第17話 立ちはだかる、新たな謎!
「言うの遅くなって、あと突然で申し訳ないんだけど……わ、私が元々人間だったってこと、誰にも言わないでいて欲しい、んです。」
陽だまりの丘、スティックの住処へ訪れたアルファは、スティックとティアラの前で勇気を振り絞り、手始めにお願い事を伝える。
「……そう、か」
「はぁーい! ティアラにまかせてください!」
スティックの返答は、ギリギリ聞き取れるレベルの小さい声だった。ついでに目を丸くされた。一方ティアラは、自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「……しかし、今更どうしたんだ? アヤメさんから人間について聞いたからか?」
「うん。編入前に言ってたの。パレットでは、人間はポケモンからあまり良く思われていないみたいって……」
「……そうだったのか」
「私、そのこと知らなくて、ハルタくん達にも相談とかで喋っちゃったんだけど……これからは既に話したポケモン以外の前では、元々からロコンだったことにしようって」
「……なるほど。それで、『既に話してしまったポケモン』である、僕とティアラに口止めしに来たわけか」
アルファは申し訳なさそうに頷く。その様子を確認したスティックは、少しの間を空けた後、真顔のまま淡々と話を続けた。
「分かった……君の正体について誰かに話す予定は元々無かったしな」
「ティアラもおにーちゃんから、だれにもいうなっていわれていたのでだいじょーぶです!」
「そっか、ごめんね。でも、よかった。これで話したポケモン全員と約束出来たよ。ありがとう」
「別に。……全員ということは、既にハルタやボルドにも話しているのか……」
「うん。スティックくんとティアラちゃんで最後」
「なるほど……ちなみに他に話したポケモンは誰がいるんだ?」
「え? ハルタくんとボルドくん以外で? うーんと、アヤメさんと……あ! あとさぁさん……は話してないけど知ってる!」
「さぁさん? ……ってだれですか??」
ティアラがきょとんと首を傾げた。
「そっか、ティアラちゃんは知らないよね。えぇーと、さぁさんはー私が人間だった頃の、親友みたいな人……かポケモン(?)で、よく分からないけど、夢の中に出てきたんだ」
「ふぅん?」
ティアラは完全に理解出来なかった。だが、幸いスティックが話を戻してくれた。
「待て。『さぁ』にも口止め出来た、というかまた会えたのか?」
「ううん。まだ話せてないし会えてない! あれからまだ来ないの。そろそろ2週間くらいは経つはずなんだけど……」
「なるほど……その『さぁ』はさておき、他のポケモン達は協力してくれそうか?」
「協力? うーん……」
話をした時の感覚を思い返す。特に約束を破りそうな雰囲気は感じられなかったなとアルファは判断した。
「みんな快く引き受けてくれたし、大丈夫だとは思うけど?」
「……ならいい」
「ねぇ、スティックくん……パレットで、人間ってどういう存在なの?」
「? ……どういうって」
「アヤメさんから聞いた感じだと、あくまでも噂に過ぎないみたいなの。理由も知らない風だったし……。でも、実際にセントラルへ出てみたら、そもそもそんな噂自体全く聞かないの。みんな話さないだけかも知れないけど」
「……だろうな」
スティックはそう呟きながら、アルファから視線を逸らし、俯いた。アルファは構わず話を続ける。
「でも、話さない方がいいってことは、やっぱり何かあるんでしょ? ……ねぇ、何でもいいから教えて欲しいな。ホラ、折角クラスの皆や地域のポケモン達と仲良くなれたのに……こんなことで、迷惑とかかけたくないし」
「…………」
ほんの少しの沈黙の後、スティックは顔を上げた。アルファは不思議そうな表情をする。
「……それは非常に有り難いのだが…………詳しくは僕にもはっきりとは分かっていないんだ」
