルタがしばらくその光景に見とれている間に、るんたんは木の方まで走っていき、超軽々と幹を登り始めた。ハルタがそのことに気付いた頃、るんたんは既に木のてっぺん近くまで来ていた。
「いいなぁボクも登っていい?」
「るん!」
るんたんはハルタの方を向き、元気よく首を縦に振った。肯定のサインだ。……どっかの地域では否定のサインだったりするみたいだけど、パレットでは肯定派なんだって。
「待ってて! すぐに行くからっ!」
ハルタは幹に飛びつき、一気に登りはじめた。先ほどまで痛くて動かせなかったハズの身体が嘘のように動く……! そんなことに驚きを抱きつつも、何とかてっぺんまで辿り着くことが出来た。
「るるんた! るるるんた〜!」
「えへへ、お待たせっ! わあ、ここすごい景色だね!」
ハルタ達の視線の先には、綿菓子のような雲がいーっぱい広がっていた。奥の方にはハルタ達が登ってきたような大きな木がそびえたっており、虹色のリンゴがたーくさん実っていた。
「るんたー! るるんた、るんたった!」
「え? あの木の近くまで行くの? 分かった行こう!」
ハルタはそう言うと、雲の上に飛び乗った。雲はトランポリンの如くぽよんっぽよん、ぽよよ〜んと弾み、他の雲へとハルタ達を運んだ。
二匹は目的の木の元へ辿り着いた。幹をよじ登ろうとしたその時、タイミングよく背中に羽が生え、てっぺんまで飛んで移動することが出来た。
……実はってほどでもないが、そこは夢の中だ。ハルタよ、そろそろ気付いてくれ。
「わあ〜っ! さっきよりもすっごいね!!」
……気付かないだとぉ? まぁ気付いてくれるワケないよねー。
「るんたっ!」
「あ、るんたん! すごいねここ……って、何? リンゴ?」
るんたんは0円スマイルで、さっきの虹色リンゴをハルタに差し出しているよー。あげるって言ってるみたいだな。
「るーんたっ!」
「え? くれるの!? ありがとうっ!! 虹色のリンゴなんて初めて見たよ……どんな味がするのかな。いっただっきまーす!!」
うわぁ、のんきに得体の知れないリンゴ食ってるよこいつ。でもなんかすっげぇ美味しそうな顔してやがる。
「なんかリンゴじゃないオレンクッキーみたいな味だけど、おいひいねーコレ。……そうだ! ボルドくん達にお土産として持って帰っちゃおうかな」
「るるんた!」
「わあっ! ちょうど良さそうな籠だね! これに入れて持ち帰ればいいんだね! ありがとう!」
まあ今ハルタが言った感じで、るんたんがどこからともなく取り出した籠の中に虹リンゴを入れまくっている訳なんだけど……うーんハルタよ、そんなにいっぱいは要らないだろうし、そもそも入りきれないと筆者は思うぞ。
「じゃあ、名残惜しいけど……ボクそろそろ帰るね」
「るんた、るるんた?」
「今日はお仕事で来てるんだ。ミルフィーユ先生に報告しないと」
ここでるんたん寂しいって感じの表情! お別れシーンあるあるだな。
「大丈夫だよ、今度はお仕事がお休みの時に遊びに行くから! その時また一緒に遊ぼ?」
「るんた? るんるんた、るんたった!!」
「うん! 約束っ!」
二匹はここで指切りげんまんっぽいことをして、お別れだってさ。……で、ハルタがるんたんとは逆のほうを向いた瞬間――
「ん? えっ?! うわああああああああ〜!!」
突然足元が崩れたと思ったが刹那、ハルタはそのまま真下へ落ちていってしまった……。
「……! …………タ?」
どこからともなく声が聞こえる。ただでさえ高いハルタのそれよりかは低く、聞き覚えのある少年の声が
「……タ、……ルタ!」
「ん、なに……? …………え?」
「ハルタ!」
何度も見たことがある一匹のポケモンがいた。
ハルタはびっくりして飛び起きる。目の前のポケモンは水色を基調としたペンギンのような見た目をしており、黒い瞳をまっすぐハルタの方に向けていた。
「やっと目ぇ覚ましたか……ーったく、心配させやがって」
「ボルド、くん……? な、なんでここに? るんたんは?! 虹リンゴは??!」
「るんた? ニジリンゴ?? なんのことだ???」
「――そうだ! ここはどこ? ボクはダンジョンの調査に出ていたハズなのに」
ハルタは辺りを見渡す。……どこをどうみてもダンジョンっぽさの欠片もない。ただの室内だった。
「あれ? ここって確か――」
「保健室ですわ、ハルタくん」
そう言いながら部屋の中に入ってきたのはミルフィーユだ。
「まだ起き上がらないで下さいね。ケガ、治っていませんから」
「ケガ……?」
ミルフィーユに寝かしつけられながら、ハルタはようやく全身包帯でぐるぐる巻き状態となっている自身を確認する。
「……そういえば、全身に痛みが残っているような気がする……さっきまで何ともなかったのに」
「……ハルタくん、あなたはダンジョンで倒れて救助されたのですよ」
ミルフィーユから説明を受けてハルタはようやく状況を察することが出来た。
「じゃあ……あれはいったい」
「夢じゃねぇか? ま、楽しかったんならよかったぜ」
「……うん、楽しかった!」
……この時のボルドには言っていないのだが、ハルタはあの出来事は本当は夢でないと信じて疑わないでいる。そして、もう一度るんたんに会うんだと……今度こそ虹リンゴを持って帰るんだと……強く、決意したのであった。