「えぇ? てっきりスティックくんなら知ってるものかと……」
「悪かったな。だが……人間については、それこそ噂……おとぎ話レベルの内容でしか聞いたことが無い」
「おとぎ話???」
「ああ……何というか、おそろしい存在、とか……意地悪、悪さばかりする、とか?」
「抽象的過ぎない? しかも本当におとぎ話の悪役みたいな表現……」
「僕もそう思う。……と言うかこれ、フツーに教科書とかに載っている内容なのだが……知らなかったのか?」
「教科書? ……知らない、私だけ習ってない所なんじゃ…………あ、でも私……」
「ーっ! そうか、そういえば君って……」
「「文字が読めないんだった」」
「「……あ」」
綺麗にハモった。2匹とも複雑な気分になった。変な空気が流れた。ティアラだけニコニコだ。
「すごーい」
「「凄くない!」」
「あはははっ! まただ〜!」
「またって」
「またはまただもん! おもしろーい!」
「どこが」
「あーもう! この話終わり!」
アルファが無理矢理終わらせた。スティックも助かったと言わんばかりにほっとする。
「と、とりあえず……もう一度アヤメさんに聞いてみるよ。ありがとう」
「わかった」
「ざんねん」
ティアラは満足気に諦めた。
アルファは一息ついた後、何かを思い出したように顔を上げる。視線を向けられたスティックは、すぐ彼女の曇り顔に気付いた。
「? どうした?」
「うーんと……話、変わるんだけど……それこそ急な質問でほんとに……ごめん。申し訳ないんだけど…………」
「(さっきも思ったが前置き長いな。クセなのか……?)」
「あの……スティックくん、の……探検家になった目的って、何……?」
「ーっ!?」
スティックの表情が急変した。面食らったような顔をしている。アルファは構わず話を続ける。
「ほんっっとにごめん! これ、クラスで聞かれてすごく答えにくそうにしてたの、分かってた。だけど……あの質問、ハルタくんから後で、聞いたんだけど……2回目、なんだってね。しかもハルタくんは教えて貰ってるみたいだし……?」
「(あいつ……!)」
スティックが珍しく怒りを表した。アルファは慌てて話を繋げる。
「ま、まって! 同じ質問をしたことは聞いたけど、肝心の答えまでは聞いてないの。口止めされてるからって」
「……じゃあ、逆にどこまで聞いた?」
「えっと、どこまでっていうか……それこそ、口止めされてるから、直接聞いて見てほしいって言われただけなんだけど……」
「……そうか」
スティックの怒りはひとまず収まったようだ。しかし、思うところはあるようで、表情は曇ったままだ。
アルファは質問したことを後悔した。そうあっさりと答えて貰えない事など、分かっていたはずなのに。
「……いいよ。言いたくないなら言わなくても」
「……!」
アルファは聞き出すのを諦めた。
「そういえばさっき言ってたよね……人間はパレットのおとぎ話じゃ悪役なんだって。私、今はロコンだけど、記憶じゃ元は人間だしね。言いたくないのも無理ないよ……」
「…………」
アルファは苦みを残したままの笑顔で場を誤魔化す。スティックはそんな彼女から視線を逸らした。……逸らしたまま、呟くように返答する。
「……悪い」
「謝らないでよ。悪いのは私の方だよ? 本当にごめんなさい……もう遅いし、今日はここでお暇させて貰うね!」
「あ……うん……」
「じゃあね……また明日、シキサイで! ……ティアラちゃんもありがとう! 助かったよ!」
「バイバイおねーちゃん」
スティックの代わりにティアラに見送られながら、アルファは陽だまりの丘を後にした。
スティックはしばらくの間、何やら思い悩んでいたが、アルファが丘を下りきった頃にはきっぱりやめたようだ。
「(いいんだ……これで。むしろ、助かったんだ……。)」
「……へぇー話したポケモン全員と約束出来たんだ。すごいじゃんアルファ!」
「えへへ……何とか、ね…………」
帰宅後、早速アルファはアヤメに報告した。アヤメは素直に褒めてくれた。だが、アルファは先ほどの失態の件が忘れられず、表情から苦みが抜けないままであった。
「……でも、何か別の問題でもあったの? 正直……今のアンタからは、負の感情の方がより強く感じられるかなー」
「うっ……流石キルリア」
感情を見破られたアルファは、渋々今日の出来事について話す。アヤメはしっかりと聞いてくれた。
「…………そっかー。それは悪い事しちゃったね」
「うん……」
「……でも、すぐに謝れたのは良かったと思うなー。結果、無理に聞き出さなかったのもね。えらいよアルファ、よく頑張った」
アヤメは優しくそう言いながら、アルファ特有ふわふわの頭を優しく撫でる。続けてそっと抱きしめてくれた。
「……ありがとう。少し、元気出た」
「ん……なら良かった」
アヤメは安心したような優しい笑みをアルファに見せ、ふとアルファが持っていたバッグに目をやる。いつも、シキサイ学園や探検家の仕事に持っていくトレジャーバッグだ。
「ねぇ、さっき言ってた教科書、この中にあるんだよねー? 見せて貰ってもいい?」
「……う、うん。いいけど何するの?」
「人間について書かれてあるんでしょー? アタシが探して教えてあげるよ」
「ほんと?! お願い!」
アルファからの許可を確認したアヤメは、バッグから例の教科書と思われる冊子を取り出す。そのままページをパラパラとめくっていく。
「……っ! ここかなー?」
教科書の比較的最後に近いページでめくる手を止めた。そのままアルファにも見えるように差し出してみる。アルファは覗き込むが顔をしかめた。
「……やっぱり読めないかー」
「…………うん」
「オッケー。えーっとー……あぁー……うん?」
アヤメは教科書を睨みつき、何やら難しい顔をしている。アルファはそっと声をかける。
「……何か、分かった?」
「うーんどこから話せばいいかな……アルファってさー、キャンバスさまについては覚えてるー?」
「きゃんばす、さま??? ……分からない」
「そっかー……キャンバスさまくらいは覚えておいた方がいいよーホラ、これ」
そう言いながらアヤメが見せたページには、とても大きなポケモンの姿が描かれていた。それは、二足歩行の恐竜のような身体をしている。太くて大きな爪、身体の所々にトゲが見え、どこから見ても強そうだ。すべてモノクロで描かれてあったため、色までは分からなかったが、アルファはそのポケモンが何なのか分かったようだ。
「これって…………グラー……ドン……??」
「何言ってんの? これがキャンバスさまだよ? ここ、キャンバス__アタシたちが住んでいる、まさにこの大地を作り上げた、すごい神様!」
「え……ええぇ〜〜??!」
「ほんとに知らなかったの?? まぁ、こんな一般常識わざわざ中等部で習わないかー……まぁ、そのキャンバスさまと関わりがあるから、書いてあるならここだと思うんだけど……ちょっとまって」
そう言いながらアヤメは教科書のページを一枚めくる。少しの間内容に目を通すと、アルファの方へ困り顔を向けた。
「……えっとね、本当に大したことは書いてなかった。さっき教えたキャンバスさまが、この大地を作り上げただけでなく、恐ろしいニンゲンをも退けた神様だ……ってだけ」
「ええっ?!」
「うーん。これだけでもアルファは驚いちゃうかー。記憶が無いとそーなるのかー」
「待って待ってちゃんと探して?? 他には本当に何も書かれてないの?? 『ニンゲン』の『ニ』の字も!?」
「ハイハイちょっと待っててー今他のページも見てるからー……」
慌てふためくアルファを抑えながら、アヤメはページを更にめくっていく。最後のページまで辿り着くと、また最初からパラパラとめくり、再度最後のページへ辿り着いた途端にパタンと教科書を閉じた。無かったようだ。首を横に捻った。それを見たアルファはがっかりして、耳を先ほどの教科書のごとくパタンと垂らした。
「そんなぁ」
「まぁまぁ、無いものは仕方ないよー……そうだ、学園に何か無いの? ーってかあるでしょー? 本がいっぱいあるとこ! そこなら何か情報があるかも」
「……確か、書庫があるって、クルミちゃんから聞いたけど……入るには先生の許可が要るし、読んでいる間も傍についてて貰うことが条件って聞いたの」
「なんか思ったより厳しいなー……なんでよー?」
「壊されたり盗まれたりするのを防ぐためなんだって……もし入れても、人間について調べてるなんて流石に言えないし、仮に嘘ついても途中で怪しまれないかな? 声に出して読んで貰わないとわからないし……」
「あ! そっかー……アンタが1匹で黙々と読めないと意味ないのかー……アタシも流石に学園までは入れないし」
「そうだよね。分かった……こうなったら私が文字を完璧に読めるようになるまでだ……が、頑張るよ……!」
アルファは心做しか絶望的なガッツポーズをキメた。
___同じ頃、陽だまりの丘にて。
スティックの住処から、自分の住処へと戻っていたティアラは、大きな木の根っこにもたれかかり考え事をしていた。
「うーん?」
「どうしたのティアラ? 考え事なんて珍しいじゃない」
彼女にそう話かけたのは、ティアラと比べるまでもなく随分と大きい、葉っぱのドレスを纏ったような外見をした、はなかざりポケモン__ドレディアだ。
ティアラはそんなドレディアの方へ、ぴょんと向き直る。
「ねぇママ、きょうねー、ロコンのおねーちゃんがスティックおにーちゃんに、たんけんかのもくてき(?)をきいたの」
「ロコンのって……ああ、最近シキサイに入った、探検家の見習いさんね。おにーちゃんと一緒にティアラを助けてくれた、あの子でしょ?」
「うん!」
ティアラに『ママ』と呼ばれたドレディアは、1匹のロコン__アルファの姿を思い浮かべた。
「目的を聞いて、それで?」
「そしたらおにーちゃん、なんかおこっちゃった」
「……ふぅん? どうして?」
「わかんない。もくてきも、おしえてくれなかった」
「そうだったの…………あら?」
ティアラの母は何かを思い出したように宙を見上げる。
「……ねぇティアラ? それ前にあなたが聞いて、おにーちゃんに秘密ーって言われたことじゃない?」
「そうだっけ? ……あ! じゃあ、ティアラがいたからおしえてくれなかったのかな??」
「さぁ……ママはおにーちゃんじゃないから分からないわ」
「そっかーじゃあ、こんどおにーちゃんとおねーちゃんがいっしょのとき、こっそりかくれてきいてみよ!」
「ティアラ、盗み聞きはよくないわ。見つかった時、おにーちゃんに怒られるのはあなたよ? やめときなさい」
「うぅーんだめかぁ」
「ティアラが大きくなったら、いずれ教えて貰えるかもよ? それまで我慢ね」
「えぇ〜そうかなぁ」
「それに、今悩んだってしょうがないでしょう? ホラ、お月様が出てるわ。もう寝なさい」
「はぁーい」
ティアラはようやく考え事をやめ、寝床にダイブした。
「おやすみママ」
「おやすみ、ティアラ……良い夢を」
静かに挨拶を交わすと、ティアラの母はあっさりと寝静まった娘の頭部に、葉っぱ状の手をそっと置いた。彼女を起こさないようそっと離れると、夜空で輝く満月の光を、何処か遠い目で見つめる。
「(『いつか、パレットに訪れると言い伝えられている災いの元を探し出し、災いそのものを防ぐこと』。)」
「(……あのコリンク、確か私にはそう言っていたけれど、別にそこまで秘密にしなければならない事でも無いでしょうに……他に何かあるのかしら? …………まぁいいけど)」